第1部 第6話 §3  酔えない夜

 バケモノを連れたルークが、ドスン!!とその場に降りる。周囲の人間がこの異様な光景に怯えている。


 「ルーク!」


 ドライは剣を持っていない。オーディンもローズもだ。町中という安心感で、戦いの準備など全く出来ていない。


 「よぉドライ、お土産だ」


 「ガァァ!グロロロ!!」


 生き物は、腰をかがめた体制で、牙を剥いてドライ達に威嚇をする。


 「こら!落ち着け!」


 ルークがそれの頭を軽く叩くと、一応大人しくする。


 剣を帯刀していない三人を見て、ルークがニヤっと笑う。


 「ハート・ザ・ブルー!!」


 オーディンが手を挙げ、愛刀の名を急に叫ぶ。すると、彼の愛刀が高速で彼の手元に飛んでできた。そして剣を抜き、素早く身構える。


 「こんな事もあろうかと、追跡の魔法を付与しておいた!二人とも早く剣を取ってこい!」


 この場は、オーディンに耐えて貰いその隙に剣を取りに行こうとする二人だった。


 「させるか!」


 しかし隙さずルークが、エナジーキューブを出してきた。太陽は沈みかけている。ルークの優位な時間帯だ。


 ドライは、エナジーキューブに義足の魔力を奪われ、前のめりに膝から崩れ、倒れ込んでしまう。サングラスが前にはじけ飛んだ。


 「ドライ!!」


 「ローズ!構うな、いけ!!」


 ドライが転んだ瞬間、間髪を入れず、振り向いたローズを走らせた。剣を持ってくれば、何とか戦える。


 「このオーディンがいることを忘れられては困るな!」


 オーディンはドライのフォローに廻らず、すぐさまエナジーキューブにハート・ザ・ブルー近づけた。すると、それは、剣に引きつけられ、効力を失ってしまう。


 「くそ、集魔刀か!」


 ドライはすぐに機動力を取り戻すと、すぐさまルークに飛びかかった。しかし、簡単に捕まるルークではない。素早くこれを横にかわす。今度はオーディンがルークを攻撃する。剣術を会得しエナジーキューブを潰してしまうオーディンは、ルークにとってやっかいなものだ。だがそれはオーディンも同じ事だ。彼の飛天鳳凰剣は、エンチャントを主体とした秘剣だ。彼の魔力もまたルークのエナジーキューブでかき消されてしまうのだ。だが、決定的にオーディンに有利だったのは、彼がルークより若いことだ。


 ルークは、オーディンと真正面から戦う気はない。彼の攻撃を最小限の動きでかわしている。


 「化け物!放て!!」


 オーディンの攻撃をかわす中、連れてきた生き物に命令をする。すると生き物は、無秩序に口から光線を乱射し始めた。


 「馬鹿が!違う!!そっちの男だ!」


 剣が無く、ルークと対戦できないことに歯がゆさを感じ、二人の戦闘を眺めているドライを指さす。


 「止めろ!!町中だぞ!」


 「しらんね!」


 止めて聞く相手ではないのは解っている。だがそうせざるを得ないオーディン。化け物はドライに目標を絞り、光線を放つ。ドライは例のシールドを張り。その角度を変えた。光線は、ほぼ真上に跳ね返る。


 「だから言ったんだ!ブラニーのヤツ!半日で作ったヤツなんざ!役にたちゃしねぇ!!」


 どうやら彼は、チャンスで来たわけではないようだ。何らかの実験が目的らしい。


 「何やってんだローズは!こうなったら!!」


 いつになく周囲の状況を気にしているドライだった。危険を顧みず生き物に飛びかかり、後ろに回り込み、首を思いっ切り締め付ける。攻撃は強力なようだが、動きは全くと言っていいほどとろい。


 首をねじ上げられると、生き物は苦し紛れにまた光線を乱射してきた。首は上に持ち上げられ、建物の屋根をかすめる程度の被害に止まっている。苦しそうにドライの腕を掴んできた。その爪がドライの服を破き、彼の腕に食い込む。


 「オーディン!ルークはくれてやるから早く殺っちまえ!!」


 ドライは、化け物の動きを封じるのに、手一杯といった感じだ。


 「手強いんだ!!無理を言うな!!」


 ルークがかわすことに専念しているため、なかなか捉えられないでいる。見ているだけでじれったい。


 「ウリャァァァ!!」


 オーディンの後ろで、ドライの叫ぶ声が聞こえる。その時にゴキン!と骨の折れる音が聞こえた。


 「なにぃ!!」


 ルークもオーディンもあまりの異様な音に、ドライの方を振り返る。


 そこには、異様に伸びている生き物の首を抱え込んで、ルークを睨み付けているドライの姿があった。生き物はショックで痙攣を起こしている。


 「冗談きついぜ……」


 蒼白になったルークの顔、オーディンが隙さず斬りつける。


 「おっと!アブねぇ!ブラニー!!」


 ルークがそう叫ぶと、彼の姿はたちまち消え失せた。


 またもや彼を殺し損ねた。しかしドライはそれに少しホッとしている。


 「ドライ!彼奴は?!」


 漸くローズが戻ってきた。両腕には重そうにブラッドシャウトを抱え込んでいる。剣をドライに渡すと少し肩で息をしている。


 「おせぇよ。逃げちまった」


 死んでいる生き物の頭を何回か足で小突く。ドライが首を折ったことで、即死したようだ、反応がない。

戦闘が終わると同時に、とたんに周囲のざわめきが気になり始める。いつの間にか野次馬に周りを囲まれているのだ。


 「済みません!通して下さい!」


 「兄さん!」


 人集りをかき分け、シンプソンとセシルが更に遅れてやってくる。二人は、ドライの足下に転がっている生き物を見てギョッとする。それと同時に、その付近に滴り落ちている血を発見する。それは今も継続中だ。


 「ドライさん、その腕は?」


 ドライの腕は、生き物の強力な握力と爪により、袖を破かれ傷つけられていた。


 「ああ、大したことねぇよ」


 痛みをセーブしているらしいドライは、腕の傷をさほど気にしてはいない。それより下に転がっている生き物の方が気になる。見た目は明らかに人間ではない、厳密に言うと近いがそうでないといった感じだ。


 一人の男が叫ぶ。


 「みんな!俺の言ったとおりだろう!?世界は崩壊するんだ!神に祈るしかない!!」


 街にまで奇怪な化け物が進入してきたことで、男の言葉は説得力を増した。周囲が頷きざわめいている。


 「退いた退いた!」


 今度はシェリフが、騒ぎに遅ればせながら人混みをかき分けやってくる。そして彼の目に真っ先に目に入ったのは、ドライだ。


 「赤い眼の狼じゃないか!貴様此処で何をしている!!」


 さもドライが騒ぎの張本人と決めつけ、怪我をしている彼の腕を無神経に掴んだ。一瞬ドライの眉間に皺が寄る。


 「違うよバーカ!比奴を見ろよ!」


 もう一度生き物の頭を足で小突く。


 シェリフは、流石にこの表現しようのない生き物に胸の悪さを覚える。人間に近いだけに、何とも不気味である。彼は自分の掌に付いた血を、ドライの服に擦り付け、いかにも「仕事」といった感じで、生き物を観察し始める。それが人間でないと思われる以上、この騒ぎも納得できる。それに現実的に考えれば、賞金稼ぎにとって、街の破壊は、何の利益にもならない。


 「良かろう。此処はお前を英雄にしておいてやろう。解ったら仲間を連れてさっさと此処を失せろ!!」


 何とも冷たい言いぐさだ。


 元々両者は犬猿の仲である。ドライもツンとした表情で、突っ張って背中を向け、さっさと歩き出す。


 オーディンは、警察権力の横暴といった感じで、シェリフをきつく睨む。少なくともドライの行動の方が正しい。最も自分たちがこの街にいなければ、こんな事もなかったであろうが、彼の態度は許し難かった。


 二人は、人混みを掻き分けてその場を去った。


 ローズ、シンプソン、セシルは二人の後を追うように着いて行く。


 「ドライさん、取りあえず怪我を治しましょう」


 「わりぃ、頼むわ」


 ドライは言葉だけで、特に腕を突き出すとかの仕草はなかった。


 シンプソンは、器用にも歩きながらドライの腕の治療を始めた。しかも魔法の利きが早い。治癒魔法における彼のセンスが伺える。


 「あぁあ!今日は、ツイてんのかツイてないのか解んねぇなぁ」


 首筋に手を宛い、バキバキと首の骨をならすドライ。あまり顔を合わせたくないシェリフと面をあわせて、不機嫌な顔をしている。


 「ホント、デートが台無し!」


 ローズはちゃっかりとドライの側に居る。


 「その、ドライ先ほどの話の続きだが……」


 ルークの乱入でオーディンに言いかけた話を中断されてしまったオーディンが、言い難そうに、もう一度その話を持ち出す。


 「ああ?!気分じゃねぇや!それより気分直しに酒飲む、奢ってやるから来いよ!」


 此処に来て気分良くなりかけていた筈のドライは、一気にもやもやし始めていた。世間とは全く切り離されたような明るさを持っている夜の酒場で、彼等五人だけが不機嫌だった。正確に言うと、ドライはやけ酒をボトルごと喰らい、ローズはデートが台無しになったので、頬を膨らませてグラスを両手で持ち、ぶすっとしている。


 オーディンは、どうしてもドライに話があるようだ。


 「だからだなぁ」


 「ああ、後!後!」


 結局ドライが、聞こうとしないので、そこで口ごもり、ムッとしてグラスの中身を一気に飲み干してしまう。


 迷惑なのはシンプソンとセシルだ。だがセシルは、ちょくちょく酒を飲んで、この雰囲気を凌ごうとしている。


 が、これを見たシンプソンが激怒した。


 「せ!セシル!貴方未成年でしょう!お酒は二十歳になってからです!!」


 グラスを奪い取ると、興奮して息を切らせている。


 「私、今年で二十一歳ですけど……」


 ドロンとして、目が据わっている。呂律は回っているが、完全に酔っている。手がグラスの感覚を覚えている。手が空中で、ブラブラしてみせる。


 「五年間もコールドスリープしてたんですから、十六は十六です!」


 興奮したあげく、一気にそのグラスを飲み干す、だがシンプソンは酒が飲めない事を忘れていた。とたんに頭をぐらぐらさせ、そのまま後ろに倒れ込んで気を失ってしまった。


 しかし、不機嫌なのは彼等だけではなかった。攻撃を仕掛けてきた張本人であるルークもカンカンだった。


 「だから言ったろう!半日の熟成じゃ役にたちゃしねぇ!」


 大司教の命で、ドライ達に仕掛けたルークは、危うくオーディンに殺されかけた。無謀な実験をする大司教に腹を立てるのも当然である。


 「そうね、せめて一週間は、見込まなければならないわ、でもその間、わざわざ彼等をシルベスターの遺跡に順調に進ませる気?」


 冷静な口調で、ルークの危機を他人事のように冷静に語る大司教。相変わらず何かと水晶を眺めている。そこには、酒場で今にも管を巻きそうなドライの顔が移っている。だが、その映像もすぐに何かに干渉され、かき消されてしまう。


 言い分はあっているが、行動は無茶だ。その矛盾に閉口するルーク。


 「シルベスターは、クロノアール様の封印によって殆ど無意識に近い。でもそれでも時折、子孫を助けている」


 そんなことも構わず現状況を、ルークに説明してみせる。だから焦っているのだ。そう言いたげだった。それからクロノアールの眠っている水槽を見つめた。


 「なぁブラニー、俺が無茶すんのもお前に惚れてるからだぜぇ、美人でよぉ……、力ずくでも奪いたくなっちまう。たまには、ご褒美くれたって良いんじゃねぇか?」 


 彼はこみ上げる衝動を押さえきれず、声を震わせながら、力任せに後ろから大司教を抱きしめにかかる。大司教はルークに痛烈な嫌悪感を感じる。それと同時にこの男に哀れさを感じた。嫌悪感より哀れみが勝ったとき、彼女の口からクスリと息が漏れる。


 「おい、まえみたいに電撃でぶっ飛ばさねぇのか?」


 ルークにはエナジーキューブがある。それを使えば大司教の魔法は押さえ込むことが出来る。彼女とて、ルークに対する対処法を持っていないわけではないが、至近距離で瞬間でも力を奪われれば、どうなるか知っている。そう考えると、ルークが惚れていると言っているのは、まんざら嘘ではない。


 「ご褒美……ね」


 一度ルークの腕の中から離れ、色香を漂わせながら、彼の首筋に抱きつき、彼の頬にキスをする。


 「私が欲しいのなら、彼等を殺して」


 言葉は素っ気なく冷たいものだ。その後の彼女の態度は愛想も何もない。これ以上ルークに用が無くなると、クロノアールの部屋を出ていってしまう。


 「もうチョイかな?」


 ルークとしては、彼女を犯してしまう事も考えたが、それでは自分の物になったことにはならない。手に入れるなら、触れるだけで彼女がベッドの上に、倒れるようにしなくてはならない。



 「しかし、俺も歳だな、どうも踏ん張りが効かなくなっちまってる」


 独り言を言いながら、クロノアールを眺める。彼は水槽の中で静かに眠っているだけで、うんともすんとも言わない。大司教の話では、彼の目覚めは近いと言うが、これを見るとそうは思えない。だが、現に大地が裂け、この世界が崩壊しつつあるのは、紛れもない事実だ。それを見ると、クロノアールの力が顕在化しつつあるのは間違いない。


 そろそろ夜も更けてきた。ルークもこの場を去り、寝床へと向かうことにする。


 その頃ドライは、まだ酒を飲んでいた。だが場所は、酒場ではなく宿屋のオーディンの部屋だ。横ではへべれけになったシンプソンが、妙な顔をして寝ている。


 ローズとセシルは程良く?酒が回り隣の部屋で寝ている。


 「ドライ……」


 オーディンは、言いたいことがあったのだが、その度にドライが話を聞こうとせず、欠伸をしたりあしらったりする。彼等は此処までそれを引きずっていた。


 「んだようっせぇなぁ!テメェそればっかでちっとも酔えねぇじゃねぇか!」


 元々酒の強いドライは、あまり酔わない。なったとしてもほろ酔い程度だ。きっとオーディンが重苦しい声で、彼を呼んでいなければ、今頃もいつも通り適当に酒を楽しんでそれで終わりと言ったところだっただろう。


 いい加減しつこいオーディンに、ついにドライが折れてしまった。グラスをぐっと空け、オーディンを睨み付けた。


 漸く話を聞く気になったドライに、オーディンの方も仮面を取る。


 「ドライ、正直言って貴公に、この旅は無理だ。死ぬぞ」


 シンプソンに言うならまだしも、自分にこの台詞を振ってきたオーディンを不可思議気に眼を細めるドライ。眉間に皺を寄せ、彼の言葉を疑う。


 「このドライ様が?ほら、一杯飲んで落ち着けよ」


 オーディンの言葉が、妙におかしくなった。空いている彼のグラスに、酒をつぐ。


 剣術家としてのオーディンの実力は知っている。一対一の戦いをすれば、自分と互角の戦いをすることも、人を見る目があることも知っている。だから自分が甘く見られていない上で、そう言っている彼の根拠を知りたくなった。強いと言われたことは多々あるが、こんな真剣な顔をして死ぬと言われたのは初めてだ。ルークに言われたのとは、かなり印象が違った。


 「今日とてそうだ。貴公は黒獅子に勝てぬ。どれだけ精巧でも所詮義足だ、そうである限り貴公は絶ず爆弾を抱えていることになる」


 「ふん!油断だよ油断、今度は負けねぇ、オメェに譲りもしねぇぜ!」


 痛いところを突かれた物だ。しかし此処で怒ってしまうと彼の言い分を認めたのと同じだ。癇癪を押さえて、酒と一緒に苛立ちを腹に詰め込んだ。


 「まあ聞け、貴公にはレディーがいる。二人には先がある。孤児院に帰れば、ノアーもいる。御老体もいる。あそこなら二人が安全に、幸せに暮らす事が出来る。悪いことは言わぬ」


 まるで兄貴肌なオーディンが、妙に滑稽に見えた。それに死ぬと決めつけられたのも癪だ。現に二度とも、ルークと遭遇して生きて還っている。最も二度とも自力ではないが……。おかしさのあまり、天井を向いて笑ってしまうドライだった。


 「ハハハ!!何を言い出すかと思えば、クダラネェ。俺はマリーの仇討たなきゃならねぇんだよ。俺自身のためにも、ローズのためにもな」


 ドライは酒気の隠った息をはぁっと吐き出し、窓の外を眺める。そして自ら言った言葉を自分に納得させながら、もう一口、唇をぬらす程度に酒を飲む。


 「それは違うだろう」


 だがオーディンは、きっぱりと、まるで自分のことの様にドライを否定した。


 「いいや、そうなの!!」


 ドライは自分を肯定する。また互いの意地の張り合いが始まりそうだ。互いの目をじっと見据える。酒でドロリとなった眼が、ガンをつけているようにも見える。


 オーディンがドライの目の前にグラスを突き出す。ドライは、半ば嫌々にグラスを満たしてやる。その時、ドライの目が、もう一度窓の外に行く。それから眼が何だか急に酔いが回り始めたような感じを見せる。


 「ローズはよぉ……、俺のせいで賞金稼ぎなんかになったも同然なんだよ。オメェの言う通り、俺だけが、マリーの事にこだわってるかもしんねぇ、けど彼奴の……、ローズの目の前で、なんかこうバシイッと、けじめつけたくってよぉ。俺、昔ならこんな事思わなかったろうけど……。彼奴等二人は、俺をどんどん変えていきやがる……、ちっ!何でオメェなんかにこんな事……」


 心のもやもやがついにドライのホンネを出させた。本人は相手がオーディンだという事に、一寸ムッとした顔をする。酒は理性を失った人間の本性を出させる。ドライはそこまでは行かないが、彼の愚痴は、やはりホンネだ。元々彼には立て前が無い分、態度は普段とあまり変わらない。


 「そうか……」


 口調は柔らかいがドライは引きそうにもない。いらぬ節介と言えばそうなる。だが、オーディンには、ドライに自分の二の舞を踏んで欲しくはなかった。守りたい者を守れない、そんな悲しい男にはなって欲しくなかった。


 もしあの時、ドラゴンを倒すことより、ニーネを連れあの場を去っていれば、卑怯者にはなっただろうが、彼女は生きていたのだ。それに彼女一人なら守りきることが出来たかもしれない。そう思った。


 しかし、自分にそれが出来ただろうか、いや、出来なかったからこそ今の自分がいる。他の人を犠牲にしてまで成り立つ幸せが、本当に幸せなのか、ニーネがそれを許しただろうか。


 顔の傷が疼く。戦いの最中で、時々じゃれあう二人を見ていると、どちらが真実なのか、なお解らなくなってしまう。だが、今のドライに、シルベスターを封印から解く義務があるのか、そう考えると、義務は無い。あの時の自分の様に、国を納めている一級貴族ではないのだ。彼には、自らの幸せだけを考える権利がある。血を継いでいるから、義務がある。そんなものは理由にならない。


 「言っておくが、俺は好きでやってんだ。そうでなきゃ俺が俺じゃなくなる。ローズだって黙って待ってる女じゃねぇ、自分を殺してなんになる。おめぇ自分を殺してねぇか?カッコつけんじゃねぇよ」


 説教し始めたのは、オーディンだ。だが今度は逆にドライに説教されている。自分で酒をつぎ、好きなだけ飲み干すドライ。オーディンのグラスが空になっているのに気がつくと、酒をつぐ。


 たしかに自らの意志で、此処まで来た。出発は、ただじっとしていても一方的に黒の教団に襲われるだけだ。それならこちらからで向こう。そんな考えはドライらしい。じっとしていられなかったのは、オーディンも同じだ。


 「辛くなったら、いつでも言えよ」


 もうこれしか最後に言う言葉はない。


 「余計なお世話だ!だからオメェは、仮面男なんだ!」


 ドライは、大きな欠伸をして、部屋を出て行こうとする。言っていることは意味不明だ。だが、その言葉には、嫌味も軽蔑の意味もなかった。柔らかい言葉遣いだ。


 「何処へ行く?!」


 少し立ちかけ、ドライの方に手を伸ばすオーディン。


 「寝る!」


 そう言ってドライが出て行く。結局ドライはホンネは出したものの一線も譲らない。初めはいやな男だと思っていたドライに、いつの間にか情がうつってしまっている。


 彼も寝る前に、もう一杯飲もうと思ったが、ビンを見ると全くの空だった。


 「ふん……」


 無意味に空のビンを振ってみる。仕方がないので、酒を飲むのを諦めて寝ることにする。それに十分すぎるほど飲んだ事だ。


 そして、オーディンが寝付こうとしたときだった。例の地震が起こる。ドドドド!!大地の底から突き上げるような激しい振動、窓ガラスが振動に耐えきれず割れ落ち、壁に掛けてある絵画も暖炉の上にある装飾品も落ちて壊れる。


 「こんな夜中に!」


 「え?何ですか?うわ!」


 酒によって熟睡していた筈のシンプソンも、流石にこの振動に目を覚ます。だが、焦点が定まらず、ベッドから這い出すなり、すっ転んでしまう。勿論オーディンも立っているのがやっとだ。


 しかしこのままでは建物が崩れてしまう恐れがある。気合い一発シンプソンを肩に担ぎ、戸をぶち破り部屋から駆け出す。すると、ドライも女二人のを肩に担ぎ、部屋から出てくる。二人のお尻がドライの肩口で揺れている。どさくさか咄嗟なのか、ドライの指が、二人のお尻を揉んでいるようにも見える


 「ったく!寝れやしねぇ!!」


 これまでも何度も寝込みを襲われたが、慣れると言うことはない。足をもたつかせ、揺れる天井の装飾品を気にしながら、宿屋の外へと向かう。


 「何で寝てるときに地震なんか!サイテェ!!」


 「そんなこと私に言われても……」


 ドライの肩に担がれているローズが、寝ぼけ半分に、同じようにみっともなくオーディンの肩に担がれているシンプソンに愚痴をこぼす。ドライの目の前で彼女の踵がばたばたと動く。


 「ええい!暴れんな!!」


 ドライの手が乱暴にローズのお尻を握る。


 「あん!」


 何故か感じてしまうローズだった。ついでに妙に大人しくなってしまう。


 急いで外に出る。


 「ああ、おもてぇ!!」


 ドライは、息を切らせながら、しゃがみ込むと同時にセシルとローズを地面に立たせる。シンプソンも大地に足を着ける。その時にはもう地震は止んでいた。


 激しかったが揺れている時間はそう長くはなかった。いつも通りの揺れだ。


 幸い、宿屋は内装の装飾品が落ちただけで、建物自体に被害は出ていない。構造が丈夫のようだ。しかし周囲の建物は、残念にも崩れてしまっている物も見かけられる。あからさまに喜ぶわけにはいかない。


 ドライの眼が倒れている建物を捉える。ふとローリーのいる劇場のことが頭に浮かんだのだった。

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