第19話 力こそ全てならば

 自分の金が奪われた事がきっかけで横浜ヴィレッジ内を蝕んでいた問題の一つを解決したあの日から一日。

 きっかけは伏せられ、バヨネットが少年暴力団を壊滅させた活躍が新聞に載り、一部の住人からバヨネットの評価が〝何をするか分からない恐ろしい男〟から〝ヴィレッジの為に働く傭兵〟に傾きだしていた。

 ヴィレッジの中を歩き易くなったはずなのに、当のバヨネット本人は朝日の下、いつもの椅子に腰掛け、足を組み、新聞記事を読んで不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。

 鬼火の連中に恐喝を受けた少年は直ぐにまた日常に戻り、車内の片づけという名のゴミ拾いをしていた。バヨネットは料理が出来ない訳ではないが上手いわけでもない。手間かけて大して美味くもない飯を食うくらいならと少年が来るまでは買い食いか外食、若しくは缶詰めを温めて食べるといういい加減な食生活をしていた。そして彼は独り身である。別にかたづけをしなくとも誰も困りはしないが、少年が来てからそうも言ってられなくなった。しかし雑用係として雇った以上、清掃は彼の仕事だ。

 ふと、バヨネットは視線に気付く。


「……なんだ?」


 少年だった。

 バヨネットが視線を感じた方へ顔を向けると少年は麻袋片手にバヨネットを見つめていた。しかし目と目は合っておらず、少年はバヨネットの腕を見ているようだった。

 コート越しにだが筋肉の膨らみが感じられる程度には鍛えられたその腕を見つめる視線の熱さにバヨネットは再び声をかけた。


「何を見てるんだ」

「あ……」


 声に気付いてバヨネットの目を見る。好奇心という光を宿した少年の瞳はこの荒廃した世界では珍しく、それは貴重な宝石のようで、二人は黙ったまま見つめ合う。二人は途方も無く長い時間見つめ合い続けているかのような感覚を覚えたが、実際には数秒の出来事。ふと我に返った少年は申し訳なさそうに眉を八の字にして視線を逸らした。バヨネットはただ黙ったまま。

 少年は言うか悩む素振りを見せたが、直ぐに決心したのかゆっくりとバヨネットの方に向き直り、口を開いた。


「どうしたら、そんなに強くなれるんですか?」

「は?」

「バヨネットさんのお陰で昨日は助かりました。その前も……。でもそれじゃ僕が助けられてるだけで――お役に立ててない」


 少年は自分の無力さを恥じているようだ。少年がスラムの大人たちに馬鹿にされていた所に現れたバヨネット。結果的に助けられ、そしてバヨネットの所に転がり込んだところで少年暴力団と一悶着。少年はずっと助けられてばかりな事に申し訳なさを感じている。実際の所バヨネットはその事についてどう思っているかは分からない。彼は表情や態度に出やすい男であり、そんな男が「いい迷惑だぜ」とか一言でも言っていれば確実にそうなのだろう。しかしバヨネットはそういう事も何も言わず、鬼火との戦いが終わった後の帰り道も少年を責めるような事は何も言わなかった。だが逆に恐喝にあった事に対しての慰めや気遣いの言葉も無かったのだった。少年の立場にしてみれば目上の存在がどっちつかずな態度のままというのは下手に責められるよりも不安な状況だろう。そして一日が経ち、いてもたってもいられなくなったという様子。

 だがそんな様子の少年を見てバヨネットは気遣いなんてする筈も無かった。放たれた言葉は冷たい一言。


「役に立ってる立ってないは俺が決める事だ。お前が決める事じゃねえ」

「……はい」

「ぼさっとしてないでソイツゴミをどうにかしてこい」


 突き放すような言葉に弾かれ、少年は「はい!」と慌てて駆けだした。空き缶の詰まった麻袋は少年の身長の三分の一くらいあり、それ程の空き缶ともなれば子供の、それも碌に食事にありつけない生活をしてきた体ではそれなりに重さも感じただろう。しかしバヨネットの言葉で駆けだした少年の足は真っすぐゴミ回収施設へ向かっていった。

 少年の背中を横目で見送るバヨネットだったが、何か考える素振りをするとハァと大きな溜息をつき立ち上がると歩き出した。廃墟の壁に背を預け眠っている浮浪者に読み終えた新聞を投げ渡して――。



******



 ゴミ回収施設。名前だけでは文明崩壊後の時代、そこら中ゴミや瓦礫、スクラップにまみれている。ゴミ回収も何も世界中がゴミ溜めなのだ。回収するって何を回収するというのだと自棄になりたくもなる世界でその回収施設は多くの人間スカベンジャーの収入源であった。

 その辺にある錆まみれの鉄くずなんか持って行っても回収してくれないが、綺麗な状態の金属を持っていくと幾らかの銃弾……つまり金として使える物と交換してくれる。数少ない収入源でヴィレッジが管理する施設故に、ゴミ拾いで生活している者たちは辛うじてブリガンドにならずヴィレッジという社会の中で生きていた。


「おい、それリサイクルのトコ持っていくんだろ?」


 少年が空き缶を運んでいる道中、人が行き交う路上で足止めを食らった。少年には見覚えの無い少年と青年の中間といった感じの男が二人立ちふさがったのだ。

 男達は少し痩せ気味の貧相な体だったが、色褪せてはいるものの赤や黄色の派手なペイントを施したジャケットを身に纏い髪を刈り上げ稲妻のような剃り込みまでした威圧感を放つ彼らに少年はただ息を呑んで後退る。


「俺達が運んでやるよお」

「おら寄越せよ」


 少年の細い手首を鷲掴みにし、空き缶入りの袋を奪い取ろうとする。勿論善意で運んであげようなどという意思などある訳が無い。彼らは弱い人間が僅かな稼ぎを得ようとゴミを運んでる所に出てきては稼ぎを横取りしようとするケチなチンピラだ。そしてそういう輩はどんなヴィレッジにもいる。警備隊が強力な横浜ヴィレッジといえど例外ではない。

 というよりも横浜ヴィレッジだからこそこういう輩は動き易かったりするのだ。警備隊の規模よりもヴィレッジの規模が大きくなってしまった発展しているヴィレッジならではの光景。

 少年は抵抗しようとするも相手は自分よりも年上でガタイも良い男二人組。喧嘩してきた数も比較にならないだろう。しかし少年は必死にその手を放さない。負けると分かっていても放さない。

 必死に抵抗する少年を相手にすぐさま苛立ちを見せた一人が少年の顔面を殴った。


「手間かけさせるんじゃねえよクソが!」

「ぐっ……!」


 殴られてその場に倒れ砂まみれになる少年。口の中に鉄の味が広がる。

 しかし、その手はゴミ袋を放さない。


「しつけぇなコイツ!」

「チッ! さっさと寄越せや!!」


 地面に倒れる少年を踏みつけ、蹴とばすチンピラども。それを遠くで見つめる影がひとつ。

 バヨネットだった。バヨネットはただ黙って一方的に暴力を受ける少年を見ていた。

 だが動かない。その顔には感情が読み取れない。静かに事の成り行きを見守る様にジッと建物の影に隠れている。

 眺めている間にも、少年は砂と泥にまみれた靴で蹴られ、元からボロボロだった衣服はより汚れ、顔も髪も手足も砂で白くなっていた。

 ようやくての力が弱まり、少年から袋を奪い取ったチンピラは忌々しそうに倒れている少年に唾を吐きつけた。


「弱いくせに抵抗してんじゃねえよ」

「世の中チカラのある奴が偉いんだよ。雑魚は大人しく物差し出しとけばいいんだよお! クククッ!」


 チンピラのひとりがニヤけながら少年を見下しながら去ろうとしたその時だった。


「おいそこ! 何をしている!」


 大きな声が通りに響き渡る。


「くっ! 行くぞ!」

「お、おう!」


 その声に弾かれたようにチンピラは少年から奪ったゴミ袋を手に走り出す。

 チンピラたちはその場から逃げ出し、大声を出した者が少年の元に駆け寄った。その姿に遠目から見ていたバヨネットは舌打ちを洩らした。

 一人のヴィレッジ警備隊員が騒ぎを聞きつけてやってきたのだ。

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