第1部 第8話 §3 デート
時々後ろを振り返ると、ルークの姿が人影に見え隠れしている。「二人」の後を付けているのだろうか。セシルは、何処からともなく大きなエメラルドの埋め込まれた植物の蔓の入り組んだデザインの黄金のティアラを取り出し、自らの額に装着した。
「へぇ、綺麗な」
「少しくらいお洒落しないと……」
「ドーヴァはシルベスターとクロノアールの戦いに関係ない」、そう思っているセシルは、彼を不安にしないように取り繕ってみせる。だが、事実はそうではなかった。これはドライがブラッドシャウトを、オーディンがハート・ザ・ブルーを持つように、彼女の魔力の助力となるアイテムなのだ。魔法の詠唱を省略させる効力があるが、その分魔力の消費も激しいという欠点があるため、普段は装着していない。ルークに間合いに入られないためだ。
「お洒落か、でも一寸シブすぎるんっとちゃう?」
「うん。でもお母さんの形見だから……」
「形見?」
「ええ……」
セシルとしては、両親が死んだことは辛いことだった。しかし今の彼女にはそれを悲しんでいる暇はない。今は両親の遺言通りシルベスターを復活させ、彼と共に、人間の住める世界を崩壊させようとしているクロノアールを倒さなければならない。その前に、互いに有利になるために、互いの戦力を殺がなければならない。
〈そうか、比奴親おれへんのやな……、似てんなぁ俺と……。ま、俺は天涯孤独やけど、目の前で親が死ぬのも、きっと辛いんやろな〉
ドーヴァは、不幸であるという互いの身の上に更にセシルへの共感を覚える。
「なぁ、俺この街初めてやから何処に何があるやら全くわやや」
ドーヴァは空いている手のひらを、肩口あたりで空に向け、お手上げといったかんじで、眼だけで周囲に何か面白いものがないかを探してみる。
「そうねぇ、姉さんなら知ってるかも」
左の人差し指で、下唇の辺りを何度も撫でながら、他にベストな方法がないかを考えてみる。しかし、知っている者で彼女以外、この街に詳しい人間は居ない。
「姉さん?」
ドーヴァの疑問は単純だった。先日ドライを兄と言ったに対し、今度は姉という言葉が彼女の口から飛び出した。シルベスターの子孫で、女はセシルの他ローズしかいない。しかし二人は似ても似つかない。そう言えばドライとは、何となくだが趣が似ている気もしないでもない。
「あ!兄さんの恋人なの、あたしてっきり兄さんの奥さんだと思ってたから……、それからそう言うのが癖になっちゃって、でも本当に姉さんのように優しいの……」
セシルは、初めてローズと出会ったとき、怯える自分を落ち着かせようと、その胸に抱きしめてくれた感覚を今でも覚えていた。
「へぇ……」〈レッドフォックスと言われるあの女がねぇ……〉
セシルの話を、上の空気味に感心しながら、もっとセシルの笑顔が見ることの出来る場所はないかと、額に手を翳し周囲に意識を集中してみせる。朝食を済ませてから時間が経つが、これといって、何か面白そうなものはなさそうだ。
その時だった。頭一つ高い銀髪で真っ黒なサングラスを掛けた男が、宝石店から出てきた。それは誰が何と言おうとドライだ。昨日きっぱりと挑戦を叩き付けた相手が、何の心の準備もないときにヒョッコリと姿を現したのだ。心臓が一瞬飛び上がりそうになる。この瞬間ルークの気配が消えた。
「どうしたの?」
急に心拍数の高くなったドーヴァを密着しているセシルが気づかないはずがない。ほんの少し下から、気まずそうに口をへの字に曲げどぎまぎした瞳をしているドーヴァを、グリーンの瞳が覗き込む。
セシルは、彼の視線の方向に自らの視点を合わせてみる。すると、やはり頭一つ高いドライの姿が目に入った。胸の前に、なにやら大事そうに小箱を抱えこんでいる。
そして間の悪いときに悪いことは、重なるもので、ドライが自分を見ている二人に気が付く。完全にこちらを振り向いた。そして男と腕を組んでいるセシルを見ると、口元を冷やかし気味にニヤニヤさせて、簡単に近づいてくる。
「よぉ、デートか?」
ドライは無神経に簡単にセシルを上から見下ろす。
「うん……」
一寸作った困った笑いをしながら少し辛そうに上を見上げた。
「おっと、そうだった。一寸手ぇだせよ。これじゃなくって、こっちだな」
「え?」
そう言いながらもセシルは、右腕をドライの目の前に差し出した。
ドライは抱えている小箱のうちの一つを開ける。するとその中からは、細かい金で編み上げたブレスレットが出てくる。チェーンの所々に、小さな真珠がスズランのように所々可愛らしくぶら下がっている。
それを出すと、彼は一度にやりと笑い、小器用に彼女の腕にそれを絡め、留め金を止める。
「昨日なんだかんだ言って、何にもしてやれなかったからな、詫びだよ」
「あ、ありがとう……」
ドライは、突然のことで吃驚しているセシルの顔と、腕にブレスレットが似合うかどうかを確かめるため、顔を何度か往復させる。それから似合うことを確認すると、もう一度ニヤッと笑う。その時、もう一つの小箱がドライの腕から落ちる。高い位置から落ちたせいで、箱が開き、中からそ小さなルビーがキラリと光るシルバー製の指輪が転がり出る。
「いっけね!!」
落ちたものを、慌てた様子で屈み込んで拾う。それから暫くしゃがみ込んで眼を鼻筋の中央に寄せるようにして、傷がないかを確かめてみる。
セシルもそれに吊られて、食い入るようにして指輪を眺める。
「ホ……」
珍しく安堵の溜息をするドライ、額に密かに汗が流れている。よほど大事な物のようだ。
「よかったわね」
「ああ……」
この間ドーヴァは完全に無視されている。昨日あの様なことがあったというのに、彼は全くドーヴァを意識していないのだ。肝が大きいと言おうか、無神経だと言おうか、兎に角今は眼中にないのだ。彼はもっと他の事に神経を集中させていたのだ。
「あ、そうだ。彼奴なんか足りないって言ってたっけかな?確かバニラエッセンスとかいうやつ……、早く買っていってやんなきゃな」
ドライが指輪の無事を確かめると、途端に忙しそうに、ブツブツと言いだして、それを箱の中の定位置に戻す。
「なに?ケーキでも作るの?」
ローズがこの街の出身で浮かれているのは解るが、このはしゃぎようには、少し不謹慎な感を受けるセシルだった。
「ああ、もうすぐ彼奴誕生日なんだってよ。て言っても、その頃にゃ街の外だ。だから今日やるんだってよ」
ドライの顔が途端に綻ぶ、口振りは面倒臭そうだったが、表情といい、手に持っている物といい、本人と同様もしくは、それ以上に喜んでいるように思えてならない。
「そうだ、せっかくだからよ。俺の妹ってんなら、一緒に祝ってくれよ」
上機嫌になっているドライは、途端に大勢で騒ぎたくなってしまった。計画も無しに適当なことを言って、周囲の人間を勝手に巻き込んでしまう。セシルの返事を聞かないうちに彼女の腕を捕まえてしまう。それから何を考えているのか、ドーヴァの肩に腕を回す。
「な!なななな!!なんやぁ!?」
ドーヴァは拒絶して、ドライの腕を振り解こうとするのだが、強引なドライの力をはね除けることは出来なかった。
「ま、同家業同士、良いじゃねぇか!つき合えよ!お前比奴(セシル)の此なんだろ?」
ドライは、ドーヴァの身体から放たれる血の滲んだ匂いを感じ取り、彼を賞金稼ぎとして認知した。それ以外彼は、理屈っぽい事は考えてはいない。ヒョッコリと親指を立て、口の端を上げて、白い歯をこぼし、ニッと笑った。
何を考えて居るのか?ドーヴァは、途端にドライという男を計る事が出来なくなった。混乱と驚きを整理できないまま、引きずられるようにして、ドライに連れて行かれてしまう。
<デート!セシルとのデートが!>
と、心の中の叫びなど、ドライに聞こえるはずもないのだった。
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