第1部 第10話 §2

 船内は、ガラリと静まり返っている。彼等四人しか乗っていないのだから当然だが、なんだか嵐の前触れといったようにも思える。それにしても、静まりすぎて落ち着くことが出来ない。


 「オーディンさんの姿が見えないけど……」

 「オーディンは操舵室で、船をコントロールしてるわ」


 オーディンは幼い頃からあらゆる分野の教育を受けている。言うまでもなく船の操縦もである。もちろん理論だけで止まっている分野もあるが、船舶に関しては、実技もこなすことが出来る。その時、セシルの脳裏に一つの疑問が浮かんだ。


 「姉さん達は、シルベスターの居場所を知っているの?」

 「まさか……、でも世界中を這い回ってでも見つけるつもりよ」


 何とも無責任にドライがやりそうな仕草で、お手上げをしてみせる。思わずひざを崩して倒れてしまうセシルだった。やはりこういうとき、ドライはこういう行動に出るだろう。


 ローズ達が旅立った後だ。ノアーとドーヴァが、ドライの遺体を安置しようと、振り返ったときだった。しかし其処に寝ていたはずの彼の遺体がない。それどころか、バハムートも居ないのだ。後に残ったのは、彼が居たという証の血糊だけだった。


 「爺さん何するつもりや……」


 それは何となくドーヴァの感だった。

 場面は再び飛空船へと戻る。彼らはオーディンの居る操舵室に集まっていた。これから何処へ行くかだ。


 「みんな、行く宛もなくシルベスターを探すつもりだったの?」

 「ああ、意地でもシルベスターを探してみせる……」


 オーディンもローズと同じ事を言う。目つきは真剣だった。執念深い蛇のようにも思える。シンプソンは少し苦々しく笑った。二人をお払いしたい気分にもなった。


 「解ったわ、シルベスターの位地は私が探るわ」


 決めたことだ。セシルは澄まして笑う。そういって彼女は蓮華座を組み、お腹の前で空気を持つように仰向けに手を組み、静かに目を閉じる。そしてシルベスターの気を探り始めた。付け加えれば、彼女はシルベスターの気しか、感じることが出来ない。それから一筋の光を感じた。


 「取り合えず西南西に向かって進んで、彼は極遅い速度で移動しているわ」


 オーディンは左舷に舵をいっぱいに回した。そしてセシルの示した方角へと向かう。彼が移動している理由は解っていた。宙に浮く島と共に彷徨っているのだ。それ以上に動かないことを考えると、こちらが動くことを察しているのか、オーディンが付けた傷がまだ回復しきっていないためだろうか。どちらにしろ、立ち向かうと決めた相手だ、追いつめたい気分で心がはやる。


 それから四日後、この船の速度でそれだけの時間を費やした。地球を半周したのではないだろうか、シルベスターの回復具合が気になる。もはや勝てないかも知れない。しかし彼等の戦う意志は薄れていなかった。


 「みんな前方を見ろ!」


 オーディンが叫ぶ。其処には豆粒大の影が宙に浮いている。世界に静まりを見せた今、宙に浮いている島は、シルベスターの島しかない。その影は、次第に輪郭を整え、色を付け始める。そしていつの間にか、目の前に悠然と迫っていた。船を神殿より少し遠ざけて着地させ、その入り口で一度足を止める。


 この至近距離まで近づいているのに、シルベスターが感づいていないわけがない。もはや、態と待ちかまえていると考えた方が自然だ。「自分達が戻ってくる」そう確信されていると考えると、無性に忌々しく感じるローズだった。


 「行くわよ」


 ローズが神殿に足を踏み入れた。オーディンもシンプソンも、そしてセシルも神殿に足を踏み入れた。長く高いアーチ状のこの通路を進むと、真正面にシルベスターが居るのだ。短いはずの時間が非常に長く感じ、一度通った筈のこの通路が永遠に続いているように思えてならない。


 だがその瞬間はやってきた。ドーム状の天井を持つ玉座、正面の入り口の延長上の奥に、シルベスターが玉座にどっしりと腰を下ろしている。


 「漸く来たようだな、掛けぬか?」


 自分の予想通りといった雰囲気を出した小さな笑いをしたシルベスター。其処から動こうとはしない。それどころか、戦意を出さず、例の椅子に座るよう勧める。彼の動きを見るため、椅子に腰を掛けることにする。オーディン、シンプソンは、前の位地に座り、ローズがオーディンの横の一番端の席に座る。そして、セシルが中央の席に座ろうとした。


 「セシル、其処はドライの席だ」


 オーディンが、真っ直ぐシルベスターを見据えたまま、彼女を制止した。そう、ドライの魂はこの場に連れてきているのだ。だからドライは其処にいる。セシルはシンプソンの横に座ることにした。少しだけ静まり返る。


 「決心は、変わらぬのか?」


 シルベスターが重々しく立ち上がる。


 「しつこいわね」

 「これは、『人間』としての、私たちの戦いだ」


 ローズ、オーディンがほぼ同時に立ち上がった。


 「大事な人と静かに暮らして行きたいのです」

 「もう、十分使命は果たしました。後は自分のために……」


 そして、シンプソン、セシルが、ゆっくりと腰を上げ、魔法で編み出されたあの真っ白な法衣を纏う。その時点で徐々にそれぞれの戦意が高まり始めた。


 「そうか……」


 シルベスターは、残念そうに深く息をついた。そして、右腕をゆっくりと前方にあげ、握っていた掌を広げた。直後例の波動を放ってきた。


 「ポインターミラーズ!!」


 シンプソンが即座に反応を示し、皆の前方にそれぞれ複数の鏡状のシールドを張る。標的になっていたのは、殺気を剥き出しにしていたローズだったが、シンプソンの魔法はこれを完全に跳ね返した。激しく天井を突き崩す。


 〈気のせいか?シルベスターの攻撃が弱い……〉


 シールドの強度は、仕掛けたシンプソンが一番良く知っていた。何の反動も無しにこれほどすんなり跳ね返すことが出来るのを不振に感じた。余り安易な情報を流し、皆の気の緩みを作るの不味い、もう少し様子を見ることにする。


 「アイアット・イア・イ・アイロ!鉄線よ戒めとなれ!ビートアイロニー!!」


 セシルが魔法を唱える。床から無数の鋼鉄の糸が飛び出し、シルベスターを雁字搦めにしてしまう。其処へオーディンとローズが左右から挟み込むようにしてダッシュをかけ、シルベスターに斬りかかる。そして捉える瞬間、シルベスターが、鉄線を引きちぎり二人の剣の刃を受け止める。


 「大気に満る水よ!刃とかせ!ウォートジエッド!」


 そしてセシルが積極的にその隙をつく。水で出来た鋭い刃が、シルベスターの身体を貫き、彼の身体から血飛沫が上がる。そのダメージでシルベスターは跪いた。


 「大気よ壁となれ!エンフィールド!!」


 シルベスターが跪いた状態で、強烈な風圧を伴った大気の壁を起こす。オーディンとローズが、彼の左右の壁に亀裂が入るほど激しく叩き付けられた。

 二人が倒れると同時にシルベスターは立ち上がり、直線的にオーディンに突っ込む。彼は紙一重でかわすが、後方の壁は発泡スチロールのように、簡単に砕けてしまった。

 オーディンに襲いかかったシルベスターは、隙さず彼の動きにあわせ、もう一度彼に襲いかかった。


 「タイムブレイク!!」


 シンプソンが叫ぶ。クロノアールの時と同じように、シルベスターがその動きを急激に減速させる。この隙に素早く間合いを開け、体勢を立て直すオーディン。しかし数秒も立たない内に魔法の効力は消え、彼の時間は再び元のスピードに戻る。急に動いたように見えたオーディンの動きに、シルベスターは空振りをして、またもや壁を破壊する。


 「済みません。この魔法は余り長時間時間を止めることが出来ないんです」

 「いや、助かった」

 「所でオーディン、余り正確な読みではないのですが、シルベスターは体力的、精神的、共にかなり弱っているようです。四日も経っているというのに……」


 「心臓を貫いたからか?」

 「ええ、かなり回復が遅れているようです。それで我々を待っていたのでは?」

 「どうかな、それなら逆に遠方から不意打ちをした方が、彼に有利なはずだが……」


 シルベスターは、二人の会話が終わるのを見計らったように、再び振り向き様にオーディンへ波動を放ってくる。しかしこれは取るに足りない攻撃だった。またもやオーディンの後方の壁が破壊される。音が深いので相当の破壊量だと解る。どうやら直接攻撃の要を倒しにかかってきているようだ。


 「かわすのも問題だな……」


 この調子で行くと、建物が崩壊するのも時間の問題のように思えるほどの破壊力だ。

 シルベスターが弱っているという事だが、それでもなかなか間を詰めきれない。まだシルベスターの方が力が上なのだろうか。底の計り知れなさを感じる。


 「ホーミングアロー!!」

 「ライトニング・ボウ!!」


 ローズとシルベスターが、ほぼ同時期に違う呪文を放った。ローズが掌から放った魔法は追尾式であったが、シルベスターは弓引く構えを取り、それらを雷の矢で、恐るべき正確さで全て相殺した。彼が魔法を使うことから、まだ魔力に余力がありそうだ。そうなるとまだまだ油断できない。


 「レディー!余り功を急がない方がいい!!」


 シンプソンのように素直に状況を受け止める方法もあるが、やはり何となく腑に落ちない。彼を一気に仕留めようとして、後々形勢を逆転されるのも困る。それとも生命力が強いだけなのだろうか。先を読むことの出来ないないシルベスターに、神経質なほどに苛立ちを覚えるオーディンだった。

 再びシルベスターが攻撃を仕掛ける。


 「サウザンドレイ!!」

 「アイアット、イア・イ・アイロ!鉄線よ戒めとなれ!!ビートアイロニー!!」

 「風よ全てを斬り崩せ!!スクリュード!」


 シルベスターは、この三つの呪文を同時に唱えた。一人の人間の声が、三重に重複する。ローズ達には、何を唱えたのかまるで解らなかった。ただ、詠唱の長さで大地から飛び出す鉄線の魔法が含まれている事だけは理解した。


 しかしその時には既に身体は縛られ、上空から天井を突き破って、赤い光の雨が降り注ぎ、風の壁が全員の目の前に迫ってきた。訳も解らないままに、身体全体が痺れ、瓦礫が散らばった床の上に倒れていた。そんなオーディンとローズがゆっくりと立ち上がる。シンプソンはメガネが壊れ、痛そうに顔を押さえながら漸く立て膝をしていた。セシルが、遅れて立ち上がる。彼女のダメージは以外と軽いようだ。


 全員に掛かっていたシンプソンの防御魔法がいつの間にか解除されている。本人が痛みのために集中力を切ってしまったのと、魔法の激しいダメージで消失してしまったのだ。


 オーディンは、一つ推測を入れた。確かにシンプソンの言うように、シルベスターは消耗している。それは彼が詠唱を省いた力任せの攻撃をしてこないことで理解できる。しかし、その消耗は彼から見た消耗であり、通常の術者から見れば、まだ常識を越えた力なのだ。


 「なに?何が起こったの?縛られたと思ったら突然……、そして急に弾き飛ばされて」


 ローズが剣を両手で持ち、前に構え、すぐに動ける状態に入る。


 「解らぬ……」


 オーディンがローズの側により、彼女の呼吸に動きをあわせる。

 ローズはオーディンの冴えない返事に、少し考えた。シルベスターは、いろいろと魔法を唱えてくる。本来は、どれもこれも相手を一撃で仕留めることの出来る高級な魔法ばかりだ。それでも自分達が一撃で致命傷にならないのは、シンプソンの魔法のお陰もあるが、個々の力があるという事も言えるのではないか、そう考えると、一撃喰らう変わりに、その隙にシルベスターにも一撃、いや、数の上から最高三撃は与えられる。どちらの破壊力が強いのか、少なくともシルベスターが魔法を唱えている分には、こちらの方が僅かに有利ではないか?一つ結論が出る。閉所であるが故に、動きづらいが、兎に角派手に動いてシルベスターの注意力を一つにさせないようにする。それが彼女の出した一つの答えだった。

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