第3話

「武さん、おすしが届きました。こちらへ座って」

母親が、軽く手招きすると、引きずられるように、さっきの席に正座した。

「うむ、武君、まあ召し上がりたまえ」

父親がそう言うと、「はいぃ」と、急に背筋を伸ばし、置いてある割りばしを割った。「あっ」割りばしを割ると、真ん中から急に斜めに割れはじめ、実に中途半端な割れ方をして、その割りばしでは、もう食べられないようになってしまった。

「あらあら、武さんの割りばし、いじわるだこと」母親が笑顔で言う。

「武さん、大丈夫よ。私のを使って」

彩子は自分のを代わりに差し出した。

「あ、ありがとう、彩子さん」かしこまって、彩子にお礼を言う。「もう」彩子は誰に言うでもなく立ち上がり、武におはしを渡すと、台所へ自分のを取りに行った。お茶を飲もうとした。しかし、二、三口飲むとお茶はなくなった。

それを見ていた母親が

「新しいのを用意してきますわね」

と、台所へ向かって行った。

武と父親は二人残された。しばらく、沈黙が続き、父親が口を開いた。

「武君はプロ野球、どこを応援しとるのかね?」

はっと、我に返り

「はい、阪神ファンです」

と答えた。父親は、少し黙り込んだ。沈黙を破るかのように、武はたずねた。

「お義父さんは、どこのファンでしょうか?」

「わたしは、巨人を応援しとる」

父親がそう答えると、二人の間に会話はなくなった。まずい。そう思ったが、時すでに遅しだった。すると、彩子と母親が、二人して戻って来た。助かった。そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る