第1部 第2話 §最終 平和へ思い

 「待って下さい!!二人とも!」


 それはシンプソンだった。頭から血を流しているものの、身体の方は大丈夫のようだ。ヨロヨロとしながらも、確かな足取りで、二人の間に入る。ローズとしては、久しぶりの再会だったのだが、声を掛けるゆとりなど無い。それはシンプソンも同じだ。


 「こう言うことですか?」


 ノアーに向かって、失望した口調で、シンプソンが言った。


 「あなたの言う、平和と、平等とは、こう言うことですか!!」


 その声は、なんと悲しく響いたことだろう。だが、彼女の答は、こうだった。


 「そうよ!目的を達成する為には、犠牲が要るのよ!それがどんなに大きくても……」


 彼女の声色で、シンプソンに自分の思想を伝えようと懸命になっていることが解る。狂酔するように、両手を広げて目を輝かせている。彼女は自分の世界に酔っている。その時は、誰の教えかは解らないが、とにかく彼女は、その思想に酔っている。自分のしている罪悪には、まったく気が付いていない。と言うより、触れようとはしない。だが、シンプソンは、それに真っ向から対立した。


 「それは違います。見て下さい、彼等を……」


 それから。オーディン、ドライ、ローズを、身体全体で指すようにして、彼女の目に入れさせる。


 「あなたの言う平和は、自分に有害な者を、排除することでしょう。その結果、彼等は愛する者を奪われた。あの悲しい眼が解りませんか?今彼等にあるのは、あなたに対しての激しい怒り!!憎しみだけですよ!!」


 それに対して、彼女は、逃避するようにして、耳を塞ぎ、首を左右に振る。

 

「違うわ!本当の平和と、平等は、純粋な力でのみ、得られるのよ!!」


 彼女は意気込む。しかし、その直後、急に力無く座り込む。それに何だか顔色も冴えない。暗がりで、本当なら、顔色など解るはずもないが、シンプソンは、遠視を応用し、誰よりも鮮明な画像を得ていたため、その顔色の変化が解る。


 こう言う時のシンプソンは、人が良すぎるくらいに、誰彼無しに平等な男だ。彼女の様態が、変化するのが解ると、すぐに駆け寄る。


 「どうしたんですか?!」


 何がどうなったのかは、解らない。とにかく彼女の身体を丹念に調べることにした。膝を立て、支えにして、彼女の身体を、探り始める。するとその膝に、何か暖かいものを感じる。気になってそこに手を触れ、何かを確かめてみる。すると手に付いたのは、真っ赤な鮮血だった。


 「これは……」


 先ほど、ローズの放った魔法により、彼女は間接的な打撃を受けたのである。魔法により巻き上がった、石か何かが、彼女の身体に、直撃したのだろう。


 「話は後にして、取り敢えず治療をしましょう」


 「ダメ……、内蔵まで焼けてるわ、きっと……」


 「それでも大丈夫です。治せますよ」


 ノアーは気を失ってしまう。シンプソンは、意識を集中して、治療に専念しようとした。しかしローズが、そうはさせなかった。シンプソンの肩をきつく掴み、恨み辛みをぶちまける。


 「そんな女放っておけばいいわ!!ドライと私の気持ちになってみてよ!!その女のせいで、私たちがどんな思いをしたか!!」


 シンプソンは、一度ローズの方に振り向く、それからもう一度ノアーの方を向き、治療に専念しなおす。ノアーの治療をしながら、ローズに語りかける。


 「解ってますよ。ですが私には、そんな惨いことは出来ませんよ。人間は弱いです。一度は人に知られたくない後ろめたいこともします。何かに縋りたくなってみたいですよ。皆そうですよ。ショックが強ければ、自分の生すら縮めようとします。あなたとて、敵を討つために今日までそうやって生きてきたんでしょう。人は誰でも生きる権利があるんですよ。その権利を彼女から奪ってしまったら、あなたも結局彼女となんら変わりありませんよ。今は、あなたにとって、もっと大事な人が居るんじゃないですか?」


 何とも悲しい声だった。まるで自分にも、犯してはいけない過ちがあるかのように。彼の顔は、相変わらずノアーの方を向いていた。ローズは途端に、何も言えなくなった。振り返り、ドライの方に近づく。ドライは精神力で、何とかしゃがみ込む姿勢を保っているが、徐々に生命力を奪われているのが解る。ローズも、ドライの治療に当たる。治癒の呪文を掛けている間は、彼の身体も持ち直すのだが、それを止めたとたん、彼の身体もすぐに萎えてしまう。ローズは焦りを隠せなくなった。


 「シンプソン!!お願い、ドライの身体が、持ち直さないの!!」


 シンプソンは、ノアーの治療を終えると、今度はドライの治療を始めようとする。が、しかし。


 「これは、治癒の魔法では無理です。他の魔法がかかっています。残念ですが、私の手には……、済みません……」


 「そんな!!」


 「冴えねぇなぁ、こんな死に方……、へへへ」


 ドライは苦笑いをすると、横に倒れる。ローズは治癒し続けるが、何時までもこんな事は、していられない。何れは限界が来る。


 「いやぁ……死なないでぇ!いま貴方が死んだら、私……私!生きて行けない……」


 倒れ込んだドライの胸に、縋るローズ、彼の胸で、ボロボロと涙を流し始めた。


 「おいおい、マジかよ。また泣き虫が始まりやがったぜ……」


 女に泣かれるのは、うんざりとばかりに、溜息混じりの声を出す。だが、声は掠れ、蚊の鳴く程度の声しか出なくなっていた。それでも、自分の胸に沈んだ彼女の頭を、その固く大きな掌で包む。ローズとは対象に、ドライは至って冷静だ。少しも喚かない。


 「シンプソン……」


 オーディンが、身体を引きずりながら、三人の側による。シンプソンは、目を合わせると、首を横に振る。オーディンは、自分でそれを確かめるために、ドライの手首を握る。ドライの脈が、徐々にではあるが、弱まってゆくのがわかる。その時、シンプソンの後ろの方から声がした。


 「何か、魔法を抽出が出来るものがあれば、その男は助かるわ」


 その声に三人が、振り向くと、ノアーが立っていた。どうやら気が付いたようだ。オーディンと、ローズは、彼女に対する憎悪から、一体何を言っているのか解らなかったが、シンプソンはすぐに頭が回転した。


 「そうだ!オーディン!!貴方の剣ですよ。それでどの様にすれば?!その剣はエンチャント能力ですよね!?」


 何度もオーディンとノアーの顔を往復して眺めるシンプソン。


 「多分……、身体に接触させれば……」


 ノアーはヒントを与える。


 「オーディン!!」


 シンプソンの表情は直ぐに希望の光に対して、歓喜の表情を見せるのであった。


 「あ……ああ」


 オーディンは、ローズの肩を抱き、彼女の身体を起こし、シンプソンに預ける。ローズは、されるがままに、肩をシンプソンに寄せた。ドライの生に絶望して、気力が全く感じられない。それからオーディンは、ハート・ザ・ブルーを、ドライの身体にあてる。すると、ハート・ザ・ブルーが何かの魔力を吸い取っているようで、鈍く光り出す。その間のドライは、眼を閉じていて、実に静かなものだった。しかし、彼の顔色が、少し良くなっていたことで、彼がもう安泰だと言うことが解る。ローズが、すすり泣きをしながら、シンプソンに振り返りながら聞く。


 「ホントにドライは大丈夫なの?」


 「ええ、多分…………」


 確証はなかったが、オーディンの手応えのある表情からも、危機は脱したのだと悟る。


 「ですがどうして今、殺そうとした人間を助けたのですか?」


 今度は、シンプソンが、ノアーの方を向いて怪訝そうに訊ねてみる。だが、顔は明らかに喜んでいた。静かではあるが、彼は以外と喜怒哀楽がハッキリしていることが解る。彼女はこの質問に対して、何も言わない。ただ、彼に近づいて、彼の口にその代わりのキスをする。


 ノアーのキスで、今度はシンプソン一人がパニックになる。そのまま硬直して、後ろにぶっ倒れてしまう。だが、それも一寸のことで、すぐに正気を取り戻す。その時にノアーが、言葉にして言う。


 「解らない、でもその人が……、その人の声が、あまりにも悲痛だったから」


 「……」


 彼女は、自分のしたことに対して、戸惑いを覚えているようだった。シンプソンを視線からそらし、自分の両肩を抱き、少し斜め下に俯く。それから卑屈な感じで、笑い出す。


 「ふふふ、私って何なんだろう……、あの方の意志を、遂行しているつもりだったのに……」


 「あの方?」


 と、二人がそこまで会話をしていた所だった。ドライが急に飛び上がり、立ち上がる。周りは、びくりとする。ノアーは、一瞬自分が切りつけられると思い身を引いたが、どうやら違うようだ。顔をしかめ、周囲を警戒した様子で、眼だけでそれらを見回している。ローズが彼の無事とその直後の不可解な行動に、中途半端な声を出す。


 「ドライ!?」


 「しっ!何かいやがる。人間の気じゃねぇ……みてえだ……」


 木陰の方で、がさがさと言う音がした直後、何者かがノアーの方に、飛びかかってきた。ドライは、反射的に、彼女とその物体の間に割り込み、それを足蹴にする。


 「何なんだ比奴!!」


 ドライに蹴られたそれは、人間でもない、獣でもない。この世界にいてはならないライカンスロープだった。種族としては、ワーウルフだ。一瞬どきりとさせられたが、ドライとしては、それだけだ。疑問の余地もなく、身構える。それから、ワーウルフを警戒しながら、ブラッドシャウトを抜く。すると、ブラッドシャウトは、銀色に輝き出す。元々古代に創造された剣なので、何が起こってもなんら不思議ではない。剣を手にしている本人以外は、驚いたようだが、もっと驚き、怯えたのは、ワーウルフだった。先ほどの威勢はなく。腰を抜かした感じで、キャインキャインと、犬のように鳴き、逃げ出そうとした。


 「させるか!!」


 ドライは地を這うように駆け、すばやく走るワーウルフに追いつき、あっと言う間に、剣で殴り殺す。ワーウルフは、頭からバッサリと、真っ二つになる。ブラッドシャウトは、役目を果たすと、もとの血色の赤い色に戻る。彼はその死骸を掴むと、皆のもとに戻り、それを地面の上に投げ出す。


 「私を……、助けてくれた?」


 ノアーは、ドライの方を警戒しながら、そう訊ねる。


 「ふん、ついだよ!つい」


 ドライは、ぷいっとそっぽを向いて、冷たく返事を返す。


 「だが、これは……?」


 オーディンは、この奇妙な生物にかなり興味を持っていた。剣でつつきながら、皆に注目をそこに集めた。


 「ノアー、解りますか?」


 シンプソンが、ノアーの眼の奥を覗きながら、彼女から真実を聞き出そうとした。


 「ええ、きっと、私がこの男を助けたから、大司教が怒ったのだわ、いわば死刑執行人……、もちろん超獣界から、いえ、彼は魔界からね、召喚されたのは確かだけど……」


 「それじゃ、貴方もお尋ね者ね……」


 ローズの声は、複雑に感情が混じりあったものだった。だが、もし彼女がこうなることを知っていて、ドライを助けたのなら、満更悪人でもない、そう思えた。マリー殺害の真相は、落ちついてから、聞くことにした。もちろん返答次第では、殺すつもりでいる。


 「取り敢えず。此処では話になりません。一度家に帰りましょう。私にも、満更関係ない話でも無いようですし……、ノアー、全て話してくれますね」


 「はい……」


 シンプソンは、らしくなく一寸色気気味に、彼女の頬に手を宛がい、じっと彼女の漆黒の瞳の奥をのぞき込む。ノアーはもうそれしか答を出せないでいた。闇でも光りそうな、シンプソンの瞳が、彼女の心を捉えた。だが、本人も少し照れ気味だ。彼なりに考えての行動らしい。しかし、不思議にその場はそれで収まってしまう。誰も、ノーと、言うものはいなかった。


 その時、ドライが今一度、膝を崩し、地に膝を突く。


 「ふぅ、やっぱ足にきてんなぁ」


 「大丈夫?肩を貸してあげる」


 「私も肩を貸そう」


 「すまねぇ」


 ドライは、オーディンとローズの肩を借り、歩き始める。


 「一寸待って下さい」


 行きかけた三人は、何事かと思った。シンプソンが、ドラゴンに近づき、治癒の呪文をかけている。


 「自分の世界にお帰り」


 治療が終わると、役目を終えたドラゴンは、すぅっと姿を消す。敗北を認め役目を終えたことを悟ったのだろう。何より、それで、ノアーにはもう戦意がないことを、皆に悟らせたのだ。全てが片づき、皆で、孤児院へと向かうことにする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る