第1部 第7話 §5  殺し

 ローズが宿に戻ると、セシルも起きていて、彼女を迎えてくれる。オーディンは相変わらずベッドの上だ。しかし顔色はだいぶいい。二日もすればすっかり元気になるだろう。


 「ただいま!どう?オーディン」

 「ああ、世話になったな」

 「良いわよそんなこと」


 妙に改まったオーディンが、他人行儀に思えておかしくなってしまう。ニコニコとしながら、自分の眼前で手を振って笑っている。


 「それよりお前、何処行ってたんだよ」


 ローズは、この街が自分の生まれた街だと言うことは、誰にも言ってはいない。だからドライが、意味もなくただだらだら出かけたローズに、不満を持っていた。勿論自分を連れていかなかったことにだ。隠し事をしているローズが気にいらなかった。顔は笑っているが、一寸口先が聞きたがっている。


 「良いじゃない別に、それより黒装束、居たわよ。布教活動なんかしてたわ」


 ドライの質問を誤魔化しながら、腹立たしげに皆に腹の中をぶちまける。


 「ふん、まぁいっか、俺一寸下で酒飲んでくる」


 宿の下には酒場がある。この数日間、義足のことで妙に真面目になっていたので、時間が空いたことで、口元が淋しくなった。


 普段なら此処でローズが着いてくるのだが、この時はそうではなかった。部屋から出れば、イヤなことの方が多い。消極的にドライを見送った。ドライは部屋を出ると、早速愛用のサングラスを掛けた。


 「なんか、今日の彼奴変だなぁ」


 ドライはそう思いながらも足は前に進んでいる。

 昼の酒場は、やはり湿気ている。その分静かで、一人で適当にやるには良い、しかしドライの趣味ではない。でも口は淋しい。


 「オヤジ、バーボン」

 「はいよ」


 沈んだ落ち着いた声で、早速クラスにかち割り氷を入れ、トクトクと酒をつぎ始める。その時後ろの方で、暇を持て余しながら、テーブルを拭いているウェートレス達の話し声が聞こえる。


 「知ってる?あの娘帰ってきたの……」

 「誰?」

 「知らないの?あの赤い髪の……」

 「ああ知ってる!ハッグ達にレイプされた子でしょ?」

 「そうよ。結局あの時シェリフって、何もせずだったけど……」


 本人達は、ひそひそ話をしているつもりだったが、周囲に雑音が無いせいと、ドライの耳がよいおかげで、会話は丸聞こえだ。


 「でも、本人に隙があったのよ。自業自得よね」

 「そうね……」


 ローズの赤い髪は、やはり目立つようだ。そう言う噂があれば、広まりやすいに違いない。この時に、ローズが何となくこそこそしている雰囲気があったことに納得する。


 〈酒が不味くなっちまったなぁ……〉


 残りを一息に飲み干すと、手招きをして、彼女らを側に呼ぶ。


 「おい、そこの女共!」


 不機嫌な、ドライの声だった。


 「な、何でしょうか」


 恐る恐る彼女たちがドライに近づくと、彼は金をちらりと出しながら、二人の手を掴んだ。


 「そのハッグって奴、何処にいるかしってっか?」

 彼女たちは顔を見合わせてみる。その人物がよほど怖いのか、今度は黙りになってしまう。しかし会話を避けようにも、ドライに腕の捕まれているので、逃げることは出来ない。


 「もうチョイ弾むからよ、教えな!」


 しかしサングラスから覗いた目は脅迫的だった。気迫だけで失われ気味の人間の本能を蘇らせ、死すら直感してしまう。


 「此処から町外れの西の森で、多分……」


 そこまで言うと、ドライは手を離し、金を渡す。そして再び席から立ち、部屋に戻ることにする。そして部屋に戻ったときだった。ドライの目にセシルの顔が飛び込んでくる。そして何となく閃いた。


 「おい、セシル。たまには『兄妹』で、どっか出かけようぜ」


 セシルの側によって軽く自分から彼女の手を握る。


 「兄さん?」

 「イヤか?」


 ドライは態と冷たい声を出して、上から彼女を見下げてみせる。


 「ううん!!」


 こういう形でドライが彼女に声を掛けたのは初めてだった。ましてその前に着いた『兄妹』と言う言葉が、彼女にとって何より嬉しい限りだった。ドライがセシルの足に合わせゆっくりとした歩調で歩き出す。

 全く無視をされてしまったローズとしては、ただ、声も出せずに、ドライの方に手を伸ばしてみるだけだった。


 「どうしたんですかね、ドライさん……」

 「さあ……」


 早速外に出た二人だが、ドライの行き先は決まっている。セシルに有無を言わせず。足を進める。この前のルークの件があったせいで、一寸した距離でも剣を離すことはない。しかし町中では不自然だ。少し視線が集中する。


 「兄さん何処へ行くの?」

 「一寸良い場所さ、まあ黙ってついてきな」


 ドライは正直言って、心にもない兄妹感で、セシルを連れてきたことを多少後ろ暗く思っているが、街にいる時間はそう長いものではない。すぐにローズのことで、その罪悪感は打ち消されてしまう。


 そして、町から少し離れ森がすぐ側にまで見える所までやってきた。


 「セシル!彼処まで競争だ!!」


 そう言ってドライがパッと駆け出す。


 「あ、待って!」


 セシルはドライが何を考えているのか解らなかった。足で競ったところで、ドライが勝つに決まっている。なのにドライは、さっさと行ってしまった。直に木陰に紛れて彼の姿が見えなくなってしまう。


 仕方がないので、懸命にドライの後を追うことにする。

 少しすると、彼女も木陰の薄暗い場所までやってくる。今の季節は知らないが、夏はさぞ涼しそうだ。小川のせせらぎまで聞こえてきた。一寸したデートスポットっぽい。


 セシルはこの雰囲気に少しだけドキッとした。


 「まさか……ね」


 しかし肝心なドライがいない。


 「兄さん!兄さん!!」


 大きな声で何度も叫ぶがドライは姿を現さない。その時に、木の向こうから手招きをしているのが見える。


 「兄さん」


 セシルがホッとしながらも、そこに駆け寄った。だが、木の側に近寄った瞬間、ドライほどではないが、筋肉質の金髪で角刈りの厳つい顔をした大男が姿を現し、セシルの手首を乱暴に掴んだ。


 「あ!!」


 一瞬叫んだが、すぐに口を塞がれてしまう。それからそれをきっかけに四、五人の男達がセシルの側に、ワラワラと集まってきた。


 「へぇ、珍しく客が来たと思ったら可愛いじゃねぇか、緑色の髪してよぉ、へへ」


 見かけによらない、この情緒的な森は、彼らのたまり場なのだ。今はほとんど誰も近づかない。昔は恋人たちの憩いの場だった。


 「単純バカでよかったぜ!ハッグさんよ」


 彼等がセシルを囲んだときだった。何処かともなく姿を現したドライだった。


 「何で俺の名を……」


 見慣れないドライに、名を言われた本人がドライを見据える。それから彼等の一人が、ドライに近づいてきた。

 セシルほどの可憐な少女が、一人で森を歩いているのも不自然な話だが、ドライの考えは狡猾で、彼女を囮にして、襲いかかってきた人間達に悉く同じようなカマをかけ、手当たり次第殺していくつもりだったのだ。

 少女を襲うような卑劣漢にはそれ相応で、斬り殺したところで、対した罪にはと割れない。難ならセシルにそう証言させればよいのである。


 「オッサンよぉ、この人数に勝てると思ってんのか?痛い目見る前にとっとと帰って寝な!」


 それを皮切りにハッグと思われる男以外がドライを囲み圧力を掛けてくる。これは彼等のパターンのようだ。


 「オッサン……?」


 そう言われたのは初めてだ。こめかみがブチ切れそうになっているドライだった。いや、すでに切れていた。一呼吸もおかずにドライを囲んでいた周囲の五人を拳だけで吹っ飛ばしてしまう。彼の一撃は重い。手を抜いたとしても、しばらくは蹲って動くことは出来ない。あっというまに、セシルを押さえ込んでいるハッグ一人となってしまう。


 そうなると、今度はセシルを人質に、ドライを脅しにかかる。頻りに彼女の喉にナイフを押しつけた。ハッグにはもはや、声を出している余裕などなく、しきりに、刃物を突きつける動作を繰り返している。

 「俺の妹殺ったら、どうなるか……な」


 ドライはサングラスを外し、血に飢えた赤い目で、ハッグを睨み付ける。瞬間、彼の顔から血の気が引く。ドライはその隙を見逃さず、あっさりとハッグの眉間にナイフを打ち込んだ。彼はセシルを押さえ込んだまま、そのまま後ろに倒れ込んでしまう。


 「きゃ!」


 セシルの口を塞いでいた手が放れ、彼女も漸く声が出るようになる。

 それとほぼ同時に、先ほど殴られた男達が蹌踉けながら、まだドライに立ち向かう様子で立ち上がってきた。まだ懲りていないようだが、ドライは更々彼等を生かしておく気など無い。ブラッドシャウトをすっと抜くと、一撃の下で彼等を斬り殺してしまう。彼等の血が返り血となってドライの顔を汚した。


 「兄さん……」


 何が何だか理解できないセシルは、不振な顔をしてドライの背中を見つめる。


 「わりぃ、チョイ訳有りでな、きかねぇでくれ。お詫びにこれから好きなところ連れてってやるよ」


 これでローズの過去が救われるわけではなかった。そして、彼等を斬った後も自己満足も得られはしなかった。何となく虚しさだけが心の中を漂う。

 しかしそれに対して、ドライは自分に対してもセシルに対しても、軽い態度をとった。


 セシルには、どんな事情かは解らない。しかしドライがその目的のために、心にもないことを言葉にしたことは、解る。


 「あんまりよ!」


 つかの間の喜びの後に、押し寄せた落胆が、セシルを情緒不安定にした。泣きながら、街の方へと駆け出す。


 「おい!一寸待てよ!」


 ドライには、セシルが泣いた理由(わけ)が解らない。彼女のいきなりの行動に、焦ってその背中を追う。


 「一人にさせて!ルートバインド!!」


 セシルが泣きながら魔法を唱えると、ドライの足や手、体中に木の根で出来た無数のロープが絡んでくる。彼はそれに足を取られて無防備な体制で前のめりに転んでしまう。


 「イテ!!」


 ドライはそのまま十分ほど、芋虫のように倒れたままになって、ぼうっとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る