第1部 第3話 休息の一時、そして旅立ち
第1部 第3話 §1 汚れた過去
話は、ドライ、ローズ、そしてシンプソン、オーディン、それにノアーを含めた五人が、一度落ち着くために、シンプソンの孤児院へと帰るところから始まる。
ローズはどうしようもなく苛立っていた。ノアーは、マリーを殺した可能性が最も高い人物女だからである。ローズはドライをオーディンに預けたまま、二人の後ろを歩いているシンプソンと、ノアーを目の前にして、やり切れない声で、腹立ち紛れに、怒鳴り散らした。
「何でよ、シンプソン!この女は姉さんを殺した奴よ!あなたの平和主義も結構だけど、私やドライの身にもなってよ!!」
そのときドライが、オーディンと前を進みつつ、こう言った。
「止せよ!そいつは後だ。その前に、何でマリーを殺したか、そいつに聞きてぇ……」
ドライは可成りの体力を消耗している。低く疲れ切った声で、一言強く言い放った後、ボソリと言った。
その声にローズは、一度振り上げかけた拳を握り直し、言いたい言葉を喉に詰め直し、感情を奥の方に押しやった。
「ふん!!」
一度ノアーを睨み付け、振り返り、再びドライに肩を貸す。その時のローズの顔は、悔しさで一杯だった。唇をかみしめている。ドライは、少し彼女を落ち着かせるために、軽く頭をなでてやる。
オーディンは、この二人が自分と同じように、大切なものを失ってしまった者達だということを知り、そしてこの二人がそれなりに恋仲であることを、改めて再認識をする。
オーディンも復讐心に火をつけ、ノアーに殺意を抱いていた。本心は、ローズのように感情をぶちまけたかったが、シンプソンには命を救われた借りがある。
何よりオーディンは義理堅かった。シンプソンが救った人間に対して、手を出すわけにはいかない。だから彼は、何一つ怒りを顔に表さなかった。
歩きながらの間、ドライがオーディンにボソリと言う。
「あんた、なかなか強そうだな、そのうち一回勝負しようぜ……」
「そうだな、いいかもな」
オーディンとドライは、性格においては、全く正反対と言ってもよいだろう。だが、強い者との勝負は好きだ。
ドライとオーディンが、互いに強い者を見つけたことで、興味を覚えようとしたときだった。
ゴゴゴ…………。
と言う鈍く不気味な音と共に、大地がゆらゆらと揺れる。
揺れとしては、辺りを警戒し、なぜ揺れているのかを確認したくなると言った程度の緩い揺れだ。倒れるほどの揺れではないが、何となく不安感を募る揺れではある。
その揺れは、周囲を見渡している間に、やんでしまう。
「地震か?いやな揺れだな……」
オーディンが辺りをきょろきょろと見回し、周りに何か倒れそうな物はないかを確認する。
「珍しいですね、この地方に地震だなんて……」
シンプソンが、臆病っぽく、落ち着きのない様子で、やはり周囲を見回す。
ドライは、周囲に気を配るほど元気ではないし、ローズは、地震などどうでもよかった。やり切れない気分で一杯だった。これ以上他人のオーディンに迷惑をかけるわけにもいかないし、今はドライを早く休ませてやりたい。地震など、どちらでもよい話だった。
ノアーも何も言わないが、彼女はシンプソン以外に口をきく人間がいない。何かを発言したくても、できなかった。シンプソンは、この気まずさを嫌い、皆の足取りをいったん止めた。
「皆さん、一寸待って下さい」
「何だ?」
オーディンは、別に何ともなく、極普通に、シンプソンに耳を貸した。
「どうしたの?」
だが、ローズは、少しウンザリした感じで、振り向く。
「おい、何だよ。何で止まった?」
ドライは、なぜ止まったのかも理解していなかった。
「ノアーも……聞いて下さい。オーディン、ローズ……、それにドライさんですね、三人の気持ちが複雑なのは分かります。ですが、彼女を殺したところで、大切な人たちが、帰ってくるでしょうか?」
シンプソンは皆の中央に立ち、ごく当たり前の正義感ぶった説教を始めたように思えた。
「解ってる!そんな事したって、姉さんは帰ってこないわ!だけど……、気が収まらないのよ!!」
「シンプソン……、残念ながらこれは、八方を丸く納めることの出来るほど、単純な憎しみじゃない」
シンプソンの言葉に反論する形で、ローズがとオーディンが、次々に、それでいて感情を漸く抑えながら、彼の言葉を残念そうに、返事を返す。
「私はね、十二の時です。人を殺したんですよ。それも数人……」
シンプソンが唐突に語り始めた。
「え?」
ドライを除き、皆ただそれだけの言葉で、驚きを表現する。虫も殺せないような彼の、まさかの発言である。
「だから何だよ。そんなら俺だって、やってるぜ、百人以上な……」
人を殺すことに馴れきっているドライは、周囲の過剰な反応に、馬鹿馬鹿しさを感じた。
「別に私は賞金を稼ぐために、人を殺したのではありません」
シンプソンは、ドライの大体の素性を知った様子で、まず一言断る。自分には人殺しをする趣味はないと言いたげな口調だったが、特にドライに対する嘲笑は軽蔑はなかった。あくまでも自分に対する事実のみの言動だ。
「二人には話しましたが、私はこの髪の色のせいで、子供の頃随分なめに遭いました。酷い言い方をすれば、人外の扱いを受けました。親戚中を回されましたしね……」
それからシンプソンは自分の髪の毛を紙縒でも編むようにクルクルと弄ぶ。自分の髪の色は、本当に不思議だと思ったのだ。
「それでも私を迎えてくれる人がいました。家族とは全く無縁の生活ではありましたが、でも食することが出来ましたので、それまでに比べると可成りましに思える生活でした」
あまり恵まれているという表情ではなかった、あくまでも食べることが出来たのだから、其れで良いというなんとも、欲のないそれでいて、境遇を受け入れきった幸福感が感じられない表情である。
「それで、その家に一匹犬がいましてね、子供の私にはとても大きく思える犬でした。思えば彼がそのころまでに出来た唯一の友人でしてね。ですが、その犬は私と居るというだけで、ある日、殺されました。ほら、魔法なんてものも使えたりしますし、其れがばれてしまいましてね」
シンプソンはニコニコと表情をつくってこそいるが、何とも寂しい表情だ。彼は昔を思い出してか、悲しさに声が震え始めていた。
「私は何度も言いましたよ!やめてくれと、でも周りの人は、私が彼を庇うのも聞かずに、私ごと、猟銃で撃ちました。その瞬間です。彼は、私を庇って……、逆上しましたよ。凄くね……。カッとなって、周囲の人間にこう念じました。『死ね!!』と、すると、周りの人は私の望み通り、死にました。しかもその場で悉く破裂して……。後にも先も人を殺したのは、それっきりでしたが、その時の虚しさは、今でもハッキリ覚えてますよ。ですから皆さんにもそんな事はして貰いたくないんです……、いいんですか?!一瞬の感情に身を委ねたばかりに、一生後悔するんですよ!!」
彼はいつの間にか拳を握り、一気に捲し立てるようにして、激しい口調で自分の悔しさを皆にぶちまけた。彼がノアーを必死に庇うのも、彼なりの経験があったからこそであり、また、彼が命の尊さを知っているからこそだった。しかし、自分はそれに反した行為をしてしまった。その事実は決して覆らないのである……と。
「シンプソン……」
ローズは苛立ちの感情に身を委ね、腹を立てていた自分に、心の痛みを感じた。ノアーを許せたわけではないが、鬼畜になりさがろうとしていた自分に気が付く。結局オーディンには、殺すことは出来なかったろうが、その気持ちは、彼とても一緒だった。ドライには、シンプソンの言葉は、ただの五月蠅い答弁にしか聞こえなかった。だが、どのみち自分には、女を切れないことは、理解していた。うんともすんとも言わない。
「解ったわ。あなたには借りがあるし……、悔しいけど、この話は、棚に上げておきましょう……」
「ローズ……、ありがとう」
「解った。ただし、何らかの償いはして貰う」
「オーディン」
収まったわけではないが、二人はシンプソンの心を理解した。ただ一方的にノアーを庇ったわけではない。だが。
「け!馬鹿馬鹿しい!クダラネェ話しやがって!!」
ドライは唾を吐きかけるようにして、シンプソンを罵る。視線は下から上を突き上げる感じだ。オーディン、シンプソンは、このドライの発言を、身を引くようにして驚いた。むろんオーディンは、ドライに肩を貸しているので、吃驚してドライを眺めるだけだった。
「マリーはよぉ……、彼奴は……」
続けてドライはこう言った。その声は彼らしくない涙のにじんだ声だった。俯き歯を食いしばる。それからローズに身を委ねるようにして、彼女を力ずくに抱きしめる。
「済まねぇ、らしくなく女々しくなっちまった……」
「ドライ……」
ローズは複雑だった。彼は確かにローズを愛している。だが、それと同時に、心の中に刻み込まれたマリーを、思い出として切り離すことが出来ずにいる。マリーの死はどうしようも無い焦燥感と喪失感だけを、ドライに与え続ける。
しかし、その中でローズと出会ったのだ。今はローズがいるというのに、マリーノ事ばかり口走る自分が、最悪に思えた。
ドライは気分を落ち着かせると、漸くながらも、ふらついた足取りで、立ってみせる。その様子から、もう肩を貸す必要はなさそうだ。そして、再びシンプソンとノアーの、方を向く。
「おい、女……、テメェは、女だ。俺は女を殺さねぇ、それが俺の主義だ……、命拾いしたな……」
きっと睨みを利かせ、くるりと背を向け、ひざをガクつかせながら、足を進める。オーディンがそれをみて、肩を貸そうとしたが、先ほどとは違って、肘を張ってそれを突っぱねた。
その時今度は、ノアーが語り始める。
「わたし!戦災で両親を亡くした!ヨハネスブルグの十年前の魔導戦争で……、その時思った。人間は愚かだって!その時あの方の声が聞こえた。全ての救いに思えた……、でも今は……」
ノアーのこの言葉に一番強く振り返ったのは、皮肉にもローズだった。彼女にも両親、姉が居た。だが、今は彼女だけだ。その孤独な心は、痛いほど解る。「なぜ自分がこのような目に遭わなければならないのか」と。そして彼女自身その身体に、恥辱に満ちた傷がある。そして此処にいる全員は、何らかの形で傷を負っている。そのことに気が付いたのもローズだ。
自分たちが傷つくことを知っているはずなのに、怒りにまかせて、また一つの憎しみを簡単に生み出そうとしてしまっている。
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