第17話 残酷な救い
現実は非情である。
人は常に不平等であり、得る事などできない平等に縋り、冷静に考えれば看破できる欺瞞の前でもその目は曇ってしまう。
しかし栄枯盛衰か因果応報か、現実の非情さというものはどの人間にも降りかかる。
狭い世界で暴力による恐怖をもたらしていたストリートチルドレン達を従える卑劣な悪漢にも、永遠に地下で暗躍する時間など与えられる事は無い。
ヴィレッジ警備隊も手を焼いた者どもはそれ以上の暴力によってその力を瞬く間に削がれていく。
それはほんの些細なきっかけだった。道行く少年を恐喝したばかりにその報復は何倍も高くついてしまった。
自分の命を守るためにはどうすべきか、そういう考えさえも出来ずに、ただただ破滅へ突き進むハクリンにバヨネットは既に関心を失っていた。
「追いつめられた奴は直ぐに自棄になる……」
もうすぐ刃がバヨネットの背中に届こうという時だ。バヨネットは突如振り向き、手にした銃剣の束で青龍刀の腹を思い切り突くと途轍もなく耳障りな金属音が辺りに反響した。
直後、手入れも碌にされていない、安物の剣だったのだろう、青龍刀の刃が殴られた部分から真っ二つに折れ、折れた刃は宙を滑ってコンクリートの上を擦った。
余程大事な物だったのか、それとも刃を自分のプライドと同等の物と思っていたのか、思わず目で追ってしまうハクリン。その首にバヨネットの手が伸びた。
「ぐっ……! ううっ……!!」
大きな片手で首を掴まれ、そのまま締め上げられる。
「俺はお前らみたいな奴らが嫌いでねぇ。本当の事ならこの場で全員皆殺しにしてやりてえと思っているんだが……ヤツと殺すなって約束しちまったからなぁ」
その時、初めてハクリンは手加減されていた事に気付く。
バヨネットは初めから本気ではなかった。殺す気で挑んできた訳ではないのに、殺されかけたのは自分だった。
「こ、こんな屈辱……早く殺りなさいよ……!」
「お前、死ぬ覚悟はある癖にまともに生きる気は無かったのか」
「――っ!」
冷たい口調で言い放つバヨネットにハクリンは何も言えなかった。
バヨネットも、世間的に見れば半端者のようなものである。傭兵を気取ってはいるが、結局のところヴィレッジの中での商売や、復興事業等に携わらず、気に入らない仕事はしない男である。
しかし、傭兵を名乗れるだけの強さと、仕事を完遂させる信用を得ていた。
それ故にバヨネットはハクリンを気に入らなかった。
神威とした約束、それは更生の機会を与える為にも鬼火の連中を殺さずに奪われた物を取り返す事。
元から子供相手に本気を出す気は無かったが、ハクリンやその側近が青年だった事からこの戦いはバヨネットにとって不満なものとなった。
ここに来るまでにずっと加減しながらやってきて漸く加減せずにやれそうな相手を前に、約束の為に全力を出せない。その怒りが言葉となってバヨネットの口から漏れ出てしまう。
「ヴィレッジの外で生き抜く力もないからブリガンドにもなれず、探せばいくらでもあるヴィレッジの仕事もしねぇで、かと言って何かを成したいという欲望も無く、こんな穴倉で孤児どもを巻き込んで堕落した生活。俺がどんだけ手を抜こうがお前が俺に勝てるなんて事は、万に一つも、億に一つもありはしねぇ」
「堕落……ですって……!?」
「じゃなかったらなんだ? 少し戦えば分かる。いっちょ前に剣を振り回して見せても所詮通用するのはプロ以外。こんな所で逃げ道まで用意してコソコソしてる様を見れば警備隊相手にも戦ったんじゃなく、逃げ回ってたんだと分かる。ここで俺とやりあったんだ、子供がいるんじゃ戦えないとか抜かすなよ?」
片手で首を締められ、地に足をギリギリつけれない高さに持ち上げられているハクリンはなんとか抵抗を試みるも、利き手である右手は使い物にならず、左手には折れた青龍刀。
「お前が〝外の世界で何にもなれないからと狭い世界で王様気取りしてただけの堕落者〟じゃないなら、その折れた
バヨネットの挑発にハクリンの左手に一瞬力が入る。そして、手にした青龍刀を振り上げた。
一瞬、ハクリンの首を掴むバヨネットの手に僅かながら力が入るのを感じたハクリンは恐怖で全身を硬直させる。そう、ここで青龍刀を振り下ろそうとしたところで、その前に首をへし折られてしまう。
ハクリンからしたらバヨネットなど外の世界から来た得体の知れない存在であり、神威の存在も知らない。なんらかしらの約束事で鬼火の命が守られているとしても、目の前にいるバヨネットが約束を確実に守るような義理堅い人間だと思える筈もない。
散々挑発して煽った上で、抵抗した相手を潰して確実に絶望を与える。野蛮なブリガンドの常套手段でもあり、ハクリン自身も恐喝などで時折行ってきた事だった。因果応報というべきか、同じことをされると察したハクリンはとうとう青龍刀を手放した。
コンクリートの上を弾んで、そのまま力無く転がった折れた青龍刀に視線を向けたのはバヨネットだった。
「……殺しなさいな」
「は?」
「どうせこんな生活長くは続かなかった。もうここはおしまい。私にはもう居場所なんて無いわ」
「この期に及んでまだ勘違いしているのか? 見てみろ」
バヨネットはそう言うとハクリンを床に放り投げた。尻から落ちて唸るような声を漏らしつつ、ハクリンはバヨネットを睨みつけると、バヨネットの視線は別の方を向いていた。その視線の先へゆっくりと視線を動かす。
そこには鬼火達の姿があった。皆怯え切った様子でハクリンを見つめている。だが、それは怯えだけではない事がハクリンには理解できた。できてしまった。
「や、やめて……なんなのその目は……っ!」
哀れみと軽蔑の視線である。
人望の無い独裁者が力に屈した瞬間に国民から犯罪者扱いをされて引き摺り下ろされるなんてのは文明崩壊前の世界ではよくある話。ハクリンは今まさに無言の圧力を身内から注がれていた。
生温い下水道跡の中で冷たい視線を注がれ、全身に冷たい物が這い回る感覚に吐き気と眩暈を催したハクリンはその場に這いつくばり、嗚咽した。
その時、鬼火のアジトの脱出口に繋がる格子戸がガチャガチャと揺さぶられる音が響き、広場にいた者全員が音のした方へ顔を向けた。
「そこまでにしておけ」
神威だった。
バヨネットは正面から殴りこみに行き、神威は鬼火のアジトである下水道跡の見取り図を手に、脱出口になりそうな狭い地下道を通って回り込んでいたのだ。
手にした見慣れない刃物を手に神威はバヨネットを格子戸越しに睨みつけている。
逃げる為に格子戸に群がっていた鬼火達は神威の姿を見た瞬間にヴィレッジ警備隊だと分かり慌てふためきながら格子戸から離れようとするも、バヨネットの存在感に身動きする事も出来ず、絶体絶命の挟み撃ち状態にとうとう泣き出す者まで出始めた。
暗がりに啜り泣きや嗚咽交じりの鳴き声が交差する中、神威は腰に下げていた刃物を抜いた。
それは暗闇の中でゆっくりと暖色の光を帯び、その輪郭からそれが刃渡り五十センチ程度の直刀だというのが分かった。
無骨な外観と厚みのある四角い耐熱合金で作られた
十分な熱を帯びた溶断刀は格子戸の鉄を容易く溶かしていき、切り口に体が当たらないように跨いで通ると神威は手にしたその溶断刀を掲げた。
「ヴィレッジ警備隊だ。少年暴力団構成員は全員、手を頭の後ろに回しその場で俯せになれ。逃走を試みる者は容赦なく撃つ」
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