第2部 閉ざされた孤島編

第2部 第1話 戦士達再び

第2部 第1話 §1

 魔導歴千二十一年、白と黒の魔導師の子孫達が、互いの命を削りながら戦った頃から、実に二十年も経った。一時、無秩序に海を裂き、空を覆い尽くした無数の大陸だが、今はほぼ昔通りの大陸の配置となっている。あの事件は、世間では大変動と、呼ばれ、白と黒の魔導師との関連性は、全く否定された。コレはあくまでも、世間一般論である。事実を知る者は、極一部に限られることになる。彼らが意図的に事実を隠したためでもある。


 静かに暮らしたいという、彼らの願いでもあった。


 だが、そんな彼らの願いも一つだけかなわぬコトがあった。それは、覚醒した彼らの肉体が、ベストの状態を保とうとする事である。オーディンに至っては、若返る始末である。そろそろ彼らもこの土地に住むことに、無理を感じていた。


 しかし、脳天気にコレを楽しんでいる人間もいる。ドライとローズである。そこが二人らしい所である。しかし、こんな二人にも、もう十六になる息子が居る。非常に教育上悪い二人に、彼は反発気味である。しかし、ローズにはぐうの音も出ない。その分、ドライには相当逆らっている。いわゆる反抗期である。


 オーディンにもニーネにも、一人娘がいる。こちらは至って健全だが、ドライとローズが近所に住んでいるせいで、ニーネ似とは言い難く、活発な少女である。名前はレイオニー、短くしてもそれほど変わらないのだが、愛称で、皆からレイオと、呼ばれている。


 そうそう。ドライの息子であるが、愛称は、サブジェイ。由来は、ドライ=サヴァラスティア・ジュニア。コレも、彼の反発の一つの原因でもある。更に何より、身長以外の容姿が、ドライに瓜二つなのである。銀に輝く髪も、赤く輝く瞳も。


 話序でに、ニーネであるが、彼女は随分老けたのだろうと思われるが、全く変化が無い。シルベスターと、クロノアールの子孫は、良くも悪くも引き合う。彼女が、そうであるという確証はないが、何か謎があることは、誰もが大方理解していた。それで彼女に対する態度を変える人間もいはしない。周囲の人間は、ドライ達なのだから。


 ドーヴァと、セシルの間にも、息子が居る。十歳になる。ジュリオと言う名だ。

 大方の彼らのその後は、この様になるだろうか。皆ぞれぞれ、家庭を持っていると言うことだ。


 ドライ達の住んでいるのは西バルモア大陸のサンドレア地方のシンプソンの村だが、もう、村とは呼びがたい規模にまで発展し、外壁を持つ街にまでなっている。シンプソンは、バハムートと共に、市政を取り仕切っており、事実上、王同然であるが、彼がそんな性格でないため、一応市長という形におさまっている。残念なことは、孤児院をやって行けなくなったことだが、その辺りは、抜かりのないところだ。管理気味ではあるが、親の居ない子供達も、暮らして行ける街になっている。彼の育てた子供達は、もう立派に独立している。


 ドライ、オーディン、ドーヴァの三人は、防衛隊を組織し、街内を回っている。警察機構とは違い、細かい犯罪ではなく、目に見えた荒っぽいゴタゴタを片づけるのが主な仕事だ。防衛のため街の外で、盗賊とやり合うことも屡々ある。簡単なところでは、喧嘩の仲裁である。


 「はい。お弁当!」


 エプロン姿のローズが、出かけ前のドライに愛情のこもった弁当を手渡す。ドライの家は街の中心にある。オーディン達の家もそうだが、治安は良い。庭もあり二階建ての家であり、外装も内装も清潔そのものだ。一寸良い暮らしをしている。


 「おう!今日は内勤だし、昼過ぎには帰る。あの馬鹿は?」

 「もう学校行ったわ」


 酷い言いようだが、サブジェイのことである。ドライと彼は喧嘩中だ。一つの家に住んではいるが、口もきかない。ローズにしてみれば、両方とも子供レヴェルの喧嘩なので、何とも言いようがない。


 「ふん。んじゃ」


 挨拶のキスをすると、ドライは、背中にブラッドシャウト、左手の中指を、弁当の包まれた巾着袋の結ばれたヒモにひっかけ、ぶらぶらと出かける。


 出かけるのは、中央の中央だ。シンプソンの家兼、議事堂である。議事堂まで続く真っ直ぐな道をドライはブラブラと歩く。特に下らないゴタゴタもない。目を配ればすぐに警官を見つけることもできる。警察がこの街に出来始めた頃は、ドライは実に複雑な気分だった。賞金稼ぎであったため、警察は大の苦手だ。それは、民間的な彼らが、法の拘束下にある警察機構と犬猿の中であるに他ならないのだが、立場上警察の方が身分は上である。犬猿の仲なのは、賞金稼ぎには、ならず者が多いのが尤もな理由だ。法的に認められた殺人を利用し、ただ殺戮を楽しんでいた者も、少なくはなかっただろう。


 ドライも賞金稼ぎの傍ら、盗掘も行っていた。今では世界的に、盗掘は御法度になってしまった。もう十年前のことだろうか。

 その警察が、ドライに向かって深々と礼をする。立場など気にしない男だが、現在ドライは一応偉いのである。彼は軽く手をふり、コレに答える。

 ドライは議事堂に入って行く。シンプソン直属の衛兵が二人、門の両端を固めている。ドライに会釈をする。最初は酷く抵抗があったが、もうなれた。そして、そのまま真っ直ぐ、一つの部屋に向かう。ノック無しに、扉を簡単に開けるのだった。


 「オハヨっす!」


 簡単な挨拶と同時に、中へはいると、シンプソン、オーディン、ドーヴァ、そしてシンプソンの息子であるシードが其処にいた。彼は今年で二十歳になる。シンプソンのように癖毛で、肩までの長さだが、その髪色は、真っ黒である。瞳はシンプソン似で水色である。既にシンプソンを助けるほどの逸材になっていた。忙しいときには、防衛隊に加わってくれるほどだ。それぞれ長テーブルに向かい、着席している。


 「ドライ。遅刻だぞ」


 相変わらずだ。オーディンがそう言いたげに、時計に視線を送り、それからドライを見る。別に怒っているのではない。それに、十時を五分ほど回ったくらいだ。彼の遅刻もその程度で、大きく予定を狂わせるものではなかった。


 「へへ。んじゃ、はじめよっか」


 自分の非を認めながらも、細かいオーディンに対しヘラヘラとした笑いを返すだけだ。彼の定位置に座る。


 「ご存じの通り、西方面に都市を拡張しているんですが、難問が多いです。人口の増加のためやむを得ないのですが……」


 シンプソンが、テーブルをノックすると、現在完成している都市部と、開発部の都市部が色分けされ、テーブルの中に、立体的に表示される。緑地と都市の入り混ざった、環境の良い作りになっている。農業地帯も十分に確保され、健全な都市作りになっている。


 「都市が大きくなったら、そんだけ、治安も悪くなるし、そっちの方の財源も確保せなあかん」


 ドーヴァが、テーブルをノックすると、都市内の犯罪件数率が多い場所ほど赤く光り始める。尤も治安の良い場所は緑であり、黄色を経て、赤になる。だが、犯罪のレヴェルは無視されている。


 「そうです。コレが現在の状況なのですが……」


 シンプソンがもう一度ノックをする。すると、種別事の犯罪件数が三次元棒グラフになり、画面に出力される。


 「あれぇ?此処は暴力多発地域やで」


 ドーヴァが中央に近い、一つの場所を指さす。だが、そこには、警告の表示すらない。


 「そりゃ俺ん家だ」


 サブジェイとのいざこざの多いドライに対するドーヴァの酷い皮肉だ。ドライはとたんにむくれる。


 「これから外壁の出来上がっていない新地区に、犯罪が多発する可能性が高い。今はまだ住人が少ないが、都市化が進めば、間違いなく盗賊の餌食になる」


 オーディンがテーブルを指さすと、外壁の建設予定ラインが黄色で点灯する。それが完成すると、従来の外壁は撤去される。


 「それは、心配いりませんよ。もう八割ほど完成していますし。ですが問題は、防衛隊を拡大すると、三人の負担が大きくなり過ぎると言うことです」


 オーディン達は、それぞれ百人の部下を持っている。かなり厳選された人員と言っていいだろう。いわば戦闘のプロ集団だ。彼らを育成するのもオーディン達の仕事である。最近はそちらの方が主になっている。


 ドライがシードの方をチラリと見る。


 「僕ですか?!それじゃ、新地区の視察、誰がするんですか?」


 彼は不法建築がないよう、新地区を忙しく回っていた。今日もその時間をさき、此処に来ている。もちろん沢山の大人達が、彼と同じような仕事をしているが、それは皆シードの元で働いている。


 「じゃ、あれしかいねぇなぁ……」


 ドライがぼやき気味に、シンプソンに向かい顔を向ける。すると、彼も前々から解っていたようで、口元を微笑ませながら、一つの身分証明書を出す。其処には何時撮ったのか、サブジェイの写真と、きちんとした、彼の姓名、生年月日等のIDが明確に記されている。それに加え、武具所持許可欄に○のマークが入っている。ドライはそれを受け取る。


 この街では、基本的に民間人は、武器を所持してはいけない。そのため、刀剣類による殺人が、他の都市に比べ、比較的少ない。比較的と言うのは、希に不法所持が見られるためである。


 重たそうに腰を上げたドライは、そのままブラブラと、部屋からも議事堂からも出ていってしまう。そして向かった先は、セントラルハイスクールだった。名の通り都市の中央区にある高校である。


 キャンバスに足を踏み入れる。春の木漏れ日をそよ風に揺らめかせながら、暫く豊かに木々が花をつけた大きく左にカーブを描いている街路樹が続く。街路樹の右向こうは、芝になっていて、憩いの場になっている。小高くなった丘に一本木が生え、風景に安らぎが感じられる。だが、その下で誰かが寝ている。この時間帯は、授業中だ。たかだか10分程度の休み時間で、眠りに耽る馬鹿は居ない。


 「サボりか……」


 だが、視力の良いドライには、そのサボりが誰なのか一目瞭然であった。すぐに真っ直ぐ、彼の方へ向かう。別段、彼を叱りつける気はない。正直、ドライは学校などどうでも良い方だ。しかし、その中途半端さが気に入らない。


 「オラ!馬鹿息子、出るか出ないか、ハッキリしろ!」


 眠っているのはサブジェイだった。耳障りな声を聞くと、チラリと目を開ける。それからドライを避けるように、背を向けた。


 「剣技の授業だよ!俺はもう中学で免許皆伝してる。単位取得の必要ねぇんだよ!!」


 つまり彼にとって、退屈な時間な訳である。コレはドライも認める節があった。サブジェイは、周囲の大人より遥かに強いのだ。序でに魔法学の単位も、取得している。彼に必要なのは、高卒という学歴だけだ。そして、人間関係が何より彼によい教育なのだ。と、説いたのはオーディンである。


 きちんとしたオーディンなので、サブジェイはこの父より、彼に遥かに従順だ。当然尊敬もしている。理解できないのは、オーディンがこの父と仲がよいことだ。

 サボりでないことを理解したドライは、気を落ち着かせ、彼の横に座る。


 「ふん……」


 色々説教もしたいが、柄ではない。ただ、油断大敵なのは、彼が身を持って知っている。サブジェイは自惚れているわけではないが、今一前進が見られない。努力という言葉も、ドライは好きではないし、それを押しつける気もない。二人の間には、ある時期から本当に会話が無くなってしまった。いつ頃だろうか?


 「で?」


 わざわざ様子を見に来るドライではないことを、サブジェイは知っている。


 「ああ。オメェがよぉ。前々から、欲しがってたよなぁ、比奴をよ!」


 思わせぶりに、胸のポケットから、彼の新しいIDカードを出す。


 「ウホ!それってまさか!!」


 武具所持許可のマークの入ったIDを、彼は前から欲しがっていた。振り向き様に、ドライの手の中から、カードを奪い、顔を近づけ、穴のあくほど見つめる。そして、予想通りだった。


 「いいか、耳が腐るほどいってるが……」

 「解ってるって!馬鹿にゃ、剣も向けねぇし、弱虫君も相手にしない!」


 だが、サブジェイの脳裏には、喧嘩をしている馬鹿共の眼前に剣を突きだし、力強く仲裁している自分の姿がぽかんと浮かぶ。ドライとローズの血を引いているのだから仕方がない。ドライは正義感ではないが、自分を活かしているこの仕事に、ある程度の満足感を持っている。


 「しかし、普段はきちんと学校へ行くのだぞ」


 いつの間にかオーディンが、ドライの後ろに立っていた。二人が喧嘩をしないか心配になり、ドライの後をつけてきたのだ。ドライはコレに驚きもしない。オーディンも、気配をドライに隠すつもりもない。


 「解ってるさ!」


 サブジェイは、暫く嬉しそうに、IDカードを眺める。その時に、丁度良く終了のチャイムが鳴る。


 「っと、次は古代史か!」


 勢い良く立ち上がり、校舎へと走り出す。その時の表情は何とも生き生きとしていた。その姿を見届けたドライも、ゆっくりと腰を上げる。


 「さてと、ぼちぼち戻って、志願兵急募の具体的な話でもしますか」

 「問題は、心技体揃っている人間が、どれくらい集まるかだ」


 二人は、学校から出ることにする。


 「ドライ!」


 遠くから女性の声がする。というより、女の子の声だ。左に振り向くと、大きく手を振っている。一人の女の子がいる。ドライが気がつくと、彼女はこちらに向かい、元気よく走り出す。手には鞄を持っている。


 「何だレイオ。サボりか?」


 ドライが、サブジェイにしたような質問を彼女にもぶつける。


 「違う!単位は取ってるもん。今日はもう帰るの!さっきは、美術の時間だったの。風景画を描いてたのよ」


 彼女はニーネに似ているが、スラリとした顔立ちではない、まだまだ幼さの残る可愛い少女だ。元気よくニコニコ微笑んでいる。


 「レイオニー?」


 渋い顔をしたオーディンが、そんな彼女に忠告めいたように名を呼ぶ。


 「あ、私……」


 理由は簡単だ。ドライを呼び捨てにしたことを、注意されたのである。それに加え、父親を無視した感じが頂けなかった。申し訳なさそうに、口を押さえもって、チラッとオーディンに上目遣いをする。


 「パパ達は、何してたの?」


 話を逸らすレイオニーだった。


 「サブジェイが、武具所持許可証を欲しがっていただろう?これからは、街も広くなるし、応援できる人間が、一人でも多い方が良い。そこで、いち早く彼にそれを届けに来たというわけさ」


 話を逸らされていたのは解っていたが、ドライの名を呼び捨てにすることは、既にドライが許していることだった。今説教すべき事ではない。帰ってからゆっくり話すことにする。三人は、再び歩き始める。


 「ふぅん。夢が叶ったんだね」


 ニコニコとして、ドライの顔を見る。彼はくすっと笑った。


 ドライは、この言葉が大好きだ。何より愛した女が追いかけていた言葉でもある。彼女が死んで、二五年も経ったというのに、マリーを思うと胸がキリリと傷む。と、同時にローズに申し訳なく思ってしまう。


 「そう言うレイオは、どうなんだ?」


 他人に関心を寄せている娘に、オーディンが近況報告を聞く。


 「私は、マリーみたいな考古学者になりたいな。知ってる?マリー=ヴェルヴェット理論」

 「半永久動力を活かした重力遮断による、飛行理論だろ。動力は光子力を使用。重力遮断、半永久動力、そしてエレクトロニクスでこれらを制御することで飛行を可能にする装置の総称を纏めて、マリー=ヴェルヴェット理論だ。古代には随分栄えてたって話だが?」


 ドライがついペラペラッと喋ってしまう。ついシュランディアが顔を出す。側にいるレイオニーは、思わずぽかんとしてしまう。オーディンは、お調子者を見るような、冷たい視線を送る。


 マリー=ヴェルヴェットが、まさかローズの姉だとは、思ってもいないレイオニーだった。彼女には、ドライの妻であるローズ=サヴァラスティアとしての、認識しかない。


 「ああ!ドライ。そろそろ戻らないと。油を売っているように思われるぞ!それじゃ、レイオ、真っ直ぐ帰るんだぞ」


 オーディンは、ドライの背中を押しながら、議事堂へ戻ることにする。彼らがシルベスターに繋がる全ての記録を子供達に伝えないのは、静かな暮らしをさせたいがためだった。

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