第1部 第5話 §最終 標的

 「そうだ、それだ!ゾクゾクする。そう思わないかドライ!」


 ルークの表情がギラギラとした喜びに満ちあふれる。破れた服の切れ味の良さを感心している。それと同時に、瞬時に破壊された周囲の景色を見渡す。


 「ふん!」


 今度は、その剣を下から斜め右上へと振り上げるドライ。大地の亀裂が、這うようにルークを襲う。


 「くっ!」


 ルークはかこれをわすのが精一杯の様子だ。


 少しこんな状態が続く。そしてドライがもう一振りしようとしたとき、ルークがまた口を開いた。


 「ドライ!その剣圧!女を襲っていなければいいがなぁ!!」


 彼の挑発に熱くなり、剣を力任せに振るっていたドライだったが、この言葉を聞いて、動きがピタリと止まってしまう。顔が一瞬のうちに蒼白になる。ふとローズの顔が浮かんだ。


 「もらったぁ!!」


 その隙を、ルークが見逃すはずもなく。ドライに剣を斬りつける。だが、ドライは何とかこれを、身を引いてかわした。胸からうっすらと血が滲み始める。後少しで致命用という所だった。


 「流石だ。動揺しながらも、かわすとは、ククク……」

 ルークは完全に戦闘を楽しんでいる。逆にドライは、この戦闘を楽しむ心のゆとりなど無かった。


 「てめぇ……」


 歯ぎしりをして、動きを封じられたことに苛立ちを覚え始めるドライ。身構えては見せるが、先ほどのように、剣を振るうことが出来ない。


 〈いや、まて、ヤツはスタミナを気にしていた。性にはあわねぇが、持久戦なら勝てる〉


 ルークを倒す解法を、ドライが見つけた時だった。


 「ドライ、お前の二つ目の欠点は……」


 「なんだよ」


 ドライは、今の自分に、大した欠点はない。そう言う意味を込めて、返答をする。


 「その右足だ!ハァァ!!」


 ルークが剣を見つめ始めた。一瞬隙が出来たように見えたが、その異様な雰囲気に飲まれてしまい、攻撃が出来なくなってしまうドライ。彼の気合いは、剣を通じその矛先から、深い青をした、彼の顔の大きさくらいはある立方体が出現した。すると、ドライの右足がとたんに言うことを聞かなくなってしまう。力無く右方向に倒れ込んでしまう。


 「なんだ!おい、故障か!!」


 この非常時に言うことの聞かなくなった義足をガンガンと手で叩いてみる。感じる筈の痛みも感覚も全くない。関節部分が、操り人形のように、ぶらぶらしていて、全く機能していない。


 「ちがうな、このエナジーキューブで、此処周辺の魔力を無力化した。勿論俺の魔法もだが、比奴は日光に弱くてね」


 ドライはギョッとした。魔法を無力化されたことではなく、ドライの右足が義足であることを、ルークが知っていると言う事実にだ。右足を失ったのは、彼と別れてから後の話だ。それに、数人を除き、彼が義足をしている事を知っている者は殆どい。ルークがそれを知っていることは、あまりにも不自然すぎる。付け加えてこういう形で、動きを封じられるとは、思いもよらなかった。


 ルークが間合いを詰める。


 〈殺られる!!〉


 心の中でそう叫び、額に冷や汗を流すドライだった。死を間近に恐怖したのは、この時が、初めてだった。誰のために恐怖したのか、おそらく自分のためではなかった。


 その時だった。ローズが二人の間合いを引き裂くように、闇の中から、音も無しに割り込み、連撃で、ルークを数歩退かせる。



 「女の感は、当たるのよね、集魔刀の一種……」


 空中に浮いている立方体を眺め、準備運動がてらに、レッドスナイパーを目の前で、左手で数回八の字に振り回す。それから、ルークに対して、斜めに構え、強く睨み付ける。


 「ローズ、止めろ!お前の腕じゃ、ヤツに勝てねぇ!!」


 右足を引きずりながら、今度はドライがローズの前に背中で壁を作る。


 確かに魔法主体で戦うローズにとって、ルークに対して剣術のみで立ち向かうのは、不利なものがあった。だからといって、このまま引き下がるわけには行かない。


 「やれやれ、一人一人確実にと思ったが……」


 一瞬、ルークの動きが止まる。しかし次の瞬間、眼に夥しい殺気をたぎらせ、二人に襲いかかる。


 「ドライ、ゴメン!!」


 ローズは、ドライの左足を引っかけ、その場に倒し、自分は真っ向からルークに立ち向かった。剣の長さはほぼ同じ、身長の分、間合いは少しルークの方が長めだ。数回剣を交えた後、ローズの方から間合いを広く取る。


 「どうした!それでは、お前も攻撃できんぞ!!そらそらぁ!!」


 ルークの剣の振りは、素早く切れ味がよい。おまけに戻りも早い。攻防に全くの隙がない。やはりローズは、思ったように剣を振るうことが出来ない。だが、手はないでもない。


 ローズは、ルークの目の前に、手を付きだした。


 「シャイニングナパーム!!」


 ロースの掌からの瞬間的な閃光で、ルークの目がくらむ。


 「くっ!」


 今度は逆にルークの方が身を引く。ローズの剣がわずかにルークの服をかすめる。


 「幾ら魔法の威力を無尽蔵に吸収する物体でも、瞬間的に発せられる光までは吸収できない!!」


 ローズが更に数歩間合いを詰め、致命の一撃を与えようとしたが、ルークはその気配を察知し、剣を素早く水平に振ってくる。その隙の無さに、すかさず身を後ろに引くローズ。


 ルークの抜け目のないところは、このわずかな剣の戻りの遅さを、逃さないところだった。ガードが甘くなったローズの懐に、素早く飛び込む。


 「もらったぁ!!」


 「しまっ!!」


 「でやぁ!!」


 「なに!」


 なんとドライが、横から、ルークに飛びかかり、押し倒しにかかったのだ。二人とも雪崩れ込むようにして、横っ飛びに地面に倒れ込む。


 「き!貴様ぁ!!」


 ルークは素早く立ち上がり、倒れ込みながらも「してやったり」と、ニヤッと笑うドライの左胸に剣を突き立てようとする。しかし今度はそこにローズが、剣を振り回しルークに突っ込んでくる。


 「ちっ!」


 キン!キン!と、剣同士が激しくぶつかり合う音がする。勢いで、ローズの方が足を前に運んでいたが、ルークは彼女の隙を誘い出そうと、これにじっと耐えている。そしてこの立場も直ぐに逆転してしまい、あっと言う間にルークの優位に変わる。


 だが、ドライがナイフを投げつけ、ルークの優位を潰しにかかる。片足であるドライのスピードは、知れたものだが、ナイフの腕は別だ。確実にルークを狙ってくる。これが、ルークが二人同時に相手をしたがらなかった理由だ。スタミナの消耗が早くなる。


 今度はローズが、ルークの懐へと飛び込んだ。これを見たルークが、素早く剣を大地に突き刺し、両腕で、ローズの左腕を取り、足を払い、その場に仰向けにねじ伏せ、足で肩を固め、力任せに手首を逆手に捻った。


 「五月蠅い女め!」


 「きゃぁぁ!!」


 バキン!という感触の悪い音を立てて、ローズの左腕が砕けた。彼女の顔が苦痛に歪む。この瞬間、ドライはもう二人の側まで近づいていた。だがルークは、これも見越していた。素早くローズから足をほどき、がむしゃらに突っ込んできたドライの喉元を、逆立ちをすると同時に、蹴り上げた。


 「せっ!」


 「がぁ!!」


 ドライの身体が宙に舞い、数メートル向こうまで飛び、ドスン!音を立て、その場に仰向けになって、落ちる。ルークが剣を抜き、ドライに近づき、剣を彼の心臓の上に、ぴたりと宛う。


 「はぁはぁ……、手こずらせてくれたぜ、流石だ」


 ルークの息は相当上がっていた。とどめを刺す前に、呼吸を整えようとしてる。


 「クソッたれ」


 息を詰まらせながら、最後のあがきを見せるドライだった。両腕で矛先を挟み込み、上に持ち上げようとする。が、しかし、思いの外、蹴りが強く入ったので、思うように力が入らない。


 「まだ!まだ終わってない!」


 力無く左腕をぶらりと下げたローズが、痛みを堪えながら、ゆっくりと、ルークに近づく。顔は青ざめ、額から脂汗すら流れている。ルークは一度、警戒してみるが、どう足掻いても彼女に勝ち目はなかった。


 「まずは、ドライだ。比奴さえ殺れば……、寝てろ!ハァハァ……」


 「あう!」


 彼女を足蹴にし、目標を再度ドライに絞る。その時だった。


 「まてよ!一つだけ、一つだけ聞きてぇ!何で俺の右足が義足だって事見抜いた!」


 これは彼が戦闘を始めてからずっと気になっていたことの一つだった。



 「ふん、良いだろう。全部話してやるよ。五年前だ。お前が別の女連れていた時があっただろう。ノアーは爪が甘い、お前等二人は、崖下に落ちた。その後、ドライ、お前は気を失っていた。女を庇って下敷きになってな、それで俺が後始末をすることにした。ノアーは自分の手柄だと思っていたようだが?その後だ。健気な女だったよ。お前を守るといいだして、この私に剣を向けてきた。後は簡単、奪うのも殺すのもだ、剣の切れ味が良さそうだったんで、試させて貰った。お前は弟子でもあったから一応の情けはかけたやった。片足では足らなかったか?今頃、のこのこ現れなければ、こんな事にはならなかった。愚かなヤツだ」


 ルークが勝ち誇って、ニヤニヤと笑う。


 「チックショウ!!なんでだ!何でなんだよ!」


 目を見開き、憎しみの隠った視線をルークに向けるドライだった。


 「それも簡単だ。宿命……だ。死ね」


 ドライの胸に剣が刺さる瞬間だった。


 「まった!そう簡単に、悪い方へ話を進めることは、私が許さん!!」


 そこには、オーディンが、セシル、シンプソンも立っていた。


 「喋りすぎた……か、一時お預けだな」


 ルークは、分が悪くなるのを感じ、さっと闇の中に姿を隠す。彼が姿を消すと同時に、あの不思議な立方体も消滅し、ドライの義足も再び動くようになった。


 すると、とたんに立ち上がり、ルークの後を追おうと、ブラッドシャウトを拾い、駆け出そうとする。が、しかし、オーディンがドライの腕を掴み、それを引き留める。


 「待て!追ってどうする!!」


 オーディンに、腕を捕まれ、追うタイミングを逸してしまったドライは、しかたがなく追うのを止める。


 「ちっ!」


 自分の服を掴んでいるオーディンの腕を振ってふりほどく。


 しかし、追うのを止めた理由はそれだけではなかった。今のドライではルークに勝つことは出来ない。ルークは、ドライが一人になるのを待っているに違いない。


 「それより、レディーのほうを心配してやれ」


 オーディンの言葉に熱気が冷め、すでにシンプソンの治療を受け始めているローズの方を振り返る。それから、ルークの去った方角をもう一度見渡す。


 「なんで、お前等此処に居るんだよ」


 しかし、ドライから出た一言は、ローズに対する労いではなく、オーディン達に対する不満じみた疑問であった。勿論、彼等が自分の近隣を歩いていたことも、騒ぎを感じて駆けつけてきたことも、大方の予想はついていた。


 ふてくされるドライを、一発はり倒したくなったオーディンだった。拳を作り、その苛立ちと怒りに歯ぎしりをする。だが、声が妙に無表情なので、怒りは直ぐ収まる。ドライの顔には、敗北した悔しさがにじみ出ていた。剣士として彼の悔しさは解るが、今は他に幾らでも気を配らなければならない事がある。


 「それより……」


 「ああ、解ったよ」


 オーディンが今一度、言おうとしていることを察知したドライは、シンプソンに手当を受けているローズの額の汗を拭ってやる。


 「済まねぇ、世話かけちまった。痛むか?」


 一寸は、気を利かせた感じで、ローズの頬を撫でてみせる。いつも落ち着きのある方ではないが、慰める言葉にも、そわそわして落ち着かない感じが伺える。目を合わせているが、彼女の機嫌を伺う様子が見られる。


 「大丈夫、ふふふ……」


 ドライが、イヤに周囲の気配の流れを気にしているのを珍しく感じたローズは、腕の痛みを感じながらも、それをおかしげに笑う。


 「なんだよ」


 暗い落ち込んだ事態を想定していたドライだったが、ローズの意外な反応に、驚きを感じ、余計に戸惑いを感じてしまう。


 「完敗、ね」


 マリーの死が、意外な展開だったことに、ガックリきているのは、少しやつれた感じの声で解ったが、無理に作った笑いではなかった。瞳の色に高ぶりを感じない。


 「はん!死んでねぇから引き分けだ!!」


 一寸苦しい言い逃れをするドライだった。マリーのことに関しても、どちらかと言えば、ドライの方が引きずりがちだ。だが、ついた筈の決着も、振り出しに戻ったことで、もう一度目標を取り戻すことが出来た。今度こそ、それを切ることが出来るだろうか、いや、絶ち切らなければならないのだと、ドライは思う。


 「さぁ、戻ろうか」


 ローズの怪我を治したシンプソンに対して、オーディンが声を掛けた。何気なくドライに背中を見せる。


 「オーディン……」


 この場にきて、そんな事を言い出す彼に、シンプソンはため息混ざりの返答。心配なくせに、頑固な態度を見せるオーディンをどうしようかと、思考を巡らせる。その時だった。


 「お、俺は別に、かまわねぇんだがよぉ……、二人だと、ローズがきつそうだから、その、仕方なく、テメェ等と居ることにしてやる……ぜ」


 と、ドライもオーディンに背中を向け、後頭部を掻いて照れ臭そうに、ぼそぼそと、遠回しに言う。今回のことに関しては、ドライに非があったのは確かだ。本人もそれは重々承知しているし、反省もしている。自分が倒れたときに、誰がローズを守ってくれるのか、それも考えると、やはりこれから二人だけで旅をするのは危険だと感じた。


 「私は、別に構わないが、二人がなんと言うかな?」


 オーディンは、態と突っぱねるようにして、腕組みをして背をそらし、偉そうに声を張り上げる。


 「私は良いですよ。別に……」


 「勿論よ」


 オーディンとしては、此処でもう少し、じらしたい気分だったのだが、二人は、それをすることはない。あっさりとこれを認める。しかし、ドライは、これでは不満だったのか、シンプソンの後ろの回り込み、意味有り気に、彼の肩をも見始めた。


 「メガネ君、『別に……』じゃねぇよな!」


 ドライの握力が次第に強まり始めた。


 「え!?あ、いや、あの!是非ともお願いします」


 「だろ?だろ?やっぱり俺がいねぇとな、ま、そう言うわけで、いてやるよ!」


 これは、誰が見ても明らかに脅迫だ。返す言葉が何も見つからない。ドライの態度に、不服そうにしているオーディンがいた。セシルも何だか白い眼をしている。


 「なんだよ」


 そう言って不服そうなオーディンに、横目で対抗するドライだった。


 「いや、別に……」


 と、これを避けたオーディンだった。ドライから視線を逸らし、横を向いてしまう。すると、ドライがまたオーディンに突っかかった様子で、彼の周りを回るように、ウロウロし始めた。またもや喧嘩をしてしまうのではないか?シンプソンがそわそわし始めた、その時だった。


 「サンキューな」


 照れ臭そうに、一瞬立ち止まり、オーディンの横をすれ違うようにして、ぼそっと話すドライの姿があった。


 タイミング的にはずれている所に、ドライの素直でないところが現れているが、一寸した成長だろう。あまりにもドライの意外な反応を、耳がおかしくなったのかと思っい、耳を、掘ってしまうオーディンだった。しかし、「ドライの言ったことが本当ならば」と、仮定の下で、返答を返す。


 「いや、いいさ、気にするな」


 この会話は、周囲には聞こえなかった。だからドライが何も無しに、すれ違ったようにしか見えない。ともかく胸をなで下ろすシンプソンだった。けれども、ローズには、ドライの表情から、何を言っているのか、大体の察しはついた。何しろ照れ臭そうにしているのだから、言っている言葉は限られる。これを見てくすっと笑った。


 「どうしたの?」


 極純粋に、ローズの笑みに対して、疑問を抱くセシル。


 「気にしない、気にしない!」


 礼を言ってオーディンから離れ、ドライがローズに向かって歩いてきたところに、彼女が彼の腕に絡んでみせる。


 「意地っ張りぃ」


 ニヤニヤッと笑い、ドライを横目で見上げて、彼のむず痒い部分を態とつついて見せる。


 「何のこったか……」


 一応、取り繕ってみせるドライ。照れ隠しに、頬の辺りを人差し指で掻いてみる。それから何度か、自分の心を見透かしているローズを、ちらりちらりと、覗いてみる。


 兎に角、多少の蟠りはあるものの、一応元の鞘に収まった彼等五人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る