第1部 第2話 §7  古き冒険者の再会

 時は少し流れ、二週間ぐらい経った日のことだ。

  

 その頃になると、彼も貴族風の衣装を纏わなくなっていた。極普通の、服装になっていた。


 だがしかし、オーディンの心の傷は、未だ癒えることはない。子ども達の前ではいざ知らず、孤児院から出るときは、未だに仮面を付けたままだった。


 オーディンは、暇を見つけては、孤児院の庭の広い、美しい景色に目をやり、心の空洞を見つめ直していた。涼しい風が、素顔のままの左半分に、自棄に寂しく感じた。


 〈本当に、これで良いのだろうか……〉


 そうしていると、大抵ジョディが、オーディンを見つけだしては、彼の膝の上を求めてくるのだ。この日もそうだった。


 「オーディン、何してるの?」


 「ああ……、いや、別に、勉強は、どうした?」


 「オーディンが居ないと、つまんないよ」


 「そうか……」


 こうして、いつも皆の元へと引き戻される。二人が、いつも通り孤児院に戻ろうとしたときだった。空中に、いきなり人間が現れ、ドスンと落ちてきた。


 「イタタタ!」


 その人は老人で、白い顎髭を立派に蓄えている。さすがにいきなり現れたので、掛ける言葉がない。それほど高い位置から落ちたわけではないので、怪我は打ち身程度のようだ。老人は、ムクリと起きあがり、辺りを見回す。


 「ここは……、どこかのう」


 「大……丈夫……ですか?」


 一寸吃驚気に、オーディンは訊ねてみる。それと同時に自分が空から降ってきたときも、こんな感じだったに違いないと、想像してしまう。ジョディは、怯えて、オーディンの足にしがみついている。


 「ああ、なんとかのう、所で此処は?」


 向こうも此方に気が付いたようで、返答をしてきた。どうやら本当に、大丈夫のようだ。


 「えっと……」


 此処と言われても、困ってしまう。何せ、この村には、名前がない。取り敢えず位置で、説明することにした。


 「西バルモア大陸にある、内陸のサンドレア地方の名もない農村ですが……、あなたは?」


 「うむ、そうか、それでは実験は成功かな?儂はバハムート、此処から南のブラキア大陸からやってきたんじゃが……、おっと、此処に、サムステンという名の男はおるかな?」


 「ええ、居ますよ」


 サムステンとは、長老の事だ、どうやら、彼の客人のようだ。


 バハムートは、知る人ぞしる考古学学会での長たる人だ。今までに残した功績は、数しれない。今は引退をして、静かな山奥で暮らしている。俗に言う、偏屈なのかも知れない。オーディンは、博学だが暫くこの名前を思い出すことが出来なかった。


 「良ければ、ご案内いたしましょうか?」


 「ああ、頼むよ」


 この時に、オーディンのひどい傷が目に入ったのか、しばしば彼の左半面に、バハムートの視線が集中する。オーディンも、それを少し意識していた。


 「ジョディ、済まないが、部屋から、仮面を取ってきてくれないか、風が冷たい」


 「うん」


 彼女は、そそくさと走り出す。オーディンの頼み事を断るわけがなかった。彼女も父親が帰ってきた錯覚に、つかの間の幸せを感じていたのだろう。その間も、バハムートの視線が、自分の顔に突き刺さるように感じる。少し感に触り始めたので、冷たく低い口調で、こう言った。


 「何か……」


 「あ……、いや、失礼」


 と、即座にバハムートの方も詫びを入れる。先ほどのオーディンとは違い、妙にイライラした感じで優しさの欠片も見られない。ただ、早くジョディが、仮面を持ってくるのを待つだけだ。そんな落ちつきのない彼を見ていると、見ている方も早くそんな状況を、打開したくなる。暫くすると、漸くジョディが仮面を持ってくる。


 「はい、持ってきたよ!」


 「ああ、有り難う」


 オーディンの手が、ジョディの頭に伸び、クシャリと一撫でする。彼は、子どもの視線を忘れない。必ずしゃがみ、彼女の目の高さから話しかける。ジョディが、ニコリと微笑む。オーディンも吊られて、目を細める。


 「少し、出掛けてくる。いい子にしてるんだぞ」


 「いつも、いい子だよ」


 「そうだな……」


 互いに、見合わせたように、微笑みをもう一度交わしあう。この頃には、普段のオーディンに戻っていた。


 「さぁ、行きましょうか」


 「うむ」


 オーディンは、バハムートの名前が気になっていたが、なかなか思い出せない。考えもって歩いていると、村娘などが、声を掛けてくる。


 「あ……、オーディンさん、お出かけですか?」


 「ええ、長老に、尋ね人が来たもので、これから少し、ね」


 少々の会話を交わすだけだが、彼女達が意識をしてオーディンに声をかけているのは、歴然と解ってしまうほどだった。皆、何故彼が、仮面をしているのか解らなかったが、大抵の者は、その瞳の深き青に魅了されてしまう。もっとも、オーディンにその気など全く無い。いつも心の中に、ニーネが居るのだ。


 「オーディン、はて……何処かで聞いた名じゃが……、此処にはサムステン以外、知り合いもおらんし……」


 オーディンは、特に何も答えない。昔の事などもはやどうでも良いことだ。気が付くまで、放っておくことにした。


 バハムートは、何やらぶつぶつと言っている。オーディンのことが、かなり気になっているらしい。オーディンも、彼のことが気になる。互いに、互いのことを気にして歩いていると、やがて、長老の家に着く。


 「此処ですよ」


 「おお、そうか」


 オーディンが、早速ノックしてみる。一寸間をおいて、すっかり顔見知りになった、彼の奥さんが、迎え出てくれる。


 「まあ、オーディンさん、どうしたのです?」


 「ええ、長老に、会いたいとかで、此方の方が……」


 と、バハムートを彼女に紹介する。すると、互いに顔見知りであるようで、抱き合って久しぶりの友の再会に、歓喜の声を上げた。


 「まあ!お久しぶりですこと!」


 「マリエッタ!元気そうじゃのう。サムステンはいるか?!」


 「ええ、さ、お二人とも入って、あなた!あなた!」


 彼女は、いそいそと家の中に彼等を導き、興奮気味に旦那を呼ぶ。向こうも何事だと、バタバタと走ってくる。


 「何事だね!騒がしいぞ」


 「それが、バハムートが」


 オーディンと、バハムートが、玄関から彼女を挟むようにして、長老の前に立っていた。長老にもバハムートの姿が目に入る。


 「おお!こんなに早く!それにしても、老けたなぁ!」


 「何々、それはお互い様じゃ!!わはは」


 友が再会する姿は、本当によいものだ。二人の老人が、何だか若々しく見える。肩を組み合って、笑いあっている。どうやら三人は、旧知の仲のようだ。オーディンとセルフィー、ニーネと、同じ様な関係なのだろうか、オーディンは、少し羨ましく思う。彼には喜びも悲しみも分かち合った友がもう居ない。彼等の邪魔にならないように、そっと立ち去ろうとしたときだった。マリエッタが引き留める。


 「あらまぁ、ゆっくりなさって行けば良いじゃありませんか、シンプソンさんも、いらっしゃってますよ」


 「え?シンプソンが……」


 「おっと、そうだった。君にも話があるのだよ、オーディン君」


 長老が、再会の喜びも一入に、皆を引き連れて、居間に入って行く。そこには、シンプソンも待っていた。長老はそこで、互いの紹介の仲介をしてくれた。その時に、漸く互いの正体が分かる。互いに、有名人にあったことを、素人っぽく驚いてみせる。行く道こそは違うが、互いに尊敬すべき相手だ。


 バハムートを呼んだのは長老だった。最もこれほど早く来るとは、予想もしていなかったという事だ。


 「どうやって此処に?手紙が着くのでさえ、時間が掛かる筈なのに」


 「なあに、実験中の魔法でな。少し場所がずれたみたいじゃが、まあ、問題無しじゃ」


 「相変わらずだなぁ、まだ古代魔法の、研究をやっているのか」


 「うむ、お前さんは、冒険家を、引退てから、久しいのう」


 「歳には、勝てぬさ」


 また笑いあう。暫くそう言う思い出話がつきなかったが、ややもすると、長老の雰囲気が少し変わる。これを皮切りに、バハムートもシンプソンも、急に重苦しそうに、その雰囲気に飲み込まれる。長老が言う。


 「実は、お主に、会わせたい男は、この男なのだ」


 「なに、オーディン殿を?」


 「済まぬがオーディン君、酷であろうが、もう一度君が此処へ来た経緯を、彼に話してやってくれぬか?」


 どうしても、痛みを忘れることは許されないのだろうか、それは彼に一生つきまとうものなのかもしれない。「ええ」


 彼のために集まったのだ、話さぬ訳には行かない。あの熾烈な場面が、再びオーディンの脳裏に、克明に、蘇ってきた。友の死、ドラゴンの群、謎の女、黒装束、そして不思議な声による導き、全てをバハムートに話す。


 「黒装束の女……、もしやその黒装束の女とは、黒の教団の事では?」


 「知っているのですか?」


 「うむ、ちと(一寸)な」


 此処でバハムートが、自分が此処に来る前に、直接名前は出さなかったが、一組の賞金稼ぎに出会ったことを話す。彼等が、すでに黒の教団と出会っていることだ。その事から、黒の教団は一地方にだけに存在しているのではなく、世界的に散らばっていると、考えた方がよい。だが、取り敢えずその事は、おいておくことにした。


 長老が、気にかけたことは、的を絞って二点あった。一つは、何故オーディンが襲われたのか、もう一つは、ドラゴンを大量に呼びだしたその女のことだ。何故なら、ドラゴン一匹で、十分に世界を混乱に陥れることが出来るからである。それを、オーディン一人のために複数呼び寄せたのだ。そこで、魔法考古学、異世界に詳しい、バハムートを呼んだのだ。昔の冒険野郎の血が騒ぐのだろう。まるで、秘宝の秘密を、探求するかのように、目を深く輝かせている。


 「済みません、私のために、何だか大げさな、事になってしまったようで……」


 彼にとっては、もはやどうでも良いことだった。いや、無理に心の奥底にやったものだが、それでも捨ててしまったことに、自分以外の者が、そこに懸命に携わろうとしている。申し訳なく感じてしまった。


 バハムートが言う。


 「いや、かまわんよ。興味がなければ、遠路遥々こんな所には、来やせん」


 「そうとも、何だか、三人で冒険した頃を、思い出すよ」


 長老も、これに同意する。


 三人とは、彼とバハムート、それにマリエッタのことだ。冒険……。戦争以外、遠征をしたことのないオーディンには、何がよいのかは、解らないが、彼等は目を輝かせている。だが巫山戯半分ではない。バハムートが、話を続ける。


 「よいか、『怒れるドラゴンの出現は、世界の崩壊の前兆にあり』、これは、ドラゴンの持つ超常能力所以に、生まれた言葉じゃが、満更それだけではない。それは、ドラゴンを呼び出せるほどの術者が、悪に力を貸しておるからじゃ。その者は、何れ何処かで私欲に満ちた悪行を働く。もしその術者が黒の教団の者なら、狙うは世界!」


 「世界?!」


 オーディンがその大げさなバハムートの発言に、声を裏返しそうになってしまう。


 「そう、世界じゃ、つまりお主はとんでもない事に巻き込まれた訳じゃ、だが、何故お主がそれに巻き込まれたか……じゃが、心当たりはないのか?」


 「いえ……」


 ただ、首を横に振るしかない。だが、彼が狙われた事実は、ひっくり返りそうにはない。オーディンは、急な話の広がりに、沈黙してしまう。


 〈世界、何のことだ。私にどうしろと……〉


 オーディンが沈黙していると、バハムートが彼の肩をポンと叩く。


 「己が行くべき道を行けばよい。時が来れば自ずと道が開かれ、成すべき事が自ずと解る。今は休め」


 バハムートの言葉には、不思議な説得力があった。長きに亘る彼の人生経験だろうか、それとも古を追求する男だからだろうか、不思議とその言葉に、安心を覚える。


 何処からか、時計がボーン、ボーンと鈍い音を響かせる。隣の部屋かららしい、それは五回なる。


 「あ、シンプソン、そろそろ家に帰らないと子ども達が……」


 「そうですね、早く帰らないと五月蝿いですからね。帰りますか」


 と、席を立つ二人。そう、オーディンが今すべき必要な事は、子ども達とやすらぎの一時を過ごすことだ。


 バハムートは、暫くこの地に留まるらしい。旧友と暫し、思い出話に花を咲かすのだそうだ。だが、彼がいざ帰ろうとすると、魔法が悉く不発に終わり、帰るに帰れなくなってしまった。仕方がないので、呪文の修正をしながら、此処に留まることにする。それから、シンプソンに頼まれて、子ども達に魔法考古学を教えることになる。何れ独り立ちする子ども達のことを、思ってのことだろう。


 それから何日か経ったある日のことだ。珍しいことに、シンプソンから皆へ、外で遊ぼうと言い出した。運動神経の鈍そうな、彼がこんな事を言うのは、本当に珍しいことだ。


 だが外へ出ても、シンプソンは、余り激しい運動はしない。遠くの方から、子ども達を見守るだけだ。オーディンも、暫し戯れた後、休憩を入れるためにシンプソンの横に座る。孤児院にいるときのオーディンは、仮面など付けない。素顔を曝したままだ。


 「私も歳かな?疲れたよ」


 「そうですか……」


 シンプソンの返事は、素気なかった。目は絶えず彼等を見ている。おだやかな表情だ。それから彼の方から、オーディンに話しかける。


 「見て下さい。彼等の顔……、あんなに、楽しそうに……」


 「ああ……」


 「彼等は、周りの環境に敏感です。生かすも殺すも大人次第、私、自信をもてるんです。あれほど明るい彼等を見ていると、今していることが間違ってはいない……ということ……」


 彼は、自分の生き甲斐に目を輝かせ、納得のいった男の顔をしている。シンプソンは、時々この顔を見せる。それから、また話しかけてくる。


 「どうですか、心の傷は……、癒えましたか?」


 「いや、残念ながら、外へ出るときはまだ仮面に頼ってしまう。だがそれもあの子達と居れば何れ……」


 「そうですか……、その日が早く来ると、良いですね」


 「ああ……」


 冬の兆しの見える森達、涼しすぎる風の駆け抜ける野原で、オーディンの心の中だけは、徐々に氷が溶け始めていた。ボブが側に駆け寄ってくる。


 「シンプソンもしようよ。鬼ごっこ」


 「そうですね、一寸、行って来ます」


 「ああ」


 シンプソンは、ボブに手を引かれ、蹌踉けながら走って行く。もう少し運動をした方が良さそうだ。向こうの方で、ジャンケンで、鬼を決めているようだ。シンプソンが負けたらしく、空で、数を数えている。どうやら、ある程度の広さを、決めているようで、皆、一定距離以上中心点から、離れない。シンプソンが走る。思ったよりは、足が速い。だが、すぐに息を切らせてしまう。やはり、運動不足のようだ。


 「なんじゃぁ、今日は勉強は無しか?儂は結構楽しみにしておったんじゃが……」


 いつの間にかバハムートが、オーディンの後ろに立っている。普段なら、人の気配には敏感だが、どうやら子供達を見ていることに、熱中していたらしい。


 「御老体……」


 不意を突かれたような腑抜けたオーディンの対応。


 「その言い方は、止してもらえんかのう。ま、今の儂にはぴったりじゃ……、が、獅子は老いたりとも獅子じゃ、たぎる探求心は、衰えぬわ。心は今もあの子ども達と同じじゃ」


 と、言って、向こうの彼等を眺める。彼等は、実に元気良くはしゃいでいた。シンプソンは、息を切らせながらも今度は逃げ回っている。子ども相手だと言うのに、手加減の余裕はなさそうだ。バハムートは、思ったより子ども好きのようだ。当てが外れてガッカリした様子で、オーディンの横に座り込む。出会ったと瞬間のバハムートは、オーディンにとって、自分の内心をのぞき込むような目をした、最もイヤなタイプの男と思われたが、今は全くそんな顔はしない。どうやら、彼の一寸した探求心が、そう言う行動をさせたようだ。


 「所で、御老体は、何時お国へ帰られるおつもりですか?」


 オーディンが、からかい半分で、聞いてみる。


 「痛いことを、言うのう。じゃが、どうしても転移の魔法が、上手くいかんのじゃ。理論上はなんら問題も無いはずなのじゃが……」


 バハムートは、しっくり行かない様子で、長く伸びた顎髭に手をやり、首を捻りながら、自分の脳裏に浮かぶ公式を、見つめ直している。


 「なら、こうお考えになっては?神がもう少し此処に居られるよう、あなたの帰郷を阻んでいる……と」


 「そうかのう……、意外と、そうかも知れんの」


 神などと言うと、まるで宗教に染まった人間に思えるが、オーディンには、更々そんな気はない。そういえば、シンプソンは、形こそ何処かの宗派感じさせるが、食事時にお祈りとか、厳粛な信仰心など本当に見られない。なら何故孤児院なのか、だんだん不思議が募るばかりだ。きっかけは彼の生い立ちにあるのは知っているが、孤児院である意味が、やはり解らない。単に養父ではだめなのか?という、部分に突き当たる。


 少し立って、丁度良いときに、シンプソンが、バテ気味になりながら、二人の側へよろよろとやってくる。


 「御老人、来ていたのですか?」


 「二人して、年寄り扱いか……」


 バハムートは、一寸むくれる。その間に、シンプソンに何故孤児院なのか、聞いてみる。何故養父ではないのか?と、言うことだ。


 「あ、それですか、簡単ですよ。養父だと、世間の援助を受け難いですが、孤児院ですと、その辺が結構ですね……、あ、欲っぽいですか?」


 「あ、いや……」


 何だか、はぐらかされている感じもしないではない。だが、嘘でもないようだ。などと言っていると、今度は、長老がやってきた。彼が孤児院に来ることは滅多にない。皆無に近い。が、シンプソンが何かあると、長老に会いに行くように、村に何かあると、シンプソンに会いに来る。なかなかやっかいそうな、顔をしている。


 「どうしたんですか?長老……」


 「ああ、実は一寸な、中で話を……」


 彼は可成りの焦りを見せている。それと同時に、不安な雰囲気が風に乗って周りを包む。子ども達は、まだ気が付いていない。シンプソンが彼等を気遣い、日が沈み始めるくらいまで、自由にしてよいと言い渡し、大人達だけで、中に戻る。そして、食堂に集まる。


 「で、どうしたのですか?長老」


 紅茶の支度をしながら、シンプソンが話を切りだした。長老は少し困った顔をしている。先ほどからそうなのだが、より深刻さを増しているのが解る。


 「はっきり言って、オーディン君やバハムートの話を聞くまでなら、放っておいても、良かろうとおもったのだが……、木こりのジョーンズの話なのだが、森の中で怪しげな建築物を見たそうだ。こういう不安な噂は、すぐ広まる。それで、君達に少し、探ってもらいたいのだ」


 「そうですか、建築物……で、どの辺りですか?」


 シンプソンは、平然と答を返す。この時、オーディン、バハムートは、二人の言う「探る」と、言う言葉の意味を、全く捉え違えをしていた。現場に踏み込むというイメージだった。


 「探るなら、私が行こう。少しは皆のために、お役に立ちたい」


 オーディンが、身支度を整えるために、すくりと立ち上がる。だがシンプソンが、これを制止した。


 「いえいえ、そんなことをしなくても良いんです。皆さん、一寸此処で待ってて下さい」


 と、言うと、シンプソンは席を立つ。それから、物置のあると思われる方角へ行く。それから、何やらがさがさと、ものを漁る音がする。音が止むと、今度は足音が近づいてくる。部屋に入ってきたのは、やはりシンプソンだが、少し埃を被って、右手に、杖を持っている。杖の長さは、70センチくらいで、頭には、大きく真っ青な宝玉が埋め込まれている。装飾は、古代をモチーフしたものだ。杖の先端まで、綺麗な細やかな装飾が成されている。だが、何処かで見た事がある。そうだ、確か、ハート・ザ・ブルーも、似たような装飾が、成されている。だが今は、その事は横に置いておこう。これからシンプソンが、何をするかだ。


 「お待たせしましたね、済みませんが今度は、暫く静かにしていただけませんか?」


 皆無言に頷く。それからシンプソンは、椅子に腰を掛け、宝玉に額を付ける。どうやら、探るとは超能力的な方法で行われるらしい。シンプソンの呼吸が、次第に深く、ゆっくりになる。


 〈何か、見えますね……、可成り古代文明を意識した建物ですが……、黒装束……、そうですか、これが……え?〉


 その時シンプソンの身体が、ピクリと動く。


 〈誰です。誰かが私と、同じように、此方を……、!!〉


 その時、シンプソンと、その気配の持ち主との目が合う。それは、明らかに女性のものだ。向こうは、此方の気配に気が付くと、さっとその気配を消してしまう。それから明らかに解ることは、向こうも何らかの形で、此方を探っているという事だった。


 「シンプソン、どうしたのだ。何を見た?」


 オーディンが、彼の肩を軽く揺さぶる。心配なのは、その時の彼の顔が、ひどく青ざめていることだ。


 「ええ、向こうと意識の波長が、同調してしまいました。大丈夫です」


 だが、そこにはあまり「慣れ」と言うものは見られない、彼自身、こういうのは初めての経験のようだ。だが、ややもすると落ちつきを取り戻した様で、今自分の見た様子の概要を話す。「黒装束」という言葉は、オーディンをひどく怒りにふるわせた。歯ぎしりの音が聞こえそうなほど、彼の顔は、酷くゆがんでいる。


 オーディンは再び席を立つ。


 「待つんじゃ!今からでは、夜になってしまうぞ、明日の朝にせい。大体の位置は判っておるのだから」


 「そうですよ。オーディン、明日にしましょう。今は、準備が何もできていません」


 一人熱くなるオーディンを、バハムートとシンプソンが、彼の肩を撫でるようにして落ちつかせる。


 オーディンは利口な男だ。彼等の言い分に、利があることを感じると、怒れる自分を押さえ込み、それを沈めるようにして、もう一度席に座り、紅茶を飲んだ。取り敢えずその場は、皆収まり着いたように見せる。だが、夜になっても、オーディンの心のイライラは収まらず、誰とも話そうとはしなかった。返事をしたとしても、気のない返事を返す程度だ。


 一方シンプソンの方も、あれから顔色が優れない。どういう訳か、可成り精神的ダメージが強いのだ。二人とも、それぞれの理由で口を利くことは無かった。

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