第1部 第2話 オーディンブ=ブライトン と シンプソン=セガレイ

第1部 第2話 §1  帝国の英雄 Ⅰ

 魔導暦九九九年、北セルゲイ大陸神聖ヨハネスブルグ王国首都ヨハネスブルグ、国王は、ブライアント=ヨハネス三世、国名は初代国王の名字から取った物だ。今城下町は、ある祭典で盛り上がっている。十年前この国を滅ぼさんとした暗黒の大魔導師(大魔導戦争)から、この国を護った英雄を称えるための式典だ。


 王国のメインストリートは、煌びやかに飾り立てられ、盛大に花火が打ち上げられ、視界が遮られて島ほどの、花吹雪で満たされている。


 王国生誕祭に次ぐ規模のパレードと言って良いほどの規模だった。

 その湛えられた英雄の名は、オーディン=ブライトン。国王側近の第一級貴族の証を持つエリートの家系に育ち、国民の信頼も熱く、彼の名前を知らない者など、生まれた赤子くらいなモノだった。


 誠実で勇敢、身分を決して、鼻にかけない男。それがオーディンに対する万民の印象である。


 しかしそんな彼の素顔を知る者はごく一部だった。何故なら彼は、いつも顔面左半分を厳つい鋼鉄製の仮面で覆っていたからである。


 皆その理由は知っていた。彼の左半面の顔は、魔導師との死闘により、見るも絶えないほど、焼けただれていることを。


 厳めしい仮面とは裏腹に、冷たい仮面の下から覗くその深く青い瞳は、優しさと誠実さで満たされおり、見つめられた女性が虜にされてしまうほど、澄み切っていた。


 そして、銀に輝く髪が、それをより一層彼の眉目秀麗ぶりを引き立てたのである。

 豪華な馬車の上から、国民に向かい手を振る。表情は右半面しか解らないが彼は微笑んだ。子ども達が馬車に駆け寄ってくると、馬車を止め彼等とふれあい、頭を撫でてやる。


 オーディンという男の優しさが、誰にでも理解できる場面でもある。


 オーディンに触れられた子ども達は、その彼の手の温かさに喜び、英雄に触れられたことを、誇りに感じた。彼の行動は、そんな子供達の期待を裏切らない。


 しかし、そんな彼の瞳にも、周囲には見えない微かな陰りがあった。魔導師との戦いで、彼と後一人を残して、部隊が全滅したのだ。故に彼の英雄ぶりは、更に引き立つ。「地獄から生還した男だ」と。まるで彼の強さを、象徴するかのように……。


 パレードが終わる。彼は年に一度、必ずこの式典の主役として街に出た後、王城で、貴族階級からの、鮮烈なる祝福を受ける。王自らも、彼の手を取り、英雄を称えた。


 「オーディン=ブライトン、そなたは、わが国の英雄、誇りだ。其方の亡きご両親も、その成長ぶりに感涙しておることだろう」


 もう一度、第一級貴族の集まる広い聖堂で、彼の手を握りしめる国王。


 「もったいなきお言葉」


 オーディンは、国王の言葉に跪く。


 盛大な拍手の後、国王は退き一度会場から去る。今日の主役はオーディンなのだ。皆、彼の手を握りに来るのだ。


 国王が姿を消してから少しすると同時に彼の周りには、貴族の人だかりができる。国王も今日の主役が彼であり、自分が居ることで、彼らの談話に支障が出ることを気にした事に対する計らいでもあった。


 誰もがオーディンとの友人としての権利を得るために、彼に近づく。


 内心、彼はうんざりしている。見ず知らずの人間が、我先にと彼の手を求めて来ることにである。彼らの手は子供達のように純粋ではない。全てがそうであるわけではなかったが、彼らの行動には絶えず利権が付きまとっている。しかし、彼等にも面子があるだろうから、決して無碍にする事は出来ない。


 この後、更に貴族達のパーティーがある。だが、自分が主役なのだ。ましてや自分のために、皆此処までしてくれている。パーティーの挨拶の後、彼は、もう一度主役として、皆に挨拶に回る。もちろん全員と言うわけには行かないので、失礼ながらも、重要な人間にだけだ。


 そして、決まって、最後に一人の男が、彼の挨拶が終わるのを見計らって、やってくるのだ。


 「オーディン!漸く捕まえたぞ」


 「叔父上……」


 彼に言い寄ってきたこの男は、オーディンの唯一の親戚である。人は良いのだが、世話焼きで困る。いつも決まって、同じ話を持ち出すのだ。


 「お前、そろそろ幾つになる?」


 「三〇……、ですが……」


 「そう、三〇歳!もう身を固めても良かろう!いや、遅すぎるくらいだ!実は先方に是非と言われているんだ。身分も申し分ないし……」


 オーディンの叔父は、心逸りに見合いの資料を着衣中から探しだそうとしている。


 「叔父上……、またその話を……、すみませんがまた後ほど」


 オーディンは困った笑いを浮かべながら、叔父から距離を遠ざけて行く。オーディンと彼の仲は、これをやり取りできるほどの、親しい仲だ。別に気まずいことはない。


 オーディンは少し疲れを癒すために、会場を出て廊下を渡り、バルコニーに出た。風が涼やかな、心地よい秋の季節、月明かりも見事だ。ため息を付き、夜空を眺める。


 「私は、英雄などでは、無い……」


 自分を責めるように、困り果て、手摺に肘を立て、頭を抱え込む。背の高い彼は、余計に困り果てて見えた。


 「オーディン様……、どうなさったのですか?」


 穏やかで落ち着きがあり、穏和で無邪気なその声に、オーディンは我に返り振り返る。


 「……、ニーネ……」


 驚きながらも、彼は冷静に、女性の側による。


 「いや、何でもないんだ。……にしても、美しくなったな」


 「ええ、私ももう二十五です。五年ぶりですわね」


 声が、隠る。両腕を広げ、オーディンにしっかりとしがみつく。オーディンの胸に、彼女の思いが、熱い涙となって伝わる。


 「父上の外務大臣としての仕事は、確か来春までと、聞いていたが……」


 か細い彼女を、胸の中で抱きしめ、その髪に頬を押し当てる。愛おしさで一杯だ。彼女とオーディンは、旧知の仲で、幼い頃から一緒だ。

 しかし父親の仕事の関係で、此処数年会うことも、侭ならなかった。


 自分をよく知り、また彼女をよく知る自分にとって、その存在が何より癒しであった。どれだけ後ろめたさに心が苛まれようとも、その心に嘘をつくことは出来ない。


 「私だけ、早く此方へ帰して貰ったんです。この日に間に合うように、嗚呼、会いたかった……」


 声を絞り出すように、更に彼を、ヒシと抱きしめる。


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