第1部 第7話 §4  帰郷

 場所は一転して、教団のクロノアールの遺跡に移る。


 「驚いた。何時の間に転移の魔法をマスターしたの?」


 ルークが自分の目の前に現れたとたん、ブラニーは、少し間が悪そうに取り繕ってみせる。


 「そんなことより。比奴を説明して貰おうか、おい!ドーヴァ、居るんなら比奴に治癒魔法を掛けろ!!」


 しばらくの沈黙の時間の後、ドーヴァが慌ただしく、部屋に入ってくる。


 「どないしはったん!あ!!ラクロー、みかけん思ったら……」

 「良いから其奴を連れて、自分の部屋に行け!」

 「わ!解りました……」


 いつになく苛立った大声を出しているルークに、怯えを感じ、ドーヴァはラクローを連れ、部屋を出て行った。それを確認したルークは、自分に背中を向けているブラニーの正面に回り込み、胸ぐらを掴んで彼女を睨み付ける。


 「説明しろ!!」

 「止してよ。私が強制した訳ではないわ」


 普段とは全く違ったルークの気迫にブラニーは、少し青ざめた。だが口は相変わらず冷淡だった。熱くなっているルークの手に、白くしなやかな手をそっとかぶせ、彼の気を他に逸らそうとしている。それでも手が放れないと、もう少し彼の手を強く握り、ルークの瞳の奥を覗き込んだ。


 「勝手なことしやがって!」


 漸くルークの手が緩み、釣り上げていた彼女を床の上に立たせる。


 「黙ったいたことは謝るわ、でも彼が望んだことなの、解って?ね?」


 ブラニーは、ルークを利用するため、此処しばらくは、態と彼に気があるかのような態度をとって見せた。必要以上にルークの手を取って、彼の心を自分の思い通りにしようとしている。


 「バカ野郎!んなことじゃねぇ!!彼奴が出てきたときに暴走して、お前がどうかなったら、どうする!!」

 「え?」


 ブラニーが、動きを止める。暫くルークと見つめ合ったままだ。明らかにブラニーの無謀を責めるものではなく、彼女自身の身を案じての一言だったのだ。

 確かにルークは、自分に惚れているとは言ったが、今日ほどそれを感じさせる言葉はなかった。そう感じると、不慣れな感じが胸を締め付け、急にドキドキと高鳴ってくる。


 「俺にとっちゃクロもシロも関係ないんだ。気がつきゃドライの野郎がいつの間にか世界一になっててよ。それが気に入らねぇだけなんだ。あのガキがだぜ……全く……。巫山戯やがって」


 そう言うと、ブラニーの頬をすっと撫で、部屋を出て行く。そしてラクローの居る部屋へと向かう。そして、扉を開け、中に入った。そこにはラクローとドーヴァが居る。処置は済んでいるようだ。


 「マスター……」


 ラクローは、半ばルークの制裁を恐れながら、近寄る彼の顔を見上げた。


 「マスター、どないしたんでっか?」

 「ドーヴァ、お前との話は後だ。他で待機しとけ……」

 「はぁ?」


 顔を見せる度に、どこかへ追いやられてしまうことに、疑問をもちながらも仕方なくその場を出て行くことにする。


 「バーカ!いいか、テメェが強くなっても、付け焼き刃なんだよ!自分の力を知らねぇ奴が、自分の力を知ってる奴に勝てるかよ。まあ、ドライを殺りたきゃ、精々俺を越えるこったな」


 ルークは、ラクローのドライをその手で殺したいという気持ちは十分に分かっていた。だからあえて自分勝手に動いたラクローを責めはしない。

 軽く言い放つと、用が済んだので部屋を出て行こうとする。


 「待ってくれマスター!!」


 傷口を押さえながら、ルークを引き留める。


 「何だよ」


 ラクローは、何時も語尾を強めて喋る。何時も何か切羽詰まった声をしているが、この時は、別の意味で詰まっていた。


 「ドライはいらねぇ!俺の標的は、オーディンだ」

 「好きにしろ!」


 ラクローが自分だけの目標を見つけたことで、安心気味にニヤッと笑いそこを後にする。ラクローは昔の自分を傷つけたドライより、強くなった今の自分を傷つけたオーディンを倒したくなったのだ。ルークが部屋を出るとそこにはドーヴァが立っていた。


 「しかし、ラクローなんであんなに強なってしもうたんやろう」


 可成りの溝を空けられたことに、不満な顔をして首を傾げている。それから暫く首を傾げっぱなしだ。


 「お前は誰を倒したい?」


 ルークはドーヴァに対し、いきなりこんな事を言い出す。


 「そやなぁ、会ってみんとわからんわ」


 無責任に軽い口調で、ルークの質問に譫言で答える。もちろん内心は、ドライを倒したがっている。


 「よし、会わせてやる」

 「はぁ……」


 淡々としたルークに、どう言葉を返してよいかドーヴァには解らなかった。適当に合わせて返事をする。




 場面は、再びドライ達一行へと戻る。

 オーディンが気絶してしまったためドライ達は、急遽進路を変え、歩いて二時間ほどの距離にある。西にある街へと向かった。

 そして次の日の昼だ。


 「あ……う……ん」


 そしてオーディンが宿の一室で目を覚ます。体中の血の気が引いて、周りの景色だけがグルグルと回っている。今現在何処にいるのかさえ、考える気になれない。ややもする本を読んでいるとシンプソンが目に入る。


 「私は……」


 漸く自分が何処にいるのかが気になり始める。


 「気が付きましたか?」


 オーディンが目を覚ましたことに気が付いたシンプソンは、本を閉じ、彼の方に近づく。


 「此処は?」


 オーディンは、頻りに周囲を気にしている。彼は半分まだ戦闘が続いているのではないかと思っている感じで、記憶が混乱していた。


 「此処は……、なんて言いましたかね、兎に角町中です安心して下さい。起きることが出来ますか?」

 「ああ」


 オーディンは、少し身体が痛むものの、ゆっくりと上半身を起こす。血の気が足りないので、頭がふらついて仕方がない。しかし、皆に心配をかける訳にはいかない。


 「よかった」


 オーディンが強がっているのは、見ていて解るが、それだけの元気があるだけましだ。後一、二度治癒魔法を掛ければ、元に戻るだろう。


 「それにしても、よく街が見つかったな」

 「ええ、ローズがね」


 その時ドライが肩に大きな紙袋を部屋に入ってくる。


 「よぉ、目ぇ覚ましたか?」


 それから、オーディンのベッドの上で紙袋の中身をぶちまけ始めた。中からは果物やハムを中心とした肉がゾロゾロ姿を現す。


 「ドライさんそれは?」


 必要以上に食べ物が出てくるので、シンプソンはメガネの端を摘んで、その量を疑って見る。


 「血と肉の元だよ」

 「済まない」


 オーディンは不作法ながら、ドライの買ってきた肉や果物を、次々と食べ始めた。その時に、何時もドライの側にいる筈のローズが居ない。セシルもだ。


 「レディとセシルは?」


 オーディンが再度部屋の中を確認する。


 「セシルは寝てるが、彼奴は街に着いたとたん、どっかいっちまったよ」


 さっぱり冴えない表情で、オーディンの質問に溜息混じりに答えてみせる。ドライが彼女の居所を知らないとすると、何処へ行ったか解らない。外を見ると、陽は高い。ルークの襲撃はあり得ないだろう。


 「そうそう、町中にゃ黒装束がなにやら喚いてたぜ、平和だのどうだの。こっちじゃかなり勢力広げてんなぁ、吃驚したぜ」


 ドライもベッドの上の食べ物を適当に頬張りながら、シンプソンやオーディンの方を何度か振り返って、街の状況を説明してみせる。


 そして、ドライの言ってることが、彼等にとっての疑問でもあった。何故世界を崩壊に導こうとしているもの達が同時に人間の信仰を集めているのか。考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。


 その頃ローズは一人っきりで、懐かしさを感じていた。彼女がこの街の位地を正確に知っていたのは、この街が彼女の故郷であるからに他ならない。それと同時に街の外れで起こったおぞましい記憶も蘇ってくる。彼女は足を止めた。そしてズボンのポケットからキーを取り出し、玄関の鍵を開ける。


 この間に、彼女の赤い髪に見覚えの人間が、ちらりちらりと彼女を見る。中には、あのおぞましい出来事をうわさながらも聞いた人間もいる。ローズはふとその視線が気になった。しかしそんな人ばかりではない、多少は彼女を理解している人間もいるのだ。


 「ローズじゃないか!」


 理想の母親と言った感じの悩みのなさそうな、ドッシリした女性がそこに立っていた。


 「おばさん!」


 二人は懐かしそうに抱き合った。ローズは内心、此処まで自分を暖かく迎えてくれる人は、居ないのではないかと、心配したが、彼女の出現で故郷の暖かさを思い出した。


 「まぁ美人になって!」

 「それは昔っから!ねぇ、それより久しぶりに家の中が見たいのよ。中に入ろ!」


 彼女の家は借地でないため、手つかずのままそのままの趣で残っていた。中は年月の割には、思ったよりは埃が少ない。家に入ると、座れる程度に居間の掃除をし、二人はソファーに腰を掛けた。


 「ホント、いきなり街を出ていったからねぇアンタ」

 「うん……」


 こう言われてしまうと、気の良い隣人には本当に申し訳ないと思ってしまう。


 「でもよかったよ。戻ってきて、気にしちゃダメよ、あんな事。もう何処にも行かないんだろ?」


 ローズがそうしてくれれば嬉しい、彼女は言葉尻を嬉しそうに弾ませながら、断定的にローズの方をニコニコと笑って、見つめている。

 しかしローズは、俯いて口元を苦々しく笑わせて、少しだけ息を漏らして首を横に振る。


 「そうかい……」


 とたんに彼女の顔も曇ってしまう。両親が早死にし、姉も失い、自らも傷を負っているこの幸薄い女を、不憫に感じてしまう。「せめて自分が励ましになることが出来れば」そう言う思いも、ローズに届かないことが、残念に思えてならない。


 「此処には、良くも悪くも……、思い出しかないから」


 ローズは作り笑いをして、健気に笑ってみせる。


 「聞いたわ、レッドフォックスって言われる赤毛の女賞金稼ぎの噂……」


 あまりよくない噂に、今度は俯き沈んだ悲しい声で、残念がっている。ただ軽蔑の念は隠っていなかった。


 「そう……」


 事実なのだから何を言われても仕方がない。簡単な返事で、それを聞き流す。


 「でも、変わってなくって安心したわ、買い物があるから、私行くわ」


 それでもローズに会えたことを嬉しそうに、最後にはそう言って、ローズに微笑み掛けて、彼女の家を出ていった。

 ローズも腰を上げ、マリーの使っていた部屋に行く。そこには彼女が生前使っていたデスクやペン、それに厚みのある本が、棚に並んである。どれもこれもローズが家を飛び出したときのままだ。色あせた姉妹の仲のよい写真もデスクの上に置いてある。

 遺品を色々と触ってみる。姉の死んだ悲しみが、心の中に沸いてくる。しかし、涙となって現れることはなかった。

 ある程度感傷に浸ることが出来たローズは、それに満足して、此処を後にすることにする。


 「そう言えばもうすぐクリスマスか……それに誕生日……、忘れてたな」


 今まで緊張の連続で、そんなこともすっかり忘れていた。それに街の雰囲気もそれどころではない。町中には宣伝のサンタクロースの代わりに、黒装束が熱心に布教活動をしている。

 黒装束と見ると、剣を抜いて斬り殺したくもなるが、そんなことをすれば、此方がお尋ね者だ。ぐっと堪えて横を通過することにするのだった。

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