第23話 支配に怯えて

 人間が出せる様には思えない強力な一撃。その仕組みは至って簡単な物だ。

 腕に装着されたパワーアームはパンチに電撃を乗せたり、鋼鉄の重みを威力に上乗せするだけではなく、打撃の速度を上げる事も可能なのだ。

 蛇栖太の肉体から放てる攻撃速度を見た目から判断していたバヨネットだったがその速度を超えてきた事に僅かに狼狽えた。一瞬の判断ミスは本来死に繋がる事もあるだろう。しかしバヨネットの場合、ミスはミスにならない。

 正確に顔面を捉えようとしていた蛇栖太の拳は虚空を貫き、バヨネットは片足で地面を蹴って素早く後退し初撃をかわした。

 無言で殴りかかった後、顔を真っ赤にし眉間に深い皺を刻みながら蛇栖太は吠えた。


「クソがッ!! 誰をどう利用しようが、上手く生きたもの勝ちだ! お前もそう思ってるから傭兵なんてやってんだろうが」

「……? 何の事だ?」


 理解できずにバヨネットは首を傾げた。その様子に蛇栖太は余計に腹を立てる。バヨネットに仕事を奪われた所か、秘密の稼ぎすら潰され、直接馬鹿にされた挙句にとっておきの高速ストレートを回避された蛇栖太の怒りはいつ爆発してもおかしくない状態だ。


「ヴィレッジの外でブリガンドをやってる連中はただの馬鹿な連中だ。わざわざヴィレッジという便利な土地を捨ててまで暴れまわってやがる。でもよ、ヴィレッジの社会なんていう枠組みの中で人の為組織の為ヴィレッジの為に働かされて一生を終えるなんてのもごめんだ――」


 蛇栖太は大きな拳を力強く握り込み、地下道の天井をコツコツと叩いた。


「――俺達は暴力だけの世界でもなく、秩序と言う名の抑圧に管理された世界でもない、その狭間で自由に生きる傭兵だ! 世の中の成功者ってのは常に如何に自分が楽に生きれるかを考えてるもんだ。ブリガンドの下っ端や、ヴィレッジで与えられた仕事をただこなすだけの貧民共はみんな馬鹿な負け組なのさ。お前もそう思って傭兵という生き方を選んだんだろうが。廃墟をうろつく哀れなブリガンドよりも、塀と警備隊に守られながら飼い慣らされる労働者よりも、自由に力を振るえる傭兵って生き方をよぉ! この世界は、力こそ全て! 弱い奴は強者に利用されるのは今も昔も変わらねえ!」


 暗闇に響き渡る他者を見下し世界を恨む身勝手な言葉。しかしそれを完全に否定しようと思っても難しい。極論とは、あまりにも偏った考えだからこそ簡単に否定できる事もあるが、そうでもない事もある。

 蛇栖太の言う力とはその自慢の体躯の事だけを指しているのではない。人を支配する見えない力も含めていた。権力や精神的圧力、恐怖といった人を縛り、従わせる力。蛇栖太はその両方で自分の利益を得ていた。

 バヨネットは蛇栖太の言葉に眉をひそめ、ふと瞼を閉じ、そして一瞬過去を思い出した。科学力と権力に支配された、こことは違う場所の記憶。何も知らぬ体を抵抗できずに弄られた幼き時代の自分自身。


 ――最古の記憶は真っ白な部屋で、多くの白衣を着た大人とそれを見張るかのように銃とケブラーアーマーで武装した黒い兵士達が興奮、若しくは値踏みするかのような視線をバヨネットに向けていた。

 両親などいなかった。耳にバーコードと個体識別番号が印字されたタブをピアスのように付けられ、常に監視され続けた。自我がハッキリし始めると直ぐに読み書きと運動を学ばされた。

 自分と同じ境遇の少年達。最初は数えきれない程いたはずの仲間達。健康で、頭の良い仲間だけが残され、少しずつ何処かへ消えていく。それに気付いた時と同時に気付く、自分が常人離れした身体能力を持つ事に。そしてそれは自分だけではない事に。

 仲間の中には身体能力ではなく、バヨネットには理解しがたい力を持つ仲間もいた。言葉を発さずに意思を伝えて来る仲間。痩せ細った腕にも関わらず怪力を発揮する仲間。手を触れずに電子機器を操作できる仲間。奇妙な奇妙な仲間達。そしてそれを観察する大人達。

 消えた仲間はどこへ消えた?

 僕たちは何故ここにいる?

 大人達は何をさせようとしている?

 浮かび上がる疑問、不信感。しかしバヨネットは従うしかなかった。バヨネット達は白い部屋の中しか知らなかったから。食事を与え、学びを与えてくれるのは大人達だったから。だから従った。

 次第に要求が過激になっていく大人達。キャッチボールから始まった遊戯がいつの間にかVR空間による弾丸の回避テストに変わり、昼寝の時間は僅かな音で目を覚まし索敵する訓練に変わり、そして座学は基本的な国語や数学から社会秩序や国の思想へ変わり、幼い脳の中に大人の都合が捻じ込まれていった。

 ある日、人を殺した。殺せと言われたからだ。殺せと命じた人は白衣を着た人達の中でも権力を持つ地位の男で、殺した相手は同じ部屋で共に苦楽を共にした仲間。それは友達だった。

 バヨネットは殺し合いを強制され、そして理解した。〝ああ、いつか俺もこうやって何も分からないまま死ぬんだ〟と。

 白衣の大人達を親代わりに見ていたバヨネットはこの瞬間から全てを憎んだ。白い部屋も、大人達も、それに従う仲間も、自分が生まれた事すらも。

 己の憎悪を内に秘め、時が来るのを待ち続けた。が現れるのを。そして現れた。狭く白い世界を疑い恨む仲間が。

 特別な力を持った仲間達で大人達を欺いて、飛び出した。

 感情の爆発と白い世界の破壊はバヨネット達をも巻き込んでいき……そして、バヨネットは独りになった。

 自由を手にする為、仲間達と生きる為に引き起こした一大作戦。支配からの脱走劇の終幕。それは結局バヨネットを独りにした――。


 自分が殺すか、誰かが殺すか。その違いでしかなかったのではないか?

 自分だけ生き延びて意味があったのか?

 なぜよりによって自分だけ生き残ってしまったのか?

 支配されたまま、あの白い世界で生きていた方がこんな悲しみを背負う事などなかったのではないか?

 地上に飛び出して、環境汚染から身を守る防護服に身を包み人の住める土地に出て、生存本能と自分の周りに起こる事象に流されるがまま、ただなんとなく生き続けてしまった自分にバヨネットは人知れず自問自答し続けた。答えなど出てこなかった。こうだと答えを出す勇気が無かったから。出してしまえば、何もかもを失う気がしたから。

 バヨネットは、今再び自分に問う。


(支配されていた方が良かったのか?)

(そんな訳ねぇよな。サンパチ)


 声が、聞こえた気がした。

 瞼を持ち上げ、眼前の支配者を見定めた。


「聞こえるか?」


 突然のバヨネットの問いに蛇栖太は間の抜けた声を出した。


「ハァ?」


 なんだコイツと思いつつも、攻撃をかわしてから出来た僅かな時間の間にバヨネットの気配に変化が起きた事を蛇栖太は気付く。

 それに気付いた瞬間、蛇栖太の全身から脂汗が噴き出し、思わず踏み出した足を下げて仰け反った。蛇栖太自身自分がなぜを感じたのか分からなかった。

 ただ蛇栖太の傭兵的直感と生物の危機察知が同時に激しい警鐘を脳内に響かせ、全身を駆け巡る寒気に身を任せて距離を取る。

 恐れながらも闘志だけは消えず、ギリギリの所で踏ん張って拳を構え、目でしっかりとバヨネットを捉える。しかし、その目に映ったのはバヨネットだけではなかった。


「な、なんだコイツは……!?」


 蛇栖太は信じられないものを見た。強者だけが強者を見た時に感じるオーラとでも言うべきか。強い者同士がお互いを認識する〝気配〟というものがある。しかしその気配というのは謂わば〝勘〟のようなもので、実際に視覚や聴覚で感じ取るようなものではない。ただなんとなくコイツは出来ると人生経験から感じ取るのだ。しかしどういうことか、ハッキリと見えたのだ。バヨネットのオーラを。ただそれをオーラと抽象表現するには余りにも生々しく感じさせ、目から直接脳内に恐怖を叩き込むその気配を別の言葉で表現するならばなんとするか。蛇栖太は声を震わせた。


「なんだってんだっ! 湯気が出るほど怒り狂ってるってか! 冗談じゃねえ……!」


 視覚出来る程の怒りを静かに放つバヨネット。問いに答えず狼狽える蛇栖太。幻覚か。そう言いたくなるが蛇栖太にはそれを言えなかった。

 バヨネットの体から立ち上る強者だけが感じ取る事の出来る闘気、それを蛇栖太は初めて目で見えてしまった事で考えた。こんな奴は見た事が無い。

 では何故今まで見る事が無かったのか。蛇栖太は認めたくなかったが、その考えが一瞬でも浮かんでしまい、そしてその考えが頭から離れなくなっていく。

 一人の感情ではないのでは、と――。

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