第1部 第6話 §2  寸劇と邂逅

 彼等がドライ達から目標を一旦そらしたことは、本人達には解るはずもなく、彼等は周囲を気にしながら宿に入る。宿と言っても、旅人が活用する安宿ではない、ローズがダダをこね、この時勢、旅行をする人間が居なくなり、今では閑古鳥が鳴いている一寸良い宿屋に泊まることにする。


 宿屋に着くと、いきなり招集をかけてきたのはセシルだった。何か不安げな顔をしている。


 「ねぇ、此処からシルベスターの遺跡まで、一体どのくらいの距離があるの?」


 これはあまり正確な言い方ではなかった。距離など聞かれても解るはずもない。しかしドライが漸く答え方を見つける。


 「俺達の足じゃ、一月って所かな」


 ドライが指折り数えて、頭の中でルートを探る。それから自分で納得して頷いてみせる。


 「馬車を使えば、もっと早いのではないのか?」


 確かにオーディンのいう通り、歩くこと比べればその方が能率的だ。シンプソンもセシルも、彼の意見に納得してしまう。だがドライは、目の前に人差し指を立て、左右に数回振る。


 「チッチッチ!馬車なんて使えんのは、街道だけだぜ、俺達の来た道がそんな立派かよ。それに、この現状じゃ、街道がまともとも思えねぇな」


 ドライがこう言うと、ローズが賺さず紙と鉛筆を持ってくる。ドライがそこに街と街道を書く。街道は殆ど海沿い、平坦な道、重要な大陸横断用の街道、また山合いにある街と港町を繋いだものだけだ。その他は、整備された道など無い。


 「道ってのはよぉ、人が通るから出来るんだぜ、つまり行って意味のねぇ街なんかは、そう結ばれたもんじゃねぇ、メガネ君の村が良い例さ」


 確かに彼等は今まで、どちらかというと起伏の激しい道のりを歩いてきた。また変動で否が応でもそうせざるを得ない事もあった。これからもきっとそうだろうし、そうなるに違いない。その時には馬車などは、返ってお荷物になる。彼等は中継点の近くにある街に寄っただけで、街から街に行くのが目的ではない。最終的には遺跡の眠る森の中を行くことになる。


 「そうだな、大変動で平野ですらそうでなくなっている可能性が高い。迂闊だったな」


 オーディンは、名案を閃いたと思ったが、それがとんだ誤算だったことに、眉間に皺を寄せて疎ましく親指の爪を軽く咬む。


 セシルは僅かに切羽詰まった様子を、顔に出す。俯いた顔の色が冴えない。


 「この様子だと、クロノアールが目覚めるのは、一月一寸、何とかならない?」


 これから少し休養を取ろうとしているときに、この様な切羽詰まった顔をされたのでは、息を付くこともできない。かえってイライラするだけだ。


 「セシル、そんなに根を詰めては上手く行くことも行かなくなりますよ。私たちの行いが正しければ、きっと何とか成りますよ」


 思考がガチガチになっているセシルを困り顔で、彼女の肩に手を掛け、ニコニコして彼女の心を解そうとするシンプソンだった。


 「お!良い事言うじゃねぇかメガネ君、って事で俺もエンジョイするかな!っと」


 「あん!」


 ドライは 、ローズを軽々と抱きかかえ、いそいそと部屋から出ていってしまう。これには呆れるしかないオーディンだった。シンプソンも大体、この後の予想がついたらしく、顔を少し赤らめている。セシルには意味が理解できないらしい。ただ呆然と見ているだけだ。


 「私は彼奴の行いが良いとは言いきれんぞ……」


 シンプソンの慰めの言葉に、妙に責任を強いるオーディンだった。白い視線を横目でシンプソンに送る。


 「そんな……、オーディン……ははは……」


 何故責任を求められたのか解らず笑って逃げるシンプソンだった。せっかくの言葉も、これでは効力ゼロだ。余計に不安になってしまうセシルだった。


 「まぁ、休養は必要だ。そう頑なにならすとも良いのではないかな?」


 「オーディンさん……」


 と、一応のフォローはしているオーディン。これでセシルも漸く納得した顔をする。少し顔色が元に戻った。


 この後、セシルも焦りがあるものの、疲れが溜まっているせいか、すっかり寝入ってしまう。しっかりしていそうで寝顔は無邪気なものだ。


 三人も居なくなってしまうと部屋の中も静かなもので、オーディンがホッと一息付く。


 町並みは、変動で徐々に荒廃して行っているモノの、やはり森や荒れ地などとは違って、何となく安心感がある。そんな中、バイブルを読んでいるシンプソンまでがウトウトし始めた。静かになって、彼の睡眠の妨げるものが無くなったせいだろう。彼にも疲れが溜まっているようだ。


 こうして静まり返ってしまうと、本当に世界が崩壊するのかどうかも怪しく思えてしまうほど、平和に思える。だが、一歩街から足を踏み出すと、現実に戻されるのは、解っている。


 安易に一人になるのはいけないと解っていながらも、オーディンはこのつかの間の朽ち果てて行く平和を味わうことにした。手紙を一つ残し、街の外へと繰り出すことにする。


 ドライとローズの部屋の前を通ると、どことなく床が揺れているようにも思える。


 街に出ると、残念ながらオペラ座などは見られない、最も小さな街なので、あることは元から期待はしていなかった。だが久しぶりに芸術鑑賞もしたい。その時に、癪にもドライのからかった笑い顔が浮かんでくる。これには頭の上に浮かんでいるそのイメージを散らすしか手がなかった。


 そんなことをしていると、演劇公演の看板が目に入る。簡単な看板で、いかにも手作りといった感じだ。どうやらそれほど大きな団体ではないらしい。こんな時勢に動き回っているとは大したものだ。多少の雰囲気は味わえるかもしれない。覗いてみることにした。


 早速公演をやっていると思われる建物に入る。建物の容積は大きいようだが、演劇といった雰囲気ではない。感じも古そうで、もうすぐ取り壊されても、不思議じゃなさそうな建物だ。


 「本当にこんな所で演劇などやっているのか?」


 オーディンは、失礼ながらも受付の男に聞いてみる。


 「ええ!世界にこの良さを知って貰わないとね、芸術(娯楽)は大衆のものですよ。これ団長の口癖なんだけどね」


 確かにそうだ。これには納得してしまう。誰にでも楽しめるものこそ本当の意味で芸術(娯楽)なのかもしれない。ごく一部の者だけが納得できるのは、そうではないような気がする。


 オーディンは早速チケットを一枚買い、中に入ろうとする。


 「今ならまだ序章ですから!」


 と、親切に言ってくれる。その言葉を聞くと妙に早く中に入りたくなった。


 劇場の中はそれほど一杯というわけではなかった。前の方にも少々空席がある。オーディンはその一つに座った。


 セットの様子からして、よくある王城物のロマンス物のようだ。王女と一貴族の男が花咲く庭で愛を語り合っている何とも仲むつまじい場面だ。こんな情景を見ていると、何だかヨハネスブルグを思い出してしまう。


 と、その時だ、背景が紅蓮に包まれ、パニックになる二人、燃えさかる中、王城の反乱分子と思われる連中に、王女が連れ去られてしまう。それを追いかける彼だが、躓いて転んでしまう。が、それっきりぴくりとも動かない。それは演技ではなかったのだろうか?何秒立っても起きてこない。


 焦っていたのか、幕を降ろすこともなく、舞台裏からワラワラと人間が出てくる。


 つい気になって、オーディンも舞台に上がってしまう。


 「気を失っているな、どういう転け方をしたら……」


 彼の不自然な状態に疑問を持ちながらも、取りあえず彼を舞台裏にまで運ぶ。後ろの方で漸く幕が降り始めている。


 「すみませんお客さん」


 団長と思われる髭親父がやってくる。


 「無理もないわね、激しい立ち回りを一日三回もやるんだから、最終講演も近いし……」


 脇役と思われるおばさんが、濡れタオルを持ってきて彼の頭にそっと置く。


 「どうしましょう。彼が居ないと芝居が進まない」


 ヒロインの女性がやってきた。それなりに美人だ化粧の下から素朴さが伺える。瞳はダークグリーンで少し人を惹く。


 「ねぇ!彼良いんじゃないか!」


 先ほど王女を浚った兵士役の男が、オーディンの顔を覗き込む。以外に人が良さそうだ。


 「え?私が?」


 何を考えているのか解らない連中だ。素人を捕まえて、いきなり主役に抜擢しようとしている。人間切羽詰まったときは、何を言い出すか解らない。


 「いいね、やってみなよ!!」


 団長が言う。


 「そうだよ。なかなかハンサムだし!」


 今度はおばさんだ。


 「しかし、私は、一寸見て下さい」


 焦ったオーディンは、思わず仮面を取ってしまう。焦ってプライドどころではなかった。確かに彼は舞台には立てないような傷を持っている。


 「良いじゃないか、主人公は、百戦錬磨って位置づけなんだ、そっちの方が雰囲気あるよ。その腕で王女を取り戻すんだ。指示は絶えず裏から出すから!」


 「タダとは言いませんから!お願いします!」


 と、ヒロイン役の女性にまで頼み込まれてしまう。オーディンから見れば、皆血迷っているようにしか見えないが、此処まで必死に頼まれると、彼の性格上イヤとも言えない。


 「え、ですが!」


 といっている間にも手早く裏方さんに、衣装を着せられてしまう。衣装は彼にピッタリだ。複雑な心境になってしまう。そして、挙げ句の果てには、舞台に放り出されてしまう。舞台には、彼一人だ。舞台は燃えさかる城下町だ。


 向こうの舞台の袖から指示が出ている。


 オーディンは、キョロキョロと周囲を見回す。


 「セイレーン王女ぉ!!」


 〈わ、私は何をやっているのだ?〉


 心の中で汗を掻きながらも、きっちりと台詞を吐いているオーディンだった。

 そんなこととはつゆ知らず、ベッドの上での一時を楽しんだドライとローズが、うっとりして、抱き合っている。


 「ドライ。デーとしよ」


 彼の首にまとわりつくように、彼に抱きついてみる。それから首筋にキスをしてみる。


 「順序逆だぜ」


 クスクスと笑いながら、ローズの髪を撫でる。それから、パッとベッドから起きあがり、ローズに背中を見せ、背伸びをする。それから肩越しに振り返ってにこっと笑う。


 「んじゃ、準備しようぜ」


 二人は、ベッドでの一時を済ませ、今度は街に繰り出すことにするのであった。


 ドライとローズが街に繰り出してから一時間半ぐらい時が経ち、芝居小屋では、英雄役をやらされているオーディンが劇のクライマックスを迎えていた。


 「アーク!!追いつめたぞ!」


 オーディンは王女を背にして、覇気の隠った台詞を吐く。


 「王女共々殺してくれるわ!!」


 「命に代えても守り抜いてみせる!!」


 一見、彼の芝居は実に乗っているようのみえた。だが、この芝居は彼にとってタダの芝ではなかったのだ。「もしこの時のように、ニーネを守れていたら……」そう言う一途な感情が、彼の心の中に走っていた。


 剣を交える手に自然と力が入る。鍔競り合いの時に、妙に力んだオーディンの顔が、敵役の男の目に入る。


 「ワタタ!一寸、力が入りすぎだよ!」


 ひそひそ声で、オーディンに注文を付ける。オーディンも我に還る。


 「は!」


 それから適当に剣捌きにアレンジを加え、敵役と死闘を演じ、フィニッシュにオーバーアクションを加え、相手を斬り殺した。そして二人のハッピーエンドを迎える。


 舞台の袖では、意識を取り戻したと思われる主人公役の男が手を叩いて、見守っている。その中、オーディンは彼女を情熱的に抱きしめた。しかしこれは周囲から見ると、タダの迫真の演技にしか見えない。勿論オーディンの腕に抱かれている彼女でさえそう感じていた。


 陽は徐々に傾きを見せ、周囲には買い物客が、ゾロゾロ出歩く時間帯になり始めていた。デートには少しずれを感じる時間帯の中、ドライとローズはお構いなしに腕を組んで歩いていた。何をするとも無しにタダブラブラとしている感じだ。ローズは「二人だけの時間」が、欲しかったのだ。


 そんな二人が歩いていると、丁度差し掛かった街の脇道から声が聞こえてくる。


 「私はそんなつもりじゃ!」


 「いえ、受け取っていただかないと困ります!」


 互いになにやら迷惑がった口調で、譲り合っている。無造作に覗いてみると、そこにはオーディンと、先ほどのヒロイン役の女性が揉めていた。互いの手になにやらの紙包みを押しつけ合っている。


 この光景を見た二人は、何か悪い物を見ているかのように、壁に隠れ、ヒョッコリと顔だけをだし、この様子を探る。


 オーディンと女性は、まだ互いに引く様子はない。


 「何してるのかしら、彼……」


 「そりゃオメぇ、ピーして、チョンチョンした後のゴタゴタじゃねぇか」


 ドライがさも断定的に、決めつける。


 「アンタじゃあるまいし……」


 オーディンとドライを比較した視線がドライに突き刺さる。


 「残念でした!俺は女でトラブった事はねぇ、だろ?」


 サングラスの奥からローズに視線を合わせて、自信ありげにニコニコするドライ。


 「そうだけど……」


 ひそひそと様子を伺いながら、くだらない事を言い合っている二人。


 そう言えばドライはいい加減なようで、ローズ以外の女に手は出さない。いい加減な彼らしくないところだ。しかし、身体を求めてくる場所や時間帯は実にいい加減なものだ。ローズの思考が、少し自分達も事に回転していたときだった。


 ドライが、状況の進展の無さに苛つき始め、覗き見を止めてオーディンのほうに近づき始めた。


 「おい!女遊びでごたつくなんざ、みっともねぇぞ!!」


 何という偏見だろう。しかもそれを公然と言って来るのだから、オーディンとしては、たまったものではない。ドライらしい口振りに、顔を真っ赤に噴火させる。


 「だ!誰がだ!違う!!誤解だ!大体貴公が何で此処に……」


 「なぁに!気にすんな、ためたら身体に悪いぜ!ハハハ!!」


 「しつこいぞ……」


 馴れ馴れしく肩をバンバンと叩くドライに、オーディンは思わず剣を抜き、ドライの首に剣の根本の刃を押し当てた。ドライの性格を仕方がないと思いながら、白い目で彼を見る。


 「あのバカ……」


 ローズはこんなドライに、転けて苦笑いをするしかなかった。


 「あの……」


 と、劇団の彼女がドライの誤解に顔を赤らめながら、話の内容に困っている。


 ドライが彼女の注目する。そして、品定めをし始めた。


 「へぇ、良い趣味じゃん、美人だし、で比奴どうだった?デッ!!」


 話の内容を全く戻そうとしないドライに、後ろからローズが思いっ切り一発かます。ドライは地面に顔を突っ込むようにして、前のめりに倒れた。彼女もさっとドライをかわす。


 こういうところがなければ、本当によい男なのだが……。


 「ハイ!オーディンどうしたの?」


 顔は笑っているが、こめかみのところが、ヒクついているローズだった。握り拳も震えている。


 「レディ……、あ、実は……」


 ローズが出てきてくれて、一安心だった。オーディンは、一連の事情を説明をする。その間ドライの口は、ローズに塞がれっぱなしだった。


 「そうよねぇ、オーディンがそんな不潔な事するはずがない物ねぇ……」


 視線は何故かドライだった。ドライに話をねじ曲げられずに済んだので、オーディンはホッとした顔をする。


 「ぷはぁ」


 ドライがローズの手を外す。それから、彼女の持っている袋を取り上げ、露骨にも中身を確かめ始めた。一般に働いている人間の日当よりは、色が付けられてある。


 「ふん」


 ため息を一つついて、袋をオーディンに渡す。


 「顔立ててやれよ」


 などと言って、興味が失せた様子で、オーディンに背を向け、ローズの腕を引っ張りながら、そそくさと歩き出し、また後でと言っているのか、手が軽くバイバイをしている。


 「おい、ドライ……」


 オーディンの言ったこの言葉に、彼女は聞き覚えがあるようだ。


 「ドライ?ドライってまさかドライ・サヴァラスティアさんですか?!」


 ドライはサングラスを掛けている。眼の色では彼をそうだと判断できないが、名前を聞くとピンと来たらしい。名前を呼ぶ声は、物珍しさではなく、何だか懐かしさが伺えた。


 「あん?だったら何だよ!」


 オーディンが不用意にドライの名を呼んだことに、一寸ムッときている。


 「ほら、六年前!野盗に襲われた時に、貴方に助けていただいた劇団覚えてますか?!私あのときまだ子供で!」


 そう言われてから、ドライはぼうっとしながら、昔の記憶をたどる。


 「あ、そういやそんなことが、あったっけっかな?ああ!あったあった、ローリーじゃねぇか!そっか!」


 彼女の顔を指さしながら、懐かしそうに目を丸くして驚いている。ドライの顔が何だか賑やかだ。嬉しそうにしている。それにしても、ドライの名を聞いて、これほど嬉しそうにしている人間も珍しい。大抵なら賞金稼ぎは、白い目で見られる。それが彼女の顔は何だろう、大歓迎といった感じの顔だ。馴れ馴れしくドライの手を引いて、裏口から劇場へとはいる。


 何のことなのか事情の把握できないローズとオーディンは、「?」マークを頭の周囲にとばしながら、仕方なく中に入る。


 中に入ると、彼女はドライの名を連呼して、皆を集める。即座に団長がやってくる。暫くなにやらの会話をする。


 「アンタの言ったとおり、娘は美人になった。ワイフの若い頃にそっくりだ!」


 「だろ?美人はガキでも解る!あんたに似なくて良かったぜ、なぁローリー!」


 「もう!パパにかわいそうよ」


 ドライと会話に弾んでいるのは、団長だ。ローリーの父親でもある。六年前はローズはまだドライを知らない。


 皆ドライの顔を見ては、何かと挨拶をしている。彼も軽く手を挙げて返事を返す。手にはきっちり酒瓶を持っている。一寸話してはがぶ飲みだ。それから、ニカリ、と笑う。 


 「ドライ!デートぉ」


 小声で淋しそうにローズが言う。目が一寸潤んでいる。


 「わりぃチョイ気の合う連中にあったんだ。後でツケて返すからよぉ」


 ローズの頭をグイッと自分の方に引き寄せ、頬を何度も唇で撫でて許しを乞うてみる。挙げ句の果てには耳たぶまで噛み始める始末だ。


 「うん……」


 酒臭いのが気になるが、一寸感じてしまうローズ。暫くそのまま彼女の耳を唇で愛撫しているドライだった。オーディンは、これに一寸面食らってしまう。


 〈場所をわきまえろ!場所を!〉


 心の中で、ぼやいてみる。顔を押さえて、面を伏せてしまった。


 「そう言えば、あのときは、ブロンドの娘さんを連れていたな!」


 「そう、ドライさん結婚するんだ!って、凄くはしゃいでたのよね!あの人は?」


 親子そろって、嬉しそうにはしゃいでみせる。その笑顔が、当時のドライの心を表しているようだった。瞬間に、ローズがピクリと身体を硬直させ、ドライの顔を見上げた。オーディンもドライの方に視線を合わせる。


 ドライが何とも恥ずかしそうに俯いた。眼に陰りを感じる。それから感情を飲み干すように、酒をもう一口ラッパ飲みをする。それから袖の端で口を拭う。


 「しんじまった!比奴はその妹だ」


 皆にローズを意識させるように、彼女の肩をより強く自分の方に引き寄せてみせる。


 その時に、オーディンの眼に、ローズの何とも不安げ様子が飛び込んできた。オーディンから見て、ドライのローズへの愛は、紛れもなく本物だという事は、解っていた。いい加減な男だが、こと彼女のことに対しては、その眼に深い愛情が宿っているのだ。今もそうだ。ドライは、彼女の瞬間の硬直さえ見逃していない。


 その時に二人へのそれぞれの結論が出る。ローズにはもはや黒の教団などどうでも良い。ただドライの側にいたい。姉を奪われた憎しみは、ドライを愛する感情で、とうの昔に消されてしまっている。


 だが、ドライはやはり、マリーの仇を取ろうとしている。


 「逃げるのは嫌いだ」この言葉が、妙に鮮明にオーディンの頭に蘇ってくる。これは、ドライが旅に出る前に行った台詞だ。


 「私も一杯頂けぬか?」


 オーディンが、グラスと酒を要求した。グラスは誰からと無く渡され、酒はドライが、自棄に付き合い良さそうに見えたオーディンに、ニヤリと笑い注いでみせる。


 「そうですか、済みません……」


 ローリーが、申し訳なさそうに謝る。それと、ローズの存在を気にしているようだ。


 「気にすんな」


 「あ!そろそろ、用意しないと間に合わない、席開けときますからゆっくり見ていって下さい」


 彼女は本日三回目の舞台の準備のため、そそくさと楽屋から出て行く。これもつき合いだ、ドライも立ち上がり、ローズを連れて客席に向かう。


 オーディンは先ほど演技した立場なので、内容は大体把握している。それでも客観的に見るのは、また新鮮な物だ。横ではドライが、何だか懐かしそうに彼女を見ている。


 「彼奴、剣の使い方ド下手だなぁ」


 主人公の動きに一々文句を付ける。やはりあまり鑑賞ということには、向いていない人種だ。見ている観点が違う。だが、プロから見れば確かに下手だ。ストーリーに関しては、じれったい様子で、ぶつぶつと言っている。


 ローズは、姫を助けるための主人公の必死な姿を見て、そう言う恋人の気持ちを味わいたいようだが、横にいる男がこうなので、一寸ガッカリしている。ベッドの上のドライほど、ロマンチックではいてくれない。それでもドライがそんなローズに気がついて、肩に手を回してやると、急にニコニコして、彼に甘えてみる。ドライの手が、彼女の頭を撫でた。


 そして、舞台が、終了する。


 「んじゃ、二、三日街にいるから、またな」


 ドライは、簡単に挨拶をする。


 「ええ、それじゃ」


 彼女はこれから夜の公演もあるので、居てもあまり話もできない。それにローズとのデートの続きもある。


 だが、何故かオーディンも側にいる。多少鈍感なところがあるものの、こういう事にまで、気の回らない男ではないはずだ。それに何か言いたそうにしている。そして、ついに我慢できなくなった様子で、口を開く。


 「ドライ、別に無理をして、シルベスターの遺跡に行かなくても良いんだぞ」


 何の前置き無しに突然オーディンが、こんな事を言い出した。


 「何だよ。んなしけた話すんなよデートの邪魔だ。向こういけ!」


 ドライが手だけでオーディンをあしらった。と、その時だ。何か得体の知れない鳴き声と共に、ドドド!!という轟音がこちらに向かってきた。


 「グゲゲ!!ゴゴ!グルァァ!!」


 それは上空からだ。何かと思い、上を見上げる三人、なんとルークだ。それに何か生き物を一匹連れている。見た目は非常に人間に近い。そして彼等が上から振ってきた。

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