第1部 第9話 §8

 気がつくと、クロノアールを包んだ封印は、次第に大きさを増し、いつの間にか小島くらいの規模にまで膨れ上がっていた。そして次第に周囲に岩石が形成され、木々が生え、本当の島のようになって行く。そして、その島に一つの大きく真っ白な神殿までができあがる。


 「これで……終わったのか?」


 オーディンがその規模に驚愕しながら、本当に全てが解決したのかどうか、その目で確認しながらも、疑問に感じた。腕に抱いていたシンプソンが、目を覚ます。


 「私……」

 「安心しろ、終わったよ」


 疑問を感じながらも、シンプソンには、必要以上に安堵感を感じさせる笑みを浮かべるオーディンだった。


 「そうですか……」


 彼の返事は力がなかった。安心感から来た脱力感のせいだろう。大きな溜息をつき、リラックスをする。


 「諸君、これから身体を休めながら世界を正常に戻したい。あの神殿にでも入ろう」


 自分が創ったモノだというのに、まるで以前から其処にあったかのような言い回しをするシルベスターだった。一度四人に目を配ると、先頭を切って神殿へと飛んで行く。

 彼等も体力の限界に来ている。一度休む意味も含めてシルベスターの後について行く。

 神殿の内部は、薄暗いが、細部の装飾に渡って完璧に仕上げられている。器用なものだ。


 「へぇ、良い住まいだ事……」


 妙に引っかかりのある言い方をしながら、周囲に捌けるものがないかを探し始めるドライだった。しかし、あるわけがない。今出来たものばかりだ。壁画をむしってもレプリカにしか思われない新しさだ。

 暫く真っ直ぐな通路を歩いていると、大きな扉があり、其処を通過すると、玉座の間らしき部屋にたどり着く。そしてシルベスターは、大きな玉座に腰を掛けた。

それから、彼の正面に弧を描くような配置に何処から戸もなく支配者を思わせるような立派な椅子が五脚現れる。どうやらドライ達の席らしい。


 シルベスターが視線で座れと言っているので、腰を掛けることにした。


 ドライは、子供の座席取りみたいに、一番乗りにシルベスターの正面に座り、ローズを自分の膝上に横に抱きかかえるような状態で座らせる。

 シンプソンが右、オーディンが左と、ドライを挟むように腰を掛けた。残りの二つは、本来ローズが座るべき席と、此処にいないセシルの席のようだ。それがシルベスターの描いた本来のシナリオなのだろう。しかしそのシナリオはドライによって返られた。


 彼等が腰をかけ終わると、四人の前の空間に二次元スクリーンが現れ、現段階の世界の様子が映し出される。


 「私も可成りの力を使ってしまったが、これから全魔力を投入して、再び人間界、超獣界、魔界の三界へと次元を分ける。そして、クロノアールの魔力の変異で浮き上がってしまった大陸なども出来るだけ正常な位地に戻す。その間諸君等は、退屈であろう。ゆっくりとそれを眺めて、しばしの休息を取るが良い」


 シルベスターは再び無表情にそういう。

 確かに疲れていたが、出来れば一刻も早く子供達の元へと戻りたいシンプソンだった。


 「それよりよぉ。『邪魔する奴』は居ないんだ。退屈しのぎに奴との経緯をゆっくりと話してくれよ。出来るんだろう?」


 「伝説か……私も知っておきたいな」


 オーディンがドライに同調する。シルベスターだのクロノアールだのと言っても、真の伝説は明確でない。世界をこれほどにまでした二人の争いの原点を、彼等は知る権利がある。


 「よかろう。私もただじっとしているのも退屈だ。歴史を知っておくのは正しいことだ」


 シルベスターの話はこうだった。人間は、幾度と無く戦争を繰り返してきた。もちろん核戦争すらその例外ではない。しかし皮肉にもその戦争こそが人間の持つ科学を飛躍的に伸ばした一因であることは、紛れもない事実だった。そして、発展した科学はさらなる兵器を産み出した。最悪の核戦争の後、人類は漸く核廃絶を完了した。それは核の恐ろしさに気がついたことよりも、新たなエネルギーを手に入れたためである事の方が要因としては遥かに大きな物だった。


 光エネルギーの出現である。二十世紀後半から仕上がりを見せたこの分野だったが、地上では気候、昼夜の変化に大きく左右され、人工衛星で取得した純粋なエネルギーを直接、地上に運搬、伝達する術がなかったため、なかなかマクロな実用化には至らなかった。


 核戦争後、大地は核によって汚染された大地と、再び増加し始めた人類のため、住むには劣悪な環境に変わり果てていた。

 世界経済の互いの利益のために、前進を見せなかった宇宙コロニー計画が世界規模で持ち上がり、同時に宇宙科学の発展により、次元航路の論理上確立。そして、現実の物となる。


 次元航路により、形の有無に関わらずあらゆる物を、宇宙と母なる大地を行き来させることの容易となった人類は、居住空間を宇宙にまで広げ、無限の世界を手に入れる。


 これにより人間の時代は再び栄華を極めようとしていた。


 そして生物工学および遺伝子工学を発達させた人間は、病原体等に脅かされることもなくなり、越百年寿命時代を迎える。


 人類は満たされたかのように見えた。しかし彼等の持っている本質的なものが、欲求を外部にまで望み始めたのである。一つは、既に生命の糸を絶った過去の生物種の復活である。まるで神のように次々と命を弄び始めた。


 だが、満たされることはないのである。どれだけ栄華を築いても、新しい力を手に入れても、汚れた母の大地に帰りたいという願いは収まらないのだ。


 自ら望んで出た宇宙だというのに、目の前に見える青い星が愛おしくてたまらない。きっと遠く離れて、初めて人間の持っている帰巣本能が目覚めたのだろう。


 人間は、再び母なる大地を我が物にするため争い啀み合う。


 しかし彼等は過去に犯した過ちから一つ学んだことがあった。それは資源が有限だという事である。では、自分たちで生み出せばいい。そう、「錬金術」の発想である。金を練る錬金術が、全ての物質を練り出す発想へと変わったのだ。ミクロの分野にまで入り込んだ人間の技術の前には、もはや不可能ではなかった。


 それだけだはない。その発想は、兵器開発にまで及んだのである。理論は簡単だった。自己増殖の原点は、生物である。種族維持本能で自ら産み増やすのだ。しかもただの生命ではない。強力な破壊能力を持った生物だ。超獣や魔物の原点である。この時点では、生体兵器と呼ばれることになる。


 その生物達を格納するために用いられたのが、同一軸上にある他空間である。超獣界、魔界の発生の原点である。


 しかし、もっと短期間に手近に生体兵器を作る術があった。それは増えすぎた人間を使用することだった。これが魔法を扱える人間の原点である。


 これらは母なる大地を我が物にするため次々に地上に送り込まれた。そして互いの使命を忠実に果たすため、混沌の殺戮を繰り返す。


 しかし人間の歩んだ道は、急ぎすぎたのだろうか、予測もしない事態が発生したのだ。人間が切り開いた他空間が安定を無くし、世界の崩壊と共に、この空間と癒着したのである。後にこれが「大破壊」呼ばれるようになるが、悲しいかな人間は自分の過ちから逃避するように、この事すら口にしなくなってしまう。


 大破壊の影響は世界に及んだだけではなかった。生み出された新生物群は、その衝撃に絶えきれず自我を無くし暴走し、本能の赴くままに動き始めたのだ。暴走を始めた生物達は、もはや人間のみで止めることの出来る物ではなかった。


 このままでは、帰る地が無くなってしまう。そう感じた人類は、初めて本当の危機感を感じた。そして生み出された計画が「黒白の魔導師計画」であった。魔導師といういにしえに満ちた言葉は、現在における地球の状態が、幻想に出てくるような生物群で溢れ返っているところから、自分たちへの皮肉を込めてそう名付けた。


 生み出された生物は二体だった。計画上では一人だったが、細胞分裂中に、双生児となったのだ。彼等の使命は一つ、人類に有害となる超生物の除去だった。そして、母なる大地の保護。彼等はそのために思考する。そのために人間の肉体とそれ以上の頭脳を与えられた。


 初期の段階では、殺傷が除去の中心であったが、彼等の強大な力は、確実に大地の寿命を縮める羽目になった。そこで彼等が思考し生み出したのが、生物群の、より完全な他空間への封印である。生物群の脳波に同調し、新たなる地へと導いたのである。


 しかいこの時、導ききれない存在があった。それは、兵器化された人類である。彼等の安住の地は此処であり、そのために破壊的な戦争をしたのだ。その思いを覆すことは、不可能だった。


 しかし宇宙から見たこの星の破壊、汚染は、目に余る物があった。そして、この星に残った人間の数は、コロニー人類から見て、わずか一握りにまでその数を減らしていたのである。


 人類は道を決める。未来二千年、人類における地球の権利を其処にいる人間を切り捨てる形で放棄したのだ。

 「そして、目的を果たした私とクロノアールは、生きる目的を見失った。その時初めて考えた。私たちの存在理由とは何なのだろう。その時自我に目覚めた。初めて自分の存在に疑問を持つことによってだ。そして次第に感情も持つようになった。自分たちの最も形態に似ている人間の女と恋に落ちるようにもなった。其処が私とクロノアールの道を違える点だ。私の愛した女は、人の心を解いた。だが、クロノアールの愛した女は美しい自然を愛した。生命の平等を解いたのだ。クロノアールは次第に、自分の理想を説くようになり、自分で封じた筈の超獣達を再びこの世界に復活させた。私は、人間達を中心とした脆弱な生物を守るため、クロノアールと戦った。そして、互いに封印しあった。それが私とクロノアールの戦いだ」


 そして、今その戦いに終止符が打たれたのだ。


 「で、世界の修復まで何時間かかるんだ?」


 シルベスターの長い話が終わると同時に、ドライがローズの頬を撫でながら、彼女だけを眺めて、付け足しに思えるような言い方をする。


 「後、五時間ほどだと思うが……」

 シルベスターは、疲れているのか、鈍った思考力を絞るようにして顎を撫でながら時間の計測をする。自分で納得したのだろう。顎から手を離し、ドライの方を意味ありげにじっと見る。するとドライは、ローズを抱きかかえたまま席を立つ。


 「寝室あるんだろう。借りるぜ」

 「ああ、右の扉を開け、その通路を左に曲がった部屋の並びがそうだ」

 「解った。オメェ等もチョイ休んだ方が、身体のためだぜ!!」


 ドライはそう言うと、足音を響かせながら、奥へと消えていった。

 神殿の天井は、重々しく高く落ち着きがある。しかし馴れない人間にとっては、何だか平常心を損ねてしまいそうだ。そして、何だか陰のあるドライの様子を見ていると、ローズは余計に全てに不安感を感じてしまう。


 寝室に着く。部屋の中は暗めのグリーンと茶系色を基調とした暗めだが落ち着きのある仕上がりになっている趣だった。家具も中世風であり、この時代にポピュラーの物である。部屋のスペースも程良く広く、ベッドもゆったりと幅広い。ドライには二人で寝ろと言っているように見える。


 部屋に入って右横には、扉がある。他の分岐した部屋があるようだ。


 それは後回しにして、ドライは、早速ローズをベッドの上に寝かせ、彼女に覆い被さり、キスをしながら上着のボタンを外しにかかる。


 「待って……、髪も海水でべたべたしてるし、汗もかいてるわ。どうせならシャワーか何かあればいいけど……」


 ローズは、ドライの胸に両手で突っ張る。其処には奇麗な自分を抱いて欲しいという彼女の希望があった。ドライは、今すぐにでも彼女を強く抱きたい。どうしようかと躊躇いながら、ローズの頬を撫で、自分を押さえる。そして、入り口付近の戸を思い出した。


 「一寸待ってな」


 ドライはベッドから離れ、先ほどの扉に向こうに行く。其処には都合の良い設備が整っていた。少しシルベスターに、むかつきを覚えたドライだった。

 「バスタブまでついてやがる。にしても良い作りしてやがるせ」


 早速、湯を調節すると、疲れがとれる適温のお湯がザーッと勢い良く出る。


 「これで良しだな」


 そうして、ドライとローズは自分の身体をこぎれいにした後、二人の世界に没頭することになる。二時間か三時間か、愛し合うには十分な時間が流れた。それでもドライはなかなかローズから離れようとしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る