第29話 ブリガンド、強襲

 バヨネットが横浜駅の中に入っている酒場から出て来ると、構内の雰囲気が張り詰めている事に気付いた。

 武装した警備隊員が右へ左へ駆け足で駆けていくのを見たバヨネットは仕事の臭いを感じ取ると、地下街への階段で出入りする人間に目を光らせている警備隊員に声をかけた。


「おいお前」

「なんだ……ってうっ! バヨネット!?」


 警備隊員はバヨネットが速足で近寄ってくるのを見た瞬間思わず背筋が伸びる。警備隊員仲間の中で噂になっているバケモノじみた傭兵であるバヨネットが目の前に現れ、真っすぐこっちに駆け寄ってきたとあってはヴィレッジの中で棒立ちするのが仕事のような下っ端隊員では最早気迫で負けていた。といっても、バヨネットは別に敵意をむき出しにしていたわけでも何でもない。ただ駆け寄って、今の状況を質問しに来ただけだ。


「ひっひゃい! なんでしょう!!」


 上ずった声に思わず敬語も飛び出した下っ端警備隊員のへっぴり腰に片眉を上げて訝しむバヨネット。

 だがそんな事はどうでもよかった。


「何やら警備隊が忙しく動いているが、何かあったのか?」

「はい! ヴィレッジ西部外壁にブリガンドが集まって火炎瓶を投げ入れているようで、既に負傷者が出ていると。先日鉄鼠がヴィレッジを襲った事で警備隊の戦力が削れたと思っての攻撃でしょうね」


 西部外壁。内陸側に並ぶ壁は横浜ヴィレッジの防壁の中で最も戦闘によるダメージが大きくそれ故に警備も一番厳重にされている防壁だ。

 横浜ヴィレッジの東側、横浜駅の東口のロータリーに行く必要のないキャラバン隊以外の人間の出入り口にもなっている。つまり大体の人間が出入りする西の防壁で戦闘が起きているという事はその間ヴィレッジの動きが鈍くなる。

 最も警備が厳重な筈の西部防壁にブリガンドがわざと攻撃を仕掛ける理由は不明だが、少なくともそんな場所に攻撃を仕掛けられる神奈川エリア最大規模のヴィレッジである横浜ヴィレッジにとっては屈辱であり、戦闘が長引けば他ヴィレッジから得ている〝安全なヴィレッジ〟や〝兵力による影響力のあるヴィレッジ〟という信用を揺るがしかねない。ブリガンドの規模がなんであれ、迅速に処理しなければならない問題だ。

 つまり、傭兵の出番もありえる。バヨネットは直ぐに地下へ降りていくと斡旋所へ向かった。



******



 横浜ヴィレッジを囲む防壁はジャンクをただ積み上げただけの南部と北部、ビルの残骸の隙間を埋めるように瓦礫や廃車を埋めて壁にしている部分が殆どだが東部と西部は人の出入りがある重要な場所であり、継ぎ接ぎだらけだが分厚い鉄板などで補強され、五メートル以上ある防壁からは撃ち下ろし可能な空中廊下も存在する。

 ブリガンドは不意打ちで廃墟の影からこの空中廊下に火炎瓶を投げ込み警備隊員に負傷者が出ると散発的に攻撃が続いているのだというのが斡旋所での説明。

 真っすぐ西部防壁へ向かうとそこは既に一般市民は非難しており、武装した警備隊員がぱっと見ても五十人近く集まっており、ヴィレッジの中と外を隔てる巨大な鉄門は時々銃声と共に甲高い悲鳴を上げていた。


「やってるねぇ……」


 のんきな事を言いながら防壁の上を見るバヨネットだったが、そうしている内に防壁を飛び越える小さな影が飛び込んできた。防壁を越えて飛んできたのは火炎瓶であり、それが見えた瞬間周囲の警備隊が一斉に下がれと声を荒げた。

 しかしバヨネットは下がるどころか少し前に出ると火炎瓶を正面に捕らえた。それを見ていた警備隊員の一人がバヨネットに向かって叫ぶ。


「馬鹿野郎何をやってる! 下がれ!」

「圧倒的に有利な防衛戦でブリガンドごときに時間かかってる情けない連中の手伝いさ」

「な、なんだとぉ……!?」


 その声を無視してバヨネットは火炎瓶に向かって手を伸ばすと難なくそれをキャッチし、そして間髪入れずそれを防壁の向こうへ投げ返してみせると、防壁の向こうで瓶の割れる音と共に何人かの悲鳴が聞こえた。どうやら持ち主の元に戻っていったらしい。

 鉄門を叩く銃弾の音が止むとバヨネットが拳を突き上げて声を上げた。


「こんなもんでビビってんじゃねえ! 門を開けろ!」


 バヨネットの怒声に周囲は一瞬固まったがそこは皆警備隊、即座に反撃の準備に動き出した。現場を指揮する隊長らしき男がバヨネットに負けず劣らずの声を張り上げた。


「門を開けろ! アルファは防壁の上へ! ベータは門を開け次第バヨネットを援護しろ!」

「遅れずについて来いよ公務員さん達よお!」


 鉄門を開く耳障りな歯車が噛み合う音がギリギリと空気を震わせる。

 門が開き切る前に隙間から飛び出したバヨネットは頭を低くしながらの前傾姿勢で駆け抜ける。その手には既に銃剣が握られており、獲物を探す。

 火炎瓶の炎が服に引火し慌てて服を脱ごうとするブリガンドを情け容赦なく切り伏せると、バヨネットを一目見た周囲の悪漢達は一瞬青ざめたがその手にした小銃を一斉にバヨネットの方へ向けた。

 周囲を見渡せば窓ガラスが何一つ残っていないひび割れた廃墟に挟まれた道路のど真ん中。横倒しになった廃車を盾にしたブリガンドが五人、廃墟ビルの三階から銃を向けているブリガンドが五人。防壁の上から撃ち下ろせる警備隊達の射線を上手く避けた位置取りをしながら戦っていたのだろう。その上火炎瓶で鉄門の周りが炎とガソリンの臭いに満ちるほどの不意打ちだ。この攻撃は念入りに計画されたのだろう事が伺い知れた。しかし、それだけに〝何故だ〟という疑問がバヨネットの脳裏に浮かんでいた。

 ヴィレッジの中に乗り込もうと思うなら正面突破しようなんて時点で計画としては無謀過ぎる。物資を奪おうとするなら東側のロータリーを襲えばヴィレッジの中に侵入する手間もかからないのだ。


「う、撃ち殺せぇ!」


 鋭利なスパイク付きの肩パッドが目立つブリガンドが手にしたボルトアクションライフルをバヨネットに向けた。その隣にいるブリガンドはどこから持ってきたのだろう、身長が二メートルはあろう巨漢がミニガンを担いで顔を出す。鉄門をひたすら叩いていた銃弾はこのミニガンから放たれたものだろう。既に空転を開始しているミニガンの銃口がバヨネットを捉える。


「銃弾を弾き返すなんて聞いたがなぁ! だったらその銃剣ごと粉々のミンチにしてやるよぉ!」

「へぇ、最初から俺狙いだったみてぇな言い草だなぁ。何のつもりか聞かせてもらおうか」


 そうこう言っている内にミニガンから火が放たれる。金切声を上げるミニガンはとてもじゃないが手入れの行き届いた状態じゃないようで、連射力も集弾性も酷い。十メートル程度しか離れていないのにも関わらず飛び散った弾がバヨネットを正確に捕らえずアスファルトや建物の壁を砕くばかり。

 バヨネットも棒立ちなどせず、走り出したと思えば真っすぐ巨漢の方へ向かわずに直ぐ側の廃墟ビルの物陰へ飛び込んだ。流石のバヨネットもミニガンの制圧力の前には手も足も出ないといった様子だ。

 真正面から撃ち殺せる絶好のチャンスを逃した巨漢と肩パッドの男はクソッ! と悪態をつきながら唾を吐いた。


「馬鹿野郎しっかり当てろ!」

「だったらもっと質の良い銃仕入れてこい!」

「うるせぇ! 金を吐き出す武器自体に金かけてられっか! こうなりゃ炙りだすまでよ」


 言いながら肩パットのブリガンドは身を潜めて何か準備を始めると巨漢はバヨネットが隠れている物陰へミニガンを向けたまま身構える。すると間もなくして肩パットの男は火炎瓶を手に顔を出すとそれを思いっきり物陰へ投げつけた。

 この時、肩パットの部下達が建物の裏に回り込み、狭い通路に逃げ込んだバヨネットを挟み撃ちにせんと動いており、火炎瓶の破裂と炎上と共に廃墟の向こう側で銃声が響き渡った。

 銃声を聞いて肩パッドの男は徐に革ジャンの内側から煙草を取り出して口に咥える。


「おし、俺達の出番はここまでだ。撤収するぞ」

「いいのか死体を確認しないで」


 巨漢が問うと肩パッドはニヤリと下衆な笑みを浮かべた。


「バヨネットが生きてようがいまいが関係ねえ、生きてたらアイツらが必死こいて〝足止め〟してくれるだろうよ」

「死ねば俺らの取り分が増えるって訳か。じゃあ帰るぞ」


 それまで防壁の方から援護射撃を行っていたヴィレッジ警備隊との睨み合いをしていた廃墟ビルの中にいる部下達に手で撤収の合図を送る。

 ヴィレッジの外で生き抜いてきたブリガンド達が撤収する動きは鮮やかで腰を落としたしゃがみの姿勢から素早く戦場を離れる姿はまるで特殊部隊の様。

 しかしその足は直ぐに止まった。


「て、てめぇ……!」


 肩パッドと巨漢の二人の前に現れたのは傷一つ無く道路の真ん中で待ち構えていたバヨネットだった。


「部下どもを殺して回り込むにしても速すぎる……いつの間に!」

「部下? 建物ン中にいた奴らだったら先にあの世で待ってるぜ」

「壁を登ってビルの中を駆けて回り込んだって事かよ……ざけんじゃねえ!」


 巨漢が額に青筋を浮かばせながら頭を上げて手にしたミニガンを構える。

 その姿を見てバヨネットは特に動く事も無く鼻で嗤った。


「いいのかよ、遮蔽物の無い所で頭を出して」


 バヨネットがそう言うと肩パッドは慌てて巨漢に向けて叫ぶ。


「馬鹿野郎頭下げろ!」


 しかしその言葉をかけるには既に遅かった。

 巨漢が立ち上がってミニガンを空転させた直後、遠くの方で激しい発音、銃声が響くとともに巨漢の頭が文字通り破裂した。

 スイカが割れたかの如く砕け散る巨漢の頭部、飛び散る血潮と頭蓋の欠片。直ぐ隣にいた肩パットは仲間の血を頭から被り慌てふためき絶叫した。


「うわああああああああああ!?」

「眺めてるだけじゃなく仕事させねえとなぁ」


 呟くバヨネットの視線の先には防壁の上で狙撃銃を構える神威の姿があった。

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