第26話 ギャルはランキング入りの夢をみるか?
土曜日。
本当なら部活と銘打ってルポワールに集まるはずの日だったのだが、地域の子ども会で何かのイベント後にご飯を食べるらしく、今日は貸切りとなっていた。
ファミレスやら何やらに集まっても良いんだけれど、静城先輩も遼太郎もバイトに駆り出されていることもあって、お家で大人しく創作活動、と洒落込むつもりだった。
美華から呼び出されるまでは。
♡美華♡:中村、暇?
なかむら:そうでもない
♡美華♡:何してるの?
なかむら:創作
♡美華♡:それはいつもじゃん
♡美華♡:暇なんでしょ?
なかむら:そうでもないんだって
♡美華♡:ここ集合ね【URL】
なかむら:お? なんぞ?
♡美華♡:途中まで書いて行き詰ったから読んで欲しい
なかむら:作品を送ってくれよ
♡美華♡:二時集合。遅れたら亜香里ちゃんに言いつけるから
何を言いつけるんだよ、と思いつつも亜香里に知られたら絶対にうるさいことになるので了解の旨を返す。よろしい、と偉そうに胸を張るフクロウのスタンプが返ってきて微妙に口が曲がるが、まぁ仕方ない。
添付されていた店を調べると、ルポワールと同じく個人経営の喫茶店だった。どうやら甘味に力を入れているらしく、ちょっとネタっぽいけれど40cm近いサイズのパフェが名物とのことだった。
最寄り駅と一つ離れた駅との丁度中間くらい。
美華のマンションからは遠いはずだけれど、美華自身が指定してきたので否はない。家族四人でソバを啜ってから着替えて移動だ。
あんまり好きではないが、本日は天気も良いので自転車移動だ。
親父が車を出し渋った――というか買い物に行くとのことで、他に移動手段がなかったのだ。
えっちらおっちらペダルを踏んでたどり着いたのは、ルポワールとはちょっとタイプの違う店。
どちらかというとチェーン店とかにありそうな、ちょっとスタイリッシュなお店だった。
なかむら:ついたぞー
♡美華♡:えっ、早くない!?
♡美華♡:もしかして:楽しみ
なかむら:まだ掛かりそう?
♡美華♡:あと5分くらいかなー
♡美華♡:先に注文して待ってて!
昼を食べた直後だったこともあり、甘味の類は入りそうもないのでアイスティーだけである。
美華が来るまで暇だな、と文筆家になろうのランキングを眺めていると、不意に通知がポップアップした。
送り主の名前は吉田さんである。
吉田かほ:先輩、ちょっと今良いですか?
なかむら:どしたん?
吉田かほ:相談したいことがありまして……
なかむら:俺で相談に乗れるのならば( ー`дー´)キリッ
吉田かほ:できれば直接お会いしたいんですけれども。
吉田かほ:無理なら断っていただいても構わないです><
ほぼほぼ初めての後輩ということもあって力になってやりたい気持ちもあるけれど、美華との約束を反故するのも如何なものか。
既に既読がついてしまったこともあってこのままスルーするのも気まずい。
どうしたものか、と眉根を寄せたところで視界に影が差した。
「やっほ。……って何? 陰キャ顔の練習?」
「ちち、ちが、う」
「ウェルテルも真っ青の悩み顔よ?」
隠しても仕方ないのでスマホの画面をそのまま美華に見せた。
相談内容まで書いてあったら流石にまずいが、この状況を上手に捌けるほど俺はコミュニケーション能力がないのだから仕方ない。
美華は口をへの字に曲げながらそれに目を通すと、ぽすんとソファ席に腰を降ろした。
「ど、どど、ど、する?」
「どうするって……私が同席してて良いなら来てもらっても構わないけど」
どうやって説明したものか悩んでいると、美華からタブレットを差し出された。美華がいつも執筆に使っている奴だ。
「私、ちょっと果歩ちゃんに電話かけてくるからそれまで読んでて」
「いい、い、いのっ、か?」
「中村に任せてたら来週まで結論出なそうだから」
適材適所よ、と何故か少し睨まれながら言われた。
「め、面目な、い……!」
いやもう何も言い返せねぇ……!
奢れるほど財布に中身入ってたかな、と記憶を漁りながらもタブレットに視線を落とす。
テキストファイルはざっと見たところ4ページ程度。詰まったというか、そもそも書き出しで躓いている感じだろうか。
パッと読んだところ、王太子妃候補の貴族令嬢が主人公の追放ザマァといった内容である。
不当に評価を下げられて立場を追われた主人公が隣国で活躍し、追放した側である生国が落ちぶれていく、といった感じだろうか。
俺が読んだのは追放されて複雑な気持ちになりながらも隣国へと旅立つところまでである。実家、婚約者、あらゆるところで正当に評価されてないのは理解できたけれど、ちょっとなぁ、と思ってしまう。ちなみに元はゲームがモチーフとなった世界らしく、悪役令嬢は婚約破棄されてしまって、シナリオに負けた、と絶望に打ちひしがれるところから始まっていた。
読み終えて顔をあげると、いつの間にか戻ってきていた美華がひらりと手を振った。
「果歩ちゃん来るって」
「そ、そう、かっ」
「お邪魔なら離席しますけど?」
「ま、まま、待ってくれっ! 無理、だっ!」
「無理って、流石に果歩ちゃんに失礼じゃない?」
「いい、い、いや、変っ、な、意味、じゃなっくて。し、親し、女子、以っ外、と、二人、きり、とか、マジ、で、死、ぬっ」
コミュニケーション能力の低さを舐めんなよ!?
亜香里にもイマジナリーフレンドを疑われるレベルなんだからな!
俺の必死さが伝わったのか、美華はくすりと笑って頷いてくれた。
「……まぁ良いわ。しょうがないから居てあげる。その代わりにちょっとアドバイス頂戴」
「げ、げ、激辛っ、で?」
「そうね。マンゴーラッシーと食後にバニラアイスつけて」
う、と思わないでもないけれど、今日は助けてもらう感じになりそうなので仕方ない。出来る限りマイルドに伝えることにしよう。信条を曲げるのは心苦しいけれど、背に腹は代えられないのだ。
優しく、優しく、と言い聞かせながらも思考の海に潜る。
「なんか追放モノ書きたくなったんだけど、走り出しがうまく行かない気がしてるのよ」
考えない。
意識しない。
思ったことを吐き出すだけ。
垂れ流すだけ。
「走り出しというか、冒頭で追放宣言されるのはテンプレではあるけれども、内容が濃すぎないか? そもそも冒頭で追放されるならゲームのシナリオっていう設定は要らないだろ」
「えーでも悪役令嬢が追放されるときってだいたいゲームか小説のシナリオを知ってるのがテンプレだよ?」
「まぁ、そりゃそうだけど。そもそもなんてそういう設定になってるか分かるか?」
「んー……なんでだろ」
「あれはそもそも『知っている破滅の未来』を回避しようとする構造が面白いんじゃないかと思っている。当然、誰に言っても信じてもらえないから理由も言えない状態で不可思議な行動を取ることになるし、自分のしたことがバタフライ効果的に未来を変化させてくのは見てて気持ち良い」
「あーうん。確かに。普通にカミングアウトしても頭おかしいって思われるよね」
「ちなみに小説よりゲームが主流なのはヒーロー役を複数登場させて、IFの世界線を語れるからだろうな。マルチエンディングだから色んな人と結ばれた結末を知っていてもおかしくないし、個別ルートごとに色んな伏線があるってのも当たり前のことだからな」
「そっか。うん、そうね、そうかも」
「んで、本来ならクライマックスで『破滅の未来』が訪れてしまう、ってところで今までの努力が実を結んで大逆転ってのが元々の構造だな」
「ん? おかしくない? 今の追放ザマァってだいたい主人公を追放するところから始まらない?」
「始まる。あれはまぁ、個人的にはすごく良くないことだと思うんだけども、ホットスタートとテンプレの組み合わせなんだと思う」
「ホットスタート?」
「面白そうって思わせる、最初の掴みだな。一話目で何か衝撃的な出来事が起きたり、手に汗握るバトルがあると続きが気になるじゃん?」
「うん。それがホットスタートね。なるほど」
こまめにメモを取るけれど、そこまで意識しなきゃいけないことじゃないし、そもそもそのくらいは覚えちゃうと思うけどな。
美華らしい、そしてギャルらしくない行動に思わず笑う。
「必ずしも必要ってわけじゃないけどな。話を戻すが、こういう系の物語って内容は違えども『色んな努力をして周囲に認められたり、すごい結果を残している』ってのはだいたいの主人公に共通する行動なんだよ」
「努力しないまま過ごしていると最後にはバッドエンドだもんね」
「そう。だからそこをザバッと削っていきなりクライマックスに持ってくわけだ。だいたい同じだしカットしても通じるでしょ、ってな。本当なら起承転結の結あたりなんだけど。んで、その後のエピローグに当たる部分を丁寧に書いてく訳だ」
主人公たちは幸せになり、主人公を陥れたもの達が不幸になる。それを長く丁寧に書くのが今の流行りだ。
そもそもテンプレ、というのが世界観だったり用語だったりをふんわり内包しているものだ。ゲームをしてれば『スキル』『レベル』なんてのは何となくの概念が分かるし、世界的な大ヒットである『ボケモン』や『ドゴランクスエト』なんかをプレイしてればバッチリだろう。
だから、そこら辺を分かる前提で省略できてしまうのだ。
まったく書かない、まではいかなくとも、相当
「そもそも何で追放ザマァを書こうと思ったんだ?」
「んー、流行ってたから、かな」
なるほど。
流行りものを書きたいと。
「やっぱりPV狙い?」
「そりゃそうよ。PVザクザクのポイント鬼盛なんて夢の一つに決まってるじゃない」
どうやら先日のホラーがほとんど読まれなかったことがけっこう堪えているらしい。そもそも読まれなければ意味がない、というのも概ね同意だ。
小説とは、読んでくれる人がいて初めて成り立つものだと思うし。
言わんとすることは分かるけれど、目的がブレてしまっているし、そもそも流行りものを追うことに関してもちょっと思うところがある。
どういう切り口で話したものか、と思案しながらも美華へと視線を向けた。
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