第1部 第2話 §9  竜の召喚者

 その時だった、怒涛のように、何かが破壊される音と共に、誰かが此方に驀進してくるのが判る。彼女がその音に、目を覚ますと同時に、部屋の扉が粉みじんになって吹き飛び、そこには、鬼気迫る表情のオーディンが、立っていた。


 「シンプソン!無事か!!ハアハア……」


 可成り息を切らせている。


 「え、ええ……」


 あまりの勢いに、一瞬心臓が止まりそうになるシンプソン、一方拍子抜けしたのは、オーディンだ。


 「逢い……引き?」


 シンプソンの膝元に頬を当てている彼女が、妙にいかがわしい。一瞬下劣な発想をするオーディンだった。


 「違います!!」


 見れば、誤解になるのが当然な状態だ。ベッドの上で、男女が、身を寄せているのだ。だが、オーディンは、彼女の顔を見ると、すぐに、そんな甘い感情は消えてしまう。それと同時に、怒りが逆流してくる。


 「女……、お前は!!」


 「そんな……、何故お前が、生きているの?」


 そう、彼女こそ、オーディンに龍をけしかけ、彼の全てを奪ってしまった女である。シンプソンに、甘えていた状態から、とてもそうは思えないが、顔は確かにそうだった。彼女もシンプソンから離れ、とたんに険しい顔をする。


 「出でよ!魔法の王者!咆哮せよ!生きとし生ける者の長!サモンドラゴン!!」


 彼女は一瞬にして身構え、ペンタグラムを相手に向かって、右回りに、目の前で描く、光りの線が、それを築く。ペンタグラムが、地に張り付き、そして更に光る。その外周の円の縁が目映く輝き立ち上る光の柱が上空に突き上げ、ドラゴンが召喚される。タイプは、翼竜で、コールドドラゴンだった。


 召還に伴い、遮蔽物ととなり得る可能性のあるもの部屋は、一気に破壊される。彼女は、シンプソンをかばうようにして、それをかいくぐる。そして同時にドラゴンが、二人を助けている。


 オーディンは、造作もなく避ける。見る限り、ドラゴンは正気を失っていない。


 彼等は、瓦礫となった、建物の上に出る。と、とたんにドラゴンが、有無もなくオーディンに、コールドブレスを、叩き付ける。オーディンは、素早くその息を剣に吸収する。だが、コールドドラゴンに、冷気をぶつけても、ダメージはないので、攻撃には、転じようとはしない。


 ブレスの次は、強力な爪で仕掛けてくる。だがそんな攻撃でやられるほど、オーディンは、ヤワではない。すかさず後ろに身を引き、間合いを作る。


 「待って下さい!!二人とも待って!!」


 シンプソンが、戦闘中の二人の間に割って入り、それを止めるよう大声で戦闘停止を促す。


 オーディンはもちろんの事、ノアーの方も、ドラゴンの動きを止める。二人ともシンプソンの声に耳を傾ける余裕はあるらしい。


 ドラゴンの目が、彼女がシンプソンを見るときのように、切なさと優しさを見せた瞬間のことだった。。


 「ご免なさい……」


 彼女は、事前の謝罪をいシンプソンに入れる。


 「うわ!」


 彼女の言葉と同時に、ドラゴンは、シンプソンをその腕で弾き飛ばす。それはあくまでも、彼を傷つけない程度の力だった。しかし、やはりドラゴンの力だ。シンプソンは、瓦礫の上に飛ばされると、そのショックで気を失ってしまう。


 「シンプソン!!」


 「あなたには、死んで貰うわ……、オーディン=ブライトン」


 「黙れ!飛天鳳凰剣!地裂炎殺剣!!」


 オーディンは、大地に踏ん張り、剣に火炎系の魔力を蓄え、それを下から上へ捲りあげるように振り上げた。そこから炎が、大地を裂きながら吹き上がり、ドラゴンの方へ一直線に進む。だが、ドラゴンは、その巨翼で天空へ逃れ、技をかわす。


 「バカじゃなくて?!飛竜に、大地系の技を使うなんて……、それに、あなたに勝ち目はないわ!!」


 彼女は、オーディンの、ほぼ正面にいる。ドラゴンを召喚したことで、優位に立っているのだろう。


 事実そうなのだが、オーディンは直ぐに、彼女が口ほどに、戦闘に慣れていない事をしる。


 その理由には、魔導師である彼女にとって、オーディンとの接近戦に対する手だてが、何一つ無いからだ。


 それにも関わらず、オーディンとの距離は、さほど離れていない。一方オーディンは、彼の優しさが、彼女への直接攻撃をさせないでいた。腸は煮えくり返っているが、それでも女を斬ることは、彼の本意ではない。暫くドラゴンの一方的な攻撃が続く。


 だが動もすると、戦略性のない攻撃を見抜いたオーディンが、その隙をうかがい、攻撃に転じる。


 「奥義鳳凰遊舞!!」


 オーディンが、大地を蹴る。そして華麗に天を待った。彼の全身は、闘気の炎に包まれ、その闘気が、空飛ぶ鳳凰を思わせた。

 

 だが、彼は過ちを犯した。

 

 跳躍があまりにも長すぎたのである。


 知能を失ったドラゴンならいざ知らず。今は完全に人間の制御を受けている。標的を忠実に補足し、攻撃を仕掛けることが出来る。ドラゴンの頭上に出た瞬間、彼は、コールドブレスの直撃を受けた。ドラゴンは忠実に人間の命令を聞くだけではなく、自らの意志でも動いており、その能力は損なわれていない。


 主従関係としては、完全従属よりも、調和に等しいようだ。其れは同時に彼女の力を大きさも示すに十分な材料でもあった。


 オーディンは失速し、地に落ちる。普段の彼なら、きっとこんな落ち度はなかっただろう。だが、今の彼には冷静さがない。そのために起こったミスだった。


 「不覚!此処までか……」


 彼は、闘気に身を包んでいたため、辛うじて凍死は避けることが出来た。だが、凍り付いてしまった身体は、もはや思うようには動かない。


 「これで終わり……ね」


 オーディンを捉えた。彼女は慢心無く、慎重にオーディンに狙いを定める。

 

 だがノアーが、勝ち誇った瞬間、それは起こったのだ。

 

 「サウザンド=レイ!!」


 何処からともなく、女性の声が聞こえた。それと同時に、天空を飛ぶドラゴンを多数の赤い光りが貫き、次々、地面に直撃し、爆発音をたてる。ドラゴンのほぼ真下にいたノアーも、間接的にそのダメージを受ける。


 「うう、これは……古代魔術……何者!」


 その時、ドラゴンがノアーのギリギリの位置に落ちる。何とか召喚した主だけは避けた感じだ。その時一組の男女が現れる。


 「ウヒャー!でけえトカゲ!!」


 「なに言ってんだか、ドラゴンよ!ド・ラ・ゴ・ン!」


 男の方、名はドライ=サヴァラスティア、その世界では売れ筋の、世界を股に掛ける賞金稼ぎだ。女の名は、ローズ=ヴェルヴェット、彼女も訳あって、賞金稼ぎをしている。二人の目的は一つ、彼の恋人だった女であり、彼女の姉であった女性(ひと)を殺した人間を探しだし、殺すことだ。今は、その女性の解こうとしていた遺跡の謎を解明しようと、この大陸に戻り、この地を通りすがった所だった。


 二人が、ボケと突っ込みをやっているその時だった。ノアーがドライの顔を見て、焦りと驚きの表情を見せる。


 「赤い眼……、ドライ……サヴァラスティア……、そんな、生きているはずが……」


 ドライがこの言葉に不快感を覚える。それもその筈である。ドライはノアーのことなど、髪の毛ほども知らない。だが、ノアーの方は、ドライのことを、かなり的確に知っているようである。


 「あん?何だよ女!俺のこと知ってんのか?」


 一歩、二歩と、ノアーににじり寄るドライ。彼女も、爆撃の痛みに耐えながら、構えを見せる。そして突然、目の前で、指先に魔力を込め、何やらの文を書き、呪文を唱える。


 「アトミック=ボルト!!」


 一瞬である。空気が膨張し、裂ける音が聞こえた直後、辺りが目を開けられないほどに激しく光り、雷がドライに直撃する。だがドライは、彼女の怪しげな指の動きを読み、あらかじめ、それに対処できるように身構えていた。


 「おぉぉりゃぁぁ!!」


 愛刀ブラッドシャウトの側面を、魔力の落下方向に翳し、それを凌ぐ。魔力はブラッドシャウトに弾かれ、明後日の方向に、跳ね返る。


 「テメエ……。まさか……」


 ドライは、少し蹌踉けながらも、もう一度彼女を見据える。その眼は、先ほどのようにゆとりのある顔ではない。明らかに、過去にあった何かを思い出した顔をしていた。


 「だったら、どうなの?」


 ノアーは、ドライとは正反対に、至って冷静だった。


 「殺す!!」


 ドライの殺気が、殺意へと変わり、ノアーに対して一気に切り込もうとした瞬間だった。急に彼の膝が、砕けたように、地に落ちる。


 「な……!!」


 そして身体が、痙攣に近い震え方をする。彼にも何故かは解らないようだ。


 「どうしたの?」


 ローズが、急変したドライの様子に、彼の側に駆け寄る。オーディンは、いきなり割り込んできた二人に驚いたが、身体が氷付けになっているので、動くことが出来ない。ただ見守るしかなかった。


 「あの稲妻は、ただの稲妻じゃない、直撃をしなくても、体内の組織破壊を余儀なくされるわ、諦めるのね」


 ただ淡々と、ドライに起ころうとしている事象を語る。今度は余裕や勝ち誇るなどと言う様子は、一切見せない。


 「ち!なんてこった。落ちが悪すぎるぜ」


 それでもなお、ドライは立ち上がろうとする。それと同時に、ローズに話すべき事を話す。


 「良いかローズ、彼奴がマリーを殺った張本人だ。あの稲妻は、忘れるはずがねえ……、だが女だとはな……」


 「何ですって!」


 ローズが、振り向きざまにノアーの存在を確認する。ローズの恨み辛みの隠った眼が、一瞬ノアーに不快感を与えた。この時、オーディンは、彼等も自分と同じように、大切な者を奪われたのだと言うことを、理解する。「解ったわ、ドライは休んでて、後は、私がケリを付ける」


 ドライの肩を押さえ、焦点をノアーにあわせ、歩き出す。


 「おい、待ちやがれ!其奴は俺が殺る!待てよ!」


 ドライは、力の抜けた身体の力を必死に振り絞り、ローズを掴もうと、手を伸ばしながら、剣を地面に突き刺す。身体を振るわせながら立とうとするが、それも虚しく、また膝を地に付ける。


 「だめ、あんたに女は殺せない。でも私は違う。女はこういう時って、残酷になれるものよ」


 彼女は、ドライの言うことなど聞く様子もなく。歩を進める。その時に、オーディンが漸く叫ぶ。


 「赤い髪の女!後ろだ!かわせ!!」


 「え?」


 ローズが、振り返ると、血みどろになったドラゴンが、重そうに首を持ち上げながら、ローズを狙っていた。それに気が付いた瞬間、コールドブレスが、彼女を襲う。一瞬ローズが、コールドブレスに、包まれた感じになるが、その直後のコールドブレスは、空へ跳ね返された。どうやら、オーディンのとっさの助言が、彼女を助けようだ。冷え冷えとした空気の渦の中から、焦りを隠せない顔をして、立て膝で身を縮めながら、咄嗟に剣で身を守っていたローズが、現れる。


 「なによ、まだ死んでなかったわけ?」


 それから、気を取り直した様子で、立ち上がる。


 「さて、覚悟は良い?今度は此方の番ね」


 ローズがいう。


 さながら、女の戦いと言った感じで、面と向い、睨み合う二人だっが、それに水を差すように、一人の男の声が聞こえた。

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