第25話 セーヘキアート・ワールド・オフライン

 遼太郎が語った内容に、居合わせた女性三人はそれぞれかなり違う反応を示した。


 すなわち、美華は絶対零度の視線を向け。


 静城先輩は呆れ果てたとでも言うべき視線を向け。


 吉田さんは眼を白黒させながらも視線を彷徨わせていた。


 あーうん。遼太郎のこのムーブは初めてだもんね。びっくりするよね。ちなみに遼太郎の話した内容は、こうだ。


 要約? 無理だよ。俺より垂れ流してる系の喋り方だったし。


「基本的には元気で行動力のある女の子が良いです。あ、でも元気って言ってもパリピとかそういうのじゃなくて、芯がある感じが好きですね。ある程度リスクヘッジができるというか、好奇心から廃墟探索に行くとかではなくて、怪異に巻き込まれた後に真相とか原因究明のために、仕方なくいく真面目な感じが良いです。良識があるというか、まともな判断力があればなお良し、ですね。理系な知識があって怪異を科学的に分析しようしたりなんかするともう最高ですね」


 最高のヒロインとかじゃなくてホラー系の物語で理想的なムーブをしてくれそうなヒロインだった。趣味趣向ゼロだし、何なら見た目の拘りゼロじゃん。


 性別も関係ないし、最悪ヒロインが着ぐるみとかでも問題ないじゃんよ。


 理想って意味だと間違ってないけどニッチすぎねぇかな。


「見た目的にはショートカットですかね。いや別に髪型に拘りはないんですけど、短ければ長髪が落ちてたときに怪異に結びつきやすいじゃないですか。ほら、蛇口から水とともに長い黒髪がドゥルって出て来たりとか。あとはあれですよね視力良いはずなのに使い捨てコンタクトレンズが落ちてるとかもアリですよね。自分が使ってない化粧品とかアクセサリみたいなのも悪くはないんですけど、絵面にもインパクト欲しいんで『ありえない状況』みたいなのが欲しいので白髪とかでも良いんですけど、そうすると怪異が老齢の――」


 ヲタク特有の早口で捲し立てた遼太郎を止めてくれたのは、カウンターで読書に勤しんでいた店長さんである。


「遼太郎、長い。あと物語のためのヒロインになってる」


「押忍」


 いつも通りと言えばいつも通りなんだが、飼い慣らされてる感がすごくて思わず笑ってしまう。


 くく、と喉を鳴らしたことに気付いたのか、美華の視線が俺へと向けられた。


「中村は?」


「ぐっ」


「何呻いてるのよ。創作の話でしょ、創作の。別に三次元の好きな人暴露しろって言ってるわけじゃないんだし、いつも通りに語ればいいじゃない」


「ですね! 私も鴇田先輩の思い描くヒロインに興味あります!」


「そうだね。少なくともリョウよりも見苦しいことにはならないだろうし、存分に語るが良いと思うよ……リョウより見苦しくはならないよね?」


 ペンネームで呼ぶのやめなさい。


 固定ファンがいない美華が不機嫌になるから。


 そう思いながらも折角の機会なので語ろうと気持ちを切り替える。


 いや、性癖を暴露したいわけじゃないけども、キャラクターをデザインするとなればそれは創作だ。


 いつも通りに思考を垂れ流すことにしよう。


「ヒロインねぇ。そもそもヒロインの定義って何だ? 女性向けの恋愛モノなんかは主人公がヒロイン兼務だと思うし、昨今は女性主人公の物語も多い。物語によっては必ずしも相手がいるわけではないし、場合によっては女性同士なんてのもあり得ると思うんだよ。そういう意味では、ヒロインの定義そのものが難しい気がする」


「あー……そう言われればそうね。それじゃ、主人公が男だとして、その相手で」


「そうするとまぁ、物語を作る上での設定と、魅力的なキャラクターにするための設定があるんだよなぁ」


「どういうこと?」


「さっき店長さんが遼太郎に突っ込んでたろ? あれってある意味、しょうがないことなんだよ」


 簡単に言ってしまえば、だ。


 パンを咥えた女の子と路地でぶつかったとして、よくあるパターンなら女の子はこう言うだろう。


『あんた、何処に目ェ付けてんのよ!?』


 いわゆる、テンプレートなツンデレとのボーイ・ミーツ・ガールである。


 これが良識ある一般的な人ならば、ぶつかったことを謝りあって、お互いちょっと気まずい思いをして終わりだろう。


 そもそもホントに良識的な人はパン咥えて路地を走ったりはしないけど。


「さすがにここまでベタなのは中々ないと思うんだけれど、要するに感情的になりがちで素直になれないタイプってのは物語を動かすうえでものすごくやりやすい。だからツンデレってヒロインになりやすいんだよ。感情的なぶつかりも作りやすいしコメディにも取り入れやすい」


 アイスティーで喉を潤してから、逆に、と別パターンだ。


「これが自己主張できないタイプだと、今度はシリアスな展開に持ち込みやすい。問題を抱え込み、どうしようもなくなって途方に暮れていたり、窮地に追い込まれたりするところは読者なら助けてやりたいと思うだろうし、共感も得やすい」


 ただし、それなりに難易度が高い問題でないといけないので推理モノのトリックを考えるのと同じで細部まで考えないと厳しい。


 超簡単な問題にうじうじ悩んでいると、共感よりも先に冷めてしまう可能性があるからだ。


「まぁそういうのって構造としては魔王にさらわれたお姫様系なんだろうけどな」


「拐われたお姫様、ですか?」


「ゲームとかだとあるだろ? 姫が拐われたって冒頭で説明されて、レベルあげたり装備整えながら助けにいくやつ。あれって、姫はエンディングとか、その付近まで出てこないじゃん」


 コテンと首を傾げた吉田さんに向けて言葉を続ける。


「一目ぼれだったり幼馴染だったり婚約者だったり、最初からヒロインに強烈な感情を持っているパターンだ。お姫様そのものは無力で良いし、なんならエンドロールまで出て来なくても良い。動機付けが目的だから」


「なるほどです」


「そんな感じで、ストーリーを動かすための設定でいうならば破天荒というか、行動派というか、直情的で感情的なヒロイン。もしくは動機として、抱え込んでしまうタイプの素直というか無力というか、純朴系ヒロインだな」


「じゃ、魅力的なキャラクターとしてのヒロインってのは?」


 美華からの問い、魅力的なヒロイン。


 これは非常に難しい問題だ。だけども俺なりの答えは垂れ流せる。


「まずは年齢、髪型、スタイル、性格。色んな要素があるけれど、まずは誰かをブッ刺さることを考えないと、とは思う」


「ぶっ刺さる?」


「そう。ギャルゲーとかの話になるけど、色んなタイプのヒロインが出てくるだろ? 例えば現代日本の学園モノを舞台にした時に、『幼馴染』『後輩』『先輩』『先生』『姉』『妹』辺りか。言ってしまえば、多数に受けやすい属性だ」


「あーうん、なんとなく分かる」


 ちなみに女性向けの恋愛ゲームなら『熱血』『俺様』『クール』『ミステリアス』『チョイ悪』『ショタ』『お兄さん』『オジサマ』辺りになるだろう。


「ここに、それぞれ被らないように性格やらスタイルやらを載せてくと、それだけで多数に刺さりやすいキャラクターの完成だ」


「ちょっと待ってくれ。中村くんの言い方だと、随分雑じゃないか?」


「ですね。まぁここまでが属性というか、記号的に見た時のキャラクターです。当然ですが、それだけだと魅力的にはならないと思うんですよ」


「そうよね。言ってしまえば超テンプレだもん。イメージはしやすいけど、魅力的かと言われるとイマイチよね」


 美華の言葉は最もだ。


 テンプレにも思うところはあるんだが、それはおいといて今日はキャラクターに関してだ。


「そこで人間的な魅力を足す必要がある。言ってしまえば、『長所』『短所』『個性』の三つだな」


 長所や短所は魅力に言い換えられる。当たり前の話ではあるが、かっこいいところや可愛いところは単純に魅力的だ。


 『折れず曲がらずまっすぐな精神』なんてのは男女問わずかっこよく見えるし、何か一つの物事に直向きなだけでも好感が持てるだろう。といっても、完璧超人なんてのはどう考えても共感はできないので短所でバランスを取るのだ。


「個性に関しては何でも良い。どっかの国民的アイドルグループが『メロンパンが好き』なんて言っただけでも他のメンバーから一歩個性が出て見えるなんてのもあったしな」


 俺が中学生だか小学生だか忘れたけれども、確かそんな発言だけで注目されて他のメンバーも次々にメロンパンが好きとか告白する流れが出来てた気がする。


 結局はメロンパン好きがたくさん出てきて、全員埋没したけれど。


「で、結局中村くんの好みは?」


「人間的に生きてるヒロインですね。間違っても良いし偏ってても良いから自分の意見を持ってて、悩んだり迷ったり怒ったり泣いたりするのが魅力的なヒロインだと思います」


「優等生だなぁ」


 静城先輩、なんでそんなにつまらなそうな顔してるんですか。


 というか何を期待してるんですか一体。


「まぁでも、ラノベに限って言えばヒロインは若い方が良いと思いますけどね」


「ほう。その心は?」


「読者層が若いからです。単純に考えて、40代同士の穏やかな恋愛よりも学生同士の青春って感じの恋愛の方が感情移入しやすいと思うんですよ」


 そもそも年代が上がっていくと社会や人間関係のしがらみが多くなるし、仕事の話やそれまでの恋愛遍歴、家族構成なんかも考えないといけなくなる。実際にあるものなので無しとは思わないが、ライトノベルでは取り扱いにくい気がする。


「中村くんの性癖が知りたかったんだけどなぁ」


「そ、そ、そそん、なっ、知って、どっ、するんで、す?」


「いや中村くんの書籍を読むときに違った楽しみ方ができるじゃん?」


 あはは、と悪びれない静城先輩。言ってる意味は分かるけれど、なんともまぁ悪趣味である。いやそういう楽しみ方があるってのも分からないでもないけども。


 映画監督の旧海誠なんて基本的にヒロインは年上ばかりだし、割と性癖が透けることはある。


 狙って創作するのも楽しいと思うが、自分のパッションのままに好きなキャラを書くのはやはり熱量が違う。自分が魅力的だと思う要素をこれでもかというほど詰め込むとキャラクターとしても濃くなるし、ブレが少なくなる気がする。


「と、とと、とりあえ、ず」


 俺に言えること、というか断言できることはただ一つ。


「妹、萌え、は、ないでっ、す」


 あれは実際に妹がいない者だけが持つことのできる幻想だ。姉萌えもまた然り。


 俺の言葉に静城先輩と美華は軽く苦笑し、遼太郎は訳知り顔で頷いているのだった。

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