第18話 心の問題

 神威は言い慣れた様子で警告すると容赦無く撃つぞという意思表示の為に左手で拳銃を抜き、周囲の鬼火達に銃口を向けていく。

 鬼火達は逆らう事などしなかった。神威が警告をし終える前に既に手を頭の後ろに組んで伏せる者までいた。

 そんな状況を見て、ハクリンは頭を垂れ、ひび割れたコンクリートの床をただただ見つめるだけだった。


「殺しはしてないだろうな」

「ああ、半殺しにはしたがな。来るのが遅いせいで余計なお喋りしちまったぜ」


 そう言いながらバヨネットはハクリンを顎で指すと神威は改めて片腕が折れ、跪きながら項垂れるハクリンの姿を見ると小さく溜息をついた。


「医療班も呼ぼう。治らずに更生もままならんとなっては困るからな」

「更生か、そりゃいいな」

「……なんだ、何か言いたげだな」

「ブリガンドは即ぶっ殺すじゃねえかって思っただけさ」

「奴らはヴィレッジという社会を否定して出て行った奴等だからな。しかしこいつらは違う。ヴィレッジという環境が無いと生きられない人間だ」


 辺りにいる鬼火達を見て神威は言う。壁の向こうヴィレッジの外という混沌とした世界で生きられないなら、ここで生きる術を身に着けさせるしかない、と。

 そんな神威にバヨネットは否定も肯定もせず、ただ黙って目の前で膝をつくハクリンを見下ろしていた。

 遠くの方から幾つもの足音が近づいてくる。神威の部下達、ヴィレッジ警備隊がやってきたのだろう。やがてその足音が大きくなってきた所で鬼火達の表情は絶望に染まっていた。

 警備隊員が数人姿を見せるとその内の一人に救護班を呼ぶように伝える神威の脇をバヨネットが通り過ぎる。


「ま、待って」


 さっさと帰ろうとするバヨネットに、声をかけたのは意外にもハクリンだった。

 警備隊員に囲まれて銃口と突き付けられながら立ち上がるハクリンの表情に既に恐怖の色は消えていた。

 しかしバヨネットは強者と戦えるかもしれないという淡い期待をしてしまった自分に苛立っていた。


「なんだ死に損ない」


 最早振り向きもしない。

 玩具に興味を失った子供のようにそれまで嬲っていた相手に目すら向けないバヨネット。

 その力無い声と満身創痍の体を見て警備隊員はハクリンを止めようと思わなかった。

 そこにいるのは悪事を働きながらも散々逃げ回り、そして奪った物が仇となり身も心もへし折られた男だ。

 誰がどう見てもこれ以上の抵抗は無いと分かる程に痛々しく立ち尽くすハクリンに警備隊員の中にはやや同情するような視線を送る者もいたが、その同情の目もハクリンにとっては屈辱だろう。

 だがそんな周囲からの視線も今のハクリンは感じ取れなかった。

 前にある鬼火などではなく、本当の鬼の様に強い男の背中しか見えず、それ以外何も見えていないようだった。


「さっさと殺して取られた物を取り返せばよかったのに、何故殺らなかった……? 戦って分かってる。警備隊員とのお約束なんてそんなものの為だけに生かしたなんて事は無いって事ぐらい……!」


 ハクリンの言う通り、バヨネットの性格から考えて神威との口約束を律儀に守る性格タイプでは決してない。

 この世界はヴィレッジの中とはいえ、私刑を厳密に取り締まる事も無い。ヴィレッジ警備隊も基本的にヴィレッジ内の治安維持も行っているが主な戦場はヴィレッジの外であり、ヴィレッジと外界を隔てる壁をブリガンドやミュータントから守るのが仕事だ。

 故に、バヨネットが奪われた財産を取り返すついでに私刑と称してハクリンや鬼火構成員の孤児たちを皆殺しにしても注意はされこそすれ罰を受ける事は無い。

 他人の財産を奪ったら返り討ちに合い殺されましたなんていうのはただの自業自得とされてしまう世界で、気性が荒く喧嘩っ早く、そして誰かを殺す事に一切の躊躇が無いバヨネットが自分の金を奪った主犯格の男を最終的に殺さずに警備隊に引き渡したという事は余程の理由が無ければありえないといえる。

 現に、神威はどうせ殺すだろうと思い込んでいたのだろう。ハクリン達を見てから救護班を手配した。神威からすれば警備隊員としての建前上の発言だったのだ。それをそのまま鵜吞みにしましたと考えるのはこれまでのバヨネットの言動と性格を見るに怪しく、気味の悪ささえ感じるだろう。

 生かされた立場でハクリンは何故と問う。お前のような奴が何故自分を生かしたのかと。

 バヨネットは鼻で大きく息を吸うとぶはぁとわざとらしく息を吐き、コートのポケットを弄って煙草を探す。


「ムカつくしぶっ殺すかーってノリで子供ガキぶっ殺してみろ。傷がつくんだよ、お前には無い看板ものにな」

「私に、無い……」

「だが一切痛めつけずにやっても示しがつかねえ。だから二度と人様に手を出さないように痛い目見てもらった。ただでさえ生きる為に〝ブリガンドからの仕事も引き受ける節操無し〟なんて悪評ぶら下げてるんだ。その上〝ガキ殺し〟なんて呼ばれちまったら益々ヴィレッジの面子が大事な人間金づるから仕事貰えなくなっちまうしな」


 二人の会話を神威は冷やかな表情で見守る。バヨネットの物言いに、ハクリンはある点に対して苛立って声を震わせた。


「さっきから私を子供扱いして……私は」

「言ったろ? お前は図体がデカいだけのガキだってな」


 そう言いながらポケットをひとしきり弄った後、小さく舌打ちして「そういやこれ俺のコートじゃねえじゃねえか」と零して肩を落とすと突如大声を上げた。


「おい小僧、服持って来い!」


 突然の大声に周囲にいる誰もがびくりと肩を跳ねてバヨネットの方を見た。

 そしてその声に応えるようにして鬼火達のアジトから少し離れた通路の影から少年が顔を出す。

 身を隠すのが得意なのか、それとも警備隊の目がザルなのか、少年が隠れていた事に気付かなかった警備隊員達が驚きながら銃口を出てきた少年に向けた。


「鬼火!? まだ隠れていたのか!」

「ひっ……!」


 怒鳴られながら銃口を向けられた少年は小さな悲鳴を上げて立ち止まる。その様子を見てバヨネットは面倒臭そうに言った。


「やめろ。俺の連れだ」


 その言葉をフォローするように神威は銃を下ろせと手で合図を送る。その合図を見て周りの警備隊員はすごすごと銃を下して再び鬼火達の拘束作業に戻っていく。

 震えた体に気合を入れ直すように大きく深呼吸した少年はバヨネットの元に駆け寄った。

 側まで駆け寄り、バヨネットの顔を見上げながら手にしたコートを差し出す。その動き、その表情には恐れは無く、眉間に皺を寄せながら少年の顔を見るバヨネットに物怖じする様子は無かった。

 少年は自然と、バヨネットの感情の行方を察しているのだ。威圧感を四方に撒き散らしながら生きるバヨネットを誰もが腫物として扱う。武装した警備隊も神威を除いては皆が厄介な存在として白い目で見ている所がある。スラムの男共もバヨネットの顔を見るなり逃げる始末だった。そんな中で、この少年は早くもバヨネットの不機嫌の矛先を知り、そしてと理解していたのである。

 ボロボロのコートを投げ捨てると少年から自分のだんだらコートを受け取り、袖に通す。そしてポケットの中へ手を突っ込み、感触だけで煙草を探り当てると一本取り出し、口に銜えてオイルライターで火を点けた。天井の照明にぶつけるかのように上を向きながらゆっくり紫煙を吐き出すと、眉間の皺の溝が少しだけ浅くなる。


「行くぞ小僧。腹減って仕方ねえ」

「は、はい!」


 バヨネットと少年は遅い遅い朝食を買いに、ハクリン達鬼火の連中や神威達警備隊員が呆然とその背を見送る中、風の様に去って行った。

 暗闇の中へ消えていくバヨネットの背中をハクリンはジッと見つめる。その目には怒りとも悔しさとも悲しさともとれる複雑な表情を浮かべ、片目から雫を零した。


「一体、なんなのよ、あいつは……」

「口の悪いお節介焼きさ。別の言い方をすれば、苦労人だよ」


 呆れたような口調で、しかしその口角を僅かに上げながら神威はそう言うとヴィレッジ警備隊達は鬼火達の確保を各々再開した。

 翌日、一連の出来事を横浜ヴィレッジの新聞はこう記した。

 〝少年暴力団・鬼火、鬼神の如き傭兵の所有物に手を出し一網打尽にされる〟と――。

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