第4話 ゾンビ災害

 トラックはとある場所でようやく停止した。


 おそらく走り始めたスラム街からはかなり遠いところに。


「トラックが停止した。これより追跡を開始する。できたら至急応援を求む。相手の能力は死人をゾンビにして操る能力だ。」


 月狼は携帯で本部に連絡すると、トラックから飛び降りた。


 葬儀屋はトラックから5m離れた位置にいる。


「何をする気だ、葬儀屋。」


 月狼は葬儀屋に刀を向ける。


「ここで戦うつもりか?」


 葬儀屋は月狼のほうを振り向く。


 二人の距離は3m。


 月狼の刀が届くまであと2mたりない。


「そうしないで済むならありがたい。」


「そうか。人を殺すのが怖いか。見損なったぞ、100人殺しの狂犬。」


「何だと?!」


 月狼が葬儀屋に一歩ずつ近づいた


 葬儀屋も月狼から距離を取る。


「それじゃ、あんたには死んでもらうか。」


 葬儀屋がベルトに左手をかけた。


 そこには拳銃が収納されている。


 月狼は能力を発動し、とっさに葬儀屋の右腕を抑える。


 次の瞬間。


 パンッ!


 一発の銃声が響いた。


「何っ!」


「ハハハハハッ!こうされることは最初からわかってる!ただの地面撃ちさ!


 それより後ろに気をつけな!」


「はっ!」


 後ろを振り返ると二体のゾンビが襲い掛かってきていた。


 月狼はとっさにゾンビの顔に肘打ちを食らわした。


 しかしゾンビはすぐ攻撃を仕掛ける。


 月狼は地面に倒された。


「くそっ!」


「はははっ!じゃあ君はこのゾンビと遊んでくれたまえ。俺にはどうしてもやらなきゃいけない用事があるんだ。」


 そういって葬儀屋は二本のバタフライナイフを取り出して開いた。


 そしてそれをゾンビの元へ滑らせる。


 月狼はそれを取ろうとするも、ゾンビが0.3秒早かった。


 だが、月狼はすぐさまそのナイフを取った手を抑える。


「すまない!」


 そして銃をゾンビの腕に直接打ち込んだ。


「これであと5秒もてばっ!」


 月狼は頭突きを食らわした。


 ゾンビが顔を抑える。


 4秒経過。


 そのすきに月狼はバタフライナイフを取り上げる。


 ゾンビは必死になってナイフを回収しにかかる


 3秒経過。


 しかしそれをうまくナイフを持った右腕を左側にもっていきそらした。


 1秒経過。


 ゾンビが倒れこんだ。


「さすがに効くかこれは。」


 トリーに頼んで作ってもらったゴム弾の先に針が付いたような銃。


 相手を殺さずに眠らせることができる品だ。


「とりあえずあいつが何をやらかすかわからない。もうすでに奴はだいぶ進んでいるはずだ。早く止めないと。」





 物々しいドアが開く。


 葬儀屋は貿易センターの中に入った。


 この貿易センターは戦争中に一度空爆されたが、一部が焼けただけでどうにか崩壊は防がれた。


 戦後、国の経済発展のため、他国からの支援もあり立て直された。


「ちょっと、君。」


 警備員が葬儀屋にゼロ距離で銃を突きつけつつ声をかける。


 今の彼は左手にPP19、右手にバタフライナイフを持っている。


 さらに背中には大量のマチェーテが入ったバックをしょっている。


 サボテンが見ても危険人物だということがわかる。


「誰のことですかねええええええええええええええ!」


 葬儀屋は至近距離でバタフライナイフを警備員の右腕に刺した。


 パン!


 そしてPP19で警備員の肝臓をぶち抜いた。


 そして彼は近くにいた警備兵数人をフルオートで倒した。


 そして警備兵二人に触れた。


 二人の体はみるみる生気を失っていく。


 そして葬儀屋は近くにマチェーテを置いた。


「命令だ。この建物にいる奴らを殺せ。一人残らず!」


 警備兵は何を言うわけでもなくマチェーテを手に取った。


 そして建物内に入り、大勢の人を殺し始めた。


「はっはっはっ!さあ思い知れ。戦場で誰にも助けてもらえず、平和になった世の中でも誰も拾ってくれなかった弱者の怒りをな!」


 葬儀屋が高らかに叫んだ。


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 かつて葬儀屋は戦場で敵を大勢殺し、殺しつくした後はその連中を能力でゾンビのように操って兵力を増強させた。


 当然こんなやばい能力を持った奴を軍部が放置しておくわけがなく、何度も狙撃され、命を奪われかけた。


 と言っても弾が当たったのは一回だけだったが。


 何とか一命をとりとめたが、冬狼によって救助されるまで仲間や上司は一人も助けてくれず、降りしきる冷たい雨の中、血を流しつつずっと地面を這いまわっていた。


 そこから自分を助けてくれなかった人間に恨みを抱くようになったのだ。

 

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 それが今は、自分を見下してきた人間がかつての自分のように地面を這いずり回っている。


「はははははははははっ!どうだ誰も助けてくれず死の恐怖におびえながら地面を這いずり回る気持ちは!最悪だろう!


 全部お前らのせいだ。俺たちを見下してきたお前らが今度は惨めな思いをしている!これ以上の快感はない!」


 ははははははっ!と葬儀屋は愉快そうに笑っていた


 ☽☽☽


 月狼は非常口の近くにいた。


「正面から堂々と入ったら、それを予想していた葬儀屋に先手を取られる可能性が高い。


 最短ルートにはいつも罠が待っている。


 だから非常口から侵入したほうがはるかに安全で、楽だ。」


「よし、行くか!」


 月狼は決心して、非常口の扉に六個の長方形の物体を円形に取り付けた。


 プラスチック爆薬だ。


 月狼はプラスチック爆薬に信管を差し込んだ。


「作戦、開始!」


 ドーン!


 爆発音が響く。


「おそらくこれで気づかれただろう。」


 普通に行っていたら大量のゾンビに襲われることになる。


 月狼は能力を発動して瞬時に爆発であけた穴に入る。


 爆煙を潜り抜けた先には、音に引き付けられたゾンビが待っていた。


 だが、能力発動中の月狼にとって、動きののろいゾンビを殺すことなどイージーゲームだった。


 しかも相手はゾンビであり、すでに死んでいるし、使用しているのも非致死性弾であるから、罪悪感を感じる必要はない。


「来いよ!」


 まず集まってきたゾンビ2体を撃った。


 通路を全速力で走っていく


 目の前でゾンビ4体と遭遇した。


「舐めるなよ」


 すぐに一発も外さずに片づけた。


「ふう。」


すると、どこからか


「はははははははっ!最高だぜ!」


 聞き覚えのある声がした。


「この声は!」


 月狼は葬儀屋のところに向かう。


「そこを動くな!動いたら撃つ!」


「遅かったな、月狼。」


 二人がにらみ合う。


「なんでこんなことを!」


「お前に俺の気持ちがわかるはずがないだろう!」


 葬儀屋が叫んだ。


「戦場で傷ついても誰にも助けてもらえず、雪が積もる寒空の中ただ助けを求めて這いずり回った俺のことをお前がわかるはずがない!」



「はははっ。確かにそうだな。


 誰も完全に他人の気持ちなんてわからねえ。


 僕の能力で君の心を見ることはできないし。」


 月狼が笑った。


「何が言いたい!」


 葬儀屋が叫ぶ。


「そんな僕が言えた事じゃないかもしれないけどさ、こんなことより誰かのためになることをしたほうが何十倍も楽しいと思うぞ?」


「黙れ黙れ黙れ黙れ!」


 葬儀屋が頭を抱えながら叫ぶ。


「おいお前ら!こいつを八つ裂きにしてやれ!」


 周りにいたゾンビが次々に月狼に襲い掛かってくる。


「しまった、邪魔なゾンビだけを眠らせてきたから周りにゾンビが大勢いる。


 仕方がない。」


 月狼は銃を構えた。


「しばらく眠ってもらうか。」


 能力を発動した。


 とっさに背後に回り、ゾンビの中枢神経だけを打ち抜く。


「これでしばらく動くことはないだろう。」


「くそっ!」


 月狼は即座に葬儀屋のほうを向く


 そしてすぐさま葬儀屋の目の前に移動し、刀を彼ののど元に突きつける。


 月狼が能力を解いた。


「終わりだ。おとなしく銃を下ろせ。」


 葬儀屋は右手のAKを下ろした。


 目の前に刀を突き付けられているのに撃とうという気にはどうしてもなれない。


「お前の将来はこちらで保証しておく。無理だったらうちに来いよ。歓迎してやるからさ。」


「ああっ。ああっ。」


 葬儀屋はPP19を地に落とす。


 月狼は刀を納め、PP19を遠くに蹴った。


 その時。


「引っかかったなあ!」


 葬儀屋は左手で拳銃を取った。


 安全装置はついていない。


「終われ!」


「そこまで。」


 一発の銃声が響いた。


 葬儀屋が頭部を銃で撃ちぬかれている。


「…大丈夫ですか?」


 そこに立っていたのはライだった。


「別に、僕はどうってことないけど。」


「…そうですか。」


「あんた、どうも思わないのか?目の前で人が死んでいるのに。」


「…別に。殺せって言われたから殺しただけです。」


 さも当然のような眼をした。


「嘘だろ…。」


 もちろん、敵同士とはいえお互い戦場で過ごした者同士だ。


 戦場で過ごしたものがどうなるかくらい知っている。


 度重なる戦闘。そして敵兵以上に容赦なく牙をむく天候。


 いつ死ぬかもわからない状態に、兵士たちは狂い、人が死んでいることをさも当然のように見つめる。


 だが、戦争から一年もたった今も彼女は目の前の死体を当然のように見つめているのだ。


 まるで自分がやったわけではないというように。


「…もう犯人は死んだんだし、とっとと引き上げましょう。」


「う、うん。」


 聞かずにはいられない。


 なぜ人を殺して平気なのか。

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