第2話 バディ

 ライは刑務所めいた雰囲気を放つ廊下を歩いていた。


「今回はよく我々の組織に入ってくれたねライ君。」


 長髪眼鏡の女性がライに声をかける。


「…別に言われたから入っただけです。」


 ライは暗髪をかき上げながら言った。


「そんなつれないこと言わないでよ。本当に今日会うバディと言い君と言い、なんでこんなに私に冷たいのかな」


「…。」


 ライは何も言わないことにした。


 相手がどんなことを言ってきても無反応で返す。


 それが彼女が今までの短い人生で学んだことだった。


 戦場では上官の命令をより忠実に実行する兵器であることが求められる。


 …たとえどんなに理不尽で自分の心を傷つける命令でも。


「まあ、君は警察学校でも優秀だったからね。そのまま警官として働いても一流になれたと思うけど。」


「…。」


 戦争が終わった後、共和国に所属していた彼女はそのまま国に戻った。


 しかし家も家族もすでにない(というより、存在していた記憶がないために絶縁してしまった)彼女は職に迷うことになった。


 そこで警察学校に入って警官になることにした。


 警官は軍隊のように命令に唯々諾々と従っていればいいから楽だったからだ。


 理不尽には慣れているから心を病む心配もない。


 そうして警察学校を軍で働いたコネもあって短期間で卒業。


 その後は警察官として働いていたが、ある日、とある人に声をかけられた。


 「君、優秀な成績を残しているらしいね。


 実はね、今君みたいな能力者で構成された組織を作ろうと思っているんだ。


 入ってくれない?」


 エミ。元陸軍の輸送兵、現機動捜査隊隊長。


 彼女に目を付けられ、とある組織にスカウトされた。


「君は警官としても超一流だしー。戦争でも大活躍したじゃん。能力も汎用性があっていいし。


 だから君をスカウトしたのさ。このGCA、能力者犯罪対策機関にね。」


「…それで、私は何でここに呼ばれたんですか?」


「ああ、それを言い忘れてたね。さっきもちょっと言ったけど、君にはとある人とバディを組んでもらおうと思ってる。そのバディの紹介のために。」


 エミがにっと笑う。


「…こんな牢獄みたいなところで?言ってなかったですけど、私、暗いところが苦手で。」


 ライは無表情で答えた。


「うん。何しろ相手は連邦軍で最強クラスの実力を持った能力者だからね。」


「…私は知らないんですが。」


「まあ君とは投入された地区が違うからね。まあ、私は彼を助けてやったことがあるが、悪い奴じゃないから安心してくれたまえ。」


 そうこう話しているうちに扉の前に着いた。


 エミがコンコンと扉をたたいた。


「はーい。」


 けだるげの少年の声が聞こえる


「今大丈夫かな?月狼君。」


「その呼び方やめてって言っただろ。まあ、いつでも。」


「じゃあ、入るね。」


 エミが物々しい扉を開けた。


「ふぁあああああ。遅いよもう九時だぞ?早く朝飯くれよ。」


 中にいた黒髪赤メッシュ黄眼黒ジャケットの少年が声をかけた。


 腰には一本の刀を佩いている。


「で、あんた誰?」


 少年はライを指さした。


「…ライです。よろしく。」


「よろしく。」


 少年は笑顔で答えた。


「あ、僕のことがまだだったな。聞いて驚け見て跪け。月狼だ。よろしく。」


「…変な名前ですね。」


 ライが真顔で答える。


「君も僕も本名じゃないだろ。


 本当の名前なんて僕たちはみんなとうに忘れてる。コードネームだよコードネーム。」


「…よろしくお願いします。」


 お互い軽く会釈した。


「はてさて挨拶も済んだところで、君たちにこれからやってもらうことの説明をしようか。」


 エミはプロジェクターを起動した。


「それより朝ごはんは?」


「あ、忘れてた。はい。」


 トリーは月狼に四角いサンドイッチを与えた。


 月狼はそれを空中に放り投げた。


「何を!」


「まあ見てなって。」


 月狼の目が赤く光った。


 次の瞬間、サンドイッチはきれいに4分割された。


 サンドイッチは月狼の手のひらの上にタワー状に落ちる。


 月狼の右手には抜き身の刀が握られていた。


「食べるか?二人とも。」


「ああ、ありがとう。」


 二人とも1つずつサンドイッチを受け取った。


 月狼は2枚のサンドイッチのうち1枚を口に運ぶ。


「それじゃ、君たちにこれからやってもらうことを説明しよう。」


 エミはプロジェクターを起動する。


「まあ、ご存じの通り、戦争の終結後、能力者犯罪は増える一方になっている。」


 戦争が終わった後、国によって作られた能力者たちは日常に帰って生活していた。


 しかし、彼らに人権を与えれば違法に彼らを能力者にした共和国が他国から責任を追及されることは避けられない。


 そのため、彼らを「人」として扱わないことにしたのだ。


 彼らは銃器のように、権利はないが法律により拘束される存在となった。


 よって彼らを雇ったり養ったりする義務は国や企業には存在しない。


 さらに戦争で少年兵として扱われてきた能力者たちは、平和な社会に適合することができず、犯罪を起こすものが増えていたのだ。


「ああ、分かってるよ。特に僕たち連邦国側に所属していた能力者が多いみたいだね。」


 共和国側の兵士として戦ったものはまだいい。


 彼らは共和国側の英雄であるため、「なぜ英雄が不当な扱いを受けなければならないのか」と、採用する企業も多い。


 また、社会になじめなかったものは軍隊に戻ることもできた。


 だが連邦国側として戦った者たちは、敵であるため周りから糾弾された。


 中には、「お前のせいで夫が死んだ。」「お前のせいでパパが死んだ。」と、戦場で愛するものを失った周りから罵詈雑言をぶつけられ、気が狂ったものもいる。


 さらに軍隊に戻ることも敵国の兵である彼らには許されなかった。


 そんな者たちがが法律などという自らを傷つけるだけの鞭を守れるはずもなかった。


「そう。警察も捜査を進めているみたいだし、党直属の黒シャツ隊や軍にも能力者犯罪を扱っている部隊はあるけど、彼らには別の仕事もある。


 特に近年、散発的に様々な組織が共和国に反乱を起こしているから、彼らは能力者犯罪だけにかまっている暇はない。」


「だから能力者対策だけを専門とする機関を設立したってことか。」


「そう。そこで私が作ったのがGCA。能力者犯罪対策機関。


 警察の能力者犯罪対策課とは異なり、能力者だけで構成された能力者犯罪専門の独立組織。


 能力者犯罪を止められるのは能力者だけ。そういう考えから作った組織さ。」


「なるほど。で、何で敵である僕が呼ばれたんだ?」


 月狼が質問する。


 全国民から恨みを買っている彼を雇うということは、その大きなデメリットを承知して雇用する理由があるということだ。


「いい質問だ。普通に君に犯罪を犯されると手におえないっていうのもあるけど、何よりとある犯人による犯罪が起きてるからだね。それがこいつ。」


 エミはプロジェクターにとある人物の顔写真を映した。


「兄貴…。なんで…。」


 そこに移っていたのは、冬狼だった。


「へえ、そういう関係なんだ。」


「本当の兄弟ではないんですけど、僕にとっては兄のように大切な人なんです。


 半年くらい前にギャングに追われて分かれたきり、会っていなかったんですけど。」


「そうなんだ。『冬狼』。かつて戦争で君と一緒に多くの命を奪ったもう一人の『狂犬』。


 こいつらによる犯罪が近頃増えまくっている。


 それだけじゃなくこいつはほかの能力者犯罪にも共犯として加担していてね。


 まだ民間人の死者は出ていないみたいだけど、刀と銃を持ってるし、何より警察が何人も死んでるからね。さすがにこいつには能力者一人でもきついかなと思って。」


「それで同じ『狼』である僕が呼ばれたってわけか。」


正解ビンゴ。でも君一人だと信用できないって言うのが国からの言い分。だからそのブレーキとしてライを呼んだ。


 彼女も共和国を勝利へと導いた英雄の一人。


 能力の強さは別として、戦闘力は君と同じくらいってところかな?」


「…どうも。」


 これまであまり喋らなかったライが口を開いた。


「…話は終わりですか?」


「うん。」


「よし。それじゃ僕はここから釈放されるんだよな?」


「まあね。」


「よっしゃ!自分で飯も食えない生活はもううんざりだったんだ!まあ、それなりにおいしいの食べれたけど!」


 月狼は立ち上がって扉の外へ向かった。


「ちょっと待って!」


「何?!」


「帰るっつったってどこに帰るの君?家ないでしょ?」


「家なんてなくていいだろ?強盗は入ってこれるから外と危険性は変わらないし無駄に金とられるし。こっちは働き場所もろくにないんだからな」


「じゃあ本部を貸すよ。いざっていうときはこっちからくればいい。」


「そりゃどうも。」


 その時。


 パパパパパパパパパパパン!


 銃声が鳴り響く。


「何が起こった?」


「ああ、私の携帯電話の着信音。」


「なぜに着信音が銃声?」


「人の趣味にケチつけないでよ。はいもしもし。…なるほど。すぐ向かわせます。」


 エミは携帯電話をしまう。


「早速能力者による事件が起きた。能力からして冬狼ではないみたいだが、何しろ君たちは今日会ったばかり。実験の意味も込めてきっちり手柄を立ててくれ。」


「…わかりました。」


「よし。じゃあ行くぞ!」


 二人は武器を持って走り出した。

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