第1部 第9話 §3

 少しだけ、状況をつかめ始めたローズだった。


 「ドライ、降ろしてよ。服着ないと、みんな困ってるから、ね」


 ローズは困っている男共を見かねた。良い子良い子をするように、自分の胸に顔を埋めたドライの頭を撫でる。


 「ああ」


 地に足を着けたローズは、何だか変なドライの様子が気になり、心配そうに眺める。この時、彼の顔に何かが足りないことを感じたが、それが何かが解らなかった。実は、マリーに付けられた傷も消えていたのだ。引っかかったものの、取りあえずの自粛で、シーツで身体を隠すことにした。


 ローズを蘇らせたシルベスターは、もう一度周囲を眺める。何かを気にしているようだ。そしてノアーの前に、立つ。


 「クロノアールの血を感じるな」


 シルベスターと視線を合わせたノアーは、死の恐怖にゾッとした。彼の手はいつの間にかノアーの頭部へと廻っている。


 「止めて下さい!彼女は、敵ではありません!!」


 シンプソンはクロノアールとの戦闘で見た光景を頭に浮かべた。同時に敵の血を引く彼女が抹殺されることを、脳裏に描いた。シルベスターの指がノアーの髪の中へと入り込む。シンプソンが、そのシルベスターの腕を掴み、彼女から引き離そうとするが、ビクともしない。


 「其奴は敵じゃねぇ!」

 「彼女は敵ではない!!」


 オーディンとドライが、殆ど同時にシルベスターの肩に手を触れようとするが、殺気じみた二人の気配を感じたシルベスターが、無意識にシールドを張る。二人の手は、電撃に弾かれたように、はね除けられた。セシルは、ノアーを敵でないという確信がない、それに、シルベスターの行動を補助するのが、自分の役割だと考えている。

 その後からローズが、シルベスターの肩を持つ。ドライやオーディンとは違って、いとも簡単に触れることが出来る。


 「止めて、彼女は敵ではないわ」


 シルベスターの返事はない。

 ノアーは声を出すことが出来ない。

 怯えるノアーを見たシルベスターは、今度はシンプソンを見る。視線を合わせたノアーが、懸命に何かを訴え掛けているのが解ったのだ。そして、それが何なのかも。


 「この女を、愛しているのか?」


 シンプソンは、一瞬詰まった。彼女と過ごした時は、決して長いとは言えない。ノアーが自分に好意を抱いているのは解る。だが、いざ自分にその質問をぶつけられるまでは、考えもしないことだっただけに、無責任な事は言えない。彼は冷静に考えた。彼女は殺されたくない。果たしてその気持ちは、他の者に抱くときと同じ感情なのだろうか、あるいはそれより重いのか。


 「シンプソン様……」


 ノアーが、悲しそうな声を出して、シンプソンを見つめる。彼はその時思う。もしシルベスターを復活させることを考えて、彼女が世界が崩壊し始めたこの危険な状況で、しかも最悪こうなることを予想していたのなら、そこへ駆けつけた彼女のシンプソンへの思いは、測ることが出来ない。シンプソンの心の中で、一つの想いが膨らみ始めた。

 ノアーの待っている答えはただ一つ、ただ一つだったのだ。


 「いえ」


 だが、シンプソンは彼女の待っている答えとは、全く違う結果を出した。ノアーが目を閉じ、静かに涙を流す。シルベスターが、シンプソンの答えを聞き、方向を決めた。


 「では、心は痛むまい」

 「いいえ!もしこの感情が本当なのなら、今彼女を愛し始めいると言った方が確かです。今聞かれるまで、私には無かった感情です。ノアー、私と共に来てくれますか?」


 シンプソンは、少しあけていたノアーとの距離をつめ、シルベスターに背中を見せ、彼女の両肩を抱く。その瞬間にノアーの頭から、シルベスターの腕が離れた。


 「はい……」


 そして、普段の彼では、見られない大胆な行動に出る。そのままノアーにキスをしたのだ。羨ましい限り新鮮でホットなキスだった。


 「シンプソン=セガレイ。お前の張った結界のおかげで、少なくとも三十時間以上は時を稼げる。それは、その褒美だ。私は、力の回復を図るため少し眠らせて貰う」


 シルベスターはそう言うと、一度宙に浮き、空で身体を寝かせ、先ほどまでローズの寝ていたベッドに横たわる。そして次の瞬間には、もう深く眠りについていた。しかしシンプソンは、そんな言葉を聞く余裕もなくノアーに気を集中していた。

 そう言う二人は放っておくことにして、バハムートが頻りにドライと、ローズの顔を伺う。何かを話したそうにしている。と、その前にローズは服を着なくてはならない。


 ローズが適当な服装に着替えると、場所を操舵室に移る。


 「へぇ、飛空船ね」


 ドライがそこから見える景色を眺め、自分が今どういう場所にいるのかを理解する。ローズ以外の全員は、その事をとうに知っていた。


 「そうじゃ、マリー=ヴェルヴェット理論による。世界初の飛空船じゃ」


 バハムートが五人の前で偉そうに威張ってみせる。


 「マリー……ヴェルヴェット……理論て……」


 ローズは、その言葉に思わず息をのむ。勿論彼が何をいているのかは、理解していた。それは既に死んだ彼女の姉が、生前口癖のように言っていたことだった。「何かの形で、自分の名を残したい。考古学で世界一になる」と。それが今現実になったのだ。


 「それじゃぁ!!嗚呼、何てこと!おじいさん!!」


 ローズは我が事のように興奮を隠しきれず力一杯バハムートに抱きつき、頬にキスの嵐をする。ただ首が強く締まっていて、彼としてはそれどころではない。


 「こ、こら!よさんか!苦しい!!」


 しかし、それと同じくらい喜んでいる男がいた。それはドライ以外の誰でもない。    オーディンが、それを解ってか、軽く彼の肩をに手を乗せた。


 「まさか、俺が爺さんに抱きつくわけにゃ、いかねぇからな」

 「ふっ……」


 操舵室をぐるっと眺めると、後天的に付けた装置が多数ある。備え付けが強引に思える。どうやら元々ある船に改造を加えたようだ。そうでなければ、これほど短期間に此処まで出来るわけがない。つまり、その後天的な装置こそが、マリーの命の結晶なのである。ドライは、一通り眺めると、すっかり満足が行く。


 「さてと!」


 そして、セシルの方を振り向いた。そして、ローズを見つめるときとはまた違った穏やかな目をする。それから両腕を広げる。


 「兄貴だ。オメェの兄貴なんだぜ」

 「兄さん……兄さん!!」


 セシルがその胸に飛び込むと、ドライは、今までにないほどセシルに触れてやる。本当は、二人が出逢った時にすべき行為だったのだ。それをドライ=サヴァラスティアという人格が、二人の間に壁を造っていたのである。そのすまなさを抱きしめる強さにかえるドライだった


 「けどよ、俺としては、ドライの方が気にいってんだ。オヤジやお袋にはワリィけどよ」

 「そんなのどっちでも良い……、大好き、兄さん……」

 ドライは此処で漸く自分の記憶が戻ったことをセシルに明示した。セシルの頭を何度も撫でる。これで今までの素っ気なさを清算できるとは、思っていないが、今はこれで許してもらうことにした。


 〈一寸待てよ……〉


 ドーヴァがこの微笑ましい場面に、ふと引っかかりを覚える。それからに盛んに首を捻って考えた。そして、俯いて、震える掌をを眺めるようにして、ブツブツと考え始める。


 〈もし、俺がセシルと結婚するとなると、一寸待て、そうなると何か?セシルを下さいとか言う場合、比奴にいわなあかんのか!!そんでもって、比奴が兄貴!!〉


「オー!ジーザス!!」


 急に真面目なことを考え、後頭部を抱えながら天を仰ぎ、急に叫んだドーヴァの姿は、ハッキリ言って変だった。


 肉体の回復した彼等だったが、精神的に色々な負担がかかったため、次にシルベスターが動き出すまで、それぞれに部屋で休むことにする。


 「そっか、私死んでたんだ……」

 「ああ……」


 二人は肌を重ね合わせ、それ以上どうするとも無しに、互いの温もりだけをぼんやりと感じ合っていた。熱く愛し合っても良かったが、今日は何となくこうしていたかった。ドライはもう少し彼女を感じるため、頭の後ろに回していた左手を彼女の肩に回し、自分の方に引き寄せる。


 「今度は、大丈夫だから……」


 そう言うと、そのまま眠りについてしまうローズだった。眠った彼女の顔は何とも無邪気だった。


 「バカヤロウ……」


 その無邪気さが、妙に無責任に感じだドライだった。彼女をより強く自分の方に引き寄せ、下唇をぐっと噛みしめるのだった。

 この時、普段の二人の十八番を奪っていたのが、シンプソンとノアーだった。とは、言うモノの実に清楚で穏やかなモノだった。シンプソンはどうしてもその感情を抑えきれなかったのだが、ノアーは、ずっと以前から彼にこうされることを望んでいた。ウットリとしてシンプソンの首に抱きついて、離れようとしない。シンプソンも離す気は、毛頭無い。


 「ノアー、結婚……、もし、平和が戻ったら。私と結婚しませんか?」


 ノアーを抱き終わった後のシンプソンは、自然に彼女が欲しくなった。二人だけの時間を求めたくなった。この夜が、とても愛おしい。


 ノアーはシンプソンの胸の中で小さく頷く。シンプソンは彼女の微動を感じると、二人で出した結論につかの間の充実感を感じた。


 一方ドーヴァが、身体は疲れているのだが、眠ることが出来ずに、落ち着き無く廊下を彷徨いていた。特に何かの娯楽があるわけでもないこの船で、更に行き場を無くし、結局自分の借りた部屋の前に戻ってきてしまっていた。そして、もう一度同じコースを歩き始めた。


 何が気になっているのか?別に大したことではない。先ほどのセシルの件を几帳面に真面目に考えていたのだ。何故そうなったかというと、相手のセシルが真面目だからだ。その彼女との「結婚」について考えていた。


 〈その、お兄さん、セシルをぼ、ぼ、僕に下さいか?いや、相手はドライやぞ!セシルはもらった!!……、あかん、これやったら誘拐みたいやなぁ〉


 実は、彼は恋というモノに全く無感動だったのである。「生きる事」に必死だったせいもある。人生最大の目的が、ドライを倒すことで、それ以外のことは、眼中になかったのが一番の理由だろう。今そんな自分に気が付く。


 〈待てよ。別段ドライなんかに拘る必要ないんとちゃうか?そうや、直接や、もうキスはしてあるんやし……、でもアレは強引やったかな?いや、セシルは気にしてなかった……と思う。よし!一発で決めたる!でもその前に練習や〉


 誰もいないかを確認するために、周囲をキョロキョロと見回す。そして、誰もいないことを確認した。


 「う……うん。セシル!俺と一緒になってくれ!!」


 と、俯き加減にシリアスな顔をして、握り拳を作っり力んでいると、左横の扉がガチャリと開く。


 「え?」


 俯いたドーヴァの視線に、パジャマ姿でスリッパの足が二本目に入る。恐る恐る、徐々に視線を上げて行くドーヴァ。そして妙な姿勢のままその人物の顔を拝む。言うまでもなくセシル本人だ。真っ赤な顔をして突っ立ったままではあるが、視線はしっかりとドーヴァとあっていた。


 「何時からそこに?」


 だが、セシル以上に顔を真っ赤にしているのは、何の覚悟もできていないドーヴァだった。


 「誰かがいる気配がしたから……」


 セシルはオロオロとしてそして、恥ずかしそうにドーヴァから視線を外し、右手人差し指第二関節あたりを噛むようにして口に当て、隠れるようにして背を向け、そのままバタンと音を立てて閉めてしまった。


 「オー!!マイ!ゴッドォ!!」


 ドーヴァは、先ほどと同じポーズを取り、それから死んだような足取りでフラフラと歩き出す。顔は急変して青ざめていた。顔は正面を向いているが、周囲の景色がまるで目に入っていない。そんなときだった急に右横から開いた扉に、顔面を強打してしまう。


 「ウググ……」


 今度はその痛みでしゃがみ込む羽目になる。


 「す、スマン、変な気配を感じて……、寝起きだったんでな、他に気を配るのを忘れていた。気配は君だったのか」


 中から出てきたのはオーディンだった。音の具合でどれだけ痛いのかが解った彼は、同じようにしゃがみ込んで、彼の様子を伺う。すると、ドーヴァはオーディンの気配りをかわすように、ふらりと立ち上がり、殆ど無意識といった感じで再び、歩き始めた。


 「ええんや、もう俺はおしまいや……」

 「?……、一寸待つんだ」


 あまりにも絶望して、背を丸めているドーヴァを見かねたオーディンは、自分の部屋に彼を引き入れた。そして、ドーヴァを落ち着かせた。


 「ハハハ、それで悄げていたのか?」

 「ふん!笑うんなら笑え!何にも言われんと、戸閉められたんやぞ、ふられたんや……」


 恥を曝したドーヴァは、口を尖らせて完全に横を向いてしまった。


 「ハハハハハハ!そりゃセシルだって驚くさ、ハハハ!」


 オーディンとしては、短絡思考なドーヴァがおかしくて仕方がなかった。ベッドの端に腰を掛け、腹を抱えて背を丸めて笑う。しかし直に起きあがり、ドーヴァの方をもう一度見る。


 「で、ドライには、言ったのか?」


 目尻にたまった涙を懸命にふき取り、ドーヴァも一応考えていたことを、わざわざ蒸し返すように聞く。


 「言える訳……あらへん……」

 「だろうな、レディーに、おっと、ローズ……に言えば、きっと味方してくれると、思うが……」


 今度はきちんとした姿勢で、年上らしく彼にアドバイスをしてあげることにした。


 「じょ、冗談やない。レッドフォックスやぞ!そんな奴に、相談できるか!」

 そう、ドーヴァは、ローズには賞金稼ぎとしてイメージが色濃い。その人種は信用しがたいのだ。むしろ目の前にいるオーディンの方が、誠実で確実に信用できる。


 「私は昔の彼女を知らないから、何も言えないが。私の知っている限りの彼女は、明るくて優しくて、仲間としても信頼できる。そして、女性としても……」


 最後の瞬間オーディンの表情が、微妙に変化する。


 「オーディン、もしかして……」


 ドーヴァの表情が、愚痴をこぼしていたときとは違い、オーディンの次の言葉を期待し、目を輝かせ、意地悪っぽく笑っていた。


 「ああ、もし、私の心にニーネがいなくて、彼女がドライと出逢っていなかったら、の話だがな」


 ドーヴァの期待していたのとは、少し違った答えだった。オーディンがさっと答えを流す。いかにも残念でしたと言いたげだった。


 「ニーネて?」


 「死んだ私の恋人だ。それより!レディーなら、上手くやってくれる。が……」


 オーディンが続きを言おうとしたとき、ドーヴァの姿はもう無かった。時間も時間だし、それにこの時間帯で、あの二人が寝ている確率は少ない。恋に勤しんでいるのが大抵だ。彼はその事を告げようとしたのだが、告げる相手が先走ってしまった。


 「参ったな……」


 無責任に、ぼやきながら、後頭部をポリポリと掻く。暫くそうして悩んでいるが、彼も疲れていることから、後は成り行きに任せることにして、そのまま毛布を被って寝ることにした。

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