第1部 第8話 §最終 デッドライン

 しかしそれはシルベスターではない。瞬間、それぞれが背中にゾッとするような、重圧を感じる。そしてそれぞれが、まるでタイトロープの上にいるかのように、不安と恐怖に駆られながら、慎重に後方にゆっくりと振り向くのだった。いやそれだけではなく、空気がまるで鉛のように重く、そうすることしか出来なかったということも理由の一つにあった。


 「てめぇ、誰だ……」


 ドライが剣を拾い、まだ陰のみで姿のハッキリしないその男に、矛先を向ける。背の高さでルークでないのは、解る。ドライよりも高そうだ。

 ローズがその姿を明らかにするために、ライトの魔法で出来た発光体を飛ばし、その人物の姿を照らし出す。


 真っ黒な法衣を纏った大男だ。髪の色は黒だがシルベスターに似ている。それに、ルークにも似ている。心の奥底では、その人物が誰なのか、もう察しはついていた。ただそれを素直に信じることは出来なかった。


 「僕の名は、クロノアール。悪いけど、兄上を蘇らせる君たちの存在は、僕の理想には、邪魔なんだ」

 「クロノアール!!ルートバインド!!」


 大人しいセシルが、一人前に乗り出し、牙を剥いたように、攻撃を仕掛けた。固く固められた床を木の根が突き破り、クロノアールの身体を、強く縛り付ける。


 「アイスエッジ!!」


 さらに空気中の水蒸気が凍り、刃となってクロノアールに襲いかかる。しかしクロノアールは、肘と胸を張り、身体を縛っているロープをちぎり、セシルの魔法をシールドで打ち消した。それから、何食わぬ顔で床に開いた穴を眺める。


 「千年も経つと、僕の結界も脆くなるんだね……」


 そう言って涼やかに微笑む。それから、右腕を静かに肩の高さまで上げ、指先を四人の方へと向ける。一瞬クロノアールの指先が、眩しく輝く。しかしドライがこれに咄嗟に反応した。


 「レッドシールド!」


 ドライが両腕を前に突き出しシールドを張ったときには、光の直径がドライの身長ほどの光線となって、彼等に襲いかかっていた。光線がシールドに跳ね返り、天井に大穴を開ける。その瞬間の衝撃は、まさに地震だった。大地が震撼する凄まじい魔力だ。


 床が強烈な破壊力で砕け始めている。そして徐々に溶け始めていた。そして、ドライの指先から煙がほのかに立ち上っている。


 「なんて奴だ!このままじゃ全員ローストチキンだぜ!!くっ!!」


 オーディンはクロノアールの存在で、足がまるで言うことをきかなかったが、ドライの切羽詰まった反応でふと我に帰る。するとすぐに、ドライのシールドの外に飛び出し、地を這うようにクロノアールの足下に飛び込み、下から彼の右腕に剣を斬りつけた。ドライ達を襲っていた光線は消える。しかし、切った感触がない。


 だがその瞬間に、オーディンはクロノアールと視線が合う。視界に、斬った筈の腕が目に入る。しかも彼の身体についたままだ。


 「バカな!」


 至近距離で睨み付けられると、改めてその重圧感に押される。足が逃げることを忘れている。

 クロノアールが向かい合うオーディンの左の二の腕を下から掴み、そのままグイッと持ち上げた。オーディンの足が宙に浮く。彼の腕の骨がミシミシと音を立て始めた。


 「おおお!!」


 オーディンが苦痛の声を上げ始める。次の瞬間ドライが走り出す。


 〈オーディン!剣に意識を集中しろ!!〉


 そして、その瞬間シルベスターの声が、オーディンの脳裏に響く。オーディンがその声の言うがまま、ハート・ザ・ブルーに意識を集中する。すると、剣が鼓膜が破れそうなほど超高音を発し、その青い刀身が見る見るうちに銀色に変わって行く。


 「オリャァァ!!」


 オーディンが剣を光らせ始めたと同時に、ドライがクロノアールの懐に飛び込んでいた。そしてブラッドシャウトもまたその色を銀に輝かせている。そう以前にもドライは、剣を輝かせている。どうやらこれには、何か秘密がありそうだ。

 クロノアールは、オーディンより更に内側に切り込んできたドライに目標を変える。そして目があう。ドライは恐怖と戦うように、クロノアールを睨み上げた。クロノアールのオーディンを諦める手段は惨かった。彼の腕を握りつぶしたのである。


 それと同時に、ドライが剣を振り上げ、オーディンの腕を握りつぶしたクロノアールの左腕を根本からバッサリと切り落とす。手応えがあった。鮮血と共に腕がごろりと床に落ちる。

 オーディンが床に倒れると同時に、ドライが捕まる。首を捕まれ高々と持ち上げられた。


 「痛いよ、凄く……。僕のアストラルボディまで切り裂く剣があるなんて……それ、兄上が創ったんだろう?」

 「知らねぇよ!」


 ドライは一時剣を落とし、自分の首を捕まえているクロノアールの腕を掴む。息苦しく頭が熱っぽく、もうろうとし始める。首に掛かる圧力は相当なモノだ。しかし、ドライはクロノアールを睨み付けるのを止めない。


 「紅い……。獣の目だね。凄くイヤだよ。君……」


 切り落とした筈のクロノアールの腕は、すでに再生されていた。その手がドライの、目の前に延びてくる。そして、ドライの左目に指を突っ込み、そのまま握りつぶし、引き抜く。


 「ギャアア!!」


 ドライの身体がぶるぶると痙攣し、人のモノとは思えない声をあげる。


 「次は、右目だ」

 「イヤァァァ!!ドライ!!ドライ!」


 ローズが恐怖に身体をびくつかせながらも、ドライを助けるためにクロノアールに立ち向かった。しかし、逆に、睨み付けられたその力だけで、シルベスターの水槽に叩き付けられてしまう。

 こんな状況の中、シンプソンは、ブラニーの治療に手間取っていた。ドライに付けられた傷が思うより深かったのである。すでに可成りの出血をしており、なかなか回復しない。


 「不思議な人、シンプソン……、もっと早く貴方に出逢っていれば……」


 ブラニーは顔をより青白くし、気怠くシンプソンの胸の中で、仰向けになって、彼に全てを任せていた。


 「そう言われると、嬉しいです。ですが、時は手遅れです急がないと、しかしその前に、幾つか聞きたいことがあるのですが……」


 「解っています。私もその事について、話したいことがあります。正直言って、私、人間の罪は許せないと、今でも思っています。知っていますか?昔はもっと住みよい世界で、人間も動物も今より遥かに沢山いたと言うこと、それに今ある三界は、元々一つだったという事……、クロノアール様の目的は、これを一つの流れの戻すと言うこと、それがあの方の意志……。そして、なぜあの方が早く目覚めたのか。それは人のささやかな祈る心です。たとえ一人の人間が、僅かな時間祈ったとしても、それを毎日続ければ、何れ沢山の力となります。そしてそんな人たちが、人間の一部だとしても、五億いると言われる人間の一部です。その力は、とてつもない力となります。そのために偽りでも、平和を願う人の心が必要だった。うぐ……」


 ブラニーが血を吐く。様態は思わしくない。


 「ブラニー!!」


 このままでは、彼女が死んでしまう。人が目の前で死ぬのは、もうイヤだ。そんな心がシンプソンを動かす。


 「どうか、許して下さい」


 シンプソンは、顔を赤らめ、目を潤ませながら、自らの唇をブラニーの唇に寄せた。自らの精気を彼女に送り込むことによって、彼女の内からの回復を図っているのだ。ややもすると、ブラニーの顔に赤みが差し始める。シンプソンのエネルギーが、彼女を無事救った。ブラニーもその事に気がつく。自分に熱い口づけをしてくれたのは、これで二人目だ。その男の頬を両手で包み、自らの唇をより強く押し当てる。暫く本当のキスが続いた。


 「あ、あの、私、そんなつもりでは……」


 シンプソンが何時も通り、慌てふためきだす。しかしブラニーが、手を離してくれない。妙に挙動不審だ。


 「わかっています。私にはもっと大切な人がいますから、それに貴方を奪っては、ノアーに何をされるか解りませんから……」

 ブラニーが、シンプソンの腕の中で、口元に手を添え美しく上品に笑う。


 「そ、そうですか」

 「でも、もう少しだけ、していて下さる?」


 ブラニーの手が、しなやかにシンプソンの頬を撫でる。


 「その!あの!これ以降は、その大切な方に、して貰えばいかがでしょうか?」


 もう普通に戻ってしまったシンプソンは、ひたすら照れまくっていた。


 「でも、彼も私も治癒魔法が苦手ですの……」

 「こ、これは魔法ですが、特に難しくはないですよ!その、人を思う心があれば!成功率は百に近いですから、ハハハ!」


 「クスクス」


 ブラニーは、もう大丈夫だ。集中していた神経がふとゆるむ。しかしそれと同時に、他の事へ気がむき始めた。あれほど騒がしかった周囲が、静まり返り戦闘をしていた筈の仲間の気配が感じられない。それはブラニーも一緒だった。そこへヨタヨタとドーヴァがやってくる。彼の目に、シンプソンとブラニーの怪しい体制が目に入る。またもやばつの悪い思いがした。


 「ドーヴァさん!!」

 「ドーヴァ……あなた……」


 多少やましい思いのあった二人だっただけに、動揺は隠せない。


 「ああ、酷い夢見させてもろうたわ。ところでメガネはん、アンタもとっくにシルベスターの所へいっとる思っとったけどな」


 何とも皮肉たっぷりに、それでいてさり気なく、シンプソンに、他の者の情報を漏らす。


 「では、他の皆がどうなったか知っているのですね」

 「ああ、オーディンもローズ=ヴェルヴェットも、セシルもピンピンしてる。ナーダとラクローは死んだ。ほな、俺はこれで……」


 用は済んだとばかりに、せかせかと歩き始めるドーヴァだが、ダメージも大きく足を引きずっている。しかし、シンプソンとブラニーの格好が気になる。何せブラニーがしっかりとシンプソンの腕に抱かれているのだ。


 「ルーク!ルークはどうしましたか?」


 ブラニーが立ち上がろうとするが、何せ血が足りず、身体に力が入らない。必死にルークを思う気持ちとは裏腹に、身体はシンプソンの方に倒れ込む。だがこれで、ブラニーの体調が思わしくないのが解る。


 「マスター……、いや、ルークはわからへん。ドライもな」

 「ルーク……」


 ブラニーは、シンプソンに身体を支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。

 彼等三人には、すでにクロノアールとセシル達が衝突していることを知る由もなかった。


 オーディンは苦痛に顔を歪め、左肩を押さえ、藻掻き苦しんでいる。ドライは目を抉られ、身体を痙攣させ、気が狂いそうな中、懸命に気を失わずにいた。ローズは頭を打った衝撃で、額から血を流している。後頭部も割れているせいか、水槽にベッタリ血が付いている。魔法使いであるセシルには、ドライとオーディンがクロノアールの側にいる状態では、為す術はなかった。だが、他の方法はあった。


 「姉さん!私の心臓を抉って、シルベスターに捧げて!!」

 「バカ言わないで!魔法で失った肉体は、どんな呪法を持ってしても再生できないのよ!貴方は逃げるのよ!!」


 ローズがもう一度クロノアールに突っ込む。だが、意識が朦朧としていて、速度は歩いているのと変わらない。この時彼女の剣が初めて眩しく輝く。


 「オーディン!寝てないで、戦いなさい!!」


 ローズはあえてオーディンに残酷なほどの厳しい仕打ちをする。しかし、彼が立たなくては、これ以上は足掻きようもない。そしてこの声がオーディンに届く。


 「オオオオ!!」


 血を吹き上げながら鬼神のように立ち上がり、今まさにドライの右目を抉ろうとしているクロノアールに立ち向かう。だが、これが精一杯だ。


 「君たち、生きてるね……」


 そう言うと、クロノアールは、ドライの目を抉るのを止め、ドライをそのまま放り投げた。ドライの身体は、遺跡の外壁をぶち破り、そのまま外へ投げ出される。


 「いや……、この向こうは、崖なのに……」


 その瞬間、クロノアールの魔法が、虚ろに彷徨うように歩くローズの心臓を貫いた。

 ドライは崖から墜ちる。こういう経験は過去二回ある。次の瞬間水の音が聞こえた。身体が何かに乗り上げる。河原なのだろうか、顔中に走る痛みで、使える右目も開けることが出来ない。それに命はあるものの、体中の骨がバラバラだ。


 〈へぇ。生きてんのか俺……これで三度目だ……〉


 だが、心は妙に落ち着いていた。


 〈マリーと落ちたときも、体中ぼろぼろだったっけかな、そういや一番最初に落ちたのは、水系魔法を扱い間違えて、自分の足下崩して、それで落ちたんだったかな。オヤジにあれほど気をつけろって言われたのに……。オヤジ?お袋……、まてよ俺はシュランディア……、いや、ドライ=サヴァラスティア……どっちだ!!やべぇ!クロノアールだ。あいつだ。早く行ってシルベスターをおこさねぇと!!〉


 だが、今のドライは体を起こすこともかなわない。それでも危機的な状況に最後の気力を振り絞って芋虫のように這いながら動き始めた。

 パシャ!パシャ!足で水を蹴る音が聞こえる。誰かがこちらに向かっているいてきている。何とか目を開けた。うっすらと影だけが見える。


 「ハハハァ!!ドライ!まさかお前がこんな所にいるとはなぁ!!はぁはぁ」


 ルークだ。夥しい血の臭いがした。その様子から、可成りの大怪我を負っているのが解った。事実ルークは、体中ずたずたで、傷口中から血を吹きだしている。歩いているのが不思議なくらいだ。ブラッドシャウトは、遺跡の中だ。もっともあったところで、攻撃する術がない。


 〈待てよ!今そんなことしてる場合じゃ!!〉


 叫びたいが、言葉に出来ない。


 「おっと!」


 ルークは、膝を崩し倒れかかる。そして、幾度も目を顰めた。そしてそれより一歩が、なかなか踏み出せないでいる。ドライはなお這って逃げようとする。それを見てルークが渾身の力を込めて、剣を振り上げた。


 「ドライ!終わったなぁ!!」


 ルークがそう叫んだときだった。目の前に突然、ブラニー、シンプソン、そして何故かドーヴァが出現する。


 「ルーク!!」

 「ブラニー……」


 ドライの目の前に立ちふさがった彼女を斬ることなど彼には出来ない。ブラニーが突然現れたことも相まって、剣をそのままの体制で落としてしまう。


 「酷い怪我、早く治さないと!!」


 体力の消耗しきっているルークに、同じく消耗しきったブラニーが寄りかかる。二人とも川の中に倒れ込んでしまった。


 「おい、待てよ!今しか奴を殺るチャンスはないんだ!!」

 「怪我を治してからでも良いではないですか!私は貴方さえいれば!!」


 ブラニーにはルークしか目に入らない。おかげでドライは、助かった。しかし怪我の状況は最悪だ。緊張感も薄れ、次第に意識が遠のいて行く。


 「酷い……、ドライさんしっかり!!」

 「もうあかんで、さすがのドライも……」


 シンプソンとドーヴァが、それでもドライの治療に当たり始める。ドーヴァとしては兄を失ったセシルの悲しい顔が見たくなかっただけだ。事態がめまぐるしく変わる中、十頭ものドラゴンがこの狭い崖下に、一気に舞い降りてきた。シンプソンが、事態の急変を疎ましく感じた。せめてドライの治療がしたかった。


 〈こんな時に!〉


 シンプソンが、いらだちに歯ぎしりをした。

 しかしその時、聞き慣れた声が一頭のドラゴンの上から聞こえる。その一頭とは、以前ノアーがシンプソンと出逢った時に召還したアイスドラゴンだ。


 「シンプソン様!」

 「ノアー、どうして此処に!!」


 ノアーは、着地したドラゴンの上から、さっと降り、シンプソンの側による。そして互いに目があうと、何故彼女が此処に来たのか、またシンプソンが今どういう状況にあるのかを理解する。


 「ノアー……」


 ルークをその場に寝かせ、ブラニーはゆっくりと立ち上がり、ノアーの方を向く。


 「姉さん……、ついにこうなってしまったのね」

 「……ご免なさい……」


 ブラニーは、合わせる顔が無く、ルークと共にすっと姿を消してしまう。ルークの治療もあることだ、シンプソンは、それが正しいと思った。


 「シンプソン様、この上に、クロノアール様の気配を感じます。早く皆さんの所へ!」

 「しかし!ドライさんが!それに、彼も!」


 ドーヴァの方をチラッと見る。


 「解りました。エレミー!二人を船へ!」


 ノアーは、自分の乗ってきたドライゴンに、命令を下す。すると、怪我をしているドライをくわえて、自らの背中に乗せ、次にドーヴァをくわえにかかる。


 「わ!解った。自分で乗るさかい!」


 ノアーを知らないドーヴァは、慌てふためいて尚かつこっぴどいめに遭うのを嫌って、急いでドラゴンの背中に乗る。そして、あっと言う間に飛び立ってしまった。

 シンプソンはノアーに色々聞きたいことがあったが、今は時間がない。急がなければならない。イヤな気配を感じながら、上方に見える遺跡に行くことにする。


 「二人、死んだ。オーディン、君の寿命もあと僅かだね」

 「はぁはぁ!氷牢林!!」


 オーディンが床に剣を突き刺すと同時にクロノアールの周囲に夥しいほどの氷柱が立ちこめる。


 「セシル!早く逃げないかぁ!!」


 セシルにはオーディンの言葉は届かない。真っ直ぐを見たまま死んでいるローズを抱きしめ、恐怖に震えていた。


 「セシル!!」


 オーディンが懸命に叫ぶが、セシルは黙ったままだ。オーディンが後ろを向いた瞬間、クロノアールが氷柱を吹き飛ばした。


 「面白い技だね、でも寒かった。それにしても君たち案外強いね。予想外だよ」


 クロノアールは、無傷だった。ただどうしようもなく歯を食いしばるオーディンに、そのクロノアールが、一歩一歩踏み寄る。オーディンは死を覚悟した。だが、セシルだけは、何としても助けたかった。


 「はぁはぁ……」


 オーディンも次第に呼吸が乱れ目が大分かすんできていた。出血も異常だった。それでも生きているのは、シルベスターの血筋のせいだろうか。


 〈もう、ダメか……〉


 オーディンがついに膝をつく。そのギリギリのタイミングだった。

 様々な魔法で崩壊しかけた遺跡の外壁を破り、ドラゴンに乗ったノアーとシンプソンが、駆けつけた。


 「オーディン!なんて酷い!ローズ……」


 シンプソンの目には、あらゆる光景が飛び込んできた。二人の姿以外に、絶望したセシルと、水槽に入ったシルベスター。彼は一瞬気を狂わせた。


 「もう止めて下さい!こんな!!こんな酷いこと、どうして!!」


 「何!!」


 シンプソンが怒りの頂点に達した瞬間、クロノアールの身体は、ガラスのような幕に包まれる。感情を抑えきれなくなった彼は、自分の力を制御することは出来ない。そして、何を起こすか解らない。しかし、すぐに何をすべきかを思い出す。誰もが、彼の尋常でない力に、一瞬息をのんだ。戦いに長けている自分たちがなすすべがなかったというのに、彼は、一喝でクロノアールを封じてしまったのだった。


 「ノアー!早くみんなを!それからシルベスターを!!」


 シンプソンの魔法がクロノアールを封じ込めた。一分でも良い、出来るだけ長くこの男を封じていたい。それが今の彼の心境だった。

 ノアーは、すぐにドラゴンを使い、運べる全てをそこから運びたった。

 そして、絶望の中、上空を飛ぶ。


 「あ、陸地が空に……浮いている」


 シンプソンの眼には、巨大な陸地が宙を舞っている光景が飛び込んだ。それは先ほどまで自分たちがいた陸地だ。しかも一つや二つではなかった。


 「シンプソン様……、アレを……」


 ノアーが指さす方向を見ると、宙に船が停止してる。その船の甲板には、バハムートが険しい顔をして立っていた。

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