ワガママな彼女への愛が冷めてしまった話

ハイブリッジ

第1話

「ねえ。これ買ってよ」



 デート中、彼女の惣中海未そうなかうみさんがショーウィンドウに飾られているポーチを指さす。



「え、えっと……今月はちょっとお金がなくて。来月にはバイト代も入るから」



 ここに来るまでにもう何件かで買い物をしていて僕の腕には紙袋がいっぱいだ。



「ふーん今買ってくれないんだ。……それじゃ別れようか。彼女の今欲しいものも買えない人と付き合ってても時間の無駄だし」



「ま、待って海未さん!?」



「あんたから言ってきたんだよね? 私のために何でもするから付き合ってくださいって。だから私は陰キャのあんたなんかと付き合ってあげてるんだから」



 海未さんはとても美人だ。そんな海未さんに一目惚れをして何回も告白をし条件付きで付き合うことができた。


 学校内外からモテる海未さんの彼氏でいるために僕は海未さんが求めることを何でもしないといけない。



「どうするの? 買ってくれないの?」



「ご、ごめんなさい。今すぐお金下してくるから、ちょっと待ってて」



「はぁ……。買えるんだったら始めから素直に買ってよ。ほんとありえない」



 早くお金を下ろしてこないと……。海未さんの幸せが僕の幸せなのだから。




 ■




<教室>



「わあ海未、これ可愛いね」



「ああこれ。買ってもらったんだよ」



「おっあの彼氏さんに?」



「まあ……あっちがどうしても買いたいって言うからさ」



「へえ~愛されてるね」



「……いや。もうそろそろ別れようかなって思ってる」



「えっ!? な、何で何で?」



「だってあいつオドオドしてて男らしくないし、一緒にいてもつまんないもん。……あとこの前先輩に告白された」



「う、うそ!? 先輩ってもしかして壮真先輩!?」



「声大きいから」



「まあ前から海未言ってたもんね。壮真先輩カッコいい、付き合いたいって」



「そう。だからあいつに今日別れようって伝えるつもり」



「そっかー。でも今の彼氏くん付き合って長かったよね。今までの中で最長じゃない?」



「まあ……一年くらいかな?」



「すごっ。今まではもって一か月とかだったもんね」



「今までの奴らが酷いだけだよ」



「海未のわがままに付き合ってくれる良い彼氏だったねー。もったいない気もするけど」



「わがままじゃないから。普通だし」



「見た目も可愛かったのにー」



「えっどこが?」



「えー顔とか可愛いじゃん。背も小さくてなんか守りたくなるみたいな。小動物……リスみたいな!」



「あいつはただ男らしくなくてオドオドしてるだけだから。……はぁ」




 ■




<校舎裏>



「は、話って何?」


放課後、海未さんから呼び出しをくらった。何か気に障ることをしてしまっただろうか。それともまた欲しいものがあるとか……。



「あのさ、私と別れてほしいんだけど」



「えっ……………………ど、どうして?」



 突然の海未さんからの発言に頭が回らない。



「だってあんたといてもつまんないし。あと最近、私の欲しいものも買ってくれなくなってお金も出してくれなくなったしもういいかなって。」



「も、もっと頑張ってバイト増やすから……」



「バイト増やしても知れてるでしょ。それに壮真先輩に告白されたから、もうあんたと一緒に居たくないの」



「そ、そんな…………」



「壮真先輩ってあんたより百倍カッコいいし、お金持ちだし、スポーツも万能だし。付き合ったら私の株も上がるしさ。陰キャのあんたとは大違い」



 壮真先輩のことを語る海未さんはとても楽しそうで僕と一緒にいる時には見たことない表情をしていた。



「……………………海未さんは僕の事好きじゃないんだね」



「は? 当たり前じゃん。あんたが何でもするって言うから付き合ってただけだから。それに今までもあんたを好きって思ったこと一度もないし」



「…………」



 海未さんが喜んでくれるように、少しでも僕のことを見てくれるように頑張ってきたけど海未さんの視界に僕は入っていなかったみたいだ。



「……わかった。別れるよ」



「へぇ……。なーんだ。てっきり『いやだ~。別れたくないよ~』って号泣して粘られると思ってたから、あっさりでよかった。じゃあそういうことで」



 校舎の方へと足取り軽く戻っていく海未さん。



「あっそうだ。これからあんまり話しかけないでね、学校でも外でも。先輩に誤解されたくないから」



「………………うん。今までありがとう。幸せにね」




 ■




<別れてから二か月後>



「久しぶり」



 放課後、教室を出ると海未さんに話しかけられた。



「…………」



 軽く会釈をしてその場から去ろうとするも海未さんに手首を掴まれる。



「ちょっと無視すんな。話があるから付いてきて」



「…………海未さんが話しかけるなって」



「はぁ……。私がそんなこと言うわけないでしょ。仮に言ったとしてもそんなことをずーっと気にしてるところ本当に気持ち悪い」



 付いていくと前に海未さんから別れを切り出された校舎裏に到着した。



「あのね……私、壮真先輩と別れたの」



「知ってます。噂になってるので」



「なんだ知ってたんだ」



 海未さんと壮真先輩は学校では美男美女の有名なカップルであったので別れたっていう噂は瞬く間に広がっていき僕の耳にも届いた。



「私から振ったのよ。始めはね楽しかったんだけど、先輩さ自分中心っていうか……私の事を何にも考えてくれないの。全部先輩が優先。私のことはアクセサリーにしか思ってないみたい」


海未さんと壮真先輩は馬が合わなかったらしい。壮真先輩もどちらかというと自己中心的な性格なので、改めて考えてみると海未さんとは気が合わないような気がする。



「それで気が付いたらあんたと壮真先輩を自然と比べるようになっちゃったわけ。あんたは私のことを一番に考えてくれて、いっぱい助けてくれたでしょ。そう思ったら壮真先輩の熱も冷めたってこと」



 さっぱりとした表情の海未さん。どうやら壮真先輩と別れたことを引きずっていないらしい。



「まあ何が言いたいかっていうとまたあんたと付き合ってあげる。ほらあんた私の事めちゃくちゃ好きだったから良かったじゃん。また周りに可愛い彼女がいるって自慢できるわよ」



 話し終わると満足したのか僕の返答も聞かず、海未さんはそのまま校舎の方へと歩き出していた。



「………………ごめんなさい」



「えっ…………ごめんなさい? なに、どういうこと?」



 歩いていた足を止めこちらを振り向く海未さん。僕は海未さんに頭を下げる。



「……海未さんとは付き合えないです」



「ははっ…………あんた冗談とか言えるようになったんだ。でも全然面白くないからそういうのはもう止めなさい」



「…………」



「…………待って。もしかして冗談じゃないの?」



「……うん」



 顔を上げると動揺している海未さんが目の前にいた。



「え、は? まっ……ど、どうして付き合えないのよ? あんた、私のこと大好きじゃん」



「好きな人ができたから」



「す、好きな人? だ、だからそれが私でしょ?」



「ううん。海未さんじゃない違う人だよ」



「だ、誰よそれ……」



「……委員長」



「い、委員長って……あんたのクラスのあの女っ!? な、なんでよ?」



「僕が落ち込んでるときに支えてくれたから」



「何よそれ……。委員長なんて私より可愛くないし、勉強ばっかりしてつまらないし……私の方が全然いいじゃん!」



 確かに前の僕なら海未さんが一番だと思っていた。でも今はもう違う。



「……もう海未さんのこと好きじゃない」



「え、えっ? う、うそでしょ? ……だって金欠でも私のために好きなもの買ってくれたし、私のためにどんだけ忙しくても時間作ってくれてたし、前に私といると幸せって言ってたじゃんっ!!」



「…………ごめんなさい」



「い、いやだ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!」



 僕に近づいてくると肩を強く掴まれる。



「あんたは私の彼氏なの!! 他の女を好きになるなんて絶対に許さないから! 今すぐ私のことを愛してるって言いなさい!! そうしたら今までのこと全部許してあげるっ!」



「…………」



「な、なんで言わないの!? 早く言いなさいよ!!」



肩に爪を立てて力強く掴み、何度も何度も体を揺すってくる海未さん。



 それでも僕が何も言わないのを見て揺する力も表情もどんどんと弱々しくなっていった。



「……ほ、本当に私のこと好きじゃなくなったの?」



「………………うん」



「ね、ねえ……ど、どうしたらまた好きになってくれる? い、今までもらったお金全部返すし、君がやりたいことも全部やってあげるよ!」



「…………」



「ほ、ほら私の体も好きに使っていいよ! 私ってスタイルいいでしょ? 先輩には触らせなかったけどあんた……ううん君にはなんでもしてあげるわ。君も男の子だもん。ごめんね今まで拒否ってきて。もう我慢しなくていいからさ」



 海未さんは僕の手を掴むと自分の胸に持っていこうとする。



「………………やめて」



「えっ……」



 僕の声を聞いて海未さんの手が止まる。



「今の海未さんには魅力を感じないんだ。……ごめんなさい」



「やだ……なんで」



「……海未さんは美人だし、成績も運動も優秀だから僕よりも良い人見つかると思う」



「い、いや……そんなこと言わないで。ほ、本当に無理みたいになるじゃん……」



「じゃあね海未さん。……今までありがとう」



「ま、待ってまだ…………きゃっ!?」



 つまずいて転ける海未さん。



「ほ、ほら転んだ、転んだ!! 愛しい彼女がケガしちゃったから早く助けに来てよっ! お願い!」



「…………さようなら」



「や……な、なんで……どうして……だって君は私のことを愛してるはずなのに」










「……絶対に別れてやるもんか。君の好きな人は私じゃないと駄目なのよ」



 終わり




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