第1部 第7話 §2  デスクワーク

 それから暫く義足の設計に当たっていたバハムートだが、目の前にあるマリーの手帳が気になるのか、集中しきれない様子で、チラリチラリと、そちらの方ばかりを気にしている。ドライがこの様子を見過ごすわけも無く、横にいるバハムートに突っ込みを入れる。


 「気になるんなら見せてやっても良いぜ」


 「む?!うむ」


 恩着せがましいドライの言い方に、頭にカチンときた彼だったが、見て良いと言われて、とたんに我慢できなくなってしまう。早速手帳を見せて貰うことにした。


 ドライは再び義足の設計の続きをすることにする。自分のしていることを冷静に考えると、自分自身気持ちが悪くなってしまいそうなのだが、すぐに考えるのが邪魔くさくなって、自分自身のことを投げてしまうドライだった。


 「なんと言うことだ!」


 マリーの手帳を見ていたバハムートがとたんに大声を上げる。そして今まで見たこともないような険しい顔をして、ページを前後に捲りながら額に汗している。


 何がどうして驚いているのか解らないが、マリー関係なのでドライも気になり、背を伸ばし身体を傾けながらながら、手帳を覗き込む。


 「なんかあったのか?」


 「彼女は物体浮遊理論を、いや、物体飛空理論を完成させておったのか!儂が十何年かけても解き得なかった謎を……」


 彼は最後の十数ページを何度も繰り返し見ている。


 「そういや彼奴、んなこと言ってたな、俺が無関心にしてたら思いっ切りぶん殴られたな」


 ドライは小声で息を殺しながら笑う。今になってその意味が解ったようだった。人類にとっては、大変な財産だというのに、彼は今までそれを隠し持っていたのだ。考古を追求するバハムートとしてはたまったものではない。


 書いてある内容を把握したバハムートは、一度その本を閉じる。そして今成すべき事に、再び取り組み始める。そのついでに、ドライの義足の設計図を横から眺めてみる。基本的には、前の義足と同じようだ。しかし、設計図は殆ど完成しているにもかかわらず。ドライはまだ何かを書きたがっている。ペンを上唇に乗せ、テーブルに足をかけ椅子を揺すっている。


 「これじゃルークには勝てねぇ……」


 「黒獅子か……」


 「ああ、彼奴にはエナジーキューブがある。幾ら天才の俺でも足一本じゃな、元世界一には、やっぱ分がわりぃ……」


 バハムートには、義足の設計・作製を手伝って貰わねばならない。正直な不安を愚痴っぽくこぼしてみる。


 「魔法絶縁物質でくるむ手はあるが、義足の精度は落ちるし、急遽組み込んだ疑似神経にも混乱を来す恐れもあるのぉ。だから二代目には、魔法絶縁物質は、使用しなかったのじゃが……」


 「なんか良い手ねぇかな」


 世界が魔法中心に動いているだけに、魔法に固執して考えてしまう二人だった。しかし現在それ以外に、方法論はない。


 「三時のお茶にしません?」


 ノアーが行き詰まっている二人の所へ、紅茶とクッキーを持ってきてくれる。目の前に焼きたての良い香りが漂ってきた。ドライは、それを一つつまみ、口の中に放り込み、サクサクと音を立てる。口の中にバターの香ばしさが広がってくる。


 「ガキ共は?」


 「おじゃまだと思って、食事時まで此処には来ないように言っておきましたかけど」


 どおりであれから静かなわけだ。別に意味はなかったが、普段からこんなに沈黙を守って何かに打ち込んでいることがなかったため、それが余計に気になっただけだった。


 ドライが義足の設計に悩んでいるとき、オーディン達は町から離れ真っ直ぐ北に向かっていた。今のところデミヒューマンや、魔物などには遭遇していない。地震も起こっていない。道のりは順調だ。


 「やはり二人が居ないと淋しいですね……」


 シンプソンが黙々と先を進んでいるうちに、ふと静けさに絶えられなくなった。オーディンやセシルに同意を求めた。


 「ああ、ドライがいないと静かだ」


 「兄さんが居ない間に奴らに攻撃されなければいいけど」


 三人の間にはあまり無駄話がない、それだけを言うと会話はプツリと途絶えてしまう。


 歩いていると、前方の方にうっすらと地平線沿いに黒い陰が見える。どうやら断層のようだ。この前の地震で起きたものなのだろうか、もしそうならこの前の破壊の規模は納得がいく。


 周囲の景色を観察している時だった。直下型と思われる激しい揺れが彼等を襲う。

 この揺れにももう身体が慣れていた。歩けないまでも、転ばないように大地に伏せることは可能だ。揺れを感じながらも、周囲がどう変化しているのかを見守ることにする。


 周囲の景色が著しく下方向に下がった。遠方では、直方体気味に迫り上がった大地も観測できる。揺れの慣れとは裏腹に、大地の崩壊は今までにはない、断層とは全く関係のない変化だった。


 揺れも直に収まる


 「今までとは違うな……」

 「ええ、何だか大地の柱が突き出してるって感じですね」


 やたら眺めの良い周囲の景色、変化の状況が良く解る。オーディンとシンプソンは、この光景を眼に焼き付けた。そして何れこんなものではなくなることを、心の中に留めた。


 「二人とも足下を見て!」


 セシルの叫び声に、二人とも足下の周囲を眺める。すると、自分たちも切り立った大地の上に立っていたことが解る。眺めが良くなった訳が、これでよく解った。


 「さぁ、何時までもグズグズするわけにはいかぬな、セシル」


 オーディンは、セシルを両腕に抱えると、すっと飛び降りた。


 「ありがとう。オーディンさん」


 セシルは少し照れて礼を言う。


 「礼には及ばぬ」


 オーディンはニコリと微笑んだ。


 「一寸二人とも待って下さい!」


 シンプソンが屁っ放り腰で、岩肌に足をかけながら、とろとろと、それでも踏み外すことなくきちんと降りてきた。


 「シンプソン、少し体力が付いたんじゃないのか?」

 「そうですかね……」


 驚いたオーディンの声に、自信のない様子で、はにかみ応えるシンプソンだった。そういえば最初の頃は、息を切らせていた彼だったが、いつの間にか事も無げに、歩調を合わせている。その進歩が、今の足腰の強さになって現れたに違いない。


 それと時を同じくして、教団の大司教が、水槽の中のモルモット達を眺めている。

 そこへ、いつもの如くルークが姿を現した。


 「おい、ブラニー、今日は天気がいいぜ、たまには外へ出ろよ」


 ルークは、何か言葉を掛け、彼女へ近づくきっかけを掴もうとしてる。しかし大司教は、ルークが姿を現すと、そのまま何も言わず部屋の外へと出ていってしまう。彼女は何か用事が無い限り、ルークとは口をききたくはない。そこには彼女が人間自体を嫌悪する感情があるからに他ならない。


 大司教が部屋を出ると、そこにはラクローが彼女の進行方向を阻む形で待ちかまえていた。


 彼等ルークの部下が、ルークを介さずして彼女に直接口をきくことは、ほとんどないことだ。


 「大司教!話がある!」

 「何でしょうか?」


 あまり口をききたくはないが、すんなり通してくれそうもない。ラクローは、二人きりにになるため、幾つもある空室の一つに彼女を連れ込む。


 「頼む!マスターに何度言っても、ドライを殺らせてくれねぇ!!だからアンタに直接頼みたいんだ!」


 彼がドライとやり合って、その右目を失っている話はルークから聞いている。殺気に満ちた表情で、大司教の肩を乱暴に掴む。


 乱暴に掴むラクローの腕を振り払い、その恨み辛みの隠った目を覗き込む。


 〈強い精神力を感じる……、この男なら、ひょっとして〉


 今より更に強力な実験を行うには、急遽浚ってきた盗賊などでは、それに絶えうる力量を持っているかは、正直な所、測りきれない部分がある。


 しかし少なくとも彼は、一度クロノアールの遺伝子を組み込んで、肉体的に強化されている。それに、ドライを倒すという目的も持っている。そして、敵とする目標もほぼ一致しているので、洗脳する必要もない。急激な肉体の変化にも、強い精神力で絶え凌ぐかもしれない。


 「そう、私の言うことを聞くのなら、考えないでもないわ、いらっしゃい」

 「ありがてぇ!!」


 大司教は、彼を再度強化するべく目隠しをさせ、ルークの居る水槽の部屋とはまた別の部屋へと連れて行く。




 それから三日後のことだ。


 「ブラニー、ラクローが居ないんだ。しかも三日もだ。知らないか?」


 ルークがノックも無しに、大司教のいるクロノアールの部屋に、慌ただしく入ってくる。


 「彼は貴方の部下なのでしょう?私が知るわけがないわ」


 「そうだが、彼奴の力じゃこの島から出ることは出来ない筈なんだが、変だなぁ、ナーダもドーヴァも、しらんと言ってる。仕方がないから今日は三人で賊狩りに行く。いつも通り頼む」


 所在のつかめないラクローに苛立ちながら、部屋の中を忙しなく歩き回るルーク。ブーツの音だけがやたらと五月蠅い。


 「解ったわ」


 大司教は、ラクローのことを少しも表情にだすことなく立ち上がる。それから、ルークが部屋を出て行くのを確認し、それに着いて行く。


 ドーヴァとナーダの待っている部屋へ着くと。三人は早速彼女の転移の魔法を受けるべく、身体を寄せあった。その時だった。大司教が、ルークの首に絡みついた。


 「行ってらっしゃい」


 それから自らの唇を深くルークのそれに押しつけた。普段はールークの方から強請り、しかもはね除けられていたというのに、今日は彼女のほうから積極的に、迫ってくる。


 驚きは隠せなかったものの、すぐに慣れた様子で彼女の腰を抱き、暫くその感触を味わった。


 ブラニー(此処からは、彼女を一女性として名で呼ぶことにする)が、ルークから離れ、クールに口元だけでニコリとする。ルークの唇は、彼女の口紅で淡く朱色に染まっていた。


 「ホンマかいな……」


 普段、ルークに素っ気なくしていたブラニーが、公衆の面前で情熱的なキッスをして見せたことで、ドーヴァは、興味深げに二人の顔を覗く。


 「オラ!行くぞ」


 彼等は、モルモットにするための人材を集めに行く。しかし実験のことに関しては、ルークとブラニーしか知らない。計画を彼等に話すには、時期尚早だ。


 「おい、ジジイ!手伝ってくれよ」


 「あん?ウム……」


 三日経った今も、ドライは新しい義足を完成を完成させてはいなかった。それどころか基本部分の骨組みも出来てはいない。テーブルの上には、部品ばかりが転がっている有様だ。バハムートは、マリーの手帳の方が、気になって、あまりドライの手伝いをしてくれない。少々記憶が戻るのも善し悪しで、そのためにバハムートは、ドライに任せっきりだ。


 「ドライ君、見たまえ!理論だけだが、こんなに完成された物は初めてじゃ!やはりマリー殿は、将来の星じゃった!」


 バハムートは、興奮を隠しきれず、ドライの眼前に手帳を突き出し、自分の言いたい部分を指でなぞりながら、その素晴らしさを、懸命に伝えようとしている。


 「ジジイ……」


 ドライのSOSを譫言だけで返事していたバハムートを、彼は、冷たい視線をして声をすごませる。


 「は!済まぬ」


 冷たい視線を受けたバハムートは、仕方が無しに手帳を閉じ、ドライの目の前からそれをどける。


 「はぁ、確かに俺も、マリーが残そうとしたもんに、アンタが感動してるのは、悪い気はしねぇ、けどよ!」


 ドライは、両腕を頭の後ろに組み背筋を伸ばしながら、渋い顔をする。


 「わかっとる!二度まで言うな!」

 「なら、なんとか良いアイデア出してくれよぉ」


 情けない顔をしながら、苛立って髪の毛を掻きむしるドライ。


 「ドライ!どう?少しは進んだ?」


 ローズが、今一パッとしないドライの後ろから、ハッパをかけるような弾んだ声で、後ろから彼の肩を揉みながら、冴えない彼の顔を真上から覗き込んだ。いつも脳天気に元気に思えるローズが変わりなくそこにいる。そんな彼女の顔を見ても出るのは溜息ばかりである。


 「いいや。オメェ、なんかアイデア無いか?」


 こう言うとき発想の豊かな女性に聞いてみるのは、手段として悪くはない。そんな淡い期待を込めて、ローズの顔を眺め返した。


 「そんなに魔法で息詰まってるんなら、魔法止めて、普通の義足にしたら?」

 「バーカ、んなことしたら、通常の戦闘で苦戦するだろうが」


 消極的な意見に、ガッカリしながらも、骨休めと気休めに、彼女を自分の膝の上に導き、そこに座らせる。ドライは両腕を座った彼女のお腹に廻し、顎を彼女の肩に乗せる。


 「うん、でも無いよりはましじゃない?」


 そんなドライの頭を軽く撫でながら、目の前に散らばっている義足の部品を、指で摘んでみる。


 「それじゃ!」


 バハムートが突如として、テーブルを叩き、立ち上がる。それからローズの両手を堅く握ってき、握手をする。


 「流石マリー殿の妹じゃ、頭良いのう!」

 「当然!……?」


 何がどうなのか理解できなかったが、ローズは適当に調子を合わせてしまう。


 「ジジイ、説明しろ!」


 一人で納得してはしゃいでいるバハムートが妙に腹立たしく思うドライだった。彼の頭の中では、少しも時間が進んでいない。


 「要は、魔法以外の物理エネルギー、もしくは魔力に影響されない四次元以上の霊的なエネルギーを使えば良いんじゃ!」


 「あ!そうか、なーるほど!流石俺のローズだ、イカすぜ!」


 ドライも興奮し、思わずローズの頭を乱暴にグシャグシャと撫でまくる。力一杯やられているので、首が右へ左へと揺れ動く。


 「アタタタ!一寸!ドライ!!」

 「ハハハ、気にすんな!さ、これから作業に入る。わりいが今夜はパスな」


 そう言うと、ドライはローズを膝の上から降ろし、今まで書いた図面をテーブルから除け、丸めてその辺に捨ててしまった。


 「うん……」


 この場にいれば邪魔になると感じたローズは、部屋を出て行く。その時に彼女の後ろ姿は、何とも言えないほど淋しいっものがあった。しかしドライは浮かれて、その事には気が付いてはいなかった。そんな彼女の後ろ姿を、廊下を通りかかったノアーが見つける。そして、声を掛けずにはいられなかった。


 「ローズさん……」

 「ローズで良いわよ。何か用?」


 顔は笑っているが、やはりどことなく元気のない顔をしている。


 「いえ、でも何だか淋しそうでしたから」


 ノアーは正直な気持ちをローズにぶつけてみる。ノアーの顔には、誰かのために、何かの役に立ちたい。そんな気持ちで溢れていた。


 「そんな顔してると、疲れちゃうわよ」


 しかし、逆にローズが真剣な顔をしすぎているノアーを可笑しげにクスクスと笑う。その笑みは、どんな肉親よりも、温かく優しいものだった。それを感じ取ると同時に、ローズが再び背中を向け、自分の部屋に戻ってゆく。


 「え?あ……あの!」

 「そうそう!今晩久しぶりに台所を貸して貰うわ!」


 ノアーが声を掛けると、もう一度だけ足を止めたローズは、振り返りそういって、また歩き出した。声は元気だが、やはり背中が淋しそうだ。何か不安を抱えているに違いないローズを、ノアーはそのまま見過ごすことは出来なかった。彼女の不安を取り除くには、自分は力不足だ。そう感じると、手元を忙しそうにしているドライにこの事を話すことにした。


 「あの、ドライさん、ローズさんのことですけど……」

 「ん?」


 ノアーはありのまま見たローズのことを話す。出会った頃のノアーとは、比べ物にならないほど、人間として人を感じ、人に接している。


 「解ったよ。サンキューな」


 ローズのことだ。このまま放っておいても大丈夫だろう。しかし、不安がっていると解っているのに、放っておくのは男が廃る。そうと決まれば、手っ取り早く本人に聞くことにする。休憩がてらに、腰を上げる。


 「イテテ!俺ってやっぱ座るタイプの人間じゃねぇな」


 慣れないデスクワークで、腰を痛くしてしまうドライだった。

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