第23話 もう一つの復讐

 絶えず砲撃が撃ち込まれる中、月狼とライはバイクを使って移動していた。


「月狼、いったいどこに向かう気?」


「とりあえず地下鉄だな。さすがに奴らも地下鉄までは封鎖できていないはずだ。


 地下鉄をくぐってここから脱出する!


 が、その前にやるべきことがある。」


「何?」


「グレンの仇を、討つ。」


「仇…ってことは!」


「ああ、グレンは死んだ。


 狙撃兵に撃たれてな。」


「そんな…。」


 ライが呆然とした。


「悲しんでいる暇はない。


 そいつを殺さないと、俺の気持ちが収まらない。」


「いいの?タイムリミットが迫ってるんだよ?」


 数十分前、どれだけ降伏を命じてもこたえようとしない共和国第二連隊に業を煮やしたケイ総帥は、連隊に最後通告を叩きつけた。


「50発の攻撃ののちに最終攻勢を開始する。


 この最終攻勢では反乱軍は見つけ次第、射殺する。


 また、反乱軍の支配下にある町も徹底的に破壊する。」


 この命令が実行された場合、第二連隊の占拠下にいる月狼たちも戦いに巻き込まれることは確実だ。


 よってそれまでにこの町を脱出しなければならない。


 そのためには、誰とも戦うことなく、一直線に地下鉄まで向かって脱出することが一番だ。


 が、それを許さない者が一人いた。


 ほかならぬ月狼自身だ。


「ここで奴らを潰しておかないと、あの世でグレンに顔向けできねえ。


 それに、俺は死ぬためにここに来た。


 ただ戦場に巻き込まれて死ぬんじゃあ、つまらないだろ。


 せめて死ぬならグレンの仇と戦ってから死にたい。」


「あくまで死ぬつもりなんだね…。」


「うん。


 もうこの世界に俺が生きる場所はないからね。


 で、ライはどうする?


 復讐は果たした。共和国に背いたわけでもないから死ぬ理由はない。


 別に俺についていかずに一人で地下鉄をつたって逃げていったとしても、何も言わない。


 むしろ、俺はもう大切な人が死ぬのを見たくないから、このまま別れることを選んだとしても、喜んで受け入れる。


 さあ、どうする?ライ。」


「そんなのもうとっくに決まってる。


 月狼が行くなら、最後までついていく。


 だって、私の復讐についてきてくれたのも君だからね。」


 ライは一瞬の間もなく答えた。


「分かった。


 それじゃあ行くぞ!」


「うん!」


 ブゥゥゥゥゥゥゥゥン!


 バイクのけたたましいエンジン音が鳴り響いた。





 しばらく道路上を走っていると、


「右に曲がって!」


 パン!


 ライの声を聴いて月狼がバイクを右折させた刹那、銃声が響いて銃弾がライと月狼の間に飛んだ。


「ついに奴らの射程範囲に入ったか!」


「あとは私に任せて、月狼!」


 ライが自動式狙撃銃を取り寄せた。


 相手の狙撃銃を取り寄せなかったのは、スコープの反射光で相手の動きを見るためだ。


 グレンの仇を討つためにここで取り逃すわけにはいかない。


「私が狙撃兵を狙う。


 だから月狼はそれに合わせてバイクを動かして。」


「ああ!」


 月狼はバイクを蛇行させながら言う。


 蛇行させることで狙撃を回避する作戦だ。


 だが、


「いない…。」


 ライが先ほどまで狙撃手がいた屋上をスコープで覗くと、そこには何もいなかった。


(何もいない…。)


 月狼はそこに何か引っかかりを感じた。


 何もいないということは急に消えた。


 急に消えた、といえばレキネも初めて遭遇した際、移動することなく幻覚と入れ替わるようにして姿を消していた。


 だが、あの時のレキネは確かに途中まで本物だった。


 そうでなければ、能力を使って月狼を吹っ飛ばすことなどできたはずはないのだから。


 じゃあどうやって幻影と入れ替わったんだ?


 あそこから瞬時に逃げることなどできないはずだ。


(ということはっ!)


「ライ!後ろだっ!」


「後ろ?!はっ!」


 ライが後ろを振り返ると、確かにそこにスコープの反射光が見えた。


「月狼!避けて!」


 ライが狙撃銃を捨てた後月狼の体に捕まって言った。


「了解!」


 月狼がバイクを斜めに倒して銃弾をよけた。


「ちょっとあなたバイク乗るの本当に初めて?!」


「ああ!」


「どこで身に着けたのそのライドテクニックは!」


「まああえて言うなら、才能、かな?」


「ええ…」


 ライがあきれたような声で言う。


「まあ、今はそんなことを話している時じゃない。奴を殺すことを優先するんだ!」


「分かった!」


 ライが再び狙撃銃を取り寄せた。


 月狼がバイクをアクセルターンさせる。


「食らえ!」


パァン!


 だが、さすがにバイクを運転しながら銃を撃ってまともに当たるわけがない。


「くっ!外した!」


 そして


「また消えた!」


「了解!」


 月狼が再びアクセルターンをした。


「間違いない。奴の能力はテレポートだ!


 テレポートで自分のいる場所を移動して、射撃位置を変更しながら撃っていたんだ!


 だから見つけたら手あたり次第に撃て!」


「了解!」


 ライがそう叫んで再び狙撃銃を放つ。


パァン!


 外した。


パァン!


 再び相手側から弾が発射される。


「避けるぞ!」


 月狼がバイクを左に傾けてよけた。


「どうする?最初から予想はしてたけどやっぱり移動しながらだと当たらないし、ここで時間を無駄にする話絵にはいかない。」


「仕方ないな。


 ライ、俺の体から手を放して!」


「う、うん!」


 ライは月狼の体から手を離した。


「今から僕はバイクから降りる。


 だから銃撃が止まるまでを、奴をバイクでひきつけ続けてくれないか?」


「了解!」


 そう答えた次の瞬間。


 月狼の姿が突如バイクの運転席から消えた。


 ライは急いでハンドルをつかむ。


「頼んだよ。」


 ライはそう呟いて引き続き狙撃をよけることを続けた。


パァン!


 狙撃兵は次々と居場所を変えてライを狙撃しようと試み続けるが、


キィィィィッ!


 ライはそれを軽々と避ける。


「さあ、いつまで持つのかな?」


 二発目。


「やあっ!」


 軽々しく避けた。


 そして後ろを振り返る。


 その後ライは敵の位置を確認せずにバイクを右折させた。


 と、いうのはライは相手の動きに関して一つの仮説を持っていたからだ。


「相手は確実に交互に私の視界の前か後ろを選択している。


 なぜなら私の視界にずっととどまらない、あるいはとどまり続ければ相手の位置が必然的に固定化されて、私の対応がやりやすくなる。


 そして発射間隔から考えて、相手はボルトアクション方式の狙撃銃を持っている。」


 おそらくこの文章を読んでいる人の6.5割は解説が不要だと思うが、念のために説明しておくと、ボルトアクション方式とは一発撃つごとにマガジンと薬室の間を隔てているボルトをレバーで操作してマガジンから弾を送る方式のライフルのことだ。


 現代主に軍隊で採用されている自動小銃に比べるとボルトアクションは弾の再装填の速度が約4倍遅いが、その代わりに自動小銃よりも命中精度が高いので現代でも狙撃銃によく採用されている。


「特に発射準備がかかるボルトアクション式狙撃銃の性質上、確実にある程度相手に見られないで準備できる時間がいる。


 この仮説はほとんど間違いではないとみていい。


 この仮説に従えば、相手がどこから撃ってくるかなんて手に取るようにわかる。」


 その言葉通り、ライは発射された銃弾を三発も避けることに成功した。


パァン!


 そして仮設通り放たれてきたもう一発の銃弾を


ブゥン!


 避けた。


「おそらくまた移動した。」


 一方狙撃兵はマガジンが空になったため、弾丸の再装填を行おうとした。


 その時。


バシュッ!


 狙撃兵の背中を月狼が突き刺した。


「ちょうどこっちに来てくれるとは、こっちにとっては運がよかったな。


 もし違うところにテレポートしていたらそこを射殺するつもりだったが。」


 月狼は腕で刀の血をぬぐった。


「ああっ…。」


 狙撃兵が心臓を押さえながらうめく。


 能力者であるので当たり前だが、そこで倒れていたのはグレンとあまり年の違わない少年だった。


「お前は負けた。


 名前を言え。一生忘れることのない名前を。」


「レーン…。」


「レーンか。俺は月狼だ。」


 月狼がそういった直後、レーンは静かに目を閉じた。


 その死体に月狼は一輪の花を添えた。


 確かに、自分を慕ってくれた仲間を奪った彼を許すことは、復讐を果たしたいまでもできない。


 しかし、彼もまた一人のテルによる悪行の犠牲者であることは、まぎれもない事実だ。


「あの世では安らかに眠ってくれ。」


 月狼はかつて戦場で冬狼に言われた言葉を思い出した。


「上官はさ、『共産主義を妨害するものはみな地獄に落ちる』って言ってるけどさ、俺は地獄とか存在しないと思うんだよな。


 だってもし地獄が存在するんだったら、生きるために何人もの人間を食い殺しているトラとかもみんな地獄に行くことになるだろ?


 それって絶対おかしいと俺は思うんだよ。


 多分、死後の世界っていうのは、どんなにどうしようのないやつだって報われて、心が浄化されて楽しく暮らしている、そんな世界なんだろうなって、俺は思う。


 ま、今更死後の世界のことなんて考えてもしょうがない。


 重要なのは、今をどう生きるかだ。」


 月狼は今でもその言葉を信じて生きている。


「どうか死後の世界とか、来世では報われていますように…。」


 月狼はその死体に敬礼をした。


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