第5話 不殺
二人は車に乗せられて帰っていった。
その中で、ただ単に彼は考え込んでいた。
戦場では実に様々な人に出会った。
優しかった人が「人を殺すのは最高だぜ!」と、もうこの異常すぎる状況を受け入れ、そして楽しむ人。
戦いを拒み、射殺される人。
戦場では人を殺したが、休んでいるときは涙を流す人。
気が狂い、味方に対して発砲する人もいた。
みんな正気を保っていなかったが、感情を失ったわけではなかった。
殺意、哀れみ、悲しみ。
人々はそういった様々な感情を戦場に合わせて作っていた。
(でもこいつには、そんな感情が一切、ない。)
もちろん、戦争になった時は感情など不要だ。
ただ銃を撃ち続ける兵器でなければならない。
銃を撃つことを拒んだり、味方に向けて発射するような奴はいらないのだ。
しかし、人間から感情を完全に奪うことは困難だ。
その事実をいやというほど見てきた。
「でもこいつには感情が一切ない。いったいなぜなんだ。」
エミはとある袋を取り出した。
「さて、初任務お疲れ様。二人にご褒美がありまーす。」
彼女の手にはチョコレートが握られていた。
戦場では滅多に食べられなかった代物。
すぐに開封して食べた。
「うまっ。」
「…ありがとうございます。」
食べ方も二人はどこか違う。
月狼はすぐ包装を開けて食べ、すぐさま完食しているが、ライはまるで興味がなさそうに食べている。
その様子をエミも何も言わず眺めていた。
「さて、今回の事件で君たちの活躍は世間に証明されたわけだ。これから予算も拡充されるし、頑張ってね!」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、家に帰ろうか。」
エミは車のアクセルペダルを踏んだ。
爆撃によって破壊されまくった道路だから、
車はとても大きく揺れる。
「…で、なんであの時葬儀屋を殺さなかったんですか?」
ライが月狼に話しかける。
「え?」
「あの時言われたじゃないですか。いざというときは犯人を殺せって。
でもあなたは敵の喉元に刀の切っ先を突き付けているという絶対的に優位な状況
にもかかわらず、わざわざ刀を下ろし、拳銃を発砲する隙を与えた。」
「うん。」
「もしあの時葬儀屋の首を切断すれば、私が出てくるまでもなくすべてが終わったはずです。」
ライは月狼のほうを見ていない。
窓の外の景色を見ながら話している。
「そんな簡単に人を殺していいのか?
戦場ならともかくとして、ここは平時の街。
そこで人を殺したらただの殺人犯だ。」
「戦場で100人以上もの人を殺したのにもかかわらず、そんなことを言うんですか?
私たちは人殺しが許可されています。許可されたことをしたとて殺人犯にはなりませんよ。」
「そんなことを簡単にッ!」
「だってそうでしょう?結局殺すのが最適解だったんですから。」
その言葉は抑揚が一切ない機械のような声だった。
「へー。
あんたはいいなあ。戦争に勝って。
人をたくさん殺しても英雄って言われてもてはやされて、戦後もいとも簡単に警察になってさぁ。
そんな人間にはわからないだろうねぇ
社会から見放された奴のつらさをさ。」
月狼が鞘に収まった刀の持ち手を握る。
「戦場では確かに僕も当然のように人を殺したよ。
周りからいじめられ、上官からは背後から機関銃で脅され、
そして前線に出れば敵からは憎しみと暴力を向けられた。
僕は生きるためにただただ武器をふるった。」
月狼が刀を握る握力を強める。
「進んだ時間の中、人を斬り、撃ち、殺した。
逃げれば撃たれる。進んでも撃たれる。撃たれる前に撃つしかない。
そんな思いで人を殺しまくった。
殺していくうちになぜか、敵が死ぬときのうめき声や斬った感触が快感になってた時もあったなあ。」
月狼は上を見上げる。
「だが、戦争は終わった。
終わったら待っていたのはただ周りからけなされ、暴言を振るわれるだけの日々。
斬りたくもなったが、斬れなかった。
学校では常に迫害され、戦場以上の憎悪を向けられた。
一応命の危険を感じることはなかったが、待っていたのはただの生き地獄だった。」
そしてライのほうを向く。
「そんな日常がわかるわけないよなあ!
国の都合で悪に仕立て上げられた僕の気持ちが!
救国の英雄にわかるはずがないよなあ!」
月狼は刀から手を離した。
「それ以来人を殺さなくなった。
でも誰も僕のことを許してくれる人はいなかった。
どこまで続くんだろうな、この地獄は。」
「そこまで。」
エミが二人の会話を止めた。
「君たちの事情はこちらもよく把握している。
君たちはつらい経験をした。
だからといってお互い傷つけあうのをやめて。
君たちはバディだ。共に問題を解決しあう仲間だ。
自分から問題を起こしても、何も生まれない。」
「…わかりました。」
ここまでの言葉を聞いてライは表情すら動かしていない。
「なんであんたは人を殺しても平気な顔をしているんだ?」
「…言われたからです。言われたことをやればいやな気持にならなくて済みます。」
「それでいいのか?」
「はい。」
その言葉に一切の迷いはなかった。
ただ言われた言葉をそのまま返す機械の様にその返答には感情が感じられなかった。
「なぜこんなにもこいつからは感情が感じられないんだ?」
月狼はまだ理解できていない。
だが、一度組んだバディを解消することはできない。
どうせこれからはずっとライと組むしかないのだ。
「まあ、同じ戦場を生きたとはいえ、あんたは英雄、僕は殺人鬼だ。
分かり合えないことくらい、最初からわかってる。」
月狼はそういって車の外を見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます