第1部 第8話 §8  ケジメ

 ドーヴァが、再び動き始めた。眼は相変わらず虚ろだ。


 〈これ以上はもう!ドーヴァご免なさい!〉


 ローズが、防戦一方だった足の運びを、攻撃に転じるための動きに変えた。ナーダを魔法で牽制しながら、ドーヴァに対して剣での攻撃を仕掛ける。彼女の剣は、魔法を弾く反魔刀である。対物理魔法ですら弾くのだ。彼女の剣が、徐々にドーヴァの結界に食い込み始める。


 「姉さん!ダメェ!!」


 セシルの叫びは悲痛だった。痛いほど心に染み込んでくるのだ。そんな彼女の願いを聞き逃すわけにはいかない。ローズが剣を引き、再びステップを後方に取る。この時、普段なら気にする筈のない足場の悪さに足を取られ、バランスを崩す。


 ナーダの斧がローズを上から割りにかかる。咄嗟にこれを剣で受け止める。


 「ドーヴァ、仕留めろ!!」


 ドーヴァの剣が、ロースの心臓に向かって真っ直ぐ延びる。そして軽く服の上に触れる。「もうダメだ」そう思うと同時に、「死ぬんじゃねぇぞ」ドライと交わした約束が頭の中をよぎる。


 〈ゴメン、ドライ、約束守れそうもない!〉


 「だめぇ!もう止めて!どうして私に気がついてくれないの!ドーヴァ!!」


 セシルが叫ぶ。その声は、今まで叫んだ彼女の言葉が、まるで譫言に感じるほど、大きく周囲の空気をざわつかせた。


 「あ……」


 ドーヴァの眼に色が戻り始める。しかし、セシルの声は、ドーヴァを目覚めさせると同時に、ナーダの殺意を再びセシルに向けさせた。


 「お前が、ドーヴァを!!」


 ナーダが、セシルの方に振り返り、斧を振り上げた瞬間、セシルは、叫ぶことに集中していたため、身を守る術を忘れていた。


 「刃導剣奥義!走刃!!」


 ドーヴァがナーダの前に立ちふさがり、剣はすでに自分の右横へと引ききっていた。ドーヴァが剣を鞘に収めた瞬間、ナーダの身体が腰を境に、真っ二つに裂け、その場に崩れ落ちた。


 「すまん、手加減でけへんかった……」


 友人を手にかけたドーヴァの声には、深く後悔の念が隠っていた。その彼の身体も、右肩から胸にかけ縦に傷口が入り、そこから血が吹き出した。ルークに浚われたときのように力無く膝を地に着ける。


 「ドーヴァ!!」


 まさかと思ったセシルの手が、震えながらドーヴァに触れようとする。


 「大丈夫や!そう簡単に死ねへん!!」


 セシルに触れられたくはない。まるでそう言いたげに、強く尖った口調で、心配するセシルに答え、傷口を押さえながら倒れ込んだナーダの顔を上から覗き込む。


 「ドーヴァ……、お前は、やっぱり、凄い奴だよ。今の技のキレ……、惚れ惚れしちまう……、俺とは、大違いだ」


 ナーダは、自分を切ったドーヴァを恨むどころか、その技の切れ味にうっとりとしていた。それと同時に自分の死を悟る。


 「いや、お前の技も凄かった」

 「何言ってやがる。踏み込みは俺の方が、早かったんだぜ。最高だよ。お前……」


 ナーダは異様に笑ったまま、それきり口をきかなくなってしまった。死んだのである。疲れた顔をしたローズが漸く起きあがり、ドーヴァの傷口に手を当てる。


 「天なる父よ。この者の傷を癒したまえ……」

 「ローズ=ヴェルヴェット……」


 疲労で苦しそうに呼吸を乱したローズが、自分の傷口を魔法で治療してくれている。セシルが彼女に抱いている「姉」のイメージが、何となく解る気がしたドーヴァだった。


 「俺、アホや。鍛えんと強うなったかて、何の意味もない。それだけやったら、何にもでけへんのやな……」


 すでに死んでいるナーダを眺め、しみじみと自分の追っていた強さが、何だったのかを考え直す。結局その向こうには、何も有りはしないのだ。


 「立っていると、治療がやりにくいの。そこの木の根本にでも、腰を掛けてくれる?」

 「なんか、説得力ないでぇ」


 確かに、自分よりもバテていそうな相手にそう言われても、傷が治るのかどうかすら怪しく思えてしまう。命令口調のローズに、不平たっぷりに顔を歪ませる。しかし、拳を作って構えているローズの腕が眼にはいると、傷口を思い切り殴られそうに思ってしまった。そこには妙な力強さが、感じられる。


 「わ、解りました」


 それを見たセシルが、堪えきれなくなった笑いをクスクスと息をこぼしながら吹き出す。

 こんな時だというのに、妙に緩いやりとりを見せる二人だった。


 場所は、オーディンとラクローの戦っている地へと移る。

 オーディンは、技を仕掛けるタイミングを見計らっていた。これまでも幾つか技を仕掛けて解ったことだが、ラクローの身体は、魔法が効き難いようだ。小さな技では動きを止めることも難しい。そうなると考えられるのは、剣による直接のダメージだ。


 〈虚しい強さだ。最初は、勝てるかどうか不安だったが、真の己を知らぬが故に、技も曇り、偽りの強さだけに頼ってしまう……〉


 もはやラクローに、強さは感じなくなっていた。


 「奥義!炎龍!!」


 オーディンが足を止め、自分の強さを確信しきっていたラクローが、自分に向かってくるのを見計らって、剣を大地に突き刺す。そしてそこに火炎の魔力を込めた。

 ラクローとオーディンの間に、高さ十メートルを超える火柱が立ち上り、互いの視界を遮った。この時彼は、前回の戦いを思い出す。そう、オーディンは空中から攻めてきたのだ。


 「上か!」


 しかしそこには、オーディンの姿はない。


 「後ろか!!」


 音沙汰のないオーディンが気になったラクローは、焦りを隠せず隙だらけに、体全体で後方に振り返る。


 「いや、その後ろだ」


 オーディンが、自ら創った炎の壁の向こうから、水の衣を纏い、すうっと姿を現し、後方からラクローの心臓を、一気に貫いた。


 「な、……」

 「自分の強さに自惚れて、気配を読むことを怠った。お前の負けだ」


 ラクローが、息絶えると同時に、剣を素早く抜き、血を振り落とし鞘に収め、足早にその場所から去る。



 〈皆はどうしたかな、上手くやっていると良いが……〉



 少し駆けると、三人ほどの気配がする。そして直にその姿も見える。ローズに、セシル、そしてドーヴァだ。


 「どうやら、もう終わっていたようだな」

 「オーディン!」


 互いが無事だったことに、歓喜の声を声をあげるオーディンと二人。しかしドーヴァは、面食らった様子で、自分の存在が気づかれないことを祈っているかのように、オーディンから目をそらす。


 「ドライは、まだのようだな」

 「ええ、かなり向こうの方で、音立ててるけど……」


 そう言っていると、向こうの方から何もかも破壊しそうな凄まじい音が聞こえてくる。そこからルークとの激しいやり取りが想像できる。


 「ローズ=ヴェルヴェット、もう自分で何とか成る。ドライの所へいったれ」

 「そう、セシルはどうする?」

 「私は……」

 「お前もや、行った方がええ」


 ドーヴァは簡単にセシルの迷いを断ち切ってしまった。そんな彼は何だかすっきりしていた。すっかりもやもやを吹っ切っているみたいだ。セシルに対して、特別な笑みを浮かべている。そこには、他の言葉など必要は無かった。

 ローズが、ドーヴァから離れ、ドライが戦っている方角に行こうとしたときだった。


 「ローズ=・ヴェルヴェット!!」


 ドーヴァが一度ローズを引き留める。


 「ケーキ、美味かったで」


 ローズは、一瞬一体何のこと言っているのか解らなかったが、すぐに何のことかを思い出す。しかし二週間も前のことだ。時期が遅れすぎて、的の外れた話だ。これは治療に対する礼と受け取ることにする。素直でない礼に、一寸小馬鹿にした笑みを浮かべて、もう一度走り出した。


 「ハァハァ!」

 「ルーク!息上がってんぞ!情けねぇ野郎だ!ハァハァ……」


 「貴様こそバテバテじゃねぇか!俺がお前ん時ぐらいは、これくらいじゃへばんらかったぞ!!」

 「あたりめぇだ!テメェんときゃ、俺ほどの奴は、いなかったろうからな!!」


 自らの限界の力を出し切って戦い続けてきた二人は、剣を持ち上げられないほど疲れ切っていた。地面に矛先がすれている。口だけで、動きは少しも前に進まない。肩で息をしながら、睨み付けた視線だけが動かない。


 「けどよ。どうやら、勝負着きそうだぜ……」


 ドライが呼吸を整え、身体を引き起こし、矛先を地面から起こし大地に対し、肩口あたりで水平に構え、矛先をルークに向け、腰を軽く落とす。


 「何言ってやがんだ?まだ終わっちゃいねぇ……」


 ルークも、ドライが戦闘態勢に戻ったのを確認し、ドライと同じように構える。これは、ドライに似せたのではなく、ドライに剣を教えたルーク方が持っている癖だ。ドライがルークの構えに似ているのだ。


 「地の利ってやつさ」


 ドライの目つきが変わる。勝利を確信すると同時に、これから着く勝負を、永遠の時の流れの終止符のように感じていた。


 「何だと?!」


 その時、深くて遠い川の流れが聞こえる。ルークはその音に気がつき、自分の周囲に目を配る。後方は、尖った崖になっている。森と崖の急激な変化に、気がつかないほど疲れきっていたのだ。そして、それだけドライの気が集中していたことになる。


 「あばよ。ルーク!!」


 ドライが、ルークの手前の地面に向かい、剣を振り闘気を放つ。


 「おぉぉぉ!!」


 大地が崩れ、ルークは絶叫しながら崖下に落ちて行く。勝負は冴えない幕切れのようだが、そうではなかった。これが自分とルークの決着を付けるのに最もふさわしい形だと、彼は考えていたのだ。なぜなら、マリーと崖から落ちたあの瞬間から、全てが始まったからである。

 まるで役目を終えたかのように、ブラッドシャウトを地に突き刺し、その場にドスンと座り込み、俯きながら大きく、ふぅっと息を吐き出す。

 少しだけ、苛立ちが残る。これでよかったのだろうか、「ブラニー」の事が、気になる。女持ちの男を殺した瞬間は、何とも後味が悪い。しかしこれで、マリーに対する踏ん切りが着いた。


 「終わったぜ……」


 彼は、大地に向かい、ボツリとそう呟くのだった。

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