第1部 第10話 §3

 ローズは、オーディンにアイコンタクトを送る。彼は一瞬否定した。しかしローズは目で言う。「周囲の破壊はやむを得ない」と。


 「シンプソン!防御魔法を!!メガヴォルト!!」


 隙さずシルベスターに雷を落とす。これが防がれるのは、目に見えている。だが、その瞬間こそがオーディンの攻撃のチャンスなのだ。


 「ポインターミラーズ!」


 シンプソンが呪文を唱えた瞬間。


 「奥義鬼神波伝!!」


 オーディンは体中に雷を纏い、最初の一歩で床を破壊し、二歩目でシルベスターに近づくと同時に、縦一文字に真っ直ぐに剣を振り下ろし、シルベスターごと床を真っ二つにする。床の方は予想通り粉々にしたが、シルベスターには、剣に纏った魔力が届いていない。届いたのは剣だけだ。


 それでも、動きを止めるわけには行かない。オーディンが身を引くと同時に。今度はローズがシルベスターの背後に回り込み、真横一文字に剣を振る。

 やり方は獣のように荒いが、考える暇が惜しい。先ほどの一撃といい、その粗さは、まるでドライが乗り移ったようだ。セシルがそれに影響される。


 「ラ・ミ・アーン!!」


 激しい水流が一気に神殿の壁を突き破り、シルベスターに襲いかかる。


 「オオオオ!!」


 水流の中から激しく猛る声が聞こえる。そして次の瞬間、水流が無数の飛沫となり、シルベスターの周囲に漂い、一度に蒸発してしまう。空気が急に重く蒸し暑くなる。そして蒸気が複数の龍に変化し、今度は、ローズたちに激しくぶち当たる。これが力任せの技だ。魔法を跳ね返す呪文でありながら、それを跳ね返すことが出来ない。またもやシルベスターに動きを止められた形になるが、向こうも魔力を放ち続けているので、動くことはない。そして、シンプソンのシールドも次第にドライのそれのように、亀裂が生じ始める。


 ローズはレッドスナイパーを、オーディンはハート・ザ・ブルーで、それぞれ魔法に対する処置に入る。そしてシールが破壊された瞬間、彼等は弾かれて、滑るようにして床にたたきつけられた。


 だが、この時がチャンスだ。ローズとオーディンが再び立ち上がる。しかしその刹那、次の魔法が二人の直撃し、今度は壁に叩き付けられた。


 シルベスターがボクサーのような構えをしていることで、クレイジーバストの魔法だという事が解る。またもや詠唱を省いた。


 〈何故だ?!〉


 時間が経つに連れ、激しくなって行くシルベスターの攻撃に、オーディンはすっかり彼が理解不能になっていた。不意打ちのダメージで、立つことが出来ない。苦痛に満ちた顔をしているオーディンのそんな疑問に、シルベスターが、厳しく眉間に皺を作る。


 「教えてやろう。初めはシンプソンの読み通りだ。そしてオーディン君の推測も大凡当たっている。そしてローズ、君の行動力も大したモノだし、セシルのサポートも良い。だが君たちが忘れているのは、私が人間でないことだ。こうしている間にも私の魔力は加速度的に回復していっている。今や私は完全に機能し始めている。もう少し、早く着ていれば、間違いなく君たちの勝ちだった」


 「絶望」「驚愕」が、全員を襲った。あの飛空船では、あの速度が限度だった。


 「それじゃ、逆に考えれば、まだ本調子になりきれていないって事ね」


 しかし同時に、そう捉えることもできる。ローズがそれをハッキリ口にしていった。動けないが、兎に角今以上シルベスターに回復を図らせることは、ますます自分達が不利になる。彼を自分達以上に消耗させる手を考えなければならない。


 そしてその事は、ローズだけが考えた事ではなかった。それを行動に移した男がいた。シンプソンである。彼は弾かれただけで、ローズやオーディンのように、二撃目を喰らっていないお陰で、現状で最も動けた。


 オーディンの剣を拾い、不慣れに両手で剣を握り、身体全体でシルベスターに突っ込んだのである。これは、シルベスターの不意をついた。彼が考えていたシンプソンの役割から、大きくはずれていたからだ。剣は深々と彼の腹部を貫く、そして逃げずに暫く其処に止まった。彼の真っ白な法衣が、シルベスターの赤い血で染まる。


 貫かれたシルベスターは、腕を振るわせながら、腹に突き刺さった剣を抜き、シンプソンごと壁に放り投げた。


 シンプソンは無防備なまま、壁に叩き付けられた。シルベスターは、シンプソンを睨み付けながら、床に片膝をつく。


 「シンプソン!」


 漸く動けるようになったオーディンが、シンプソンの様子を伺いに行く。


 「アタタ……」


 彼は以外に元気だった。シルベスターが不意打ちの攻撃を喰らったせいだろう。しかし、何故其処まで力が落ちたかである。


 「やはり、私の思った通りですね……」


 シンプソンは、腰を痛そうに押さえながら、それでも少し得意そうな顔をして、オーディンを見て白い歯を少し見せる。


 「どう言うことだ?」

 「覚えていますか?以前ドライさんが、ノアーの魔法を受けて、瀕死になったことを……」


 「ああ、覚えているとも、彼の身体を崩壊させようとした魔力を、私の剣で……そうか!!」


 この厳しい状況にありながら、オーディンの顔がパッと晴れやかになる。


 「そうです。貴方の剣が、シルベスターの魔力を、吸い取ったのです。ピンと来たんですよ」


 「よし、望みが出てきたぞ!!」


 単純な発想だが再びオーディンに戦意が戻る。今だと言わんばかりに、蹲っているシルベスターに向かい、剣を突き刺すように、身体全体でぶつかって行く。


 「調子に乗るな!!」


 シルベスターが、オーディンの剣を素手で握り、彼の進撃をあっさりと食い止める。

 「剣を突き刺そうとすれば必然的に、動きが直線的で、単純になる!不意打ちでなければ、防ぐのは容易い!愚か者め!!」

 シルベスターの右手が、突き上げるようにしてオーディンの喉元を捉える。


 「しまった!」

 「オーディン!」


 素早くローズがオーディン救出に向かう。シルベスターが素早くローズを捉え、オーディンを投げ捨て、彼女に軽い波動を当て、その動きを止め、先ほどの礼にシンプソンにも波動をお見舞いする。

 攻撃の糸口が見つかったというのに、それを実にするまでには至らないことに、苛立ちを覚えるオーディン。


 「おぉ!!」


 しかし苛立ちを覚えているのはオーディンだけではなかった。シルベスターも思いの外、粘りを見せる彼等が、腹立たしくなり。憂さを晴らすように、全員に向かって小さな波動を連射する。一つ一つは小さいが、確実に体力を削る攻撃だった。その時シルベスターの脳裏に、ドライの声が聞が響く。


 「テメェの思い通りにゃ、事は運ばねぇんだよ!!」


 それはドライが、クロノアールに向かってはいた台詞だった。だが、それと同時に、シルベスターに対しても、向けられた言葉だったのだ。リピートが掛かったように、その言葉だけが何度も何度も脳裏を横切った。


 「はぁぁぁ!!」


 苛立ちがシルベスターに激しく攻撃させた。今のオーディン達は、これに懸命に絶えるしかなかった。その時だった。神殿の正面通路を破壊しながら、一つの光が玉座の間の中に飛び込んできた。そして猛スピードでシルベスターの前に来ると同時に、光の中から一人の男の姿が現れる。誰もがその死んだ筈の男の姿に、寒気を覚えずには居られなかった。


 「オラオラオラぁ!」


 彼は、シルベスターの額に自らの額を幾度も打ち付け、彼をその場に跪かせた。


 「ドライ!」

 「ドライさん!!」

 「兄さん!」


 しかし寒気の後には、その後ろ姿、銀に輝く髪が眼に入る。何かの奇跡だ。夢なら覚めないでほしい心境に立たされるオーディンとシンプソン、そしてセシル。


 「ドライ!!」


 ローズは、全ての幸福が目の前にある錯覚を覚え、ドライに飛んで抱きつこうとした。


 「触るなぁ!!」


 しかしそんなローズに返ってきたのは、鬼ですら怯えてしまいそうな、けたたましい警戒心に満ちた声だけだった。そしてドライは、振り向こうともしなかった。ローズが硬直する。


 「ドライ、貴様其処までして、その女を守りたいか?はぁはぁ」


 シルベスターが、苛立ちに逆上し自分の力を消費し、ドライの攻撃に蹌踉けながらゆっくりと立ち上がる。そして、額を割り、其処から銀色に光る金属を覗かせ、ガンを付けるドライの視線に目をあわせる。そして至近距離でドライに詠唱抜きの魔法を仕掛けた。圧縮された多数の水の刃が、ドライを襲う。


 彼は数発喰らうと同時に、剣を抜き、残りを全てシルベスターに叩き返した。互いに傷を負うが、ドライは平然として、一滴も血を流さずに立っている。シルベスターは少し後方に退いた。


 「やはりそうか……」


 シルベスターは、先ほどの激しい顔つきとは一転して、非常に悲しそうにドライを見つめた。今受けた傷は、まるでドライの苦痛を自分に刻み込んだように見える。


 「しかし、話は別……そうだろう?」

 「うむ。行くぞ!サテライトガンナー!!」


 シルベスターが叫んだ。すぐにでも上空から極太のレーザーが降ってくる。ドライはそれに対処するために、掌を胸の前で向かい合わせ、エネルギーの球を作り、素早く上空に放り投げる。


 次の瞬間、天空が血に汚されたように真っ赤に染まり、玉座の間の外から、地響きを伴った凄まじい轟音が鳴り響いた。凄まじいエネルギーをぶつけることにより、光線の到着を防ぎ、その余波が周囲の大地を砕いたのだ。


 シルベスターが息を切らせながら、ドライを殴るが、ドライは腕を目の前でクロスさせ、後方に滑りながらも此を防ぎきる。腕のせいで、皆からは、今だ自分達の後方に下がったドライの顔を拝むとが出来ない。


 防ぎきったドライだが、急によろめいて床に膝をつく。そして、右の頭部から火花と煙が散らせ、爆発を起こす。そして、彼自身もその反動で床に倒れ込んだ。


 「ドライ!」


 オーディンが、隙さず異常のきたしたドライの側により、彼に肩を貸そうとする。


 「触るなっつってんだろ!!」


 ドライがオーディンを睨み付けた。その気迫に、瞬間、彼もローズと同じ状態に陥った。そして、ドライの変わり果てた姿に唾を飲む。


 彼の右目の位置から右後頭部にかけて、皮膚が剥げ落ち、その内側から焼けこげた金属の骨格が出現し、彼の目の位置にあるレンズが、オーディンを捉えている。彼の表情にはそんな自分をさらけ出している苦痛が満ちあふれていた。


 ローズも、セシルも、シンプソンもそんなドライに一瞬退いた。確かに目の前にいるのはドライではない。しかし彼はドライの人格を持っている。そこからは、偽りのない彼の雰囲気が伝わってくるのだ。


 「グズクズしてんな、俺が奴の動きを止めるから、メガネ君とセシルは俺のサポートをしてくれ、二人は勝負を決めろ、ラストチャンスだ……」


 自分を引き気味に見ている彼等に、淡々と語るドライ。それぞれに、後がないことを継げる彼の目が焦っている。何かが後ろに迫っている危機感があった。


 「解りました。最後の力を振り絞りましょう……」


 シンプソンがドライを信じると、皆頷いた。


 「行くぜ!!」


 ドライが高速でシルベスターに立ち向かう。だが動きが直線的でかわされるのは目に見えている。


 「タイムブレイク!!」

 「アイアット・イア・イ・アイロ!鉄線よ戒めとなれ、ビートアイロニー!!」


 シンプソンとセシルが、ほぼ同時にシルベスターの動きを止めに掛かる。その間にドライが、シルベスターの間合いに飛び込み、その瞬間に時間を取り戻し、鉄線を切った彼と手を組み、力比べに入る。


 「何やってんだ!!早く殺っちまえ!!」


 ローズとオーディンは、ドライに返事するどころか、ピクリとも動かない。


 「無駄だ!後何秒かは彼等の時間は停止している!!」


 魔法が解けた瞬間、シルベスターが逆に彼等の時間を止めたのだ。

 後には引けず形勢を逆転すべく、全力を込めるドライと、消耗しきったシルベスターが、腕を振るわせながら互いに一歩も譲ろうとしない。


 「はぁ!!」


 シルベスターがより一層力を込めた。ドライの体中の関節がうなりをあげ、次の瞬間には腕がオーバーヒートして火を噴き、力が急激にダウンし、シルベスターに押され始める。


 「クソッタレェ!!」


 だが、彼はもち直した、拳を握りなおし、両足の関節から火花を散らしながら身体全体でシルベスターを押しに掛かった。


 「馬鹿な!己の肉体を失ったお前に、何故限界以上の力が出せる?!」

 そして次の瞬間、ドライはニヤリと笑う。


 「終わりだ……」


 彼の視界には、ローズとオーディンが入っていた。そして二人の剣が脇腹からシルベスターの心臓をを貫き肩口へと抜ける。剣が抜かれた瞬間、シルベスターは、力無く前に倒れ込みドライの首に抱きつき、そのままずり落ち、床へと倒れた。そしてドライも数歩退いた後、重量感のある重々しい音を立てながら、仰向けに倒れる。その重い音が彼の燃え尽きそうな、命に灯に感じられた。


 「ドライさん!」

 「ドライ!」

 「兄さん!」


 三人が駆け寄り、ドライを囲んみ、しゃがみ込んだ後、ローズが目に涙を滲ませながら、ドライの頭の横にしゃがみ込む。


 「キスして……良い?」


 声は既に泣いていた。


 「ああ……」


 ドライは目を閉じ、静かな返事をする。そして白い歯を僅かにこぼす。そして彼女を待った。

 ローズはドライの顔を撫でる。破れてしまった皮膚の部分も無機質な金属部分も、全て指先がその感覚を逃さないように、ゆっくりと愛情深く。そして彼に口づけをした。

 乾いていた。情熱的な温もりもない。だが交わる唇に彼の心が伝わる。


 「ドライ……」


 ローズにはその優しさが余りにも酷だった。其処にいたドライは確かに死んでいた。それでも懸命に彼の温もりを探すためドライの胸に抱きつく。しかし其処から聞こえるのは規則正しい機械音だけだった。


 「ドライ、どう言うことか、説明してくれるか?」

 「オーディンさん、そんなことどうでも良いじゃないですか!兄さんは、兄さんよ!」


 あまりにも現実視したオーディンの冷たい言葉に、セシルが彼の胸を突き飛ばす。


 「良いんだ!セシル。解るぜ、死んだ奴が目の前にいる不自然さに、疑心を抱くのはどうしよもねぇ……」

 「だって!!」

 「セシル、触らせてくれ……」


 ぎこちなく左腕を差し出すドライ。その手、はシルベスターとの戦いで、大きく変形していた。


 「兄さん……」


 セシルはローズの対面からドライの横に座り、彼の手を握りしめ、自分の頬に強く押し当てる。その手は、冷たく必要以上に硬さを持っていた。

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