第1部 第7話 §3  優劣

 早速自分たちの間借りしている部屋に行く。大儀そうに、片足で跳ねてくる足音が聞こえると、ローズもそれがドライだということに気が付く。部屋に入ってくるのを感じると、振り返ることもなく声を掛ける。


 「どうしたの?」


 彼女は先日見つけた、ドライのバッグの綻びを、椅子に座って一人テーブルに向かい、繕っていた。手元が小器用に動いている。そこには普段のローズの後ろ姿だが、ノアーの言っていることも嘘とは思えない、まずは彼女の目の前に座ってみることにした。それから縫い物に集中しているローズの顔を覗き込んだ。


 「何よ」


 真剣に覗き込んでいるドライがおかしく見えたのか、視線だけを上げ、口元を緩める。


 「オメェ、なんか、悩み事あるんだろ?」


 こう見透かされたように直接聞かれてしまうと、素直に「うん」とは言えない。


 「無いわ、別に」

 「嘘つけ!俺には解るぜ、オメェのことなら、何でもな」


 ノアーに言われて気が付いたことだというのに、いかにも自分は知っていましたと言わんばかりの口振りで、自信たっぷりな視線で、ローズを釘付けにしようとしている。これほど無意味な自信が似合う男もそういるものではない。ドライらしい口振りだった。


 その時にローズの顔が、ホッとした顔をする。ドライは彼女の変化を感じとったが、何故不安がっているのかが解らない。赤い瞳で、彼女の本心を探ろうとしている。ローズは、思わずその瞳に見とれてしまう。見慣れていた筈なのに、何秒も見つめられていると、改めてその美しい紅に見とれてしまう。そして、目の前の彼がただのドライ=サヴァラスティアではなく、自分でも解することの出来ない過去を、引きずっている男なのだと思うと、その瞳がより神秘的に見えてくる。


 「ドライは、何時までもドライだよね……」


 仕事をしていた手を休め、下から覗き込んでいたドライの顔を両手で包む。

 ドライはこの時にピンと来た。自分でも自分が変わってしまうのではないかと思ったあの瞬間、ローズもドライがそうでなくなってしまうことを恐れていた。義足のことが気になって、気づいてやれなかった自分の不甲斐なさに気が付く。


 「当たり前だ」


 自分の頬をずっと撫でているローズの手を、ドライはそのままにさせてやった。


 「よかった」


 納得をしたのか、漸くローズの手がドライの頬から離れる。そして互いの顔が、引き寄せられるように近づき始めた頃だった。それを見計らってかどうかは知らないが、バハムートが部屋に入ってくる。表情は何だか難しそうな顔をしている。


 「ドライ君、話があるんじゃがな」


 その声は、少しローズの存在を意識している。彼女に居れられては、言い出しにくいようだ。


 「なんだよジジイ」


 ローズのご機嫌取りの最中の邪魔をされたことに、少し腹が立ったドライは、声を尖らせた。だが、話の内容は義足のことだと解っていたので、ローズとじゃれるのを止めることにする。席を立ち、バハムートのほうに近づく。


 「あぁあ!良いトコだったのにぃ」


 彼女も一寸頬を膨らませて、ムッとした顔をする。


 ローズの前から立ち去ったドライとバハムートは、バハムートの間借りしている部屋に行く。ドライ達が旅に出てから使っているらしく、彼の備品が多々ある。


 「手術?!」


 ドライが珍しい骨董品に目をやっていると、話は突然始まる。


 「うむ、新しい義足を創るに当たって、君の足に埋め込まれている器具も交換せざるを得んのじゃ」


 「そりゃ解るぜ、けどそんな話、別にローズの前でも良かったろう」


 ドライは、バハムートと話しながら、特に目を引いた骨董品を入念に品定めに入る。それを取られてはたまらないと言いたげに、バハムートは隙さずドライから奪い返し、元の位置に戻す。


 「そうじゃが、場合によっては、お前さんの足を根こそぎ取る必要もあると思うてな、お前さんがそこまで、する必要があるのか?と言うことじゃ」

 かなり大がかりなことを言うバハムートだった。ドライの反応を確かめるべく彼の方を向く。


 「へへ、その心配は無用だぜ、新しい奴を付けるのはどうかしらねぇが、比奴を外すのは、シンプルだ」


 しかし、バハムートの予想とは反して、ドライは余裕を持った表情をしている。


 「んで、何処でやんだ。それ」

 「そうか、では早速始めよう」


 ドライの足の手術は、誰も使用していない適当な部屋ですることにする。手術に立ち会うのは、バハムート、ノアー、それにローズだ。ノアーの魔法により、ドライを深い催眠状態に落としてから、行うことにする。


 術前、バハムートの予想通り、ローズが手術という言葉に、可成りの動揺をしたが、考えれば普段から賊と殺りあっているときや、戦闘の方が、よっぽど危険だ。


 ドライの手術中、別の場所では、オーディン達が足を進めていた。


 場所は移り、そのころ……。


 「奥義剛翼裂震!!」


 オーディンの一喝と共に、血飛沫が上がる。敵と見ると有無も言わさず襲ってくるオークを中心としたデミヒューマンとの戦闘において、ドライの穴を懸命に埋めるかのように、オーディンがなりふり構わず剣を振るっていた。


 「ラ・ミ・アーン!」


 セシルの呪文が、敵を洗い流す怒濤の水流を生み出す。


 「ゲ・サラト・ホリオン!!」


 倒せる数が少ないが、シンプソンも近辺にいる敵を懸命に凪ぎ払っている。出来れば戦闘を避けたいといった顔をしているが、ドライが居ないので、半ば嫌々頑張っている。


 しかし、そうこうしている内に、戦闘が徐々に収まる。


 彼等デミヒューマンは、状況が不利と見ると、とたんに逃げ出し始める。これも、もう何時ものことだ。むしろ逃げてくれた方が無駄に戦闘をしなくて済む。全員がホッと息を付く。


 「それにしても、毎度毎度、よくも出てくるものだな」

 「シルベスターの血が、彼等を寄せるんですかね」

 「ははは、まさか」


 シンプソンが根拠もなく突飛押しもない事を言うので、オーディンが笑いながらこれを否定する。しかしこれは、まんざら冗談ではなかった。勿論理由はそれだけではない。急激な環境の変化が、彼等の戦意をむき出しにしてしまうのだ。しかし本人達は、その事を全く知る由もない。


 「さあ、兄さん達が戻るまで、出来るだけ先を急ぎましょう」

 「ああ、解った」


 ルークがこの現状に目を付け、襲って来ない事を願いながら、先に進むことにする。


 時は空が赤く暮れるほどの夕刻となる。ドライが術後から目を覚まし、気怠く周囲を見回す。そこには、ジョディー、マックが居た。他の子供達は居ない。二人は、ドライの額に乗せられてある濡れタオルを、交換してくれた。


 「よぉ、何してんだ?」


 少し熱が出ているせいか、頭がクラクラする。ドライとしては、ローズが側にいてくれた方が、嬉しかった。側にいないことに少しガッカリする。


 「あ、ドライが目を覚ました!」


 ジョディーが、起きたドライの顔を覗き込む。


 「僕ローズを呼んでくる」


 マックが、ばたばたと部屋から姿を消す。その音が妙にドライの頭に響いた。きっと熱のせいだろう。

 暫くすると、先ほどの音よりもっと騒がしい音が、マックの足音と重なってやってくる。音が近づいてきたと思えば、次の瞬間ドライの目には、ローズの姿が目に入った。


 「起きた起きた!どう?調子は」


 ローズの声が弾んでいる。表情も明るい何も言わなくても、自分がどうなったのか解る。


 「最悪だぜ。風邪ひいたときみたく……」


 その顔を見て、ドライは急に愚痴を言いたくなって、出た言葉がそれだった。先ほどローズが居なかった当て付けに、拗ねて態と顔を彼女から逸らしてみる。ローズは、ベッドの側に置いてある椅子に座った。


 「クス……」


 ローズの反応はいたって温和だ。術前にじゃれあった効果なのかもしれない。それと、今拗ねて見せていることが、彼女に彼らしさを見せている。それで更に安心したようだ。

 ベッドの横にある、いすに腰をかけたローズの手がドライの髪の毛を掻あげる。


 「それにしても、今日は久しぶりに、腕を振るってるのに、術後じゃ食べられないわねぇ」


 ドライに触れるのを止め、両手を組み、膝の上に肘を付き、手の甲の上に顎を乗せて、意地悪そうに言う。


 「バカ言え!俺は喰うぞ!!」


 熱が出て、頭がフラフラしているのに、虚勢を張って上半身を起こす。


 「はいはい!良いから、寝てなさい。それじゃお休み」


 ローズは、起きあがったドライを強引に寝かせ付け、夕飯の支度をすべく部屋を出て行く。

 そして翌日、ドライとバハムートは、義足の本体を完成させるための作業に入り始める。これが完成すれば、ドライは、ルークの魔法に悩まされることはない。

 更に三日後、ドライの義足は、完成に向かっていた。だが、この日を待っていたのは、ドライだけではなかった。人間を改造し、ルークの手下のラクローまでも、実験のモルモットにしたブラニーもその一人だ。


 「どう?気分は……」

 「ああ!力がみなぎるぜ!」


 水槽から出たラクローは、一回り大きくなった自分の身体に興奮を覚えていた。それ以外は特に表面上の肉体の変化は感じなかったが、内側から熱く何かがたぎる。


 「さあ、俺をドライの所へやってくれ!!」

 「残念ながら、ドライサ=サヴァラスティアの所在はつかめないの」


 ドライは現在孤児院にいる。その周辺にはノアーが結界を張っていて、ブラニーの思念波がドライにまで届かないのである。


 「なんだと?!それじゃ……」

 「慌てないで!!その代わり、彼のための模擬戦をさせてあげるわ、目標は彼等よ」


 ブラニーはラクローを制止し、持ち合わせの水晶の中をラクローに覗かせる。すると、そこにはオーディン達の姿が映っていた。彼等は進路を真っ直ぐ北にとって歩いている。


 「奴は強いのか?」

 「安心して、実力はドライと引けを取らない筈よ」


 今にも興奮でキレてしまいそうなラクローを、上手く押さえながら、彼にオーディンの姿を確認させる。


 「それから、貴方に精鋭を十人いえ、十匹与えるわ、連れて行きなさい」

 「精鋭?」


 百聞は一見にしかずだ。ラクローを、精鋭を待機させている部屋へと連れて行く。精鋭とは、彼女が最初に改造を加えた人間達のことだ。ただし、ラクローのように人間としての原形は止めていない。皆デミヒューマンの出来損ないのような容姿をしている。


 「このバケモンが?」

 「ええ、貴方の命令なら何でも聞くわ、不満があって?」

 「いや、ない」

 「それでは、行くわよ。我願わん!光より早く彼方へとゆかん事を!!イマジード!」


 ブラニーの呪文と共に、ラクロー達は姿を消す。そして、北へ向かっていたオーディン達の目の前に突如として姿を現したのである。


 「なんだ?!」

 「新手ですか!!」

 「でもただのデミヒューマンではないわ!!」


 即座にそれぞれの構えに入る。


 「はぁぁぁ!!」


 ラクローがいきなり剣を抜き、有無も言わさずオーディンに襲いかかる。彼のスピードは尋常ではない。人間のそれを遥かに逸脱していた。オーディンは剣を受けることなく素早く身を退かせる。ラクローの異常に膨れ上がった筋肉に、その秘めたる力を感じ、直接受ける気にはなれなかったのだ。オーディンは、一定の間合いを取り、ラクローの攻撃を、見ることにした。だがしかしラクローは、そうはさせてはくれなかった。片手から高圧縮されたエネルギーを放ってくる。魔法のようだが呪文の詠唱は省略されている。溜がない。咄嗟にハート・ザ・ブルーで彼の魔力を吸収し、逆にそれをラクローに返す。


 ラクローは自らはなった魔法に直撃し、跳ね飛ばされる。そして爆発と共に大地に叩き付けられ、土煙を上げる。


 「殺ったか!?」


 気を抜くことなく。ラクローの死を疑い。身構えたままで、その場で一呼吸を置く。彼の連れている化け物達は、ラクローの命令がないので、動くことなくその場でじっとしている。


 「ジオナ・バルトアーク・デ・ブラシオズ・グラビオーデ!!」


 セシルが呪文を唱える。化け物達の周囲が突如として急激な重圧に襲われ、大地がビシビシと音を立て砕け始める。化け物達も、重圧に押され、地面に這い蹲り始めた。ラクローが再び姿を現す。身体には傷一つ着いていない。


 「オーディンさん!早く其奴を!!」


 セシルはラクローや化け物達に、直感的なクロノアールの気配を感じた。


 「なるほど、ドライと互角か……」


 ラクローは、激しい攻撃を受けながらも全く傷ついていない自分の身体を、嬉しそうに眺め、不敵に笑い、オーディンを見据える。


 「鬼王炎弾!!」


 間合いを詰めはじめるラクローに、オーディンが技を仕掛ける。剣を一降りし、火炎弾をとばす。しかしラクローは、火炎の砲弾を直撃しているにも関わらず全くダメージを受けていない。それどころか平然な顔をして、オーディンとの間合いを詰め続ける。


 「勝てる!勝てるぜ!比奴等にはもう用はねぇ!殺っちまえ!!」


 ラクローの命令で、重圧で潰れかけていた化け物達が動き始める。そしてセシルの呪文の範囲内で、鈍いながらも攻撃のための態勢に入り始める。


 「そんな……、十倍の重力を……」


 化け物がセシルを目標に、口から鋭く真っ白な光線を吐いてくる。


 「ポインターミラーズ!!」


 シンプソンが呪文を唱え、魔法の反射鏡を複数創る。そしてその一つをセシルの前に飛ばした。彼女に直撃しかかった光線が、それに阻まれ、敵に跳ね返る。そして一匹の頭を砕いた。


 「シンプソンさん凄い!!」

 「当たったのは偶然ですよ……」


 身を守ることに関しては、余裕を持って答えるシンプソン。偶然に尊敬しているセシルに、照れ臭そうに笑って答えを返す。


 「二人とも気を抜くな!」


 会話をしているものの、二人は気を抜いているわけではない、ただそれ以上に彼等に対する警戒心を強めたオーディンが、注意を促したのだ。それと同時に、彼はラクローに剣技中心の攻撃を仕掛ける。自分の肉体に自信をもったラクローは、これを正面から受け止める。一見オーディンが押しているよう見えるのだが、ラクローは、オーディンをからかった笑みを浮かべる。

 オーディンの動きは、完全に読まれていた。それはオーディンが、戦っている相手のラクローだけでなく、セシルとシンプソンを狙っている化け物達にも注意を払い、目標に集中しきれないでせいで、攻撃が単調になっていたからである。現に化け物達は、セシルの魔力圏内から抜け出そうとしている。

 だが、一つだけオーディンに気休めになっていたのは、ラクローがドライほどパワーを感じさせないことだった。スピードも速いが、あの時の手合わせよりも多少は遅く思える。そう考えればまだ付け入る隙はある。

 シンプソンは防御に徹し、セシルも彼の呪文に守られている。魔法で彼等が傷つくことはない。

 オーディンは、自分の得意とする遠距離に間合いを置くことにした。


 「なんだ?もう終わりか?!」


 ラクローは、自分の優位に自惚れ、好きを作る。


 「千獄輝針!!」


 決定的チャンスに、オーディンが剣を振るうと、そこから無数の光の針がラクローに向かって、猛スピードで襲いかかる。


 「喰らうか!」


 ラクローは素早く空に逃れた。そして地上を見る。だが、そこにいる筈のオーディンがいない。


 「鳳凰の劫火に焼かれて死ぬが良い!!奥義天翔遊舞!!」 

 「なに!!」


 オーディンは、いつの間にかラクローより遥か上空を舞っていた。そして渾身の一撃を彼に向かって放つ。そしてラクローに呪文がぶつかる瞬間だった。彼の連れてきた化け物の内、三匹が彼の身を守るべく、二人の間に飛び込んできたのである。

 しかし、ラクローは、彼等のガードも虚しく、技の力に押され、そのまま地面に激突する。

 オーディンは、技が決まったにも関わらず、地上に降り立つと同時に更に攻撃を掛ける。


 「鬼王炎弾!!」


 凄まじい音を立ててラクローの落ちた地点を火玉が襲う。


 「やかましい!!メガヴォルトォォ!!」


 ラクローの声が聞こえると共に、上空からの雷がオーディンを襲う。オーディンは一旦攻撃を止めこれを回避する。そして、どちらも呼吸を乱しながらもう一度対峙しあう。


 「きゃぁぁ!!」


 悲鳴が聞こえる。セシルの声だ。魔力の領域から出た化け物達が有無を言わさず光線で彼女に攻撃を仕掛けている。シンプソンの防御魔法で、大事には至っていないようだ。だが、早くラクローとのケリを付けて、彼等に加勢をしなければならない。

 しかし隙が見つからない。同じ手も効きそうにない。

 身動きの取れなくなったオーディンに対して、ラクローが不敵に笑う。

 それと同時に、化け物の一匹が、オーディンに向かって突進してきた。彼はそれに気を取られ、ラクローから目を離してしまう。その瞬間だった。


 「クレイジーバースト!!」


 ラクローはオーディンの懐に飛び込み、握り拳を化け物ごと彼の腹にぶち当てた。その接点に爆発を伴った魔法が炸裂する。


 「がっ!!」


 オーディンの体は大きく後方に跳ね飛ばされ、地面に強く叩き付けられる。激痛で漸く目だけで周囲を探ると、側にはもうラクローが立っている。


 「オーディン!!」


 シンプソンは叫んでみるが、攻撃が激しく、その場に釘付けになって、動くことが出来ない。絶体絶命に追いつめられたオーディンは、どうすることもできなかった。


 「クレイジーバースト!!」


 オーディンが、覚悟を決めた瞬間だった。女性の呪文を唱える声と同時に、オーディンの側に立っていたラクローが、オーディンと同じように、大きく弾き飛ばされる。


 「何だと!!お前等は……」


 優位に立っていた筈のラクローが、地面にたたきつけられてすぐに、腹を抱えて蹲り、血相を変え、オーディンの後方を睨み付ける。そしてラクローがオーディンから目を離した瞬間、そのオーディンが、彼に対して素早く斬りかかった。


 「でやああ!!」

 「グア!」


 オーディンの剣がラクローの右胸に突き刺さる。焦点がハッキリしていないため、急所を逸らしてしまう。だが、ラクローは苦痛で顔をしかめ、動こうとはしない。更にオーディンが、トドメを刺そうと、剣を大きく振りかぶった瞬間だった。いつの間にか、目の前にかルークが立っている。気配のみじんも感じなかった筈なのに、ルークは剣を振り下ろす体制に入っている。


 「な……」

 「ジエンドだ」


 ルークの剣が、まさにオーディンを捉えようとしているときだった。


 「そうは問屋がおろさねえんだよ!!」


 真っ赤な刀身を誇る剛刀が、オーディン右横をかすめ、ルークの目の前に突き出る。


 「ち!!」


 悔しがったルークが、ラクローを抱え、ついでに化け物達の側に寄り、そしてあっと言う間に、姿を消してしまった。


 「ドライ……レディー……」


 オーディンが腹を抱えながら、ゆっくりと立ち上がり、二人の顔を見ると、安心した顔をする。


 「兄さん!」


 セシルが急いでドライの側に駆け寄る。危機を脱出して、ホッとしているのか、声には震えと弾みがあった。シンプソンも直に彼らの居る位地へとやってくる。


 「ドライさん!上手くいったんですね!!」

 「まあな」


 先ほどまでの緊張していたシンプソンの顔と、今の変わりようを考えると、少しだけおかしくなってしまうドライだった。義足が完成したこともあって機嫌もよかった。


 「ゴホ!ゴホ!!ハァハァ!!」


 周囲がホッとした雰囲気に包まれた瞬間、オーディンが再び屈み込み、口を押さえて真っ赤な血を吐き出し、呼吸を不規則にして苦しがっている。


 「おい、大丈夫かよ!」


 あまりにもリアルすぎてドライも思わず気を使ってしまう。


 「取りあえず治療を……、天なる父よ、この者の傷を癒し賜え……」


 シンプソンの治療を受けたモノの、オーディンはそのまま気を失ってしまう。魔法のダメージが相当あるようだ。すぐには回復しそうもなかった。

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