第30話 少年の価値

 突如爆発音とともに黒煙が上がったのは防壁を襲ったブリガンドのボス格である肩パッドの男を尋問している途中だった。

 近くで爆発しなかったのをいい事にゆっくりと首をもたげたバヨネットはボロ雑巾のようになった肩パッド男の胸倉を掴んだまま音の鳴った方を見た。

 薄く靄がかかるくらい遠くの方で僅かに黒煙が上がっているのを見て眉を寄せ、血だらけの肩パッド男を掴む手に力が入る。


「なるほどお前らは囮か。ブリガンドなんて猪突猛進の馬鹿ばっかだと思ったが……」


 殆どの歯がへし折れ顔の下半分を自分の血で汚れた肩パッド男はバヨネットの顔を見上げながら口元を歪ませた。

 バヨネットに手ひどく痛めつけられ、歯は無くなり左目は潰れて腕の関節も外され、そんな中口角を上げて赤い泡を吐き出しながらくつくつと笑いだす男の姿は最早痛みで気が狂ったのかと思わせる。


「俺らは自分の事を囮なんて思っちゃいねぇ……全力で、お前をぶっ殺すつもりだったぜ」

「ならもう少し頭使うんだったな。俺を引き摺り出した所で仕留められなきゃ意味がねえ。んで、ありゃなんだ? お前らの目的は?」

「クッ、ククッ……俺らはお前を殺す気なのは今も変わらねえ。そしてまだお前を引き摺り出し終えてねえんだわ」


 意味深な言葉にバヨネットは少し黙って考える。沈黙は十秒と続かなかった。


「てめぇまさか……」

「早くしないと追いつけなくなっちまうぜ? 子連れ狼さんよお……! クククククッ!」


 バヨネットは高笑いを上げる肩パッド男の口の中に銃剣を突っ込んで喉奥を串刺しにし、そのまま力任せに横へ切り込むと残った肉や筋を素手で捻じり切り髪の毛を掴んで頭部を振り上げるとアスファルトに投げて叩きつけた。

 下顎から上を失った体は首から断続的にびちゃり、びちゃりと鮮血を噴き出しながらアスファルトに血だまりを作っていく。軽く痙攣している体に八つ当たりするかのように思い切り蹴りを放つと転がる頭に唾を吐き捨てた。

 怒りに感情を支配されたバヨネットは肩を震わせ、次の瞬間には尋常じゃないスピードで走り出していた。並の人間では到底出す事の出来ない速度でヴィレッジに戻ると、爆発の起きた東部防壁の方へ向かい走っていた警備隊員を追い越していく。その姿はまるで風、いや暴風のようだ。

 東部防壁とは横浜駅東口でヴィレッジを出入りを管理する防壁であり、その前には文明崩壊以前にバスターミナルとなる広々としたロータリーが広がっている。そこは今多くのヴィレッジとの交易をする輸送隊・キャラバンの集まる場所として使われている。そしてそこにはバヨネットのキャンピングカーもある。

 爆発と黒煙。肩パッドの男のまだお前を引き摺り出してないという言葉。

 バヨネットの気付きと不安は的中した。



******



 いつも見慣れた東口のロータリーは物々しい雰囲気に包まれていた。

 果物や野菜が積まれた木箱がひっくり返され中身が路上を転がり、負傷した警備隊員達が積み荷の影で痛みに悶えている。

 その場に来てみれば黒煙はひとつだけではなく幾つも立ち上り、アスファルトが焦げて黒ずみ、日除けの為に並んでいたテントが燃えて焦げ臭さ周囲に漂い目を痒くさせた。

 既にこの惨事を引き起こした犯人らしき人影は無く、警備隊達も被害状況の確認を取り始めている。

 急ぎ自分のキャンピングカーの下へ駆け付けるとそこには開きっぱなしの扉とその前で膝をつきながら肩を抑え俯く神威の姿があった。


「神威お前どうした」

「……っ、バヨネットか。俺の事はいい、あの子を……!」


 神威の様子を見るに人質にでも取られながら戦闘をした結果負傷したのだろう。それをなんとなく察した上で、バヨネットはあえて神威を心配する素振りもせず、キャンピングカーの屋根へ飛び上がった。

 キャンピングカーの上には軍事基地からサルベージしたバイクが積まれ固定されている。拘束を解除しオリーブドラブの車体に跨るとエンジンをかけてキャンピングカーの屋根から飛び出して神威の前に着地する。


「っと、勢いで飛び降りちまったがオイル漏れとかしてねぇよな」


 バヨネットは我に返って冷静に車体に異常がないか跨ったまま見える範囲で確認をするも異常は無いようで文明崩壊前の技術力の高さを実感した。

 着地の勢いで舞い上がった砂埃にむせる神威を尻目にバヨネットはそのまま地を蹴り、オフロードタイヤを地に噛ませた。


「待て! こいつを持って行け!」


 走り去ろうとするバヨネットの背中に何かを放り投げる。バヨネットは背中に目でもついているのか、片手でハンドルを握り前を見ながら飛んできた物を受け取るとそのまま廃墟外へと消えていった。

 神威の持たせた物、それは片手に収まる程度の小さな発信機だった。それはバヨネットが何処へ向かっているのか、何処にいるのか把握するための装置。それを見て神威がまだやられた訳じゃないという意地を感じ取った。遅れは取ったがまだ死んでいない。死んでいないなら負けではないという心意気が込められた小さな機械をコートの内ポケットに忍ばせるとバイクを加速させた。

 西側で戦ったブリガンドの話が本当だとすれば、敵はただ少年を広場の食料などと一緒についでに誘拐したのではないというのは明白。そして狙いは当然バヨネットをおびき出す事。

 だとすれば、相手はただ逃げたのではなく道中に道しるべを残しているはずである。そしてその道しるべとは殺意も含まれているだろう事もバヨネットは予想していた。

 文明崩壊後の首都圏は多くの道路が文明崩壊以前と同様網目のように幾重にも交差し広がって入るがどこもかしこもひび割れ、隆起し、または陥没してまともに走行できる場所は少ない。しかしそんな場所といえど多くのヴィレッジが人力で物資を運び交易をしたり、ヴィレッジの外でブリガンドやそれ以外の生き方をするスカベンジャー達が地上で暮らして約三百年も経てば人の手によって多くの道路は簡易的な橋がかけられたり、隙間に土を詰めるなどの応急処置を行ってバイク一台走るには十分な環境が出来上がっていた。よく使われる道は放置された車などが撤去され、倒壊した建築物の瓦礫等も掃除されている。

 だからこそなのか、単にバヨネットの視力が異常だったのか、そのトラップを見逃すことはなかった。

 僅かにアスファルトの上で僅かに光を反射していたそれはガラス片ではない。バヨネットが接近した途端それは宙に浮き上がった。

 ワイヤーである。時速百キロを超える速度で細い鉄線に接触すればいくらバヨネットとてひとたまりもないだろう。そんな罠を用意しているのは勿論ブリガンドであり、西部防壁を攻撃した者どものグルであり、少年を浚った連中の一味である。


「馬鹿が素直に追いかけてきやがった」

「あんなガキでも釣れるもんだなあ? ククク……!」


 バヨネットは怒りに燃え上がった。ワイヤーを建物の影で操作するブリガンドは薄ら笑いを浮かべてバヨネットを待ち構えていると、バヨネットは小型バイクでもない自身のバイクの前輪を持ち上げそのまま跳躍、ワイヤーを飛び越えて着地したと同時にバイクに載せていたレバーアクションライフルとズボンにねじ込んでいた凹凸の少ない拳銃を抜き放ち、片手に一丁ずつ構えると丸見えになったブリガンド二人の頭を一瞬で正確に撃ち抜いた。

 銃声を聞いて駆け付けるブリガンドの援軍も拳銃で一発一殺。レバーアクションライフルも片手でスピンコックをしながら操り瞬く間に全滅させて再びバイクを走らせる。ブリガンドが馬鹿正直に援軍を寄越してきたお陰で次に進むべき方角が分かるのだから迷う訳がない。

 そこでバヨネットは気付いた。部下をけしかれれば当然バヨネットはそれを殺すし部下が来た方向へバヨネットは向かうだろう。つまり部下は死ぬこと前提でバヨネットをおびき出しているのだ。

 小規模のブリガンドならば人的資源は貴重だ。そんな事はやらないだろう。そうなると大きな組織が相手だろうか。だとしたらそんな大規模のブリガンド組織がバヨネット一人を殺すためにこんなに部下を消費する作戦などするだろうか。する価値があるとして、捨て駒にされた部下たちはその作戦を良しとして受け入れるものなのか。疑問は浮かぶが、今のバヨネットにとってはそれは些細な事であった。

 バヨネットの思考は至って単純だ。こんな事をやった馬鹿をぶち殺して小僧を取り戻す。それだけだ。

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