第1部 第8話 破壊と混沌

第1部 第8話 §1  獲物の行方

 「何でや!何で俺にドライ殺らせてくれへんのや!!」


 ドーヴァは、ルークと共に、大司教の居るクロノアールの遺跡へと、戻っていた。


 その彼は、焦ったようにドライとの戦闘を自分に任せるよう、ルークに願い出てみるが、彼は縦に頷くことはなかった。それを不服として、しつこくルークに食い下がってみた。


 口を開けると五月蠅くなるドーヴァを嫌うように、ルークは彼を避け、どこかへ行こうとするが、行く場所も限られてしまっているので、歩いている内に行く場所が、無くなってしまった。そしてついに観念して、足を止めた。


 「今のお前じゃドライを殺る事なんて無理だ。諦めろ!」


 この言葉も、もう言い飽きた感じがするルークだった。この言葉は、内心「ドライを倒すのは自分だ」と主張する意味もあり、自分を越えなければ、ドライを倒すのは不可能だという考えがあった。


 正面を向くとドーヴァの声が直接耳に入ってくるので、背中を向けたまま、ドーヴァの次の声を待つ。


 「ラクローのように、強くなってもか!」

 「其奴はわからねぇな」


 ルークは、返事を濁した。この時、ルークは仕方が無くラクローが強くなった理由を、ドーヴァに話すことにした。そしてもう一人、ナーダにも話しておかねばならるまい。


 「部屋で待ってろ」


 ルークはそう言うと、一度ブラニーの居るクロノアールの部屋に行くことにした。部屋の中には何時も通りブラニーが居た。だが、この前のルークの一言で、彼女の彼を見る目に変化が生じていた。ルークも自分に対する彼女の棘がないことで、それを感じていた。


 「ルーク……」


 ブラニーは、椅子に腰を掛けながら、水晶を見つめていた視線をルークに向ける。


 「一寸話があるんだが……」


 無断で戸を開けるものの、それ以上入らず、そこで待機をする。


 「構わないわ、入って」


 それを聞くと、ルークは部屋に入ってブラニーの正面に座る。そして自分を落ち着けるためにタバコを出し、深く一服する。


 「このままじゃ、俺達は空中分解だ」

 「では、貴方がドライから、手を退けば?」


 ブラニーは大体話の内容を知っていた。ルークがぼやくと、すぐさま答えを返す。あまりにもあっさり結論を出されたルークは、思わずくわえていたタバコを落としてしまった。


 「バカ言えよ。何で俺が!ちっ、やっぱお前とは、そりがあわねえのかな……」


 落としたタバコの一足で踏み消し、また次のタバコを出す。


 「では聞くけど、なぜ、ドライから手を引けないの?」


 ブラニーは水晶を眺めるのを止めた。そして意識をルークの方だけに集中する。今まではルークの顔を見るだけで腹立たしかったが、今は違う。悩んでいる彼を見ていると、放っておけなくなってしまっている。


 ルークは、考え込みながらタバコをもう一度大きくふかす。フワフワと漂う煙が、まるで今の彼の心境のようだった。


 「俺がお前と出会ったとき、正直言って、引退考えてた。解るだろ?この歳だ」

 「そうね、でも貴方見た目よりは、若いわよ」


 「有りがとよ。俺だって最初、クロノアールの話を聞いたとき、胡散臭い話だと思った。でも、モノホン目の前にして、力の活性化のこと知って、踏ん張ることにした。そこで前を向くと、いつの間にかドライの野郎が、世界一になってた。俺を抜いてだ……、認めたくね!彼奴を殺すのは、俺に宿命だ。師弟の決着って奴かな……、理屈っぽく言えば。マリー=ヴェルヴェットを殺したことで、彼奴は俺に殺意を抱いている。マジでやり合うには、今が丁度言い。そう思うと、活性化なんて待てなくなっちまう。今のドライと一対一になるためには、どうしても、彼奴等三人には、他に当たって貰わなきゃならねぇんだ。だいぶ前の化け物の時だって、それでドライを殺れるなんて、正直思っちゃいなかったぜ。ドライを殺れるのは、俺しかねぇ。欠点も多いが、彼奴はマジでバケモンだ」


 ルークが一頻り話し終える頃には、タバコも丁度、一本吸い終わっていた。今更の経緯を話しただけだったが、何となく落ち着いた気分になった。手はタバコに伸びなくなっていた。その時ふと思いつく。


 「ブラニー、そろそろドーヴァの奴に、アレを見せたいが、良いな」


 腰を上げたルークには、ノーの返事を受け付ける様子はなさそうだ。


 「構わないわ」


 ブラニーの形式的な返事を伺うと、すぐに歩き出し、さっと部屋を出ていってしまった。部屋を出ると、そこにはナーダが立っていた。


 「なんだ?なにか用か?」

 「悪いが話を聞かせて貰った……」


 低く無感情な声で、ルークと視線を合わせることなく、目の前の空気を眺めている。ルークは微動だにしないナーダに対して、腰元の剣に手を掛ける。


 「安心してくれ、俺はドライより、ダチを腑抜けにしそうな奴を殺る。この事は、奴には……」


 ナーダは、台詞とは裏腹に一度もルークを見ることはない。それが逆に彼の感情を妙にむき出しにさせていた。握っている拳には、「話を立ち聞きするべきではなかった」そう後悔しているのが、ありありと見えた。


 「盗み聞きはよくねぇな、お前もついでだ。来い」


 ルークは、ドーヴァ、ナーダの二人を連れて、彼等が浚って強制改造した人間を眠らせてある部屋へと来る。二人は水槽の中に眠っている人間に似て似つかない化け物達を凝視し、絶句した。デミヒューマンでないのは、一目瞭然だ。


 「なんや、これは……」

 「マスターこれは……」


 彼等の額に汗が流れる。ドーヴァは、吐き気を催したように顔を青ざめさせている。ナーダはごくりと喉を鳴らした。二人が漸く、水槽の中のそれらに眼が慣れ始めたとき、ルークがタイミングを見計らって、口を開き始めた。


 「これは俺達の浚ってきた賊共だ。改造を加えて、強化してある」

 「なんやて!」


 盗賊を狩ることは、賞金稼ぎの生業として当たり前のことだ。それを純粋に行った結果がこれと知ったことで、ドーヴァは動揺した。しかし目の前の事実から逃げることはなかった。


 「前に言ったとは思うが、教団の目的は、シルヴェスターの子孫の殲滅だ。その中にたまたまドライが居ただけだ。解るな。お前等もそれは知っているはずだ」

 「そやけど!!」

 「黙れ!いいか、『ラクローのように』強くなるのは、生半可な精神力じゃダメなんだ。彼奴は一度ドライと、殺り合ってる。だから奴の強さを知っている!だから壁を越えることが出来た。もし、それがなかったら、今頃この中の連中と、同じになってる。お前等も例外じゃねぇ……」


 ルークは、軽く何回かつつくようにして、後方の水槽の中の化け物達を親指で指さし、二人にそれらを意識させた。ドーヴァは一瞬、自分の成れの果てを悪い方に想像してしまう。


 「それが解ったらドーヴァ!!」


 ルークは、二人に背を向け、部屋の扉の方にゆっくりと歩き始めた。


 「な、なんや」

 「強くなる前に、死なん程度にドライと殺り合ってこい」


 そう言い終えると、扉を押し開け部屋の外へと出て行く。そして、再びブラニーの居る部屋に行く。


 「まだ起きてるかな?」


 それからおもむろに扉を引き開けようと、ドアノブに手を掛けたときだった。そこに手が触れる前に、扉が向こうから勝手に開いた。そして、扉の隙間から少し疲れた様子のブラニーが出てくる。これから寝室に向かうところのようだ。


 「何か?」


 何か用があるに違いないルークに、少し笑みをこぼしながら部屋の扉を閉め、意味有り気に、自分の寝室へと歩み始める。ルークも小さな彼女の歩幅に合わせ、その隣を歩く。


 「明日、ドーヴァを彼奴等の居る街付近に、送ってやってくれ」

 「いいわ」


 ブラニーは、部屋の扉を引き明け、すうっと、その隙間に姿を消した。

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