第25話 揺らいでいた思い
鋭い眼光に射貫かれ蛇栖太は息を呑む事すら出来ない。
再び
まるで重度の喘息を患ったように、酸素の薄い場所で呼吸困難に陥るように、息を吸おうにも吸えない感覚と数歩先にいる脅威に対する恐怖心で全身から冷や汗が噴き出す。
辛うじて動く喉と口でなんとか息を一滴飲み込めたと思った時、銃剣は動き出した。
踏み込む片足、揺れるコート、構えた銃剣がヘッドライトに照らされ刃をギラつかせる。
咄嗟に振りかぶる右腕には刃が突き刺さったまま。だが抵抗しない訳にはいかない。正面から来る敵など簡単に捌ける。腐っても傭兵。今まで幾度の戦いを生き抜いてきたから今ここにいて、そしてまた敵を前に戦っている。今までと同じ事をしているだけだ。
でも、その腕は今までのどの攻撃よりも遅く、いう事を聞かなかった。
バヨネットの目から見たら止まって見えているのだろうか。拳の真横すれすれを通り抜け、最早蛇栖太の目では終えない程の速度を出したスピードに乗った銃剣はあり得ない程の切れ味を得て蛇栖太の肩を叩き切った。
服の繊維が切れる音。
肉が切れる音。
骨が切れる音。
それらが全て重なった不快な音が二人の鼓膜にへばりつく。
蛇栖太の体と泣き別れした左腕が灰色のコンクリートの上にべちゃりと転がると、一拍遅れて蛇栖太の肩口から鮮血が噴き出した。
「ぐおあああああああ――――!!!!」
右手で傷口を押さえて絶叫し、自らも転がって苦悶の表情を浮かべる蛇栖太を背後にバヨネットは手元の銃剣を見下ろした。
刃には僅かしか血が付いておらず、蛇栖太の横をすり抜けた時の勢いで殆どが払われていた。年季が入った得物だったのか刃の部分がややぐらついており、もう一撃加えようものなら折れてしまいそうだ。
そんな銃剣を見下ろして、バヨネットは黙ったまま銃剣を握り直し、落ちていたハンディライトを拾って蛇栖太の方を向いた。
「お前のお陰で少し考えが纏まった。纏まっちまった」
「フゥー!、フゥー! ……何言ってんだテメェ!」
「もう終わりだ、お前は」
血まみれになりながら地面に伏した蛇栖太に冷たい視線を向けたまま、手にした銃剣を振り上げる。
「や、やめろ……! よせ! そ、そうだ! 交渉しよう! 山分けだ! ガキどもに集めさせたモンの半分、いや六割持って行っていい! だから助けてくれぇ……!!」
「こいつは墓標だ、受け取りな」
片腕を失いながらも未だ生への執着と自分の利益を考える蛇栖太の姿、その醜さにバヨネットは片目を細めながら歯を噛み締めた。
交渉など、今更バヨネットにしても無駄である。
振り上げた銃剣は真っすぐ蛇栖太の体に突き立てられた。
体の奥へ入り込む刃。断末魔は先程よりも弱々しく、最期の方は息を吐く音だけが喉から漏れ出ていた。
バヨネットは銃剣を突き立てたまま、抜く事無くその場から離れ、玉座の後ろに隠された金庫を確認する。
金庫は半開きだった。恐らく、蛇栖太が金庫を開けた瞬間にバヨネットがやって来たのだろう。
開きかけの扉に手をかけて中身を見るとバヨネットは予想通りと言わんばかりに小さく溜息をついた。カラだったのである。
ただのカラではない。
黒い金庫のその中、真っ黒な内部の暗がりにぽつんと物が置いてあったのである。
それは漆黒で金庫の中に溶け込むようにそこにあり、黒く細長い針のような物。それにバヨネットは見覚えがあった。
「身内にナメられてたんじゃ、遅かれ早かれしょーもない死に方してたろうよ」
聞こえていないだろう蛇栖太の亡骸に投げかけるようにバヨネットは呟くと金庫に唯一残された針を手に出口へ向かって歩き出す。
一度だけ蛇栖太の方を一瞥し、何かを口にしかけたが、そんな事をしても無駄だと思ったのか直ぐに口を閉じた。
暗く狭い地下道から手ぶらどころか銃剣を失って出てきたバヨネットの表情は暗かった。
******
バヨネットは考えていた。あの小僧は何故自分を選んだのかと。
最初は自分が傭兵だからだと思った。たまたま傭兵で、そこそこ名が売れてて、偶然知り合う事が出来たからと。
傭兵はこの荒廃した世界で必要な存在であり、引く手数多ではあれど、実際は傭兵という名を与えられただけの雑用係、必要な時にだけ呼ばれ、内容に見合わない安い金を掴まされて仕事をする。
割に合わない仕事をしなければならない者達なんてのはいくらでもいた。寧ろ、そんな者達の方が多いのだ。文明崩壊前の発展していた世界でも教育機関があっても文字の読み書きが出来ない環境にいる子供を無くせなかったように、碌な環境も用意できない地上暮らしの人々を先祖に持つ人々はある程度復興が進んだヴィレッジの中で立場は弱かった。復興に応じて必要になった頭脳労働に適さない人間は自然と末端の力仕事を任される。礼儀知らずや愛想を振りまけない者は接客業も出来ない。そして少し復興が進むと起こる人口爆発により復興速度はどうしても上げなくてはならなくなり、徐々に徐々にヴィレッジの規模を大きくしなければならず、復興速度を上げる為には人手が必要。駆り出される人々。その人達の中にすら入れなかった人間の多くが傭兵となる。
正規雇用でない日雇いバイトのようなものだ。文明的な社会の中の日雇いバイトと違う点は、大体命の危険がつきまとうという事。大した金も払われず消費されるだけの存在。
そんな存在でも憧れる者が現れだしたのはそんな傭兵稼業に〝生き残り〟が増え始めてからの事だ。
開発を進め土地を広げるヴィレッジの脅威となるのは旧文明が残した廃墟の撤去だけではなく、ヴィレッジの外に住まう野生生物、
泥沼化しそうな程の戦争といえるような規模の戦いに投入され、何度も生還した猛者達はその立場に関係なく英雄視された。
憧憬や尊敬に値するカリスマは困難な時代ほど求められるものだ。だが、人から尊敬を抱かれた所で飯は食えない。傭兵への待遇が変わる訳でもない。
バヨネットの生きる時代になっても、傭兵という立場は何も変わらない。
傭兵という職業はいつしかその実態を知らぬ者からは文明崩壊後の花形等と呼ばれるようになる。
世間一般に知られる殆どの傭兵は多くは高給取りだと勘違いされている。その傭兵たちが名を広げている裏で、その何倍、何十倍もの傭兵達が死んでいるという事に誰も気付かない。知ろうとも思わない。
多くの貧困層から羨望の目で見られている仮初の英雄達。バヨネットもその中の一人なのだ。
だから、あの小僧も惹かれたのだろうと――。
他人の富と名声に寄生しようとする輩などいくらでもいる。
あの小僧も俺の金目当てですり寄って来たんだ。そう思っていた。
しかし、それであればいちいち自分を働かせて欲しいと言ったのか分からない。そんな回りくどい事しなくても良い。媚び売って擦り寄ればいい。そんなもの通用しないが、通用しないかどうかなんて初対面の小僧が分かる訳がない。それとも本当に純粋に働きたかっただけなのか。そうだとしたらなぜ、俺なんかを選んだのだろうか。頭の中でそんな事が蛇栖太と戦うまでグルグルと渦巻いていた。
答えが出た。バヨネットは自分らしくない、そう思いつつも自分のする事は一つだけだと心に決めた。
このまま帰るのも気が引ける。そう考えたバヨネットは素手のまま横浜ヴィレッジの外に出ると、小規模のブリガンドの集まりを奇襲して身ぐるみを剥ぎ取るとそれを今日の稼ぎとして自分の住処へと帰った。
バヨネットにとって、少し塀の外へ出てその辺の三下を狩ってくるなど造作も無かった。
家であるキャンピングカーに帰ってきた時には既に日が暮れていた。
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