第1部 第8話 §9  シルベスターの封印

 崖下を見つめているドライの背中から、ふと声が掛かる。


 「何が終わったの?」


 ドライがその声に振り返ると、後ろにはタイミング良くローズ達が立っている。疲れた顔をしていながらもドライが無事なことを嬉しそうにしているローズを見ると、へばっている自分を隠したくなる。


 「決まってんだろ!奴とのケリだよ」

 「兄さん、早くシルベスターを目覚めさせないと……」


 セシルが、疲れきっているドライに、むち打つようにもう一つの目的を思い出させる。


 「しかし、まだシンプソンが……」


 別にセシルが、シンプソンのことを忘れていたわけではない、ただ、状況の最悪さを一番知っているだけだ。それに対しオーディンは、シンプソンの身の上の方が、心配だった。「友も救えないのに、世界が救えるはずがない」と、言うのが彼の持論だ。


 「大丈夫だよ、メガネ君なら。先行こうぜ」


 ドライが、セシルのせかしている視線に答えるように、足取りを重く歩き始める。


 「どうして解るの?」


 ローズが不満げに言う。


 「さっきチラッと見た……」


 端的に答えるドライ。


 「納得……だな」と、頷くオーディン。


 彼らの居る位地から、シルベスターの遺跡に行くまでには、そう時間がかかる位地ではなかった。ドライが地形を見ながら戦っているうちに、自然に近づいていたのだ。それを追ってきた、ローズ達も結果的に、遺跡に近づいたという事になる。

 そして、眼前に、沢山の蔓に絡まれた巨大な鋼鉄製の建物の前にたどり着く。改めて見ると建物の高さは、現在の建造物の平均の高さから考えて、可成りのモノだ。周囲には多数の白骨死体が伺える。遺跡を狙った盗賊か何かだろう。周囲を警戒したくなる光景だ。


 「お前等、一寸下がってろ……」


 ドライが、ローズ達を後ろに下がらせる。そして、骨を一本拾い、建物に投げつける。すると、彼の予想通り、レーサーが瞬時に骨を炭にしてしまった。


 「これは、シルベスターの遺跡ではないのか?」


 オーディンが、この物々しい仕掛けに、ゾッとして冷や汗を流す。手は自然に、顎に滴る汗を拭っていた。


 「違うわ、正確に言うと。クロノアールがシルベスターを半永久的に眠らせるために築き上げた封印。だから此処を突破しないと、シルベスターを目覚めさせることは出来ない」


 「ってか、そんなこったろうと思ったぜ。こんなやっかいな代物だ。入り口なんて、ねえんだろ?」


 ドライが根拠のない事を言って、態とウンザリした様子をしてみせる。それからチラリとセシルの反応を伺ってみる。


 「いえ、クロノアールもシルベスターの封印も、互いに何らかの形で不完全な筈なの、だから私たちに彼の声が、聞こえることがあったでしょ?もしクロノアールが完全にシルベスターを、封じ込むつもりがあったなら、以後処置のしやすいように、それらしいモノがあるはずよ」


 ドライを見上げながら、逆に彼の反応を伺い返す。


 「でも、どのみち、一筋縄では行きそうもないわね……」


 ローズが諦めきった様子で、腰に手を宛い俯いて、はぁっと溜息をつく。疲れのせいで、かなり精神的に淡泊になっている。


 「ローズ。俺様が誰だと思ってんだ?天下の賞金稼ぎ、ドライ=サヴァラスティア様だぜ、賞金になるもんなら、何だってやってるんだぜ。盗賊退治から、遺跡の盗掘まで何でも来いだ!」


 〈確かに盗掘は違法行為ではないが(今のところは)……〉


 あまり世間的に自慢できないことを自慢しているドライに、オーディンは、苦々しく笑って閉口してしまう。あまり突っ込むと、話が先に進まないから黙ることにして、このままドライの経験に任せることにする。


 ドライはそのまま散歩でもするかのように、ブラブラと歩き出す。だが視線は足下と遺跡に気を配り、歩く位地は、遺跡から一定距離を保っている。そして足が止まる。その様子から入り口を見つけたらしい。その方角を眺めながら、手招きをしている。

 ローズ達が、ドライに近づくと、確かにそこには入り口らしい部分があるが、やはり蔓などがまとわりついていて、言われなければ、それとわかりにくい。


 「で、これからどうするのだ?」

 「それだ、ローズ。ゲートのロックの解除出来るか?」

 「単純な配線の奴なら……」

 「んじゃ、俺がやるわ、その代わり光線の処理頼むぜ、セシルはそこで待ってな」


 ドライが、レーザーをブラッドシャウトで弾きながら、素早く入り口に近づく。それを見てから、ローズもドライの背に張り付くようにして、後ろ向きに足を進める。オーディンも周囲を警戒しながら、入り口に近づいて行く。


 セシルは、遺跡の警戒範囲外にいるため、外敵として判断されない。三人は集中攻撃を受けているが、狙いが一点のため、防ぐのは以外と容易い。ドライが、遺跡のロック錠位地を確かめ始める。


 「あらら……」


 しかしすぐに、ドライがどうしようもないほど、情けない声を出す。その声にローズが振り返る。


 「どうしたの?」

 「これってよ。考えたら建造物じゃなくって、創造物だよな……」

 「知らないわよ!そんなの」

 「ねえんだ。解除する装置が、挙げ句の果てに、ネジ穴一本みあたらねぇ……、繋ぎ目も……」

 幾ら扉を探ってみても、変化はない。これほど無駄な努力と思える仕草もない。

 「兄さん!私をそっちに行かせて!」


 そう遠くもない距離を、セシルが大げさに叫ぶ。何か考えがあるらしい、そう言う自信のある顔をしている。ドライは、彼女に賭けることにした。それに、シルベスターとクロノアールのことに関しては、彼女の方が圧倒的に詳しい。逆にドライのほうが口を挟み過ぎなのかもしれない。レーザーの動作パターンを知ったドライは、いとも簡単にセシルの側により、彼女を抱えもとの位地に戻ってきた。


 「で、どうする?」

 「錬金術で原子分解するの、あまり上手ではないから時間がかわ。暫く静かにしていて」


 確かに、技を仕掛ける彼女の顔は、気むずかしそうな顔をしていた。可成りの集中力を要するのだろう。今までせかせかしていたせいだろうか、急に時間がポッカリと空いて感じられる。先ほど暗雲が立ちこめ、その雲の流れも相当早いモノがある事が気になり、ふと上空を眺める。


 〈はえぇなぁ、しかしそのわりにゃ、何つうか、風が緩いような、強いんだけど、やっぱ雲の動きから考えると、それに何だか雲も近いような……、そういや空気も心なしか薄いような……〉


 「ドライ!開いたわよ!早く……」


 ドライがあれこれ考えている間に、作業は以外と早く済む。しかし開いているのは最低限の穴だ。ローズの声は、その中から聞こえる。オーディンが気を利かせて、防御に集中してくれている。ドライはオーディンの方を向き頷き、大きな体を丸めながら狭い穴を通った。

 そして最後にオーディンが、慎重にそこを潜り、入ってくる。

 イヤに静かだ。内側には、外敵に対する処置が成されていないようだ。


 中では、ローズがライトの魔法で周囲を照らし、中の構造を観察している。が、しかし、僅かに明るく照らされた壁に、沢山のパイプ群が走り、天井はまでは吹き抜けになっていて、光はそこまで届かず真っ暗に染まっている。


 「兄さん、アレがシルベスターよ」


 ローズのライトの魔法が明るいおかげで、向こうの方に、拳代の大きさで円筒形物体が見えた。魔法の光が、物体に反射して、きらきらと偏光している。近づいて行くと一人の人間が円筒形のガラス体の中で浮いて見える、そして、その周囲には少し濁った液体がある。どうやら水槽になっているようだ。このせいで、煌めいて見えたのだ。シルベスターは、静かに眠っている。髪の色は銀色だ。身長は二メートル以上ある。それにどことなく、ドライやオーディンに似ている。いや、正確には、ドライやオーディンこそ、彼に似ているというべきであろう。


 そこまでたどり着き、ドライが後ろを振り替えると入り口が小さく見える。そして、もう一度正面を向き、眠っているシルベスターを眺める。


 「さ、ドライ。お仕事よ」

 「ああ……」


 考えていたことを、ローズに後押しされ、らしくなく緊張してしまうドライだった。最初は眉唾と一方的に否定した彼の存在を、声を聞くことで疑問をもち、いつの間にか、信じることにした彼が、目の前に眠っている。頭の中の流れを、軽く整理し、スゥッと息を吸う。そして胸を張って、一瞬動作をピタリと止めた。そして……。


 「やい!テメェ!来てやったんだから!さっさと、目を覚ましやがれ!!……ぐお!!」


 その瞬間、ローズに後頭部を思い切りしばかれたドライだった。


 「何言ってんのよ!もっと真面目に!!」

 「なにって!おれは、セシルの言った通りやったぜ!!アテテ……」


 この危機的状況にあって、ドライの不真面目な態度は、さすがのローズでも許せないモノを感じた。しかし、ドライとしては、精一杯真面目だったのは言うまでもない。しゃがみ込んで、震えながら頭の大きなこぶを抑えながら、半泣き状態で、不満タラタラに反論をする。


 「おかしいわ……」

 「おかしい……というと?」


 真面目な二人が、一歩進み出て、より真面目な顔をしあう。


 「兄さんの言葉なら、波長の関係からどんな言葉でも反応する筈なの……」

 「誠意が足りないのか?」


 オーディンが、簡単にドライを指さし、きっぱりと言い切った。


 「あり得るかもねぇ」


 ローズがあきれ返ってドライを冷たく横目で見る。


 「お前等なぁ……」


 精一杯真面目にやっているつもりの彼の立場は、全くない。怒りを頂点にして、握り拳を震えさせている。瞬間お笑いに走りかけた三人をよそに、セシルが、ぎゅっと唇をかみしめ、全く動き出しそうにないシルベスターを眺める。


 「今こそ目覚めよ!シルベスター!!汝こそ救世主なり!!」


 今度は、意味不明にポーズをつけて、広い空間に声を虚しく響かせるドライ。しかしシルベスターは、反応しない。今度はこめかみをヒクつかせて、恥ずかしさにそのまま硬直している。


 「確かに呪文ぽいが……」

 「解った。解った。ドライが珍しく、真面目なのは、良く解ったから」


 ローズに宥められても傷つけられたプライドは癒えない。歯ぎしりをして、シルベスターを睨み付ける。


 「野郎……、こうなりゃ実力行使だ!!」


 今度は、ブラッドシャウトを抜き、水槽に思いっ切り斬りかかってみる。が、水槽が予想以上に硬く、手を痺れさせて、その場に剣を落としてしまう。そして、またもやしゃがみ込んで、手首を押さえて震えている。


 「そんな簡単に壊れるモノなら、封印なんて言わないんじゃない?」


 虚しい行動をしているドライの背中を慰める程度に、ポンポンと叩く。しかしローズは、ドライのこの何とも子供染みたところが、好きだった。


 「うるせぇ……」


 ドライは、もはやプライドも何もない。意固地になって、すっかり拗ねてしまった。


 「しかし、何故だ?!こうしている間にも世界はどんどん、崩壊して行くぞ!!」

 「それは、シュランディアにあって、シュランディアにあらずと言うことだよ。君たち」


 穏やかな男の声だった。オーディンの問いかけに、ドライでもセシルでも、ましてやローズでもない第三者がこれに答えるのだった。

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