第1部 第2話 §6  届けられた悲報

 食事の後、二人で、村に出掛ける。村中を案内してくれるそうだ。やはりオーディンは、素顔を曝すのを、苦にして、仮面を付ける。子ども達は、この姿の彼は、嫌いなようだ。きっと冷たい感じがするのだろう。


 「似てるんですよ」


 「え?」


 「彼女の父親に、そっくりなんですよ。盗賊に襲われて死んでしまったそうです」


 〈なるほど、それで私に……〉


 その後、暫く会話が途絶える。特に話す理由もないし、話す内容のある話もない。シンプソンは、何気なく澄ましているが、彼は、今一何を考えているのか理解できない。もちろん悪人ではないようだが、考えが読めない人間は気になる。明るいのか、根暗なのか、それさえも解らない。だが、子ども達と居るときは、少なくとも明るい。それと、そそっかしいことだ。自然なだけなのだろうか?


 村に来ると、一つ気が付いたことがある。それは、しけた感じがしないことだ。建物が、十年を越えてそうのモノがあまりない。年代を区切ると難しいが、とにかく古そうなモノはない。人間は、古いのやら、新しいのやら色々居る。畑で作物の手入れをしている人数を見ると、思ったより人間が居そうである。


 「どうしました?キョロキョロとして、何かありますか?」


 「いや、思ったより、人が居ると思ってな。生活には、不自由は、なさそうだ」


 「ええ、でも、世間の情報が入り難いんですよ。今一……、山奥ですから、仕方がありませんがね、あ……、今日は、新聞が来る日ですね、何か面白い話があればよいのですが……」


 この時代の新聞は、魔法による通信で、世界中に情報が伝達され、あとは、筆記による記事の手直しと、凸版印刷による大量生産が、一般的だった。そのせいで、大きなニュースは、割合世界に伝わりやすかった。その半面、交通網は、駅馬車や、船が一般的で、その他は、大抵徒歩で、かなり文明的に遅れが生じている。蒸気エンジンはもちろんのこと、エレクトロニクスが無いことは、言うまでもない。ただ、魔法考古学学会により、魔法による飛行が、研究され始めていた。このきっかけになる古代遺跡を発見したのは、マリー=ヴェルヴェットと言う女で、学者の卵だったが、五年前に、不慮の事故で死亡した。それ以来、確信的に古代魔法を発掘する行動的な学者が居なくなってしまった。人が空を飛ぶのは、五〇年先になりそうだという目測があるくらいだ。話は元に戻る。


 「おやおや、シンプソンさんじゃないか、往診かい?」


 一人の老婆が、親しそうに、彼に話しかけてくる。


 「ええ、もう足は良いんですか?」


 「あんたのおかげさ、もうすっかり良いよ。所で、そちらの身なりの立派なお方は?」


 「ああ、此方は、オーディン=ブライトンさん、えっと……」


 オーディンが此処に来た理由を言おうとしたシンプソンだったが、そんなモノはあるはずもない。彼は、何かの力によって、強制転移させられたのだ。


 「移住です。静かなところに住みたくてね」


 「だ、そうです」


 と、取り敢えずその場はそう繕う。こうなると悪いことをしたわけでもないのに、何だか自分が、怪しい人間に思えてくる。などと思っている間に、シンプソンは、歩き出してしまう。村を案内してくれると言ったが、ただブラブラ歩いても仕方がない、きっと他に、どこか行くところでもあるのだろう。


 「そうかい、おっと用事があったんだわさ……」


 老婆は自分なりに急いだ様子で、通り過ぎて行く。

 

 暫く徒歩が続く。

 

 今度は、シンプソンが畑の方を眺め、キョロキョロとし始める。


 「あ、居ましたね、長老!」


 「やあ、シンプソン君、どうしたんだね」


 シンプソンが、村の長老に向かって挨拶をすると、彼の方に長老がやってきた。シンプソンが、彼に直接会いに行くときは、決まって何か用事があるときだった。長老と言っても、自給自足は、この村には欠かせないことなので、偉そうにはしていない。自ら手に汗して働いているのだ。


 「一寸、入り組んだ話がありまして、その……、その、この人は……」


 「オーディン=ブライトンです。宜しく」


 オーディンが、名を名乗り、握手のために手を差し出した。その時に。オーディンの名前に聞き覚えがあるらしく、少し驚いた顔をしている。


 「オーディン=ブライトン、ヨハネスブルグの英雄として、名高いあの男が……、取り敢えずわが家へ行こう」


 どうやら彼は、オーディンの名前をしているようだ。シンプソンは、何のことなのか解らず、キョトンとしている。兎に角畑を突っ切って、彼の家に行くことにする。その時に、オーディンの容姿の良さに、村娘達が、彼をじろじろ見回した。


 間もなく、彼の家に着く。さすがに長老と言うだけあって、それなりの住まいだ。部屋数も少々多めに見える。外見の装飾などは、他とは変わり無い。家に入ると、彼の奥さんらしき人が出迎えてくれ、そのまま応接間へと導いてくれた。紅茶も入り一息着いたところから、再び話が始まる。オーディンは、自分が此処に来てしまった経緯などを話す。そしてドラゴンの出現も、全ての話が漠然としていた。全てが理解できないままに、崩壊してしまったのだ。そして自分は、生きている。


 「なるほどな、お主の話は解った。ドラゴンか……、超獣界……、黒装束の女、お主の言う女は、風貌からして、おそらく伝説にある黒の教団をまねたモノだな」


 どうやら、この長老は世界に精通しているらしい。なるほど、シンプソンが彼を頼ってきた理由が何となく分かるオーディンだった。


 「黒……の教団?」


 なんとも、如何にも妖しげな集団の名前に、眉唾だと、オーディンは眉をひそめる。


 「ああ、太古の昔に、人間の心を邪悪に惑わせた。恐るべき悪魔の教団……、しかし何が目的なのか、儂も伝え話程度にしか知らぬが、おそらくそれに間違いは無かろうて……」


 「あの済みません、英雄というのは?」


 シンプソンは、オーディンがドラゴンと戦った挙げ句に、此方に飛ばされた話は聞いたが、彼がヨハネスブルグの英雄だと言うことは、全く聞かされていない。


 長老は、話しを迅速に進めるために、シンプソン対して、自分の知る限りのオーディン英雄伝を、彼に話す。


 「そんな凄い方だとは……」


 「止めてくれ!私は、決して英雄などではない……決して……」

 

 其れは、今より十年も前の昔話。

 

 オーディンが英雄と呼ばれる理由。それは、オーディンが二十歳の頃。大魔導戦争という、ヨハネスブルグ王国全域を、脅かす苛烈な戦争があった頃の話だ。戦争だが相手は人間ではなく、魔導師の呼び出したデミヒューマン、ドラゴン、スペクターがその対象だった。どれも人間とは比較にならない強さの持ち主だ。だが、その地に一人の英雄有り、マックスティン=ブライトン、オーディンの父だった。一騎当千と唄われ、彼一人で、ヨハネスブルグを護っていたと言っても、過言ではなかった。だがその父も、魔導師との対決に破れ死去。オーディンは、その意志を継ぎ、父をも凌ぐ強さで、魔導師に奪われた領土を、次々と奪回。そして大魔導遠征、百人の精鋭を揃え、討伐に出掛ける。


 「みんな、魔導師の居る砦まで、後もう少しだ!!平和を取り戻すぞ!!」


 「おお!」


 オーディンが剣を天に突き刺し雄叫びをあげると、皆が活気づいた。そうして、魔導師を最後の砦まで追いつめろる。


 「諦めるんだな……、貴様の最後だ。魔導師よ」

 オーディンが、魔導師の前に立ちはだかり、矛先を突きつける。横には、セルフィーが居る。


 「バカめが!お前等如き、私の相手ではない!サウザンド=レイ!」


 「何!」


 一瞬だった。怒涛のような赤い光りが走り、その場にいた殆どが、光りに貫かれ惨死してしまう。オーディンは、とっさに自分とセルフィーの身を、無意識のうちに護っていた。目の前には、血の海に埋もれた同胞が肉片になって転がっていた。


 「ああ……」


 オーディンは、苦楽を共にした仲間の死に跪き、放心状態になった。そして思った。父の勝てなかった相手に、自分が勝てるはずがない、と。その愕然としているオーディンの左頬を、冷たく青白い手がしなやかに妖艶に魔導師が触れた。


 魔導師が見つめる。男性、女性どちらとも取れる中性的な美しい顔が、オーディンの側に近づき、彼の瞳を捉えた。その鮮やかに黒い瞳に吸い込まれ、何も考えられなくなってしまう。


 「すばらしき男よ。お前は殺すには惜しい……、どうだ?私と共に、世界を統べようではないか……」


 「あ……あ……」


 もはや彼は、恐怖を越え、怒りを越え、魔導師のなすがままになりつつある。剣の柄を握っている手が、戦意を失い、ゆるみ始める。


 「ダメだ!オーディン!!諦めるな、ニーネはどうなる!!」


 セルフィーは、震えながらも声を出し、オーディンに触れている魔導師の腕に剣を振り落とし、魔導師の腕を叩き斬った。


 「ぎゃあ!」


 魔導師が苦痛に叫ぶ。


 オーディンは、セルフィーの言葉に我を取り戻し。剣を振り上げ、魔導師の胴体をまっぷたつに切り裂く。


 「うあああ!!」


 半狂乱になったオーディンは、大声を上げ、何度も魔導師の死体に剣を切りつける。気が付いたときには、滅多切りになった魔導師の死体が転がっていた。そして、魔導師の触れていたオーディンの左頬には、彼が悪に心を許してしまったばかりに、一生消えぬ醜い焼け跡が残る。そう、オーディンは一瞬たりでも、悪に心を売ろうとした自分を恥じているのだ。

 

 オーディンは、二人に事実を打ち明ける。しばし沈黙の時が流れる。オーディンと共に戦ったセルフィーなら、彼をなぐさめることもできる。だが、話だけを聞いた二人が、彼に声を掛けたところで、同情にすらならない。


 「うむ……、お前さんの話は解った。その傷は何れ癒せ、今は、君を襲ったという、その黒装束……、気になる。出来る限り、力になろう」


 彼は、漠然とした史実は知っているようだが、それ以上のことは解らないらしい。話が纏まらないまま、皆が一旦、息を付いたところだった。彼の奥さんが、ノックと同時に入ってくる。無論、挨拶をした上でだ。


 しかし、其れだけの事実を受け止められる人間であるという事実。この長老はやはりただ者ではない。シンプソンはその事を知っているのか?いや、其処までは知らないらしい。ただ、シンプソンのような存在が受け入れられているのも、彼のような長老が存在するからだろう。


 「あなた、新聞が来ましたよ」


 「おお!そうか、儂はこの週に一度の新聞が楽しみでな、隣町から三日かけて、漸くじゃ」


 長老は、嬉しそうに新聞をテーブルの上に広げる。奥さんは、用が済むととっとと出ていってしまう。皆でそれを覗き込む。新聞の第一面には、なんと、ヨハネスブルグの情報が載ってあった。


 「これは!!」


 オーディンが、食い入るように見たその記事は、ヨハネスブルグの壊滅的打撃と、解る範囲での死亡記事が、載ってあった。オーディンは、それを知ると、ガクリと肩を落とす。


 「どうしたのですか?」


 シンプソンが心配げに、オーディンの顔を下からのぞき込む。


 「セルフィー……」


 彼はこの時、初めて親友が命を落としていることを知った。もはや、愛する人だけでなく、友までも失ってしまった。もうヨハネスブルグに、帰る理由はない。だが、自分の知人がどうなったかを知るため、記事に目を通す。残念ながら、セルフィー以外、自分の知人に関する情報は、皆無だった。


 それから、二面目を読み始める。やはりヨハネスブルグでの出来事が、再三に渡って、書かれている。今度は別の題字が飛び込む。「英雄よ。永久に……」、まるで映画のタイトルのようで、腹立たしかったが、記事は、セルフィーと、オーディンを称えた記事だった。記事中には、オーディンは、行方不明者として扱われていた。


 きっと生き残った騎士団か誰かが遺体の見つからないオーディンの事を、可能性をコメそう伝えたものだろう。オーディンにとって、長老の家にいることは、もはや無意味となっていた。黒装束は気になったが、この異境の地に来ることはないだろう。ヨハネスブルグに帰る理由が無くなった今、全てにおいての関心が消え失せた。その長老の家からの帰り道だ。


 「オーディン……、気を落とさずに」


 「有り難う。シンプソン」


 その言葉とは裏腹に、孤児院に着く頃になっても、オーディンは、彷徨うような足どりで、一歩一歩足を進める。孤児院に着くと、新聞を持ったジョディと、みんながうわっと、押し寄せるようにして二人を囲んだ。


 「ねぇねぇ、オーディンって、もう、お家に帰っちゃうの?」


 ミカが言う。


 「うそよ!オーディン、もう少し居るって言ったもん!!」


 ジョディが、すぐさま反論して、首を横に振って、ムキになって言う。そのうちに、子ども達は、帰る帰らないで、おおもめに、なり始めた。


 「そうだよ!オーディンが居なくなったら、勉強教えてくれる奴が、居なくなっちゃうんだぞ!!」


 今度は、ボブが、拳をぶん回して、ジョディに同調する。


 「オーディンも、家族が居るから、帰っちゃうよ。多分」


 「マック!五月蝿いぞ」


 ボブが、マックを威嚇する。


 「五月蝿い!!何ですかみんな、静かにしなさい!!」


 シンプソンが、つま先立ちになって、怒鳴って見せたが、彼等の騒がしい様子は、一向に止もうとはしない。それどころか、ますます騒がしくなる一方だ。


 「ねぇ!オーディンていつまで居るの?」


 最初に言い出したのは、やはりジョディだが、皆、彼の服やら何やらをひっ掴んで、口々にこう言い出した。彼等の態度は、明らかにオーディンを必要としていた。昨日の出来事だけだったが、それをきっかけとして、彼を、必要と感じているのである。


 「ねぇったら……」


 ジョディが、オーディンのズボンを引っ張りながら、彼の答えるのを急かしている。オーディンは、重いながらも、口を開く。


 「みんな……、いつまで……、居て欲しい?」


 腰を落とし、彼等の視線で訊ね返した。それぞれと目が合う。そこまでの答は、考えていなかったようで、とたんに、静けさを取り戻す。互いに目で合図しあいながら、答を探している。だが、彼等はそれを言えないでいる。答の不一致が恐いのか、本当はどうか解らないのか、遠慮をしているのか、あるいは、誰かが言い出すのかを待っているのか、兎に角なかなか、言い出そうとはしなかった。


 「それでは、私は、答が出るまで、皆と一緒に考えよう。良いかな?」


 オーディンはそう言った。恐らく自分がいま、そうしたかたからだ。どんな小さな事でも、自分を必要としてくれる存在が居ることが、寂しさの中にも落ち着きを取り戻させてくれた。


 「うん!」


 ジョディは、満足だったようだ。他の子ども達も、それぞれに答が出たようだ。納得をして、不安気な表情が彼等から消える。


 「さあ、取り敢えず。昨日の続きだ!」


 昨日の続きとは、彼等の嫌いな勉強だ。だがオーディンがこう言うと、イヤな顔をする者など一人もいない。わあっと、大人二人を囲むようにして、孤児院へと歩き出す。


 〈これで良い……、少なくとも、この笑顔には救われる。それに彼等は、私を必要としてくれているではないか……〉


 オーディンは、まだ心に迷いがあるものの、此処にとどまることを決心した。ヨハネスブルグの英雄、オーディン=ブライトンは、もう死んだのだ。そして、新しい生活が始まるのだ。

 

 全ての謎を、宙吊りにしたまま、彼は子ども達の中に溶け込んで行く。

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