第6話:ないしょ
結婚する前に『結婚はゴールじゃない』なんて言われたとき、意味を理解していたつもりではあったが、付き合っているときのゴールはやっぱり結婚であったと思う。
結婚してからお墓へ入るまでの時間の方が長いのは分かっていても、実感出来ない人の方が大半だと思う。
付き合ってたころは優しいと思っていた人が夫になれば、私の為と言いながら細かいことに口を出してくる。
私たちのことを心配してくれ、よくしてくれた義理の母は息子の為に行動していただけで、私が思い通りに動かないと分かった途端に嫌みを言ってくる。
子供が生まれないのは私の体に問題があるのではないかと、人前であろうとお構い無しに嫌味たっぷりに絡んでくる。
因みに病院で検査した結果、体に問題はなかったので、もしあるとすれば検査を拒否し続ける夫の方が確率は高いのだが。
世の中の人たちが生涯何人と付き合うかは分からないが、結婚を一回で成功させるのは存外難しいことだと思う。
契りを交わしたら添い遂げなければいけないのはなかなかに酷なことだと、今になって思う。
だが、今の世の中バツイチなどと、呼び方も軽くなり世間の風当たりもそこまで強くなくなった。まして、原因が相手にあれば尚更だ。
などと、哲学的なことを我ながら考えるものだと自分に感心しながら、目の前にいる二人と向き合う。
下を向いている元夫になる予定の
足りないものを求め合う男女というのは引かれ易いのかもしれない。
結婚して夫婦として世間から一線引き、独立すると、隣の芝が青く見えるものなのだろうか。
「
悪いことしたと思っていると言いながらの正当化。絶対悪いって思ってないだろうと思いながらも、澄ました顔の私は淡々と話を進める。
終始歯切れの悪い康孝と、興奮気味の沙姫を相手にし、離婚調停で話し合った内容も踏まえて慰謝料の話を続ける。
財産分与は別にして純粋な慰謝料は、元夫から200万程度、元友人から30万程度と思ったよりも安い金額にちょっとガッカリしながらも、それよりも別れられるという事実に心が踊る。
「お金は払ってケジメはちゃんとつけるから。私たち幸せになってみせるから」
訳の分からない宣言を受け呆れつつも、この二人の未来にさして興味のない私は、乾いた笑みを浮かべる。
未だ下を向いている康孝に、沙姫にも私にしてきたように素直な自分の考えを言ってみればいいと声を掛けようかと思ったが、今後この二人がどうなるのか想像するだけで楽しいから止めておく。
「そう」
自分でも驚いてしまうくらいの冷たい声で返事をした私は、席を立ち店の外へと出る。
帰りの道すがら、元義理の母である家の前で足を止める。
郵便受けから回覧板を引き抜くと、元夫と元友人がホテルへと入る写真と『
まったく、元友人の夫が飲み屋の女性と話している姿を撮影して、それを送信して不倫を匂わせ煽って誘導してみたらこうも上手くいくとは思わなかった。
頭に血が上りやすくて、冷静に判断できない元友人の性格と、その夫が本気で飲み屋の女性に熱を入れていたのと、裏垢で自慢気に女性との関係を晒していて、私が男の振りをして羨ましいってコメントしたら、予定まで教えてくれる愚か者なのが功を奏した。
それにプライドが高くて自分の理想を押し付けるが、実際は優柔不断で決断力がなく流されやすい元夫の性格も後押ししてくれた。
彼らの性格と行動を観察しつつ、好機を待ち続けた甲斐があった。
元夫と元友人が今後どうなるかは知らない。お互いまだネコを被っているから、素を見せたとき二人がどうなるのかを想像すると楽しみではある。
元義理の母は近所から白い目で見られるといい。なによりも人目を気にするあの人には耐え難いことだろう。こっちはある程度未来が想像できて楽しい。
それでも結果を見に行くことはないだろう。離婚届を出してしまえば赤の他人。彼らの不幸な未来を望み想像はするが、確認して想像と違っても腹が立つし、なによりも関わりたくない気持ちの方が大きい。
それよりも私が掴み取った希望を喜び、ここからの人生を楽しんだ方が何万倍も有益だろう。
私はスキップしたくなる足を押さえ、おもいっきり笑いたくなる口を押さえる。
これは私の小さな復讐の物語。周りからなんて言われようと、私の人生は私の手で切り開く。
今の私はきっと希望に満ちた顔。
【完】
ないしょノないしょっ 功野 涼し @sabazukikouno
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