第24話 そして五人が席に着く

 ルポワール。


 シャチの名を冠した個人経営の喫茶店には、文芸部の部員たちが集まっていた。三谷の一件以降、美華も吹っ切れた感があるし別に高校の部室を使っても良いのだけれど、どうにも居心地が良くてこっちに来てしまう。

 美味しい飲み物に空調の効いた室内というのは魅力的な環境なのだ。


「いらっしゃいませー、って先輩っすか。奥、どうぞ」


「遼太郎、お前普通に無礼だな」


 何だって何だよ。

 まぁ部員の約半数がここでバイトしてるってのも関係してるけれど。


 つい先日までは約、ではなくてきっかり半数だったんだけれども、俺のファンにして書籍化してない作品にまでレビューを書いてくれる吉田さんが加入したのだ。


 これで部員は5人。


 しかも二年生と一年生に2人ずつという良い感じな構成である。


 ちなみに吉田さんが加入を希望してきた瞬間に静城先輩は朱肉・ボールペン・入部届を取り出し、書かせたところで声をあげて泣いていた。


 気持ちは分からなくもないけれど、普通にドン引きです……。


 そんな静城先輩だけれど、『妹が出来たような気分だ!』と吉田さんを猫可愛がりしていたりする。吉田さんも嬉しそうにしてるから良いんだけどね。


 無礼な遼太郎に言われた通りに奥の席まで行くと、そこには既に部長の静城先輩と新入部員の吉田さんが座っていた。対面で何やら話し込んでいたけれども、俺と美華を見たところですぐさま吉田さんが移動してくれた。


 片側は美華・静城先輩・吉田さんが集まり、もう片方は俺オンリーとなるが、これは別におかしなことではない。


 バイトの休憩やら何やらで遼太郎が来ると、サイズ的にどこに入ろうと狭くなるのだ。


 強いて言うならば吉田さんは華奢で小柄なので遼太郎の横にいてもそれほど圧迫されないだろうけれども、それならば多少窮屈な思いをしても男子同士・女子同士で座った方が気楽なのだ。


「さて、とりあえず揃ったところで改めて会議だ」


「ですです」


 ちょっと楽し気な二人に誘われて、美華と俺とで二人が何事かを書き込んでいたルーズリーフを覗き込む。


 そこに書かれていたのは、『萌えるヒロインの属性とは』である。


 その下にト書きで、『ツンデレ』『素直クール』と言った性格的なところから、『ピンク髪ツインテール』『プラチナブロンド』といった見た目、果てには『TSロリサキュバス』『のじゃエルフ』などの種族(?)的なものもあった。

 TSロリサキュバスとかニッチすぎるだろ。


「お二人はどんなヒロインがエモいと思いますか!?」


「ふむ。興味あるね。もうガッツリしっぽり聴かせてくれたまえ」


 なんかテンションバグってないか?


 いや、まぁ静城先輩は吉田さんが加入してからずっとテンション高いけどね。


「これ、ジャンルは何を想定してます?」


「いやー、もう何でも良いよ。すごく頭悪いけど『僕が考えた最強のヒロイン』みたいな感じで」


 静城先輩の言葉に頷いて、まず話し始めたのは美華だ。


「うーん。私的には、ですけど。ビブリの主人公みたいにきちんと考えて悩む子が魅力的ですかね」


「お。良いねぇ。『蒼穹のラピュタ』とか『魔女の宅配便』とか良いよね」


「わかります! 私も『魔女の宅配便』好きです! 家にDVDあります!」


「白猫のババも皮肉屋で可愛いよね。まぁ私が一番好きなのは『緋色の豚』のティオちゃんですけど」


「あっ分かる! あれはカッコいいよねぇ。働く女性って感じで」


 女三人寄ればかしましい、とはよく言ったもので。


 わちゃわちゃと誰が好きだの誰がかっこいいだのと話が弾んでいく。俺が入る隙はなさそうなので、それに耳を傾けながらタブレットを取り出した。


 ルポワールで活動することが増えてから慌てて買い足した値段重視のもので、Wi-fiモデルだが、家かここでしか使う予定はないから問題はない。


 べ、別にさみしくなんかないんだからね!


 ちなみに俺が好きなビブリ作品は『もものけ姫』だ。


 『緋色の豚』も好きだけどもあれはティオじゃなくて主人公の豚が可愛い作品だと思っている。凄腕の飛行機乗りでクールなおっさんが意地張ってボッコボコになるまで殴りまくったり、ティオにキスされて顔を真っ赤にしたりするのは非常に可愛い。


 ああいう風になりたいとは思わないけどね。


 俺が目指すのはクールぶった、ではなく真のクールである。


「年下っていうのも――」


「それなら幼馴染が――」


「いやぁお姉さんが――」


 それぞれが好き勝手なことを言っていると、不意に俺のタブレットに影が差した。


 影の主は決まっている。


「遼太郎くん! お疲れ様ー」


 吉田さんがぱっと顔を向けた先にいたのはエプロンを外してコキコキと首を鳴らす遼太郎だ。


 身長も高いしプロレスラーみたいなガタイなのでカウンター内での作業は窮屈だったのだろう。そのまま肩を回したり腰の周辺を伸ばしたりしてからカウンターに戻り、トレイを片手に俺の横へと腰掛けた。


「さささっ、んきゅっ」


 それぞれがお礼を言いながら受けとるのは、吉田さんがカフェラテであとはホットコーヒー。俺は安定のアイスティーだけども、湯気とともにコーヒーの香りが立ち昇り、鼻腔を抜けていく。


「さて、それじゃあ全員が揃ったところで改めて。というかわざわざ中村くんに聞かないでいたのはリョウを待ってたからだしね」


 あ、別に放置プレイじゃなかったんですか。いや寂しくなかったですけどね。


「ですです。やっぱりヒロインを考えるにあたって男性目線は重要ですしね!」


「そうねー。折角だから二人のヒロイン像を洗いざらい吐いてもらいましょう」


 にんまり笑った美華を尻目に、静城先輩がとんでもないことを口走る。


「もっとも、男子が『最高のヒロイン』を語るって要するに性癖大暴露になるだろうけどね」


「えっ」


「あっ」


 静城先輩の言葉に美華と吉田さんが小さく驚き、俺と遼太郎へと何処となく気遣わしげな視線を巡らせる。


「えっと、無理はしなくても良いのよ?」


「き、気遣っ、てん、じゃっ、ねぇよ。ぎゃ、逆に、気まず、いっ」


「ですね……というか姉さん余計なこと言うのやめてよ」


「今は部長です! 来年も続くことが決まった文芸部の! 部長です!」


「はいはい良かったね。部長は静かにしててください」


 遼太郎はコーヒーを啜るように飲んで、それから大きな溜息を一つ。


「まぁ流石に中村先輩にこの空気でお願いするわけには行かないので自分から行きます。身内のせいなので」


 漢らしく言い切った遼太郎は、元々席に置いてあったバッグへと手を伸ばす。


 取り出したのはルーズリーフを纏めたバインダー。クリアブラックの色身がシンプルでいかにも遼太郎っぽい。


 中身はホラーオタクなんだけども。


 そう思って遼太郎へと視線を向けていると、ベビーフェイスのプロレスラーにも見える甘いマスクからこれでもかってほど濃ゆい意見が飛び出した。


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