第4話
ぼんやりと目が覚めると知らない部屋だった。
全体的に白く、まるで寝るだけの部屋。
病室という単語が頭に浮かんだ。すると「ああここは病室だ」と理解した。
病室に母がいて、私が目覚めたことに気付くと、
「アンタ、大丈夫? そうだ! 先生を呼ぶわね」
母はナースコールを押して、先生を呼ぶ。
まだ少し意識が朦朧としている中、医者とナースがやって来た。
「ここがどこだか分かりますか?」
「病室?」
「はい。どうして入院しているか分かりますか?」
……ええと、目覚める前は……そうだ! 確か買い物をしてて……帰りで……階段を降りようとしていたら、後ろから力強く押されて……それで。
私は思い出したようにお腹に手を当てる。
ぷっくり膨らんだお腹は少し萎んでいるようだった。というか張りがなかった。
血の気が一気に下がった。
顎が震える。呼吸のリズムがおかしくなる。それでか胸が苦しい。
「せっ、先生、赤ちゃんは!?」
聞く前にもう答えは分かっていた。それでも私は奇跡にすがるように聞く。
医者は首を振り、
「残念ですが」
「あっ、ああ……」
その後、医者はあれこれと何かを言っていたが、頭に入ってこなかった。確かに耳ではちゃんと聞こえているのに。医者の言葉より優先されるべきことが頭を支配する。
私の代わりに母が返答をしていた。
少しして、目端で医者とナースが部屋を出て行くのが分かった。
◯
私は母に少し1人にさせてと告げた。
母は察してくれて部屋を出る。
1人になり、私は泣いた。
怒り、悲しみ、悔しさ、罪悪感、切なさが渦を巻き、感情を爆発させる。
◯
警察官が二人やって来た。
私は事故ではなく、背中を押されたことを告げようとしたが、どうやら目撃者が複数いて警察はすでに事件として捜査してくれていた。
私に犯人の顔を見ましたかという質問がきた。
覚えているのは一瞬、転がる際に見えたフード姿の男。
「一瞬……ですけど、チラッと見えました。黄色のフードを着た若い男でした」
「誰です?」
「面識はありません……たぶん」
「そうですか。他に何か思い出せることはありますか?」
「急だったので」
でも一つだけ気になることがあった。おもい違いかもしれない。でも、私はそのことを話した。
ちなみに警察は私が昏睡状態の時に母から私の現状についてあれこれと聞いていたので、当初は夫を疑っていたらしい。けれどその夫には完全なるアリバイがあり白だった。
私が告げたことで何か判明するのかは……分からない。でも、もし私の推理通りならば──。
◯
夫が見舞いに来たのは私が目覚めてから2日後だった。
どうしてすぐ見舞いに来なかったのかを問うと、
「こっちも色々忙しくて」
「忙しいなら妻をないがしろにしてもいいと?」
その問いに彼は答えなかった。
「…………」
「…………」
「ねえ、いつまで立ってるつもり? 座ったら?」
私が椅子にすすめると彼は手近な椅子を寄せて座った。
「離婚してあげる」
私がそう言うと彼は嬉々とした顔をする。
マジ最低。喜ぶな。
「でもその前に素直に答えて欲しいのだけど」
「分かった」
「じゃあ、佐々木菜々緒とは結婚するの?」
「ああ」
「お義母さんは認めているの?」
「大丈夫。すごく仲が良いんだよ」
何が大丈夫だよ。なんでイキイキと答えるんだよ。
てか、あのババアと仲良しってなんだよ。
「アイツの子を育てるんだよね?」
「ああ!」
元気よく答えるな!
こっちのことなんて無視だな。自分の幸せしか考えていないな。
「子供いなくなっちゃった」
私はお腹をさすり、告げる。
「残念だな」
その言葉に私は驚いた。
残念! どうして残念?
悲しくないの? 自分の子だよ?
「大丈夫。次がある。きっと生まれ変わって戻ってくるよ」
「え? も、戻ってくる?」
何その生まれ変わり理論。
そんな考え怖いわ。
胎児のうちは何度も転生するの?
馬鹿じゃない。
命をなんだと思ってるの。
「これ名前書いて印を押してくれ」
と彼は離婚届を持ってきた。
妻が階段から突き落とされ流産。そんな中に普通、離婚届なんて病院に持ってくる?
どんな神経しているのよ。
「…………分かったわ」
こんな男とはさっさと別れよう。
私が不幸になるだけだ。
そして私達は離婚した。母も文句は言わなかった。むしろさっさと別れて慰謝料ぶん取れと息巻いていた。
◯
後日、容疑者が判明。
犯人は佐々木菜々緒に恋慕する男。まだあの女を想う者がいるのかと驚いたが、元旦那もそうだったと気付いて、少し呆れた。あの女もまだ蜜を持っているのか。
で、なぜあの女を想う男が私を狙うのか。元旦那の大輔ならまだしも私を狙うのはおかしい。
動機は不明。
なぜなら容疑者は自殺したから。
マンションの自室で首吊り自殺。遺書も何もない。
佐々木菜々緒が指示したのか。
でも証拠はなかった。パソコンやスマホのデータが消されて不明だった。
けれど容疑者死亡で迷宮入りかと思われた事件だが、後にデータが復元され佐々木菜々緒が私を階段から突き落とすように指示したことが判明。
さらに容疑者の自殺も実は自殺ではなく、自殺に見せかけた他殺の線があると報道されていた。
「データって消しても、上塗りしないと完全には消えないらしいわね」
母がテレビを見ながら言う。
「そうね」
そして佐々木菜々緒は重要参考人として捕まったと報道された。
それを聞いて私は口元で笑った。
これで彼もババアも不幸だ。いい気味だ。
再婚相手は犯罪者でお腹の子も刑務所で産むんだろうか。
あいつらは刑期が終わるまであの女を待つんだろうか。いや、離婚するのかな? でも子供は産まれる?
あっ!? もしかして堕ろすのかな?
まあ、いいさ。
どう転んでもあいつらは不幸になる。
自分勝手なあいつらは堕ちろ。そして不幸になれ。
転がるリンゴ 赤城ハル @akagi-haru
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