第22話 傭兵の副業

 翌日、今度はちゃんと少年を車の中に待たせてバヨネットは一人仕事に出た。

 だが仕事というのは嘘であった。バヨネットは昨日から気に食わない事があった。

 その喉に引っかかった小骨を取り除く為にも一人で向かった場所は、その気に食わない場所。横浜ヴィレッジの枯れた下水道だった。

 既にヴィレッジ警備隊に接収され、殆どのもぬけの殻となっていた。

 取りつけられていた照明の類も無くなっていた暗闇の下水道の中、鈍器のようなやや長めの黒いハンディライトを片手に進んでいく。

 ただでさえ狭い通路の壁際に並んでいた多くのテントが壊され、その残骸だけが昨日まで多くのストリートチルドレン達がここに住んでいた事を物語っている。

 そもそも金目の物なんてそんなに無かったが、人目に触れない場所なのを良い事に警備隊の連中が孤児たちを連行した後に粗方漁って物資を持ち去ったのだ。

 どこから持ち込んできたのか分からない背の低い木製の引き出しやクローゼット等が無残にも全て開け放たれ、投げ出され、破壊されている。まるで嵐が通り過ぎたかのような惨状であったがバヨネットはいちいちそんな光景に感傷など覚えない。黙々と一度歩んだ道を進んでいく。

 人がいなくなった地下道は昨日よりも肌寒く感じられた。

 今更こんな所に用などない筈なのだが、バヨネットは迷う事無くある場所へ向かって歩いていた。

 無人の狭き通路を行く足音は嫌に大きく聞こえるもので、靴底が砂利を踏みしめる音が周囲に響く。

 暗き道を進みながら、周囲の惨状に変化がある事に気付く。

 それまでも荒々しく家探しをしたような跡があったが、最奥に近づくにつれその荒れ具合が酷くなっているのだ。勿論、先日バヨネットが暴れたからではない。実際ある程度破壊はしたがそれ以上なのだ。

 元から壊れていたであろう家具を更に踏みつぶして壊しているかのような状態と例えれば分かりやすいだろう。それまでは盗賊が家探ししたような荒れ方だったのが、少しずつ様子が変化してまるで大人が手当たり次第に暴れたような状態で、目的が盗みから破壊になったような有様だ。

 バヨネットは無表情ながら徐に銃剣を抜いた。周囲の変化が見て取れてから、バヨネットの足音以外の音がするようになったからだ。それは何かの殴打する音らしく、金属のような何かに向けて何かがドン、ガン、バンと不規則に、しかし乱暴に殴るか蹴るかするような、そんな音だ。

 人が消えたアジトを現在進行形で荒らしまわってる者がいる。警備隊員が粗方漁り、戻って来ないだろうこのタイミングでだ。バヨネットはアウトローの勘かこれを読んでいたらしい。

 どんな相手が現れようと銃剣で、若しくはハンディライトを鈍器として即座に応戦できるよう身構えながら前進するとやがてバヨネットは鬼火のアジト、その最奥に辿り着いた。

 つい昨日鬼火達のボスであるハクリンを倒したばかり。彼のいた広間はその戦闘の後とはいえより酷く滅茶苦茶にされていた。

 ハクリンが座っていただろう継ぎ接ぎだらけのソファはビリビリに引き裂かれ中の綿が辺りに散乱し、テーブルは真っ二つに割れ、散らばるテントの骨組みはひしゃげている。

 そして、ハクリンのソファが本来あった場所に人影があった。複数人で荒らしまわったかのように見えたアジトの惨状であったが、バヨネットの視界に入った人影はひとつだった。


「クソッタレ……この俺様を使い走りにしやがって。幾らかガメても文句はねえよな」


 そうブツブツと愚痴を呟いている人影はバヨネットの気配を察するとその巨体に似合わぬ速度で振り向いた。


「誰だ!」


 身長が一八〇以上あるバヨネットよりも大きなその影はバヨネットの翳した明かりに照らされる。

 暗色の防弾ベストを着込み、ヘッドライト付きハーフヘルメットを被った大男だ。その姿にバヨネットは既視感を覚えた。しかし完全に相手が誰だったか思い出せずに首を捻る。

 大男はバヨネットの姿を見るなり目を見開き驚きの表情を見せると咄嗟に無骨な籠手を握りファイティングポーズをとる。大男はバヨネットを知っていた。


「貴様がバヨネットだな! まさかテメェの方から出て来るとは都合が良い!」

「なるほど、誰だか知らねぇがお前が〝本当のボス〟ってやつか」


 バヨネットの気に食わない事、その答えが目の前にあった。ハクリンと直接戦って疑問に思った事、それはハクリンの弱さにあった。

 少年暴力団鬼火を暴力と恐怖でもって支配していたと思われていたハクリンだったが、実際直接戦ってみればなんということはないただのチンピラとそう大差無い強さだとバヨネットは感じていた。

 傭兵業で多くのブリガンド、ミュータントと切り結んできた経験から直接戦った相手の力を見切る自信があったバヨネットはそこで思った。側近の連中に毛が生えたくらいのカマ野郎が、実力だけでボスになるなんて事があるのかと。年齢は組織の中ではそれなりに年長のようで体は成人のそれだが、ストリートチルドレンの寄せ集めで出来た集団に年功序列も無いだろう。

 ならば何故ハクリンが組織のボスだったのか。答えは簡単だ。そもそもハクリンは組織のボスなんかじゃ無かった。いや、建前上のボスにさせられていただけというべきか。ボスが捕まったら即座に解散して殆どの鬼火達が抵抗もせずに逮捕を受け入れた。それは組織自体に思い入れも忠誠心も無かったから。しかし組織として存在し続けたのは何故か。

 ハクリンの存在以上の恐怖によって組織が維持されていたからだろう。そしてその恐怖こそ、今眼前にいる。


「このナックル蛇栖太を知らねえだと? 馬鹿にしやがって! こないだの鉄鼠の時も人の手柄を持って行きやがってテメェ!」


 ナックル蛇栖太。その名を聞いてバヨネットは漸く思い出した。


「ああ、誰だと思ったらあの時の陰キャ般若野郎の連れか。……まんまと鉄鼠にやられて気絶してた奴がよく言うぜ」

「お前があの時の稼ぎを持って行きやがったから鬼火こっちから絞り上げようと思ったのに何処までもの邪魔をしやがって……! クソムカつくぜぇ……!!」

「その分だとそれなりには儲かってたらしいな。だが子供のした事と世間様は大目に見てくれても、俺は俺の金に手を出したやつは容赦しねぇ、ガキだろうがな」

「相当痛めつけたんだろうな。ゲスが」


 身寄りのない子供たちに金をかき集めさせてた男がバヨネットをゲス呼ばわり。どの口が言うのかと思う状況だ。傍から見れば蛇栖太の言葉は自分の行動を省みないどころか罪だとも思っていない恥知らずさだ。利己的で、他罰的で、強欲である。未成熟な子供に対し躊躇いなく限りなく過剰に感じられる力を行使するバヨネットにも非はあるだろう。しかし、蛇栖太が責める権利はあるだろうか。これには流石のバヨネットも怒るかと思ったが、地下道に響き渡ったのはバヨネットの含み笑いだった。


「フッ、クククッ……。お前、よく冗談のセンスが壊滅的とか言われてないか? クソ過ぎて逆に笑えるぜ」


 明らかな嘲笑、呆れだった。その瞬間、蛇栖太は歯を食いしばりながら歯茎が見える程に唇を開くと獣のような荒い鼻息と共にバヨネットへ殴りかかった。

 セメント床にヒビが入る程の強烈な踏み込みから一気に己が拳の射程にバヨネットを捉える。バヨネットは勿論、蛇栖太のパンチが当たらぬように後方へ下がろうとした。だがその時だ。


「チッ……!」

おせぇ!」


 その巨大な体、そして磨き上げられた筋肉から放たれる拳はスピードもパワーも凄まじく、見た目に反して鋭く速いパンチはバヨネットの想像を超えていたのだった。

 並の人間であれば殴られた後に自分が今殴られたのだと理解するような速さの高次元的高速打撃は、空気を弾き真空を生み出すかの如き速度で放たれた。

 その拳が伸ばし切られた時、鼓膜を破くような破裂音が暗闇を引き裂いた。

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