第1部 第10話 §4

 ドライはあの後自分に起こった事を語り始める。


 「俺がふと目を覚ますと、其処にはジジイが居て、俺のことをじっと見てやがった。気がつくと俺の周りに水が溢れてて、その中にいる筈なのに苦しくもねぇんだ。ジジイが言った『自分が誰か解るか?』って、馬鹿な質問だと思ったぜ……、けど、ジジイの横には、ぼろ切れのような俺が居た。すると、死ぬ直前までのこと全部思い出した。じゃぁ、今の俺は?そう考えた瞬間ジジイの質問の意味が解った。俺は答えた。俺はドライだって。するとジジイは首を横に振りやがった。そう、俺はドライ=サヴァラスティアの記憶を持った、ただのからくり人形さ、けど俺は、もう一度言った。『俺はドライだ』って。ジジイは、それを聞いて何故か嬉しそうに笑って……、それから頭下げて謝りやがった。でも俺も嬉しかった。こうしてお前等と最期を共に戦えて、守りてぇものも守った。満足だぜ。こんな感じは生まれて初めてだ」


 「ドライさん、最期なんかじゃないですよ。帰れば、御老人が何とかしてくれますよ」


 シンプソンが自信を持って、元気な声で、小さく拳に力を入れる。しかしドライは首を横に振った。


 「駄目だ。エネルギーももう尽きかけてるし、体表を覆ってる皮膚も数時間で崩れ始める。もっとも、エネルギーが切れかかってんのは、南セルゲイから此処まで三時間フルスピードで飛ばしたせいもあるけどな」


 ドライは自分を皮肉って笑う。ドライらしさが妙に悲しい。シンプソンの元気が消沈してしまう。

 その時、島全体が大きく揺れる。宙に浮いているので地震のせいではない。何かの異変の前触れだ。


 「さあ、早く行かないとみんなおっちんじまうぜ、さっきぶつけたエネルギーの破片が、島中を貫いたから、クロノアールの封印を除いて、崩壊する!」


 「いや!ドライを一人なんかにしない!私も此処に残る!!」


 ローズはドライにしがみついた。腕を一杯一杯に彼の首に回す。


 「私も残る!」


 セシルもドライの手を握ったまま、其処を動こうとしない。


 「二人ともドライさんを困らせないで!早く行きましょう!!」


 シンプソンが取りあえず身軽なセシルを羽交い締めにして、ドライから引き剥がす。そしてそのセシルを大人しくするために、オーディンが彼女の鳩尾に気を失う程度に一撃を入れる。


 「オメェ、最低な野郎だな……」


 ドライは、この状況でローズの背を抱きながら、オーディンをからかう。


 「人のことは言えまい」

 「セシルの奴、殴られてばっかだな」


 二人は、寂しさの中に通じ合う心を感じ、互いを許しあう穏やかな笑みを浮かべ、クスクスと笑う。


 「さあ!シンプソン急ごう!」

 「しかしローズは……」


 しかしシンプソンの言葉は詰まった。出来れば彼女を連れて帰りたかった。しかしセシルにドーヴァが居るのに対し、ドライにはローズ、ローズにはドライしか居ない。二人をこれ以上引き離すことは、誰にも出来ない。必死なローズの顔を見ると、なおのことだ。


 「解りました。ドライさんサヨナラ……」


 シンプソンはセシルを両腕に抱え、オーディンと共にその場を去る。そして二人切りになる。


 「ドライ、淋しくないようにずっとこうしていてあげる。もっと強く抱いて……」

 「ああ……」


 地響きが次第に強まり始める中、ドライはローズを強く抱いた。そして何度も頭を撫でた。意識が次第にぼやけ始めた。


 〈もう、引き延ばせねぇか……〉「ローズ、サヨナラだ……」

 「え?あう!!」


 その瞬間、ドライが自分の左の指を引き抜き、其処にたぎるエネルギーを彼女に押し当てた。ローズは強いしびれと共に、気を失った。


 「ドライ……」


 オーディンが入り口の陰から姿を現し、ドライに近づき、ローズを抱き上げる。怠そうに下から見上げるドライと視線を合わせる。


 「あばよ。戦友……」

 「サラバだ……」


 ドライの言った「戦友」の二文字がオーディンの重くのし掛かった。彼は、その言葉を生かすために、きれよく背を見せ、足早に天井のない神殿の通路を駆け抜ける。次第に船が見える。その時、オーディンは顔を歪める。船が魔法の直撃を受けていたのだ。二、三ヶ所大きな穴が開いている。動くのだろうか?兎に角動かすしかない。シンプソンが、不安そうに甲板の上から彼を見つめている。オーディンは、船に掛けられた梯子にも頼らず一息で甲板の上に飛びのる。そしてローズを甲板の上に寝かせた。


 「船を動かしてみる!こんな所で済まないが二人の様子を見ていてくれ!」


 オーディンは操舵室に向かって走った。その間も地響きは徐々に激しさを増す。波の上でもないのに、船が左右に揺れる。


 「動いてくれよ!!」


 操舵室に入ったオーディンは、早速計器類のスイッチを入れ、船の高度を操作するレバーを引く。


 ギギギ……!今にも崩れそうな音を立てながら、船は上昇を始めた。地響きの影響を受けなくなって、ひとまず安心だ。それから船を前進させる。

 速度を出したいが、現状を考えると、不可能だ。スピードで船体がバラバラになるだろう。しかし問題はそれだけではなかった。面舵を取っていないにも関わらず、船体が右を向くのだ。懸命に取り舵をするが、効果は見られない。景色の様子から、船全体は直進しているようだ。酔いそうになるが、此処から離れることは出来そうなので、舵を取りながら、ホッとするオーディンだった。


 その頃船尾では、ローズとセシルが目を覚ましていた。セシルはシンプソンの胸にしがみついて泣いていたが、ローズは涙を拭わず。不安定に流れる景色、シルベスターの浮き島をじっと見つめている。それがドライの意志なのだ。彼の元に戻ることは彼が許さない。その事は彼に抱きついたとき、既に解っていた。だがそうせずには、居られなかった。


 船が浮き島に丁度右側面を見せた時、島が亀裂から光を発し、崩壊を始めた。そして、一気に爆発し、下方に封印されたクロノアールを吐き出す。猛烈な風が船を叩く。


 ギギギ……!バキバキ!!



凄まじい音がする。最も広い面に風が当たったため、暴風の勢いに船体が絶えきれなくなったのだ。


 「オーディン!!」


 ローズがそう叫んだだ瞬間、船体が完全に真っ二つになり、アッと言う間に、二つの船体は別方向に流されてしまう。このままでは危険だ。ローズは、二人に抱きつき、懸命に転移の魔法を唱える。

 ローズが咄嗟に帰ってくる場所は、一つだけだ。目の前には、いつも変わらぬ孤児院があった。


 「オーディンまで……」


 シンプソンはセシルを抱きしめながら、悔やむ心に歯ぎしりをした。

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