刃の習性(完全に昆虫のそれじゃないよな)

 淡々とエグイことを言ってのけるエレクシアを信じ、俺はじんに向かって、

「こっちにくるか…?」

 と手を差しのべた。

 俺の動きに一瞬、じんの体がピクッと反応する。だが、それを見た瞬間、俺の中で何かがストンと収まった。

 …そうか、そうだよな。彼女も怖いんだ。

 当然か。彼女にしてみれば、いくら俺が強い雄に見えたとしても、いや、強い雄だからこそリスクもあるんだ。こういう生き物は共喰いも珍しい事じゃない筈。強い雄に近付くということは、自分が食われる危険性もあるってことだろうし。

 それに気付いたことで、俺は自然と柔らかい表情になっていた。

 じんは、すごく慎重にゆっくりと近付いてきた。それに比して、ひそかは距離を取る。まあこの辺は当然だろうから今はいい。

 危険を感じてるのは俺だけじゃなくじんもそうなんだと実感できたことで、俺は自分が意外なほど落ち着いてるのを感じてた。相変わらず首筋にピリピリした気配はあるから緊張はしてるんだと思うが、恐怖はそれほどじゃない気がする。

 お互いの手が届くほどの距離まで来て、じんは、差しのべられた俺の手にそっと指を触れさせた。瞬間、ビクッと引っ込めたが、俺がそのままにしてるのを見て、再度、指を触れさせてくる。その仕草に、あれほど危険を感じてた凶暴な猛獣の気配は感じ取れなかった。

 まあそうか。一般的に猛獣と呼ばれてる動物にしたって、基本的にはものすごく臆病なんだ。怖いから攻撃的になり、手加減ができなくなる。じんもそれと同じだ。

 こうしてみるとやはり昆虫ではなくトラやライオンといったタイプの猛獣に近いんだと分かる。昆虫は肉体の構造からして人間とは異質すぎるしそもそも精神とか心理とかいったものを持ち合わせていないから共感のしようもないが、その点ではまだトラやライオン程度には分かり合えそうだ。しかもじんの場合は、外見上も人間に近い部分もある。

 じんは、指を触れても俺が何もしてこないことを確かめて、今度は両手で俺の手を掴んできた。しかし力は入ってない。いきなり指に噛り付いたりってこともあるかも知れないが、その為に体に力が入ればエレクシアはそれを察知して止めてくれるだろう。心配はない。

 両手で触れても大丈夫と思ったのか、今度は鼻を近付けて匂いをかぎ始めた。この辺りもやはり昆虫とは違うな。どちらかと言えば犬や猫に近い行動だと思った。

 するととうとう、俺の手を自分の首に擦り付け始めた。触れた感触は、思ったより柔らかい。胸の辺りの外皮は三八口径の弾丸でも貫通できない程度の強度はあるようだが、首の辺りは明らかにそれより柔らかそうだった。つまり、首はじんにとっても弱点だろう。その弱点を俺に触れさせるというのは、彼女がそれだけ俺に気を許したということだと思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る