第33話 鞘の無い銃剣
距離があるにもかかわらずバヨネットの表情が曇ったのを見逃さなかったのか暗鬼は突如血に濡れた針をバヨネットへ向けて投げ放つ。
僅かな動揺と同時の不意打ち。長く太いは真正面からは点にしか見えない。バヨネットの目から見て点にしか見えないような弾道で繰り出された針。
「弾より
それでも銃剣で弾き飛ばされた。
同じ攻撃など通用する相手ではないのだ。それは暗鬼もよく分かっているはず。それでもやるという事は、別の手段があるという事だ。
「足を止めたな」
暗鬼がそう囁いた時、既にバヨネットの眼前に迫っていた。さっきよりも更に早い突進力。それは地面と水平に飛んだかのようだった。バヨネットはそんな暗鬼を見逃すはずもなく、直ぐに迎撃の態勢をとると急に暗鬼は着地と同時に黒い霧となった。
「なん、だ……?」
黒い霧とは比喩ではない。突然現れた真っ黒な霧が周囲に広がってあっという間にバヨネットを包み込んだのだ。漆黒の強化外骨格に身を包んだ暗鬼の姿は黒い霧の中に溶け込んでバヨネットの視界から消え去った。黒い霧で視界を塞がれる瞬間に見えたのは暗鬼の腰に巻かれたベルトのバックルから煙が噴射されていた所であった。暗鬼の全身には針以外にも様々な武器が仕込まれていたのだ。
突如、バヨネットの背後から飛び出す漆黒の手。地獄から生者を引き摺り込もうとするような恐ろしい鬼のような黒い手がバヨネットの肩を掴むと一気に懐へ引き寄せた。
「くっ――!」
「フフッ、その目が無ければ所詮お主もただの人間よ」
足が地面に居着いたバヨネットの体を肩から引き倒し抱き込んだ暗鬼は、左手に手にした投擲用ではない、刺突し確実に殺すための針が握られていた。今までの棒手裏剣のような物ではなく、先端に返しの付いた銛のようなそれをコートの上から突き立てる。
「獲ったぞ! 銃剣!」
決死の覚悟でゼロ距離に詰め寄った暗鬼の叫びが暗闇の中で響き渡った。
己に無いものを持つ者への嫉妬と憎悪に塗れ歪み切った殺意故に真っすぐと伸びる黒い軌跡。
バヨネットの強さをその目と言った暗鬼。それを証明するように視界を奪った一撃を、殺しのプロが外す訳がない。
黒い霧の向こうから響く暗鬼の声に少年の腰が浮く。
「バヨネットさぁぁぁぁぁん!!」
「騒ぐんじゃねえ!」
「っ!?」
反射的に悲鳴を上げた少年を黙らせたのは他でもないバヨネットだった。
バヨネットは後ろから片手で抱きつかれ、引き込まれた際に体勢を崩した。そして脇腹に針を突き立てられようとした。その瞬間だった。バヨネットは急に脱力したのだ。
ガクンと急に全体重が暗鬼にかかりほんの僅かに後退る。その後退る時に暗鬼が片足を浮かせたタイミングでそれは起こった。
後頭部からもたれかかったバヨネットはぐるんと全身を独楽のように回転させると暗鬼の手を振りほどき、その勢いで暗鬼の側面に回り込んだ瞬間、振りほどかれてがら空きとなった所に銃剣を滑り込ませた。
銃剣を払い上げた所には暗鬼の強化外骨格の防弾繊維が肉体を覆っている。そこに刃を這わせ――刹那。
「ぬあああああああ!!」
強化外骨格の防御力とは何だったのか、バヨネットの刃はスーツの繊維も皮も筋肉も関節も切り裂いて暗鬼の右肩を切断した。
宙を舞う右腕、一拍遅れて噴き出す血潮、表情は分からないが喉が焼けてるような暗鬼の絶叫からその仮面の奥が容易に予想できる。
切り裂かれた肩口を押さえようと左手を伸ばす。一秒にも満たないその隙で、バヨネットの左手に逆手で握られた長い刃が暗鬼の脇腹へ滑り込んだ。
舞う様な斬撃の後、バヨネットの両手に握られた二振りの刃が血を吸い赤黒く煌めく背後でよろよろと後退る暗鬼。
「きょ、強化されたワシの腕を跳ねのけ……一瞬で正確にスーツの弱点を突く斬撃を放つ……なんという強さ」
バヨネットはゆっくりと振り向くとふと視界の隅に青白い物が飛ぶのが見えた。自然にそちらに目が行く、そこにあったのはバヨネットが切り落とした黒い黒い暗鬼の腕。
そこから時折バチッという短い音と共に白い閃光が迸っている。人工筋肉を制御するための電力だけではこうはならない。そして、切り落とされた筈の腕が勝手に動いていた。痙攣するように、指がぴくぴくと震えているのだ。
「……なるほど、いったい体の何割を機械にしたんだ?」
暗鬼の方を見る。切り落とされた腕を押さえながら暗鬼は息を荒くしているがその場に〝普通〟に立っていた。
とても重症を負った人間とは思えない。片腕は切り落とされ、脇腹を切られた男が傷口を庇うように前かがみになったり、体を無駄に刺激しないように足を引き摺りながら動くなんて事もなく、背筋を伸ばしたままゆっくりではあるが歩いて後退り距離を取っている。
「お主のように、
暗鬼が独白する最中、暗鬼の体からギュルギュルとなにか水っぽいものがポンプを通るような音が微かに漏れ出て聞こえてくる。強化外骨格の内部に組み込まれた投薬ポンプにより止血剤と鎮痛剤が自動的に投与されていく音だ。
傷口を塞いでいた手が放されるとかなり大きな傷口にも関わらずその出血は大分抑えられている。しかし、派手に動けば直ぐにでも血が吹き出そうだ。
暗鬼の嫉妬や劣等感を隠しもしない赤裸々な言葉にバヨネットは目を丸くして、そして馬鹿にするかのように鼻で嗤った。
「体をサイボーグ化したぐらいで人間辞めたとか言ってんじゃねーよ」
そう言いながらバヨネットは銃剣を握ったまま親指を立てて自分の額を指し示す。
「自分で考える脳みそがありゃソイツはソイツであり続けるんだ。どんな力や技術を借りたって、自分の意思で生きてりゃ人は人だ」
「お主もそれで人間のつもりか。ワシもお主も傍から見ればバケモノよ」
「俺は、バケモンじゃねぇ――」
バヨネットは銃剣についた血を振り払うと同時に暗鬼に向かって走り出す。それを見越してか暗鬼も残された左手で腰の針を抜き放って突撃を開始する。
「――俺は
結果は既に見えている。しかし、お互いにここで終わらせる訳にはいかなかった。たとえ片方が既に重傷で結果が目に見えていても、二人の闘志は結果が出るまで燃え盛る。
黒い霧にその身を溶かして距離感を狂わせ輪郭を曖昧にさせる。しかし、そんな小細工など効かぬと言わんばかりにバヨネットは銃剣を思いっきり振り切った。
ゴウッという凄まじい薙ぎ払いは小さな突風を起こす勢いで、その鋭い刃は暗闇を切り裂き、衝撃は黒い霧を吹き飛ばす。
そこに暗鬼はいなかった。
「バヨネットさん! 上!」
「わあってる!」
バヨネットが上を見上げると二メートル頭上に暗鬼の頭があった。顔を上げた瞬間には暗鬼は既に手から針を放っていた。
即座に針を捉えていたバヨネットは体を仰け反らせて回避、降り注ぐ針がバヨネットの旭日が描かれた胸当ての流線型に弾道を逸らされ球場の土に突き刺さる。
ザクリ、ザクリと突き刺さった針はその殆どを土の中に沈めておりその威力は容易に想像でき、満身創痍でもなおその威力は健在、いや、寧ろ死地において出し惜しみするものなど何も無い。全てをここに注ぎ込んだ暗鬼の会心の一撃だった。それがバヨネットの素早い後退で
空中からの奇襲に失敗した暗鬼はそのまま空中で一回転すると着地と同時にバヨネットに背を向けて走り出した。
「てめぇ!」
暗鬼の向かう先は、少年の
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