第24話 二匹の獣

 目の前のバヨネットから放たれる人ならざる殺気に似たオーラを見てしまった事で狼狽える蛇栖太。

 今までに感じた事のない恐怖そのものよりも、その恐怖を感じている自分に困惑していた。

 僅かに意識が揺さぶられ、集中が鈍ったのは本当に一瞬だった。

 突然バヨネットの手から銃剣が放たれた。真っすぐ空を裂き蛇栖太の顔面へと飛ぶ銃剣の刃に、たまらずそれを避けた。そしてそれが開戦の合図だと思った蛇栖太は雄叫びを上げて拳を振りかぶった。


「うおおおおお!!」


 拳を振るいかけたその刹那、蛇栖太の眼前からバヨネットが消えた。

 そこにオーラの残光を残して。


「なっ――!」


 驚きながら拳の構えを解いてバヨネットを探そうとした、しかし脇を開いた途端、蛇栖太の顎に鋭い衝撃が走った。

 衝撃と痛み、歯と歯がぶつかり頭の中にガチリッと嫌な音が響き渡る。体が宙に浮きそうになる程に突き上げられる痛みに耐えながら蛇栖太は痛みの原因を目で追った。

 その視線は真っすぐにその先へ向けた。そこには当然、バヨネットの姿があった。

 目で追えない程の速度。強烈な一撃。蛇栖太はずりずり後退しつつも即座に反撃の手を打つ。

 バヨネットの蟀谷こめかみを狙ったフックパンチ。上体を引きながらの咄嗟の攻撃は意図して出した攻撃というよりも反射的な反撃だ。

 死角から飛んできた咄嗟の反撃を避けようと思ったらそれなりに喧嘩慣れしているか、相手の行動を読んでいるかでないと難しいだろう。そして実際に反撃フックは空を切った。バヨネットは蛇栖太を殴り上げた後既にその射程範囲から姿を消しており、蛇栖太は手応えを感じず驚きのあまり目を見開いた。

 銃剣はまだ宙を飛んでいた。バヨネットの手元からより背の高い蛇栖太の頭に投げつけた銃剣はやがて地下道の天井にぶつかり、蛇栖太の背後に音を立てて落下するとその側をバヨネットの足が滑り込んできて落ちた銃剣を即座に拾い上げた。

 コンクリート擦音を背後に聞いた蛇栖太が勢いよく振り向く力を利用して剛腕を振るう。まるで筋肉のヘリコプターのような薙ぎ払いはバヨネットの頭の上をギリギリ掠める。頭上を剛腕が通り過ぎた時には既に銃剣は蛇栖太の脇腹を捉えていた。

 次の瞬間、蛇栖太は呻き声を響かせた。


「ぐぬううう!!ちょこまかと!」


 切り裂かれた皮膚から鮮血が舞う。しかし致命傷には至らず、強靭な肉のカーテンが銃剣の刃を奥まで届かせなかった。自分が思っていたよりも刃が通らなかったと手の感触で理解したバヨネットは即座にその場から離れ、手にしていたハンディライトの明かりを消した。

 突如静まり返る暗黒空間。蛇栖太はヘッドライトの明かり頼りに周囲を見渡しバヨネットを探す。


「畜生が! どこに消え……ぐお!?」


 蛇栖太の背中に強い衝撃が走る。それが直ぐに蹴られたものだと察するとすぐさま振り返る。しかし、いない。

 狐につままれたような気分に一瞬呆気にとられるもすぐさまおちょくられていると感じ怒りが湧き上がり、より血眼になってライトで闇を切り裂く。そうしている内に死角から殴る、蹴られる、刃を突き立てられる。バヨネットの容赦無い攻撃であったが、その都度蛇栖太も即座に反撃する為に重いダメージが入れられない。蛇栖太の顎に一発入れた時点から急所狙いの攻撃はマークされており、正中線や関節を狙えば今度こそ捕まるだろう。故に浅い攻撃だけしか与えられない状況、しかし体力自慢の蛇栖太も堪えきれずたまらず膝をついた。


「ぐっ、ぬぅ……」

「もう終いか? そらよ!」


 膝をつき息を荒げる蛇栖太に迫るバヨネットの影。真正面に現れたバヨネットは高速で駆け寄り、飛び上がる。

 立てた膝を踏み台に、蛇栖太の頭部へ放たれた蹴りは強烈で、その巨体全体が大きく震えた。


「かかったな馬鹿が! 」


 強烈な蹴りを真正面から受けながらも、バヨネットの足を掴み取った蛇栖太はそのまま立ち上がり、雄叫びを上げながら高身長のバヨネットを軽々持ち上げ振り回す。ただ生まれ持っただけの巨体ではなく、傭兵として生き抜いてきた強靭な肉体は傷つき痛もうとも高い耐久力を持って耐え抜き、

 なんとか片足で蛇栖太の手を蹴り、振りほどこうとするもジャイアントスイングのような豪快なぶん回しで視界が歪む。必死の抵抗にも耐え、そして強引に腕を振り上げた。

 片手で大の大人を振り回し、その上振り上げる力でバヨネットの体が宙を舞う。狭い下水道で振り上げられた体は天井へ頭から強かぶつかりバヨネットの額から血が溢れ出る。そんな事も束の間、即座に振り下ろされた体は今度はコンクリートの床に叩きつけられると蛇栖太はもう片方の腕で岩石のような握りこぶしを作るとバヨネットの顔面目掛けて振り下ろした。


「お前の死体をヴィレッジ中のさらし者にしてやるぜぇ!!」


 思わぬ反撃でバヨネットは血に濡れ、舌打ちを鳴らしたが表情に曇りは無かった。

 最後の一撃といわんばかりの拳、それはごうっと空気を鳴らしながらバヨネットに迫り、耳障りな程大きな金属音が響き渡った。

 顔面を殴打する音ではない。硬い物を殴った感触と目の前の光景に蛇栖太の表情が凍りつく。パワーアームを装着した一撃で敵を殴殺できる威力を誇る蛇栖太の攻撃はバヨネットが手にしていた銃剣の腹で受け止められ、刃を空いた手で押さえつけるようにして折れないように防御していたのである。

 辛うじてトドメの一撃を防いだが次の瞬間、二人の間に眩い閃光と何かが弾ける大きく乾いた音が響き渡った。パワーアームである。蛇栖太のパワーアームとバヨネットの銃剣がギチギチとお互いの力を押し付け合っていると、突如目が潰れそうな程眩い閃光と火花が飛び散った。

 咄嗟に銃剣をパワーアームから放したバヨネット。そのままでいたら高圧電流が刃を伝い、刃を支えていた手から体全体に電流が駆け抜け、瞬く間に感電死していただろう。流石に人外じみた力を持つバヨネットも人間とは思えないが一応人間であり、生き物である。生物を死に至らしめるレベルの高圧電流を流されれば耐える事は出来ないだろう。二人の腕が同時に弾かれたようにブレたが、電流を流した蛇栖太が僅かに早く動き出す。再び重い一撃を、今度は隠し玉ではなく最初から電流を流した状態でバヨネットに叩きつけた。


「死ねぇぇぇぇぇい!!」


 蛇栖太の叫びと共に叩きつけられた拳。直後に聞こえたのは肉を粉砕する筆舌しがたい湿り気のある破裂音――ではなかった。

 枯れ切って久しい下水道の奥深くから地上にまで漏れ出そうな程の轟音はコンクリートに小さなクレーターを作った音だ。

 放射状にひび割れ砕けたコンクリート。遅れて遠くから聞こえてくる砂利の転がるような音から相当な威力であったのは想像に難くない。一瞬地震でも起こったかと思えるレベルの一撃はバヨネットを捉えることは無く、バヨネットは拳を目前に片足を掴まれながらも全身を捻じり転がって裂けたのだ。そして、今度は反対方向に転がり、いつの間にか逆手に握り直していた銃剣をパワーアームの関節部、手首へと突き立てた。

 革とゴムで出来たパワーアームの関節部分を貫いて、蛇栖太の手首に突き刺さる銃剣。すかさずバヨネットはコートの内側から二本目の銃剣を抜き放つ。それはナイフというよりも片刃の剣のような物でサーベルというには短く、それは直刀の脇差と例えるべきか。

 即座に上半身を起こし、片足を掴んでいた蛇栖太の母指内転筋を突き刺し切り裂いて忌々しい拘束から解放された。


「ギィィィィィ――――!!」


 苦痛と怒りで最早人間とは思えない奇声とも呼べる声を漏らす蛇栖太。両手を負傷したのは僅か数秒の出来事で、目の前で攻撃されたにも関わらず何が起こったのか理解できなかったのだ。

 突然右手首に銃剣が突き刺さり、左手の親指が使い物にならなくなり、更に折角捕らえたバヨネットもその手から逃れてしまい、痛みの中必死に冷静になろうにも刃に血を滴らせながら立つバヨネットが目に入り怒りと困惑に思考が鈍る。歯を食いしばりながら息を荒くし、血走った目でバヨネットをただ睨みつける事しかできないでいた。


「強化外骨格も無しになんてスピードとパワーをしやがる……暗鬼以上のバケモン、いや、人型のミュータントかテメェは……っ!」

「こんな時代だ。人間みんな訳アリな過去くらいあんだろ? 少なくとも――」


 バヨネットは手にした銃剣を振り、刃についた血を払う。薄っすら白くなったコートの襟を掴んで砂埃を振り落とすと屈んだ蛇栖太を睨みつけた。


「――ここで死ぬお前が知っても仕方ない事さ」

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