第1部 第7話 侵攻と信仰 Ⅱ

第1部 第7話 §1  マリーの残したもの

 ドライとローズは、彼女の持っている転移の魔法で、一度孤児院に帰ることにした。しかし転移空間に突入し、出口が見えたものの、そこから抜け出すことが出来ない。下では、子供達が元気に駆けている様子が見える。


 「どう言うことだ?出口があんのに……」

 「誰かの結界で、阻まれているんだわ、どうしよう……」


 このままでは埒が開かない。転移の目標をこの近辺の他に変えるしかない。だが、それらしいものが思いつかない。

 その時子供達を追っていたと思われるノアーの姿が見える。表情は彼等が旅に出る前とは違って、堅さが取れている。いい顔だ。そんなノアーが、上空に魔力の乱れを感じる。


 「何かしら……」


 ノアーの方からは直接ドライとローズを見ることは出来ない。ただ結界を破ろうとして、そこに干渉しているローズの魔力と結界の乱れが目に入っただけだった。


 「みんな早く!家に戻って!!」


 口に手を添えながら大きく透る高い声で、子供達を呼び戻す。

 此処最近の地震のせいで、彼等の反応は実に過敏だ。ノアーの一言で、皆一斉に孤児院に戻る。ノアーも一度孤児院の中に戻り、水晶を持ち、魔力の干渉しあっている位地にまでやってくる。そして、水晶をそこに翳してみた。すると、ドライとローズの姿が映っている。ローズとは視線もあった。彼女もノアーがこちらに気が付いているのを感じると、手を振ってみる。


 ノアーは吃驚はしたが、それと同時に、敵ではないことが解ると、ホッとした顔をする。


 「えっと……、ふん!」


 意識を集中し、結界の部分的な解放を行うノアー。すると、ドライとローズの二人が、その穴を通して、内部に入ってきた。それを確認すると、結界の穴を塞ぐ


 「あー吃驚した!戻れないのかと思っちゃった!」

 大げさにホッと胸をなで下ろしたローズは、ノアーに対して愛想良くニコニコしている。


 「どうしたのですか?二人とも、教団を倒す旅に出たんじゃ……」


 ノアーは、出会ったときのローズの気迫の隠った目が忘れられない。何となくおどおどしている。


 「それがねぇ……」


 本来ある筈のドライの右足の位置を見る。ローズは、ノアーのことなど気にしていない。真犯人はルークだったことだし、彼女は十分に反省していることは解っている。


 「何事じゃ?」


 子供達が、慌てて中へ戻ってきたことで、バハムートが外の様子を見に来たのである。


 「よう、ジジイ!」


 ドライが珍しく愛想良くしてみせる。しかし、バハムートはドライに対して渋い顔をして、閉口した。


 早速中に入り、義足の折れた事情と、ついでに現状報告をする。


 「なんじゃ!それでは、皆固まって行動しておるのか?」


 バハムートは、義足の状態を把握するために、テーブルの上で解体作業をしている。


 「そうなの、それにこの時勢でしょう?」


 ローズが溜息をつく。横ではドライが、子供達に髪の毛を引っ張られたり、背中から抱きつかれたりしている。子供のしていることなので、こめかみをヒクつかせながら、じっと我慢していた。口を開くと怒鳴りそうなので、極端に無口になっている。


 「ねぇ、シンプソンは?オーディンは?」

 「……」

 「二人には、先を急いで貰ってるわ、早くクロノアールを倒さないと、世界そのものが崩壊しかねないって、セシルが妙に、焦ってるからね」


 ローズはノアーが用意してくれたお茶と茶菓子を貪りながら、適当にリラックスして話す。


 「セシル?」


 バハムートが、ピクリと止まる。自分の知らない人物の名前が出てきたことで、その人物のことが気になったようだ。バハムートの反応を見て、ローズが横で好きなように遊ばれているドライに視線を送る。ドライも眼で返事を返す。


 「彼女もシルベスターの血を引いているのよ。結構可愛い子なのよ。私には劣るけど……、で、天涯孤独の筈の、ドライの妹なの。他にいろいろ話すと長くなるから、今度帰ってきたときに……それより、どう?義足は……」


 皿に盛られた茶菓子の最後をパクリと口に放り込む。


 「なるほど、ようわからんが、同じ目的を持つ同士が増えた訳じゃな……、義足の方は、内骨格湾曲、外骨格、表面の透明ラバー部分損傷、疑似筋肉一部破裂及び一部断裂、伝導用ファイバー数本破裂、疑似神経は、断裂部分、湾曲部分が生じたことにより延びきっている。と、いった所じゃな……」


 「んじゃ、一部の筋肉残して殆ど作り直しじゃねぇか!」


 ドライが義足の状態のあまりの悪さに、興奮してテーブルを叩いて、立ち上がる。その瞬間だ。


 「ウワーン!ドライが怒ったぁ!!」


 「えーん!」


 久しぶりの知人に会ったのに、構ってくれない挙げ句、彼等の訳の解らないことで興奮し立ち上がって大声を出されてしまった事をショックに思い、連鎖反応を起こして、泣き始める。その様子から彼等が内心、毎日を不安に過ごしていることが良く解る。


 「ほら、今みんな話があるから、お勉強していなさい。後でお姉ちゃんが遊んであげるから」


 ノアーが泣いている彼等の頭を撫でながら、それぞれの部屋に連れて行くことにする。泣いていない子に関しては、そのままだ。


 「ねぇ、オーディン元気にしてる?」


 ジョディが、先ほどから言いたがっていたような口振りで、ドライに聞いてみる。

 まず普段のドライならこう言っている。「しるか!」。しかし、彼女の何とも言えない、壊れてしまいそうな純粋な瞳に、幾らドライでも、しかもオーディンのことに関してでも、きつく突き放すことは出来なかった。


 「イヤってほど、ピンピンしてるぜ!」


 一寸照れた様子で、顔を背けながら、さらっと答える。それを聞くと彼女は安心した顔をする。それから、ドライの袖を引っ張って、手招きをする。


 「……んだよ!」


 そう言いつつも、顔を彼女の方に近づけてみる。すると、なんとジョディは、ドライの頬にお礼のキスをする。


 「な!」


 慌てて、退くドライ。


 「その足は、オーディンを守ってくれたからでしょ?解るよ!」


 ジョディは言葉を残すと、恥ずかしそうにその場を去る。確かに話の成り行き上、そうなのだが、こういう形で、子供にお礼をされるのは初めてだ。また子供から礼を受けること自体初めてだ。少し戸惑うドライだった。一応「女」から貰ったお礼なので、簡単に拭うわけには行かない。


 「子供には、アンタの良さが、わかんのね」


 唖然を喰らったドライの顔を、横からおかしげに、しかし、涼しい顔で覗くローズ。


 「ふん、ハンサム様だからな……」


 ドライは照れながら、テーブルの上に転がっている義足の部品を手に取り、観察をする。


 「クス……」


 ローズも適当に部品を取る。


 「こら!素人が勝手に触るでない!」


 バハムートがドライとローズから部品を奪い返す。それから、脳内の整理のため、それらを横に並べる。そして譫言のようにブツブツと口の中で呟いている。が、しばしすると……。


 「それでは、奴の所に品定めに行くとするかの」


 一つ息を吐き、重い腰を上げるバハムート。


 「俺も行くぜ、自分の『足』だからな」


 ドライも、バハムートを笑った視線で見据え、ゆっくりと腰を上げる。


 「好きにせい」


 バハムートは、あまりドライを好きでない。賞金稼ぎと言うことが念頭にあるためだ。彼に言い放つ言葉は、今一つ冷淡だ。しかし旅に出てからの彼に、どことなく変化があるのは解った。ドライの顔に何となくその柔らかみが出ていたのだ。


 村に出ると、そこには旅先で見たような、崩れた町並みはない。地震で被害が出ていると思われていたが、予想外に、整っている。これはノアーが村中に張り巡らせた結界のおかげらしい。これにより、この土地に変動の影響を受けにくくしていると言うことだ。




 長老の家に付くと、彼も旅に出たはずのドライを見て、バハムートやノアーと同じ反応を見せる。めんどくさそうな顔をしているドライに変わって、ローズが適当な説明をする。


 彼はルークの話が出てきたことで、嫌悪感に満ちた顔を見せる。彼の世代では、ドライより彼の方が、世界一の賞金稼ぎとして有名らしい。


 「仕方があるまい、儂のコレクションだが、そんなダダをこねているわけにもいかんしな……、トホホ」


 一寸、懐かしいおもちゃを捨てられた子供のように今にも泣きそうな顔をしてみせる。バハムートはともかく、ドライも品定めをし始めた。そこには賞金稼ぎでないドライの顔があった。何か異常なほどの探求深さがある。 〈素人には、解るまい〉


 そう思ったバハムートだったが、ドライの真剣さに、それを言うことが出来なかった。それからいろいろな物を手に取り始めた。


 「これ、いいかもな」

 「これは使えそうじゃ……」

 「おい、そんなに持って行くのか?」


 しかし、二人の手は止まることはない。どんどん物を漁って行く。


 「うむ、どうせなら、世界一の義足を創ってやろうと思っての」


 それから、小一時間ほど経って、品定めがある。荷物はローズの背中一杯になった。


 「一寸!自分の物くらい持ってよ!」

 「儂は歳じゃからな、腰に来る」

 「俺は片足なんだぜ、荷物なんかもてるかよ!」


 口ではなんとか言いながら、片足で元気にピョンピョンと跳んで歩いている。


 「たく……」


 重い荷物にヨロヨロしながら、文句をブツブツというローズ。

 その時だった。ドライが急に頭を押さえ、その場に倒れ込む。


 〈来た。まただ、見える。何かが見えやがる!〉


 彼の脳裏にうっすらと何かが見える。それは景色的な物ではなく、複雑な構造体のような化学式だった。


 「ドライ!大丈夫?」


 これで二回目だ。しかも二日連続だった。怪我でないだけに心配なローズが、ドライの肩を掴み、彼の顔を下から覗き込んで眺める。


 「さわんな!」


 うっすらと見える何かに焦点を合わせ、それを掻き消してしまいそうなローズの手を肩を揺さぶって振り解く。


 ドライに、「触るな!」と嫌悪されたのは初めてだ。それだけに動揺は隠せなかったが、心配なものは心配だ。手を触れないまでも、もう一度、恐る恐る下から覗き込んむ。


 「体の具合でも悪いのか?」


 バハムートも、気になりドライを上から声を掛ける。


 「何でもねぇよ。ローズ悪かったな」


 だが、そう言って立ち上がったドライの顔は、今までの自分に無い、感覚を掴んでいた。


 「うん」


 目尻を下げ、何とも申し訳なさそうに謝るドライに、別に悪気がなかったことを悟るローズ。顔の硬直も取れ、安心した顔に戻る。


 「それより、ジジイ、早く帰って新しい義足の設計をしようぜ」

 「良かろう」


 無責任なドライなので、いかにも自分が中心になって、やるような台詞でも、他力本願的に聞こえる。しかし帰ってからのドライは違った。自ら色々な事柄、専門的な図法を用いた設計図を書き始めたのである。その眼はもはやドライではない。周囲の人間がゾッとするような変貌ぶりだった。


 「ドライ……、本当にドライなの?」


 頭が変になったしまったのではないか?そう思ったローズは、彼の額に手をやり、熱があるかどうかを調べる。しかし、体温は正常だ。


 「あん?」


 あまりにも神妙な声を出しているローズに、妙な返事をして振り返る彼は普段の彼だ。


 「おしいのぉ、その頭脳で何で賞金稼ぎなんぞ……」

 「知らねぇ、今書いてる比奴だって、なんかこう閃いてよ」

 「閃きだけで描けるわけ無いじゃない……」


 こういう適当なことを言う彼は、やはりドライだ。何となく安心してしまう。しかしやっていることは、ドライではない。その時にローズが、ふとあることを思い出した。


 「そう言えば、ノアーの魔法を直撃したと後も、転移の魔法を完成させちゃったわね。今回も、建物の下敷きになった後……、やっぱりドライ、貴方記憶の断片が戻ってるんじゃない?」


 それからもう一度、ローズは、ドライの頭に触る。別に異常は見られない。


 「んなこたぁ、どうでも良いじゃねぇか。それよか、汚れもんの手入れ頼むわ」


 ペンの似合わない男が、ペンを握っている。


 「良くないわよ……」


 そうは言ったモノの、これは事実だ。

 ローズは、この場にいても退屈なだけだった。部屋に戻り、バッグの荷物を整理して、洗濯でもすることにする。


 「あ、パンティ一枚無いと思ったら、ドライのバッグの中に……、ん?」


 ドライのバッグを漁っていると、その底の隅の方がが、破けて綻んでいる。


 「もう、自分のバッグの手入れくらい、しなさいよ。あれ?なんか変ね」


 バッグを触っていると、その外から見える底と、中敷きの位地が、何となく違う事に気が付くローズ。変に思ってよく触ってみると、結構な厚みがある。それに革で出来ているにしても、重みがありすぎだった。


 「二重底?」


 周囲をキョロキョロと観察し、ドライの気配がないのを確認する。最もドライは食堂の方で、バハムートと義足の再設計中だ此処に来るはずもない。


 ナイフを一本取りだし、鞄の底の縫い目を、丁寧に切っていく。すると、ローズの予想通り、バッグの底は二重底になっており、中には綿が敷き詰められ、そこに埋もれるようにして、十数個の貴金属と、一冊の分厚いメモ帳が出てきた。ローズの目は取りあえず貴金属の方に行く。


 「彼奴、私に内緒で、へそくりなんか!」


 どれもこれも高級そうな物ばかりで、捌けば可成りの良い値が付きそうだ。それから、手帳の方に目をやる。


 「それに、何なのよこの汚い手帳は」


 手に取り、真っ先に手帳の中身を見る。そこには、女が書いたものと思われる字がギッシリと書き詰められている。こうなれば、ドライに対する信用も何もあったものではない。貴金属を投げ出し、手帳を片手にヅカヅカと足音を荒くして、ドライのいる部屋へと向かう。

 「ドライの馬鹿!私のこと愛してるって言ったのに!うそつき!ろくでなし!!」

 椅子に座っているドライを突き飛ばし、わんわんと泣きながらその上に座り込み、ポカポカと殴りだす。


 「わ、待て!何だ!?ワケ解るんねぇぞ!!グエ!」


 挙げ句の果てには首を絞め始める始末だ。

 バハムートがローズの放り出した手帳の表紙を見る。そして薄汚れた表紙の中から、人の名前を見つける。


 「確かに女の名前じゃなぁ」

 「やっぱり!だって中身が女文字だったもん!!」

 「グルジー!ジジイ殺す!」

 「まあ待つんじゃ!」


 一旦ドライを陥れたと思われたバハムートが、ローズの肩を掴む。


 「だってぇ!ドライのバカァ!」


 ローズは泣きっぱなしだ。ドライの上に跨ったまま天井を仰いで、わんわんと声をあげる。

 ドライを殴るのを止めたローズに、そっと手帳の表紙の人物名を見せる。


 「表紙の名前を見て見い」


 「マリー=ヴェルヴェット。やっぱり女の名前じゃない!!」


 それからまたドライをドカドカと殴りだす。


 「テテテ!オメェ!自分の姉貴の名前も忘れたのかよ!」

 「え?」


 涙を流したまま、まだ自分の目の前に突き出されている手帳のなんとか読める文字を確認する。


 「マリー=ヴェルヴェット」


 そう読むと、漸く納得する。無意識にドライを叩きながら、手帳の表紙をずーっと眺めている。


 「其奴は、マリーが用心のために俺に預けた手帳だ。彼奴が死んでからそのままになってたんだよ」


 ドライが下から、ローズの手首を握り、彼女の早とちりに一寸怒った顔をする。


 それを聞いたバハムートが、手帳を後ろの方から一ページめくる。すると、手帳は最終ページまで、きっちりと書き込まれている。手帳を捲ってみるとどのページも字と図で一杯だ。それは彼女の研究の成果と思われる物だった。


 「それじゃ、浮気じゃないの?」

 「当たり前だ!」

 「あーん!ドライ大好き!!」


 今度は止めどのないキスの嵐だ。頬や額や唇などに、したい放題だ。


 「止せよ!」

 「イヤ!」


 ローズは止める様子は全くない。ドライも口先だけで、止めさせる様子はない。それどころか、涙で濡れてしまった彼女の頬を指先で拭き、顔を自分の方に向けさせ、瞳の奥を覗きあう。次第に互いの目が潤み始める。


 「早とちりが……」

 「だってぇ」


 その内その場で本格的にじゃれあい始める二人だった。


 「全く!最近の若いもんは……」


 しかめた顔をして、首を左右に振り、マリーの手帳を片手に、義足の設計図に向かうバハムートだった。


 「さ、みんなお勉強お勉強!」


 騒がしいローズの声で、そこにはいつの間にかノアーや子供達が集まっていた。ノアーはこれを教育上悪いと考え、とたんに子供達を、部屋に帰してしまう。何となくシンプソンのやりそうなことだ。


 ノアーは、シンプソンが帰ってくるまで、此処を守る責任がある。だから子供達の前で平気でじゃれあう二人の行為は目に余る物があった。しかしその反面、自分がシンプソンとそういう関係になりたいとも思った。少し二人が羨ましい。

 二人を見ていると、心に押さえ込んでいた熱い思いが吹き出しそうなので、それ以上、何も言わずそこを立ち去り自分の部屋に帰ることにする。


 「さてと、足がなきゃすることも出来ねぇだろ?」


 ドライは、冗談なのか本気なのか解らない卑猥な笑みをこぼし、ローズを納得させる。

 ローズも、今はじゃれあっている時ではないことを悟ると、すんなりとドライから離れ、汚れ物の洗濯をすることにする。そして、ドライの隠し持っていた貴金属のことなどすっかりどうでも良くなっていた。

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