第2話
それでも彩子は少し震えていた。
一つ前の席で、子連れの親子がいた。その男の子は、おとなしく、母親のいうことをおとなしく聞き、決まり事もきちんと守る子なんだろうな、などと想像していた。
彩子はそんなこと、考える余裕もないようだ。
おびえている。そんな気持ちが、こっちに伝わってくる。何もかけることばがない。
彩子が握っていた手を、強く握り返してきた。心配なのがよくわかる。そりゃそうだ。こんなこと、お互いはじめてだ。
こんな彼女を見たのも初めてだった。いつもは気が強く、どっちかというと武の方がひっぱられてるという感じだった。
ところが今回に限っては、武がひっぱっていかなければならない。そう思った。
ガタガタ、ガタガタ。バスの走る音だけが聞こえている。
いつも、バスに乗ると、この音で眠気が起きるが、今回は眠気が起こってこない。武にも責任がある。彩子にばかり頼っていられない。
上の空でバスから見える風景を眺めていると「次よ」彩子は言った。「あ、ああ」と現実に戻され、バスを降りると、産婦人科はバス停の前にあった。
受付で名前を告げて、待合室で待つ。彩子は黙り込み、自分の名前が呼ばれるのを、じっと待っている。
「櫻井さん」
彩子の名が呼ばれた。
患者は少なかった。一人、ポツンと残されたまま待合室で待つ。どうなるんだろう?それしかなかった。待合室の本棚には、子育て用の雑誌がずらりと並べられている。
彩子が先生に何を言われているのか、想像もできない。たとえば、こういう時、もうすでに子供の名前を考えたりするのだろうか。優しいお父さん。厳しいお父さん。強いお父さん。子供になめられるのは、嫌だなぁ。
彩子が戻ってきた。「ど、どうだった?」「うん」
「どうだったの?」
「五週だって」
「そう」
「パパになってくれる?」
「もちろんだよ。こうなった以上は」
「できちゃった結婚になっちゃったね」
「そうだね」
「でね?」
「ん?なに?」
「うちの、父さんと、母さんに正式にあいさつにきてもらいたいの」
「うん。え?ええええええ?」
こうして、武と彩子は、結婚の承諾を得に、両親に会いに行くことになった。
承諾(前編) 林風(@hayashifu) @laughingseijidaze4649
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