第13話 少年暴力団

 怒りの感情を露わにしながら肩で空を切るバヨネットを見て道を開けない者などいなかった。

 彼を除いては――。


「あっ……」


 彼を見て少年は思わず声を漏らした。


「なんだお前、コイツと知り合いか」


 バヨネットの問いに少年はううんと顔を小さく横に振った。

 二人の前に現れたのはバヨネットにとってはつい最近会った相手だった。


「まだ昼にもなってないというのにヴィレッジの中でそう殺気を出されると嫌でも仕事しなければならなくなるな」


 それは昨日仕事の報酬を支払った火野神威だ。

 仏頂面で固まった顔はその内の感情を読み取りにくくさせ、真意をいまいち掴みにくい。

 薄汚れてはいるものの警備隊に支給される制服と自前の大きなライフルを背負い、その表情も相まってバヨネットとは違う厳格そうな威圧感を漂わせていた。

 風に揺れる赤々とした髪はまるで炎を連想させた。


「おんやぁ? 俺の顔見て、点数稼ぎできそうな臭いでも嗅ぎ取ったのか? 流石若きエリート警備隊員は違いますなぁ」

「茶化すな。お前は分かりやすいんだ。今度は何をする気だ」


 バヨネットは退かなければ殺すというような威圧感を出すといった様子ではなく、どちらかといえば面倒な奴に見つかっちまったなーと言いたげな様子で肩を落とす。

 プライドの高そうなバヨネットが自分より背が低く若そうな男を相手に面倒くさいという感情を持つ事が珍しい。

 出会ってまだ一日しか経っていない少年も、バヨネットの後ろから二人のやりとりを見ながら不思議に感じていた。


「ヴィレッジの外とはいえ、悪評もある俺を横浜に滞在する事を許可してくれた恩は感じちゃいるが、俺のする事にイチイチ首を突っ込まれる筋合いはないぜ」


 名も無き傭兵が、バヨネットの名と共に恐れられるようになってからヴィレッジの目が厳しくなった時、神威がそれまでの横浜ヴィレッジに対する貢献を目にしていた為に口利きしてくれた過去があった。


「誤解しているようだな」

「なんだと?」

「善行悪行なんてのは、立場によって見方が変わる。他人の評価だけでお前はこういう人間だと決めつけたりしないし、お前に恩を売るつもりでやったわけではない」

「へーへーそうかよ。そりゃ殊勝な考えですなぁー。……だったら余計そこを退けよ」


 神威の話を微塵も興味無さそうに流して先を行こうとするバヨネットだったが、すぐさま正面に立ち塞がる神威。

 鼻がくっつきそうな距離で睨み合う二人。

 バヨネットの尖った鼻先を見上げるように睨む神威であったが、その声色に怒りの色は無く、ただただ冷静で、そして何やら事務的だ。


「出来ないな。明らかに今から問題を起こそうという雰囲気を露骨に出している奴をのさばらせる訳にはいかない」

「何もしてねえ奴をやらかしそうだからってよぉ、事が起きてから動くのがアンタらの役目だろ。いくらなんでも職権乱用じゃねえのか? あぁん?」


 その物言いに神威も流石に返す言葉が無かったのか、口をキュッと噤んでしまった。それを見たバヨネットは神威の横をすり抜けて歩き出す。もう話は終わったと、そう思った時だった。


「ならば、後ろからついて行く」

「……はぁ?」


 神威の言葉に素っ頓狂な声を上げるバヨネット。

 バヨネットの後ろをついて歩く少年も、声には出さないものの目を見開いて驚きの表情を見せた。

 何故そこまでしてバヨネットの事を気にかけるのか。

 振り返り、怪訝な目で神威を見る。そしてなんとなく神威の思惑を察してニヤリと口角を上げた。


「なる程、警備隊も仕事が無ければ食ってけないってか? 公僕になっても今の時代じゃ安定しねぇし大変だなぁオイ」


 煽り口調で話すバヨネット。しかし神威はその露骨な挑発に眉一つ動かさず、返す言葉も淡々としていた。


「何とでも言え。そしてまだ答えを聞いていないぞ。何しに行くつもりだ」

「あ、あの……!」


 神威がバヨネットを疑っているという事に今になって少年は気付いたらしい。神威とバヨネットの間に入った少年は真っすぐ神威を見つめた。

 突拍子もない突然の少年の行動で初めて神威は片眉をひくつかせて少年を見下ろし、そしてバヨネットをより厳しい目で睨みつけた。


「僕がちゃんと仕事できなかったから、だからバヨネットさんに余計な手間を取らせてしまってるのは僕のせいなんです……!」


 まるで要領を得ない話に神威は腕組みをしながらバヨネットに鋭さに冷たさも上乗せした視線を送る。


「説明しろ」



******



 バヨネットは面倒臭そうに、しかしここでちゃんと話さねばもっと面倒な事になると理解して神威に掻い摘んで事情を説明した。

 その結果結局神威はついて行くと言って利かなくなってしまい、バヨネットは邪魔するなと一蹴しようとしたが、なにやら神威にとても他人事では済まない事らしい。

 少年を襲ったというハクリンをリーダーにする一味はヴィレッジ警備隊も手を焼いているからだ。


 そいつらはスラムの中では有名な連中らしい。

 傭兵としての主な仕事は専ら出稼ぎ労働者の護衛だったり、ブリガンドに奪われた財産や人の奪還と、ヴィレッジの外が活動場所となっている。

 スラムでの犯罪等日常茶飯事で、余程大事だったりネタになる事件でもなければ新聞記事にもなりはしない。それ故にバヨネットはヴィレッジの、それも狭く普段足を踏み入れないスラムなんかの事情など知らなければ関心も無かった。

 ハクリンとヘッドにしたストリートチルドレンを中心に組織されたギャングは少年暴力団としてスラム内では認知されており、スラムの外ではガラの悪いガキどもがいる程度の認知度であった。

 わざと活動範囲を狭める事でその暴力性や行った犯罪を警備隊に察知させしにくくする狡猾さは残忍と捉えるべきか臆病と捉えるべきか。

 少なくとも少年暴力団の思惑は上手くいっているようで、リーダーのハクリンは好き勝手に悪事を働いているようだ。

 警備隊に集会中の所を抑えられそうになっても手製の煙幕等を用いて巧みに逃げ果せる等、未成年の集まりだというのに手を焼いていると話す神威。バヨネットはその話を黙って聞いていた。

 スラムへ向かう中、そんな連中から日常的に強請りを受けたり馬鹿にされたりしていたと話す少年。その話をバヨネットは「そうか」と口数少なくも聞いていた。

 バヨネットに正義感や義憤といった感情は稀薄である。口数が少なかったのは憤りからで間違いは無いが、その怒りの理由は別に存在していた。

 それは単純な事で――。


 少年暴力団がたむろしている集会場に向かう。その中、バヨネットは前を行く神威に違和感を得た。

 真っすぐ歩くその様は〝目的地が分かっている足取り〟である。

 ちょっと待てと前を行く神威の背中に声をかけると、腰に手を当てながら振り返るその様はまだ何か用があるのかと言わんばかりだ。


「なんだ?」

「俺はとりあえずスラムに行ってガキの二、三人しばけばアジトを吐くもんだろうと思っていたが、その足取り、奴らの居場所を知っているのか?」

「……お前ら、連中の居場所を知らないでどこに乗り込むつもりだったんだ?」


 呆れた表情をする神威だったが直ぐに続けた。


「一応常に私服で見回りしている警備隊員から情報は貰っている。だが奴らは警戒心が強い。武装した警備隊が束になってアジトに向かってみれば既にもぬけの殻だ」

「なるほどな。だから今日は俺とお前で乗り込んでいけばって訳か」


 バヨネットが納得したように言うと神威は何を勘違いしているんだと言いたげに片眉を上げた。


「お前が奴らに用があるのだろう? 俺は手を出さんぞ」

「は? お前点数稼ぎに抜け駆けする為について来たんじゃねえのかよ」

「話をきいていなかったのか。奴らは弱者を見つけ暴行や窃盗をして生きている野蛮な連中だ。歳が歳ならブリガンドと大差無い連中でもある。だが、ブリガンドは馬鹿で自分らを絶対強者と思い込んでいる連中だが、スラムのクソガキ共は自分らが弱者だと理解している。そこが奴らの嫌らしいところだ」


 何度も相手にしてきた者だから言える、連中が神奈川エリアで最大規模にして強力な力を持つ横浜ヴィレッジ警備隊を相手にスラムから追い出される事も無く密かに活動をし続けられている理由。

 奴らの面倒臭い部分、強い部分を理解した上で中々手が出せずにいた神威の表情たるや。


「自分を弱者だと自覚している奴はタチが悪いって事か」

「ここで逃せばいずれ報復される可能性もある。やるなら徹底的にやらねばならない」


 バヨネットが子供の報復など恐れはしない。それを分かっていても神威は忠告する。

 そんな神威にお構いなしといった様子でバヨネットは鼻で嗤うと、じゃあ逃げられる前にさっさと行こうぜと神威を急かした。

 先行しようとするバヨネットに神威はまあ待てと改めて足を止めさせる。

 徹底的にやるなら準備がいる、と――。

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