第27話 それは父性か

 朝から他人の金で酒をあおっていたがその手は完全に止まっていた。

 名の売れている傭兵といえどその職業上、収入は安定しない。奢ってもらう酒なんて旨いに決まっているのだが、バヨネットの表情はとてもじゃないが旨い酒を呑んでいるというものではない。へらへらと、飄々と、他者に自分を掴ませず、そして掴み取ろうものならば暴れ馬の如く騒ぎを起こす姿はどこへやら、まるで親に叱られた男児の如く不貞腐れたツラを浮かべていた。原因は目の前の男だ。

 テーブル席の向かい側に座りバヨネットの目をまっすぐ見つめる神威の視線はいつにも増して鋭い。ただのお小言を言われただけならば適当に相槌打って酒を飲むだけ飲んで、さっさと帰って後日には何の話だったか忘れてるというようないい加減さで神威を辟易させていただろう。しかし今回の話はバヨネットにとって逃げられない話題だったのだ。


「お前は捨てられていた犬を拾ったくらいの感覚であの子供を拾ったんだろうが、あの子は人間だ。お前が人間一人育てられると思っているのか?」

「犬だったら良いのか?」


 店に入って数十分、こんな感じで問答を繰り返す二人。ああいえばこういうなバヨネットに神威は真面目な話をしているんだと何度も言うものの、バヨネットにとってそれは他人に口出しされたくない事であった。


「話をはぐらかすな。お前が傭兵として名を上げればそれを疎ましく思う者だって出て来るだろう」

「嫉妬なんて感情は三下が一生かけても届かない相手にするもんだ。そんな感情に支配されてる奴に遅れは取らねえよ」

「お前ひとりならそらそうだろう。だが誰しもがお前ほど強くない」


 誰しもが、そう表現したがその誰かというのは神威が言わずともバヨネットは理解したくなくても理解していた。あの少年である。


「……」


 返す言葉が見つからず、黙ったままのバヨネットに神威は続ける。


「鬼火の連中と違いあの子供はお前の話を聞くし物分かりも良いだろう。お前の破天荒な人生に付き合わせるには幼すぎる」

「話が長いぞ。結論はなんだ」


 奢ってもらっている手前強く言えないバヨネットが出来る精一杯の抵抗はこの話をさっさと切り上げさせること。のらりくらりと適当に流す予定が狂ったのか、酒を飲む時間稼ぎに話を聞き流すのをやめて神威を急かす。いつしかジョッキを握る手は止まっていた。


「孤児院に、教会に預けるべきだ。鬼火どもの様に強制労働や更生施設に送る必要もないだろうし、お前の仕事に関わらせる訳にもいかないだろ」


 孤児院。横浜ヴィレッジのほぼ中央に位置し、ヴィレッジ内でも極めて状態が良かった高層ビルを独占している横浜ヴィレッジ教会の慈善事業の一つでもある孤児院はその名の通り親を亡くした、又は様々な理由で天涯孤独の身となった未成年を引き取り教育を施して養子に出したり大人になってから独立するのを助けるための施設だ。

 悪い噂もそう聞かないし、孤児院を出た者は養子として教会とのパイプがある裕福な家庭に引き取られたり、勉強に精を出して孤児院のコネで警備隊に所属したり、孤児院に残って職員として生きる者もいる。ハッキリいって悪い話ではないのだ。しかし評判が良いということは人気が高く、中には家出したのを隠して孤児院のコネで職を得ようとする狡い真似をする者まで出たためその敷居はかなり高くなった。自己判断できるような年齢と判断されればその高くなった敷居で簡単に受け入られはしないだろう。孤児院も、この混沌とした世界でそこかしこにいる孤独な未成年者を全て受け入れられる程大きくはないのだから。

 ただし、神威の力なら別である。ヴィレッジ警備隊でもそれなりの地位と実力がある為、教会からの信用されるだろう神威のツテで少年を孤児院に入れてやれるかもしれないのだ。バヨネットはそういう〝人としての信用〟が必要な場面では無力で、バヨネット自身それを理解していた。

 だが、それでも、バヨネットは理屈で動く男ではない。移ろいやすい己の感情に素直に行動する男だ。それは悪く言えば気まぐれで身勝手な男なのだが、その生き方はある意味素直ともいえた。どっちと思うかは人によるだろうが、少なくともこうしてバヨネットの周りにいる人間からは後者だと思われているのだろう。どっちにしろ他人には扱いづらい。

 返事は至ってシンプルな拒絶であった。


「お前がいちいち口出す問題じゃないだろ。何の関係がある」


 露骨な嫌悪感を漏らすどころか突きつけるような物言い。

 だが所詮は口論である。日常的に命のやり取りをしているような二人の間ではこんなもの威嚇の内にも入らない。神威は臆せずにすぐさま口を開いた。


「俺が警備隊員に入ったのは、受け身の姿勢で事が起こってから出勤して事件を解決したり戦ったりして、それで仕事した気になって満足する為じゃない。目に見えた危険な芽は摘む……それが将来的にヴィレッジが平和になる為に必要な事だと思っている」


 純粋な正義感。自分の考えがヴィレッジの平和に繋がると信じて疑わない、一歩間違えれば傲慢ともとれるような自信から出る神威の言葉には迷いは無い。

 ズバズバとバヨネットに負けず劣らず自分の意思の強さを出していく。


「お前みたいな正義感に溢れた人間他にいねぇだろうよ。警備隊でそんな高尚な考えを持って働いている奴なんか片手で数えても余りそうだ」


 鼻で嗤うバヨネット。天を仰ぐようにわざとらしく目線の逸らすその不真面目な姿に神威の眉間のシワが深くなった。


「真面目な話だ」

「真面目だろうが何だろうが、アイツは俺が金で雇った雑用係だ。お前にどーこー言われる筋合いはねえよ」


 バヨネットの考えは変わらない。

 神威自身バヨネットとは短い付き合いではない。最初からバヨネットに正面から言って言い聞かせられるとは思っていないだろうに、それでも体が前のめりになりそうな程ぐいぐいと話を詰めていこうとする。

 別にあの少年は神威と何かしら因縁のある関係ではないし、神威にとってはただのヴィレッジに住む数多くいる孤児の一人でしかない。

 見過ごせないのだ。一度視界に入った物事に。

 今度は別方面で揺さぶろうと言い方を変えてみる。


「随分気に入ってるみたいじゃないか。人肌恋しくなったのか?」

「面白くねえ冗談だ。俺はあのガキがただの物乞いするんじゃなく、雇ってくれって言ったから買ってやっただけの話だ。そんで仕事をするって事はそれに応じた報酬は支払われるべきだ。どっかのケチ臭い所と違って、出すもんは出さねぇとなあ?」


 効いたらしい。

 露骨な話題逸らしに神威は即座に話を逸らすなと言いかけたがグッと飲み込んだ。


「俺が傭兵に対する報酬額を決めている訳ではない。そんな目で睨まれながら文句言われてもどうにもできん。俺も高給取りな訳ではない」


 そんな事を言うものの、バヨネットは目の前にいる新品同様の防具に身を包んだ警備隊員の姿と自身の擦り切れとほつればかりのコートを見比べてとてもじゃないが納得できなかった。

 傭兵は人手の足りない戦場や面倒事に駆り出されやすく場数を踏んでいるが手取りが少ない。使いやすい便利屋扱いである。傭兵とは呼ばれるものの、結局のところヴィレッジの管理下にある組織や企業などの定職に就けなかった者達の最終的に行きつくところ、非正規雇用や派遣社員のような薄給に甘んじなければならない立場なのだと痛感せざるを得ない。

 二人は確実に生きている世界、見えている世界が違っていた。

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